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幕間 勇者協会の動きと勇者候補生の巡り


 ファーラス勇者協会、本棚と大きな置時計が並ぶ執務室。大きな机と大きな椅子、その席は空席で、部屋の主は苛立ちを隠せないように部屋の中をいったりきたり。

 ごーんごーんと正午を知らせる鐘が鳴り、静かな部屋に響き渡った。


 ついには立ち止まって足を震わせているのは、赤いローブにとんがり帽子を被る女性――。ファーラス勇者協会責任者であり、勇者協会総本部より赤の管理者を任命されているリィナーサ・シャレンだった。


――コンッコンッコンッ!


 と、慌ただしいノック音が鳴り響き、リィナーサが返事をする前に扉が開いた。

 扉を身体で開けるように押して執務室に飛び込んできたのは、ローブを頭から深く被った協会職員の一人。


「通信の準備ができました」と、両手で抱えるようにして持っていた大きな箱を執務室のテーブルの上にどすんと置いた。


「そう、ご苦労」


 リィナーサが感情を押し殺したように返事をすると、職員は一礼してから部屋を飛び出していく。

 バタンッと扉が閉まったのを確認してから、リィナーサはテーブルの上に置かれた箱へと近づいた。


 その大きな黒い箱(キューブ)は、遠くの者と連絡を取り合うための魔導具だ。

 古代魔導技術ロストマナを元に改良されて作られたそれは、多大な魔素マナを消費するため、実力がある者同士でしか扱うことができず、有事の時にしか取り出されない。

 そっと手を添えると、身体にずしんとした重みがかかり、リィナーサは表情を一瞬歪ませた。次第にその負荷も軽くはなるが、長時間の使用は禁物だ。

 リィナーサが魔素マナを込めるなり、キューブが淡い輝きを放つ。そうして、部屋の中に四人の影が浮かび上がった。


 白髭を蓄え、豪勢なローブを羽織る白髪の爺さん――。

 齢70を超える勇者協会最高責任者、マースレン・ヒーリック。


 猫背に加えて、勇者協会の白い制服もだらしなく着こなす無精髭に、眼鏡をかける男――。

 ただ油断は見せない白の管理者、クルト・クルシアル。


 大きな杖の上に胡坐を掻いて座り居眠りする様子を見せる小さな爺さん――。

 鼻提灯が割れて目を開ける青の管理者、プラズ・フーテンス。


 物静かに全員のことを見定めるようにする、糸目笑顔の貴公子――。

 クイッと下がる眼鏡を上げる緑の管理者、フローヴェル・アムニス。


 そして最後の五人目に、ファーラスより連絡を繋いだ赤の管理者であるリィナーサが並んでいた。


 映像はいき届いているようだ。


「あーあーあー、繋がっていますか」


 確認のために声を出すリィナーサにこたえたのは、相変わらずの器用な様子で、直立に立てた杖の上に座り続けるプラズだった。


「声も繋がっておるぞ」

「こうしてこれを使って連絡を取り合うのも久しぶりですね。去年の十二月じゅうにのつき以来でしょう?」


 のんきな調子に見せかけて、ただその細い目から鋭い輝きを放ち続けるのはフローヴェル。

 リィナーサとしては挨拶もしないで、とっとと本題に入ってほしかった。最前線にいる身としては、時間もあまりない。


「うむ……」


 と静かにそれぞれを見たマースレンが頷けば、四人の管理者にはそれだけで緊張が走って皆押し黙る。

 そんな雰囲気を破って口を出したのは、クルトだった。


「黒の管理者ネムリナはやはり……」


 この場に姿がない唯一の者、それがラーデスアにある黒の軌跡を管理する立場にいた女性、ネムリナ・エルシャルズだった。


「連絡がつかなかった」


 そう首を振りながらこたえるリィナーサに、それぞれは黙り込んで俯いていた。

 今やラーデスアの勇者協会とすら連絡が取れない状況だ。黒の軌跡がラーデスアから少し離れた場所にあるとはいえ、あの地帯はもう――。彼女が無事であるという保証もない。


「リィナーサも忙しいじゃろう。のんきに話を進めている場合でもないぞ?」


 考えるリィナーサの表情を察したのか、そう話を引っ張ってくれたのはプラズだった。


こっちからでは全く状況も掴めませんよ」


 やれやれと首を振るフローヴェルに、プラズは「うむ」と頷いてこたえた。


こっちの次の狙いが、ラーデスアじゃったとはな」


 こうして、それぞれの勇者の軌跡を守る勇者五真聖ゆうしゃごしんせいが一同に連絡を取り合う理由。それはもちろん――ラーデスアを襲った魔族軍の件だった。


「ってことで、マースレン様、手短に頼みます」


 苛立ちを押し殺してリィナーサが言うと、マースレンは頷いた。

 他でもない『緊急事態』の連絡召集をかけたのはマースレンだ。


「勇者協会も全力で事に当たっている。ラーデスアの状況は、簡単にじゃが連絡が入っておる」


 そうは言うものの、どっしりと構えたままのマースレンに、ついにはリィナーサも苛立ちが隠せなかった。


「えぇ、それがいいです。って言っても、もう手遅れでしょうが」


 リィナーサのややきつい言い方に、一同は息を呑む。


「手遅れって……」


 苦笑しながらも口を開くクルトに、リィナーサは首を振って言葉を重ねた。


「壊滅ですよ。端的に言ってしまえば、もう」


 勇者協会の職員たちも出回っている新聞記事を目にしているだろう。あそこに書かれていること、写っている光景は現実なのだ。


 マースレンも目を瞑り俯いてリィナーサの言葉を聞いていた。ただ、険しい表情は動かさない。


「勇者候補生の旅を優先している場合でもないのでは?」


 そう言ったのは一番遠いところから眺めているフローヴェルだった。

 それがリィナーサの癪にも触り、ただ、マースレンは固く首を横に振る。


「否、巡り(・・)は最優先事項。魔界(むこう)がどうなっているかはわからぬが、そこは揺るがぬ」


 力強い眼差しで威圧するような雰囲気に、フローヴェルも冷や汗を垂らしながら「そうですか」と返事をしていた。

 リィナーサは出かかるため息を呑み込んで、口を開いた。


「ファーラスとラーデスアの緊迫した状況、セレロニアに現れた例のやつら。まんまと陽動に動かされてしまったものですね、勇者協会も」


 幻英ファントムの出現は世界を揺るがした。

 あの一件以来、勇者協会もセレロニアの警護に力を向けたのだ。

 その結果、隙をつくようにして魔界と繋がるゲートが抑えられて、ラーデスアへの侵攻を許す事態となった。

 今回の緊急事態が、幻英ファントムの出現からはじまっていることはこの場にいる誰もが理解している。


幻英ファントムがついには動き出した、と」


 未だ気が抜けたように言うクルトに、リィナーサはこたえない。


「海の向うじゃそう実感もないかもしれんがのう」


 そうこたえたのは、つい先日、幻英ファントムと直接対面をしたプラズだった。


「ただ事ではないのは、伝わっていますよ」


 そう首を振るフローヴェルであったが、リィナーサからすればやはり緊張感に欠けていた。

 いまいちまとまりの足らない彼らをまとめるようにして、マースレンは「うむ」と咳払いをしてから言葉を続けた。


「事態は刻一刻を争う。シスター(・・・・)にはもう動いてもらっている」


 マースレンはそう言うが、リィナーサはついには我慢できずに「はぁ」とため息を零した――遅すぎるだろう、と。


「予測できたんじゃありませんか? マースレン様になら」


 幻英ファントムの動きは読めなかったのだろうか。読めていたはずだろう、とまで思ってしまう。


「何故、そう思う?」


 ただ、マースレンは首を横に振ってから聞き返した。


「そのために結界術師(・・・・)を動かしていたのでしょう? 西(うち)にもきましたよ」

「ふっ。あやつはあやつで、勝手に動いているだけじゃな」


 鼻で笑うようにするマースレンは「知る由もない」とそういった調子だ。

 プラズも何やら言いたそうにマースレンのことを見つめていた。


「プラズよ、何か言いたいことでもあるのか?」


 マースレンもその視線には気づいていたのだろう。

 プラズは柔らかい表情で首を横に振る。


「いや、ありませぬよ……」


 こうして互いに牽制し合うような空気でいても仕方がないのは、リィナーサもわかっていた。現場は本当に刻一刻を争っている。


「で、勇者協会として動くのはわかっていますが、こっちも最前線を抑えるのにファーラスの協力を得てやっとです。それに、被害も出ている。

 今はまだラーデスアを壊滅させたほどの軍隊が動いていないからいいですがね。それがいつこっちに向くか。援軍は至急ほしいです」


 リィナーサもここ数日、指揮系統の統一、難民の避難などに手間取って働き詰めだ。もう二日は眠ってもいない。


「相手の大将の狙いはなんだ?」


 クルトが聞いてくるが、そんなことをリィナーサも知らないところだ。聞かれても困ってしまう。


「それがわかったら苦労はしませんって。幻英ファントムの差し金なのは間違いないですけど」


 リィナーサの苛立ちが皆にも伝わっているのだろう。他の管理者らは困った顔を見合わせるようにしている。

 ただ、マースレンは「ふむぅ」と頷くばかりだった。


「唸るばかりでは、事態は変わりません」


 ついにはマースレンに口を出すリィナーサを見兼ねたのか、フローヴェルが「まあまあ」と手を上げて口を出した。


「苛立っても事態は変わりませんよ?」


 リィナーサも「ぐっ」と押し黙ってしまった。

 勇者協会の空気も悪い――フローヴェルの言うことももっともだと思い、リィナーサは一息吐いた。


「援軍の件は了承した。シスターに状況を探らせている。わしも独自にあちらへ連絡を取ってみよう」


 マースレンはリィナーサを宥めるように目を向けてそう言った。

 リィナーサは静かに頷く。


「結局ぼくらは?」

「勇者候補生の巡りは最優先、でしょう?」


 そう聞くクルトへとフローヴェルは顔を見合わせて頷いて、マースレンも静かに「うむ」と頷いた。


 リィナーサが最前線に出られない理由もそこにある。

 結局後ろで指揮系統を整えて、状況を見守ることしか許されない。

 マースレンが何かを隠しているのは明らかで、勇者協会も一枚岩ではないのだ。


 リィナーサの「はぁ」という大きなため息を合図にして、通信は切断された。

 執務室の中に浮かび上がっていたそれぞれの影が消えたところで、身体にかかる負荷のせいだろう、リィナーサは思い出したかのように眠くなって、大きな欠伸を零した。



 ラーデスア帝国の壊滅。世界に轟く悲鳴は、確実に勇者協会にも届いていた。

 しかし、今日も勇者候補生たちは世界のために旅を続けて、世界のために軌跡を巡る。それは200年前より変えることのできない、この世界の仕組みだったのだろう――。


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