天剣共闘、並び立つ二人~落ちこぼれと第1位~
姿勢を低くし、背負った斬馬刀へと手をかけたザージアズが一歩を踏み出した。瞬間――剣を振った動作が見えなかったというのに、凄まじい気迫をエリンスもアーキスも感じ取る。
咄嗟に二人は剣を振り、見えない何かを弾く。だが、ザージアズの放った気迫に伴って襲い来る風圧で吹き飛ばされた。
「くぅぅぅ」
「ぐぅぅ」
エリンスもアーキスも、肺から吐き出された空気が呻き声となって漏れ出る。地面を滑って膝をつき、何とかその衝撃をいなす二人の視線の先には、再び斬馬刀を背負うザージアズが腕を組んで立っていた。
ザージアズから目を逸らさないでいたのに、その動作を目視することができなかった。ザージアズが一歩踏み出した瞬間に二人が感じたのは、研ぎ澄まされた殺気――。
追い打ちすることもできたはずなのに、ザージアズは余裕綽々の表情で跪いた二人のことを眺めている。
「くくかかか、まずは一太刀、斬撃はいなされたか」
まともに受けていたら――その一撃目で斬られていただろう。エリンスの背中を冷や汗が伝った。
斬馬刀を抜いたザージアズはそれを振るうでもなく、軽々と肩に担ぐようにして笑う。
ツキノの言っていた通り、重い一撃を、羽ペンを握るかのような軽さで放ってくる。刃の大きさだけ見ても二メートルはあるだろう大型の刀剣は、容易く振るわれる――エリンスには、彼がそれを振るっている姿が見えてはいないのだが。
にやりと笑うザージアズが再び腰を落として一歩を踏み出す。瞬間――感じた殺気に、今度こそ一歩早く、エリンスもアーキスも反応することができた。
立ち上がってすかさず剣を振るう。だが、見えない剣閃を弾くことしかできない。一歩引き飛びながら重い一撃を相殺し、エリンスは再び膝をついてしまった。アーキスも着地をするが、まともに太刀打ちできていない。
気配を感じさせない瞬速の抜刀、音すら斬る断空の剣閃。
その動きを見切ることができなければ、剣を交えて斬り合うどころの話ではない。
再び一歩を踏み出そうとするザージアズに、今度先に動いたのはアーキスだった。
一歩踏み出すアーキスは、宙を蹴って跳び上がる――重力を無視し空を翔ける、天剣と呼ばれる剣――グランシエルが保つ魔力の成せる業だ。
ステップを踏むように宙を蹴って飛んだアーキスを見上げて、ザージアズは「ほう」と感心したように声を漏らす余裕を見せる。
「それが、その大層な飾り剣の力か」
ザージアズはアーキスの魔法ではなく天剣の力だとひと目して見抜いたのだろう。だが、アーキスはお構いなしに、翔けた上空より上段に構えた天剣を振り下ろして斬りかかった。
ザージアズは身軽な動作で地面を蹴ると後方へ跳びその攻撃をかわす。跳んで笑う余裕をまだ見せるザージアズに、だが、アーキスは再び空中を蹴って、下段に構えた剣を振り抜く。
カァンと響く金属同士の衝突音が聞こえたというのに、傍から見ていたエリンスにもザージアズが剣を振り抜いた動作は見えなかった。弾き飛ばされたのは、アーキスのほうだ。「くっ」と奥歯を噛み締めて目を閉じるような表情を見せながらも、地面を滑って着地する。
「まあ、無暗に力を見せるのが策とは呼べないぜ」
再び斬馬刀を肩に担ぐようにして、ザージアズはにっと笑う。
アーキスの踏み込みは空中から。どこをどう蹴るか、縦横無尽に空を翔ける天剣の力をもって仕掛ける攻撃は予測もつけづらいだろうに、ザージアズはいとも簡単にいなして見せた。
エリンスは呆然と膝をつきながらも目を見開いて、まばたきせずに凝視していたというのに、やはり傍から見ていてもザージアズが剣を振る動作を目視することができない。
師匠にも勝る早業の剣技だ。エリンスの師匠であるシルフィスと言えど、ザージアズのように大きな刃を振り回しはしなかったが。
――ん? と、エリンスはそこで、気がついた。
「天剣、光速に、乗れ!」
再び立ち上がるアーキスは、天剣を握る手にぐっと力を込めるように、視線もザージアズへと向けた。呼応するように白く輝く天剣の剣身が、迸る光を粒子のように振りまきはじめる。
そのまま地面を蹴って飛び上がるアーキスは、上方二メートルくらいの距離まで上昇すると、空を翔けるように光を振りまきながらザージアズとの距離を詰めた。
正面から飛びかかるアーキスの攻撃を、ザージアズは半歩下がって避ける。すかさず地面を蹴ったアーキスが、ザージアズの左側へと回り込んで天剣を振るう。
見えない抜刀――ザージアズはその刃を弾く。だが、アーキスはその勢いを弾き返して光の粒子を纏ったまま宙を翻るように蹴り、ザージアズの右側へと回り込んだ。
するとその瞬間、ザージアズの動きに遅れが見えた。
エリンスにも視認することができたのだ。ザージアズが右腕を振るって、手にする斬馬刀で天剣を弾く様子が。
刃と刃がぶつかる。アーキスは両手で握りなおした天剣に体重を掛けるようにして、「うおぉぉぉ!」と力いっぱいに雄叫びを上げた。
瞬間、両腕で斬馬刀を握りなおしたザージアズは、アーキスの全力にこたえるように力いっぱい振り抜いた。アーキスを吹き飛ばし、にっと笑う余裕を見せるが――エリンスはその隙を見逃さない。
ザージアズが眼帯をする右目側、剣を右から左に振り抜いてできた隙をついて、エリンスは地面を蹴って飛び出した。握る願星に、胸のうちより溢れる白き否定の炎を集めるように意識して――蒼天の蒼に輝いた剣を振り抜き斬りかかる。
ザージアズの赤い左目が焦ったように早く動いたところまで見えて、切り返すように振られる斬馬刀に、たしかな手ごたえを感じながらエリンスは想いをぶつける。
――キィィン!
光り弾け、火花飛び散り。
ザージアズは焦ったような表情を一瞬見せたものの、次の瞬間には楽しそうに口角を吊り上げて後方へと跳んで、エリンスの勢いをも殺し弾き返した。
「ほう、もう気づいたか」
感心したように笑うザージアズに、エリンスは弾き飛ばされながらも重心を前に支えて、地面を滑りながら着地した。
「断空の剣閃、たしかに気配すら断つその剣筋は厄介だけど、二段構えのまやかしか」
エリンスがキッと視線を向けると、ザージアズは嬉しそうに「くっかっか」と牙を見せて笑う。
「なるほど、その力は、ツキノのものと同じか」
エリンスが手にする蒼白に輝く願星の剣身を見つめてザージアズは頷いた。その刹那――ザージアズが手にしていた斬馬刀の二メートルはある刃に亀裂が走り、半ばより砕け折れた。
アーキスは横に並び立つエリンスを見て、にやりと口元を緩ませる。
「見抜いたか」
アーキスが無暗に飛びついたように見せたのは、エリンスに離れた位置よりザージアズの動きを見せるため。打開策を思いつくための、隙を作るための時間稼ぎだったのだ。
「魔力付与――得物に魔力を乗せるタイプの魔法か」
アーキスもエリンスの攻防を見て理解したのだろう。天剣を握る右手をだらりと下げて、一瞬力を抜くようにしてザージアズを睨んだ。
エリンスはツキノの言葉を思い返しながら返事をする。
「あぁ、ツキノの言い方が引っかかっていたんだ」
――「やつは、紙のように軽く剣を振り、鉄のように重い斬撃を放つ。その動作が、妾にも簡単に見切れぬほどじゃ」
「紙のような軽いもので、あんなに重い一撃を放つことはできない。ツキノが『見切れぬ』と言ったのは、魔法を発動させるタイミングだ」
手にする砕けた斬馬刀を投げ捨てたザージアズは頭を掻いて、睨むエリンスへと赤い左目を向けた。
「やはり、余計なことを言ってくれたなぁ……」
昔馴染みというのはそういうものだ、とエリンスは胸のうちで思いながらも、ザージアズの眼帯に覆われる右目を指差して続けた。
「そして、その右目だ。剣士にとって目の動きは大事な情報だ」
見えないということが大きな枷になるレベルの剣筋ではないが、当然ながら見えないということにはそれだけの不利がある。
エリンスがそれを思い出したのは、師匠のことを想ったからだった。片足を庇って引きずりながらも剣を教えてくれた――その背中を思い出したからこそ。
「魔族であれば、目なんてどうとでもできるんだろう」
魔族が持つ高い再生能力のことを思えば、回復など容易いとエリンスも考えた。ただ、ザージアズはそう言われて面白そうに「くくくか」と喉を鳴らした。
「この右目はな、もう戻らねぇ。他でもない、ツキノに斬られたもんだからよぉ」
二人の間にどんな経緯があるのか、エリンスにはわからない。だが、ザージアズは「楽しくなってきた」と笑い、腰に差した刀へと手を添えた。
「別にあいつのことは恨んじゃいねぇよ。もう200年以上も前、俺が仕掛けた決闘の結果だ」
一人で笑うザージアズに、エリンスもアーキスも素直に恐怖を感じた。
「そうこなくっちゃなぁ。くくくかかかか! 勇者候補生、面白い。ツキノと同じ力を持つエリンスに、空飛ぶ剣を振るうアーキスか」
改めて並び立つ二人の勇者候補生を見比べるようにしたザージアズは、笑いながらも言葉を続けた。
「かかかかくく! 二人同時に斬っちまうには惜しいなぁ。俺にこっちの刀を抜かせるのは、何十年振りのことか」
腰に巻き付けていた紐を振り解き、刀を鞘ごと伸ばした手の先で構えるザージアズ。
「この前斬った勇者候補生も、こっちまでは届かなかったからなぁ」
――この前斬った勇者候補生?
エリンスがその言葉に引っかかったのと同時に、アーキスもまた固唾を呑んだ。
「勇者候補生を、斬った?」
エリンスが聞き返すと、ザージアズは「あぁ、悪い悪い」と笑いながらこたえる。
「それも言い方がわりぃな。斬ってはないんだ。斬ろうとしたところで、マーキナスに邪魔されちまったから」
マーキナス――また先ほどから口にしている魔族の名だ。
一瞬の間、妙な静けさが漂って、張り詰める緊張感にザージアズは「うん?」と不思議そうな顔をした。
「……おまえは、斬り合う相手の名前を聞く主義だったよな」
何かを考えるように俯いたアーキスがぽつりと言葉を呟く。
「ん? あぁ、俺ぁーな、戦った相手のことはちゃんと覚えておく主義だぜ」
その返事を聞いて静かな声で、しかし、重い視線を向けてアーキスは顔を上げる。
「誰と、戦って、誰を、斬ろうとしたんだ」
妙な顔つきをしているアーキスのことを見やって、ザージアズも笑うことを止めて真剣な顔をしてこたえた。
「そんなに気になるか。あいつも強かったぜ。嵐のように吹き荒れる剣技、もっとちゃんと、最期まで相手をしてやりたかった」
エリンスはその言葉を聞いて、嫌な予感が当たらなければいいと思った。だけど無情にもそんなエリンスとアーキスの気も知らずに、ザージアズはその名を口にした。
「メルトシス・F・リカーリオって言ったか。あいつも、骨のある勇者候補生だったよ」




