見えない斬撃
ザージアズの言葉を受け止めたアーキスは闘志を燃やすようにして、だけど、静かに天剣を握る手に力を込めた。
「メルトシス、だと……?」
「あぁ、知り合いか? まあ、勇者候補生同士の繋がりってものもあるか」
この場を包む緊張感をわかった上でのことなのか、呆気からんと返事をするザージアズにエリンスも焦りのようなものを感じ、慌てて声を上げた。
「アーキス!」
今にも飛び出そうとザージアズのことを睨みつけたアーキスに、エリンスはその気持ちも悟るところはあったが、「冷静になれ」という意味を込めて名を呼んだ。
「……あぁ、悪い。わかってる」
エリンスの呼びかけが届いたのだろう。首を振って髪を振り乱したアーキスは、「ふっ」とひと息吐いて天剣を構えなおした。
ザージアズはそんな風にした二人のことを、刀を鞘に納めたまま興味深そうに眺めていた。
「そうかそうか。そんなに大事なことだったのか。勝負において冷静さを欠くほどに……かかくくく」
自身の顎を撫でながら何やらザージアズは楽しそうに笑って見せる。
「斬ったわけでは、ないんだな」
事実を確認するよう口にするアーキスに、だけどザージアズは「くくくか」と笑って返事はしなかった。
「邪魔をされたって、さっきは言ったぞ」
エリンスにも話が見えないところではあるが、ザージアズはたしかにそう言った。先ほどから度々口にする『マーキナス』という魔族の正体もわからないが。
「さぁな?」と二人の気を知ったザージアズはにやりと笑う。
こたえる義理もない話だろう。アーキスは苦虫を噛み潰したような顔をしてから、ザージアズへと厳しい目を向けた。
その視線にこたえるように、ザージアズはにぃ、と口角を吊り上げた。
「俺を負かしてみろよ。そうしたら、あいつがどうなったか、教えてやるよ。人ってのはそういう想いで強くなるもんだろう? 懸かっているものがあるほどに、勝負は熱くなるってもんだ!」
ザージアズは両腕を伸ばして刀の柄を右手で掴む。そうして見せつけるようにしてから、それは鞘から抜かれた。
湾曲の刀剣。ツキノが持っていたものと同じような形をした武器。見るからに禍々しい黒い光が白い剣身を包むようにバチバチと迸り、鞘という封印から解かれたことを喜ぶようにして弾ける。
「七元刀剣・黒大蛇……!」
刀の名前だろう、口走ったザージアズは鞘を腰に戻して、右手でその刃を二人の勇者候補生へと向けた。
「業物か」
アーキスはごくりと生唾を呑み込むように喉を鳴らして呟いた。
刀より溢れ出る禍々しい気配が、距離を取って対峙する二人にもひしひしと伝わってくる。
狙いをそう言ったアーキスへと定めたように、ザージアズの左目が吊り上がった。
「試してみるか? その斬れ味、おまえ自身の身体でな!」
刀を構える動作まではエリンスにも視認できた。だがやはり、振るった動作は見えなかった。
溢れる殺気だけは残ったようにして、アーキスが立っていた場所へと地面を伝って黒い閃光が迸る。
アーキスはすかさず地面を蹴って飛び上がる。剣撃を避けたように見えたのに――。「ぐっ」と声を漏らしたアーキスは、空中でバランスを崩しよろける。左腕を斬られたのだろう、鋼の籠手が裂かれるようにして傷つき、鮮血が散った。
「アーキス!」
エリンスは咄嗟に名を呼んだ。
気配も何も見えなかった先ほどまでの一撃とは変わって、黒い閃光が斬道を描いてくれてはいる分、目視はできる。だが、攻撃を避けたはずのアーキスは斬られた――。
「影を断つ、黒蛇の牙――こいつは簡単にはかわせないぜ」
ザージアズは刀を振り抜いた体勢で笑う。
さっきまでの気配だけがない振り抜きとは訳が違う。
「ほらぁ、まだまだぁ!」
今度はエリンスに向けて、ザージアズが一歩を踏み出す。地を走る黒い閃光が視認でき、エリンスは横に飛んで避けるが、鋭い痛みが左ふくらはぎに走った。
「くっ!」
目で追えるようになったのに、やはり気配もない見えない斬撃を受けてしまった。幸い傷は浅い。痛む足を庇うように着地したところで、立っていることはできた。
並び立つ二人の勇者候補生は、黒い刀を振り抜いたザージアズのことを見やり、冷や汗を流す。
「そんなもんか、勇者の力ってやつは!」
勇者の力をなんだと思っているのかはわからないところではあるが、ザージアズは笑って刀を再び構えた。
間合にも入ることができない。ほとんど視認できない動作で振るわれる剣に、気配を断つ剣閃。それに加えて、避けたはずなのに当たる斬撃まで増えた。これが、かつて魔王と肩を並べた盟友の力なのだろう。圧倒的な剣士としての腕前の差は、人と魔族、長い経験の差なのだろう。
だが、二人の勇者候補生は諦めてなんかいなかった。
「エリンス、やつの死角はやはり右側だ」
アーキスが呟く。エリンスもそれに返事をするように頷いた。
「あぁ、あれほどの剣の腕でも、見えない視界の分はどうしようもないんだろう」
避けても当たる斬撃の一撃目と二撃目で、振る動作に多少の遅れが見えた。
二撃目は、ザージアズから見て右側に位置したエリンスに対して振るわれたものだったからだ。
「隙を作ってくれ」
そう言ったアーキスに、エリンスは頷いて一歩を踏み出す。
「ほう?」と感心したように声を漏らしたザージアズのことは無視して、エリンスは「わかった」と返事をする。
そうしてもう一歩を踏み出すエリンスだが、ザージアズとの距離を詰めて間合いに入った瞬間――酷く冷たい緊張感に似た空気が背筋を駆けた。
すかさず剣をその気配を一瞬感じただけの方向へと振るう。キィン、と金属同士が衝突するような音が弾け、重い一撃に、後方へと滑ったエリンスは目を見開いて、刀を振り抜いたザージアズのことを見つめた。
「斬った、と思ったのによぉ。よく反応できたな」
――今のは……危なかった。
額を流れた冷や汗に、さっき感じ取ったのはたしかな殺気。
あのまま反応することができていなければ、腹から真っ二つに身体が両断される映像が見えてしまった。
脇を締めなおして願星を構えなおしたエリンスに、アーキスもすかさず上空へと一歩を踏み出す。
そうしてエリンスももう一歩を踏み出して、ザージアズとの間合いに入ったところで、やはりある一定の距離間に踏み入った瞬間、ほんの一瞬だが、たしかな殺気を感じる。
――三メートルくらいの距離だ。
エリンスは目で測って、振るわれたザージアズの刀の刃を弾く。それくらいの距離が、ザージアズの間合い。一歩を踏み出し、気配なく刀を振り抜ける距離なのだろう。
それを見切ってしっかり弾いたエリンスに、ザージアズの動きに一瞬遅れが見えた。そこを突くようにザージアズの上方右側より、剣を振り構えたアーキスが飛び込み、駆け込んだ。
「天空斬!」
天剣グランシエルに纏う光の魔素が軌跡を描き振り下ろされる。
だが、エリンスの攻撃を弾き切り返したザージアズは、アーキスの攻撃をも見切ったように重心を動かして受け止めた。
黒の衝撃――迸る黒い閃光にアーキスの一撃の勢いも殺される、刹那――重心を低くし、手にする願星に胸より溢れる白き炎を集めたエリンスが、一気にザージアズとの間合いを詰めた。
「蒼星波!」
白き否定の炎を宿し、蒼白から蒼天の蒼へと剣身を燃やした願星より、蒼き衝撃波が放たれる。
刀を振り抜いたザージアズの隙をついた一撃かのように見えたのだが――。
「真空!」
刀を握った右手とは逆、左手を振るったザージアズが魔法を詠唱する。紙でできた軽い刃でも振るように、再び素早く刀を切り返したザージアズは、斬撃でエリンスの衝撃波を弾いて見せた。
だが、二人の攻撃はそれで終わらない。
右側へ右側へと回り込むように踏み込みを続ける二人に、ザージアズの動きにも一瞬遅れが見える。
右側へ踏み込み、一歩を地につけたアーキスが剣を振るう。ザージアズは反応するように刀でそれを弾く。
飛び退いたエリンスがすかさず地を蹴って、アーキスの後方を回りザージアズの右側へと回り込む。エリンスが振るった剣も、ザージアズに防がれはするのだが――跳び上がったアーキスは宙を蹴って腕を引き、天剣を突き刺すような構えでザージアズの死角の一点を狙い澄ます。
「飛翔天衝!」
一気に加速し腕を伸ばし、光と風の魔素を振りまいて、その勢いで貫く剣閃を放つ。
だが、ザージアズはその一撃もにやりと楽しそうに笑い、かわして見せた。頬を掠め、薄く血が飛びはしたものの、手ごたえのある一撃にはならなかった。
「黒い蛇閃!」
楽しそうに笑い続けるザージアズは切り結んだエリンスの剣を弾き返して、黒い閃光迸る刀を振り抜く。
走る黒き剣閃が――アーキスを襲う。アーキスは空中で身体を捻って、完全に交わしはするのだが――「ぐっ」と鈍く痛そうな声を上げてバランスを崩した。
軽鎧を裂き、脇腹から流れる血。膝をつき着地したアーキスを横目に、だけどエリンスは止まらずにすかさず地面を蹴って、再び右側へと回り込む。
「空の下でなければ、やはり最高速も出ないか……だが!」
アーキスは苦しそうに歯を噛みしめはしたものの、飛び出したエリンスの背中を目で追ってにやりと笑った。
そんな視線を背中に受けながら、エリンスはさらに一歩踏み込んだ。
――アーキスの言葉も、囮だ。
たしかな手ごたえがあったのだろう、大技を振り抜いたようにして一瞬動きを止めたザージアズに、エリンスは殺気の隙間を縫うようにして間合いへと立ち入った。
「蒼星霊断!」
蒼白に輝く剣身――蒼き剣閃が抉るようにして下から振り抜かれ、ザージアズを捉えたたしかな手ごたえがエリンスにはあった。
――カァァン!
迸る黒き閃光と蒼き閃光。ついに刃と刃が正面から衝突し、真正面から切り結ぶことには成功した。
刃と刃が交差して――エリンスとザージアズは互いに一歩も力を緩めず引かない、鍔迫り合いの形で視線を交わす。




