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再訪の港町タンタラカ


 三月七日さんのつきななのひ。エリンスたちが熱砂の港町にさようならを告げてから三日が経った。航海は順調で特に何事もなく、人々を乗せた魔導船は南の地から北を目指して海を進んだ。


 そうして訪れたのは、ひと月前に寄った炭鉱の港町タンタラカ。

 エリンスの父レイナルが下調べをした通り、サロミス港からラーデスア直通の魔導船は運航されていなかった。要はさらに北を目指すための中継地点として立ち寄ったところなのだが、やはりタンタラカに着いたところで状況が変わるようなこともなく、ラーデスア行きの魔導船は運航中止とのことだ。


 移動中の船内でも他の乗客らの話題は、ラーデスア帝国を襲った魔族軍の話で持ちきりだった。

 世界を襲った脅威。セレロニアを襲った幻英ファントム。そして、北の帝国を壊滅に追い込んだ魔族軍。全ては一つの道筋の元に繋がっていて、そこにはやつの、何らかの目的が潜んでいる。

 幻英ファントムの野望を阻止するためにも、軌跡の旅を急ぐエリンスたちではあったのだが、魔導船が動いていないとなると打つ手がない。

 レイナルが魔導船の運航を取り仕切っている港の海運商会(勇者協会の支部)へ掛け合ってくれている間に、エリンスたちは情報収集と、他にやるべきことを果たすために町へと向かった。


 山に囲まれたタンタラカ。背の低い建物ばかりが並ぶ赤茶色のレンガ道の表通りには、昼間から街灯となる炎が揺らめいている。ぼんやりと揺れる熱気に乗せられたように響く金属を打つ槌の音。店先には商人が並び、あちらこちらから声を張り上げて客を呼び込む。人通りもそれなりにあった。

 武器や防具、金物を扱う店の看板ばかりが並ぶ町のメインストリートを包む熱気は、前回訪れたときと変わらないものに思えた。


 一歩前をいくエリンスが後ろを振り返れば、アグルエは「んーんぅ!」と気持ちよさそうに腕を伸ばして背筋も伸ばす。

 さらさらと流れる金髪を揺らしながら首を振り、久々の大地を堪能しているかのようだ。いつも通りのえんじ色のコートを羽織って、胸元にフリルのついた白いシャツという出で立ち。黒のロングスカートを蹴るようにして、ブーツを履いた足を一歩踏み出す。


 三日間とは言え、狭い船室暮らしが続くと身体にもこたえる。

 砂漠用装備から着替えて、いつも通りの軽鎧ライトアーマー姿に戻ったエリンスも(荷物は全部亜空間へとツキノがしまってくれている)、その点には同意するようにして、後ろをついて歩いてくる二人のことを横目で眺めていた。


 アグルエの横には、青い瞳を細めて、そんな彼女の様子を微笑ましそうに眺める新しい仲間がいる。

 マリネッタ・S(セレロニア)・リィンフォード。エリンスとアグルエと数々の縁を経て、同盟パーティー入りを果たした勇者候補生だ。

 薄い水色のローブを肩から羽織って、大きな杖を背負ういかにも魔導士という格好をしている。青い髪を結って肩から流し、全身に纏う清廉な態度は、清く流れる水の如く、透明感まで纏った凛としたもの。

 勇者候補生ランク第五位の名誉を背負って、その名に国を背負うマリネッタだ。旅の目的も抱えるものも、彼女には背負うものが多い。ただ、同盟パーティーの一員としてついてきてくれてアグルエの横にいてくれることが、エリンスとしても心強い。

 そんなマリネッタの加入を正式なものとするために、勇者協会へ同盟パーティーの申請を出す必要があった。それがタンタラカの町へと繰り出した目的の一つだった。


 三人が勇者協会へと続くメインストリートを歩いていると、道に並行するように走る魔導列車トロッコが、山のように積んだ鉄鉱石の類を乗せて運び走ってゆく。がたんごとん、と線路の繋ぎ目で揺れる魔導列車トロッコの音につられて、アグルエは目を輝かせていた。その肩の上では白い毛量ある尻尾を揺らした狐姿のツキノがくすりと笑う。

 前回訪れたときもそんな調子だったな、とどこか懐かしくもなって笑うエリンスに、マリネッタは「はぁ」と呆れたようにため息を吐いた。


 二月にのつき――まだ寒い時期に訪れたひと月前と変わって、町を包んだ熱気は一層熱いものに変わっていた。三月さんのつきともなれば冬も終わり、春も近い。霊峰を覆う雪景色にも変化が見られる頃合いだろう。

 だけど、表通りを一歩進むごとにエリンスが覚えた違和感は、そんな季節の変化によるものではなかった。


 世界を襲った脅威の話は人々の不安を煽り、魔導船の乗客らの中でも噂になるほどだ。セレロニアとラーデスアの中間地点に位置するタンタラカでは、それこそ先の一件の影響が大きいと思っていた。だけど、どうも混乱や不安とは程遠い空気感に思えたのだ。

 道をゆく人々も店の前に並ぶ人々も笑顔に溢れている。客の呼び込みなんかにしても、前回訪れたときより一層活発なように思えた。

 それに加えて、何かにつけて看板や暖簾として目に入ってくるのは、『聖女』という文字。かわいくデフォルメされた白いケープに白いフードを被る、ピンク髪の優しそうな顔をした女性のキャラクターまでも描かれている。

 とある商店の前に並ぶ露店には、『聖女様の置物』と称された木彫りの人形や、その聖女のキャラクターを象って焼かれたクッキーなんてものまでもが並べられ、売られていた。


「一体これは……」


 少しの戸惑いを覚えて、エリンスは歩みを進めながら首を振り辺りを見渡す。そんなエリンスに続けて、マリネッタも「うーん」と首を傾げた。

 どういうことだろうと顔を合わせる二人に対して、いつの間にかクッキーを買って手にしていたらしいアグルエは、ぱくりと咥えながら頷いた。


「なんだか、お祭りみたいだね」


 彼女がのんきにそう言った通り、人通りはそこまででもないが、セレロニアで見てきた七色祭しちしょくさいの街並みを彷彿とさせる光景だった。

 聖女と言えば、聖域を目指して霊峰を登った際にも耳にした。かつての勇者同盟ブレイブパーティー、ランシャ・スターンスを指す言葉だ。その生まれ故郷が近いこともあり、タンタラカにとっても縁があることはわかる。

 ただそれにしても――と考えてしまうエリンスに、唐突に声をかけたのは露店商の女性だった。


「勇者候補生様! お嬢さん方に、この聖女のケープはいかが?」


 身なりが整った品のいい女性が手にしているのは、折りたたまれたケープ。白地の生地に金色の刺繍で紋様が刻まれるものだ。

 呼び止められたエリンスは視線を固まらせてケープを凝視し、『お嬢さん方』と呼ばれたアグルエとマリネッタは顔を見合わせている。

 なんら魔法的な効力もない普通のケープに見えるが、そこそこ値の張る値札が露店のカウンターの上には置かれていて、それを見たマリネッタは首を横に振ってアグルエの腕を取った。


「間に合ってます!」


 いわゆる観光地価格だと悟ったらしいマリネッタの視線がエリンスに突き刺さり、エリンスもたじたじとしながら頷いた。

「そうですかぁ」と返事をした露店商の女性は、マリネッタが断ってもニコニコとした調子で、折りたたまれたケープをカウンターに並べる。

 エリンスは咄嗟に疑問を口にした。


「どうして、こんなに賑わっているんですか?」


 断った手前聞くのもどうかと思ったエリンスだったが、女性は機嫌よさそうにこたえてくれた。


「そりゃもう! この町には聖女様がついていてくれるからぁ!」


 女性もその質問の意図を察してくれたらしい。

 ただそれでも、にわかにはその言葉の意味がわからなくて、エリンスとアグルエとマリネッタは三人して顔を見合わせた。


「再誕されたんだよ。かつて、魔竜を率いて魔王と戦ったランシャ様みたいに! 魔竜を従える聖女様が!」


 よく通る明るい声で笑顔のままこたえてくれた女性の言葉に、エリンスは信じられないながらもどこか納得した。

 町の様子が以前立ち寄ったときと変わっていること。この町を包んだ熱気の正体を考えるに、きっとそれは本当のことなのだろう。


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