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鏡偽の魔王候補生


「一体、これはどういうことだ!」


 困惑したように声を上げたのは、兵士二人を引き連れて駆け寄ってきたサロミス王だった。剣を手にして威厳を携えたまま、ただ二人のミルティスナを見比べるようにして、驚きは隠せていない。


「お父様、この者こそが、偽物なのです!」


 露出がやや目立つ踊り子風の服装をしたミルティが、偽ミルティスナを指した。


「よくも、いけしゃあしゃあと!」


 偽ミルティスナは震える指をミルティに突きつけて、声すらも震わせていた。


 ミルティと偽ミルティスナの注意がそちらにあるうちに、と考えたエリンスはジャカスと顔を合わせて頷き合図を送る。

 エリンスが一歩を飛び出したところで、止めようと出てくる兵士をジャカスが大剣で抑え込んだ。

 一歩を踏み出し跳び上がったエリンスに、肩の上からツキノが叫ぶ。


「今じゃ! エリンス!」


 もう一人飛びかかってきた兵士をツキノが飛び出しタックルで抑えると、エリンスは剣に胸の内より溢れる白き炎を集めた。

 蒼白に輝く願星ネガイボシが、憎いほどの熱さを持った太陽光に煌いた。


 偽ミルティスナは驚いたように固まって、ただ焦った様子で飛び退く。だが、エリンスはその隙を見逃さない。

 振り抜いた剣より放たれた白き光を帯びた一閃が、偽ミルティスナを両断した。


――パキーン!


 ガラスが割れるような音が響いた気がした。空間に歪んだような亀裂が走り、そして、飛び退いたドレス姿の偽ミルティスナは、まるで殻が破られるようにしてその真実の姿を露わにする。


 身体のラインが浮き出る黒いボディースーツには、煽情的な身体つきが際どく浮き出ている。赤い瞳に額の左より伸びる一本の大きな角。長い尾のように結ばれた灰色の長髪と、背中ではにゅるにゅると動く細い黒い尻尾が揺れていた。

 伸びる爪は真っ赤に染められて、スラッとした出で立ちは、先ほどまでのミルティスナの印象とは正反対。


「ネマの一族、鏡偽の魔王候補生じゃ!」


 ツキノが叫び、その姿をひと目した兵士たちや国王は驚いたようにして表情を強張らせた。


「見破ったり!」


 エリンスが着地して剣を構えなおすと、その魔族は悔しそうに表情を歪める。


「本当の名はなんという!」


 続けてそう聞くと、彼女は観念したように顔を逸らしてから「ちっ」と舌打ちを鳴らした。


「そうかぁ、あんたがエリンス・アークイル。アグルエの姿はないようねぇ……」


 彼女はエリンスのことを知っていた。


――やはり、魔王候補生の一人!


 エリンスは姿勢を低く構えて、目を逸らさない。


「わたしはピスティー・ネマ。そうよ、鏡偽きょうぎの魔王候補生。

 せっかくわたしのための楽園を、幸せを、手に入れたってのに、よくもまあ……壊してくれたわね」


 強い怒りに満ちた表情にエリンスは怯みそうにもなったが、ただ力強く睨み返した。

「うっ……」とうめき声を上げたのは、その姿を見ていたミルティだった。


「ミルティ!」


 ジャカスが心配したように駆け寄って、膝をつき倒れそうにもなるミルティを支えた。


「思い出した」

「あぁ、俺もだ!」


 ミルティとジャカスは同時に、ピスティーを睨みつけた。


「あの時、砂漠で出会ったのが、魔族だった!」


 ミルティはピスティーと出会っていたらしい。


「鏡偽の魔法は、映し出す対象と接触する必要がある。その時のこともショックを与えて、忘れさせたのじゃな!」


 エリンスの肩の上に飛び乗ったツキノも納得したようにして頷いている。

 ミルティとジャカスは支え合うようにして顔を合わせて頷いた。


 ピスティーはミルティを待ち伏せしていた。その目的は、国を乗っ取り自分のものとするため。ピスティーの目的は、魔王候補生としてではない。最初から己のためだった。


「せっかく、わたしの世界を手に入れたのに!」


 怒ったようにするピスティーに、それを見据えたサロミス王は膝をついて愕然としてしまう。


「なんということだ、姫が……偽物だった……?」


 玉座で見たような威厳もない。ただただ何か絶望したようなその表情に、ピスティーは構う素振りも見せずに腕を振り上げた。


「いいわ、こうなったら、全て消してあげる。ここは! わたしの! 楽園だぁ!」


 キンキンと響く声を上げて叫ぶピスティーに、エリンスは剣を構えて向かい合った。


「身勝手な!」

「うるさい!」


 右腕を構えるピスティーの爪が剣のように伸びた。

 そのまま振り下ろすようにしてエリンスへと飛びかかり、五本の爪で切りかかる。

 エリンスが剣で弾くと、ピスティーはすぐさま左腕を振るって、同じように伸ばした爪で切りかかる。

 ミルティが飛びかかってくるのが視界の隅に見えて、エリンスは入れ替わるようにして飛び退いた。


――キィン!


 と響くのは、ミルティが短刀でピスティーの爪を弾いた音だった。


「よくもわたしに成り済まして!」


 ミルティもミルティで怒りを露わにしている。


「おまえはこんな国、いらなかったんだろうがぁ!」


 ピスティーが力任せに爪を振り抜こうとして、ミルティは魔法の詠唱をはじめた。ミルティが地面に手をつくと、突き出す岩の槍。


「でも、あなたにあげた覚えもない!」


 ピスティーはそれを横へとかわして、ただミルティはもう一度地面へ手をついた。


岩槍衝アースグレイブ!」


 突き出す岩の槍が避けるピスティーへと突き刺さったかのように見えた。だが、ピスティーは左腕を大きく振るって、その岩の槍を切り裂く。


「なんてことだ……」


 そんな二人の戦いの様子を眺めていたのは、未だショックを受けているサロミス王だった。

 ピスティーは狙いを力が抜けた国王に定めている。それを受け止めるために間に割り込んだのはミルティだった。

 エリンスは、戦いをミルティに任せた。ミルティと交わした視線に感じた覚悟を信じることにして。


「お主は、お主の都合のいいところしか見ようとしなかった」


 戦いを繰り広げる二人の前で、エリンスの頭の上から語りかけたのはツキノだ。


「今、国のために戦っておるのは誰じゃ? あやつのことをちゃんと見てやれ」


 ツキノにそう言われて、サロミス王は言葉を失ったようにしたまま、見開いた目でツキノを見上げていた。


 エリンスもツキノの言いたいこと、その言葉の意味を理解する。

 国王とミルティの関係――。

 偽物を見抜けないのは都合のいいことだけを見ようとして、ありのままの真実を見ようとしなかったからだ。己の信じたことだけを押しつけて、彼女と向き合わなかった結果なのだ。


 ミルティが短刀を振り抜き、ピスティーの爪を一本砕いた。

「ぐぅ!」と悲痛な声を上げたピスティーに、ミルティは笑って返す。


「人間風情がぁ!」


 怒りに任せて腕を振り上げるピスティーに、ミルティも苦しそうな表情をしながら魔法の詠唱をはじめた。息も上がって体力も限界ではあったのだろう。


「くぅっ、岩槍参衝トリプルグレイブ!」


 振り下ろされる爪を避け、地面に手をつくミルティの足元に黄色い魔法陣が輝き出す。

 すると、隙のできたピスティーの周囲に三本の槍のようになった岩が突き出した。斜めに組まれる岩の槍に、ピスティーの身体が挟まった。


「な、なんですってぇ!」


 驚いたように声を上げたピスティーは、岩に挟まり動けなくなったようだ。爪を振り払って岩の槍を砕こうと試みる。

 ミルティは笑って膝をついて、その横顔をエリンスとジャカスに向けて口を開いた。


「あとは、頼んだ! わたしの相棒!」


 その言葉を合図にしたようにして、ジャカスが一歩を踏み出し、大剣を振りかぶった。その視線の動きに合わせて、エリンスも同じように一歩を踏み出して、手にした願星ネガイボシを振り上げる。


――二人の息遣い、剣の振りが重なった。


 勢いよく踏み締めた一歩、二人の鼓動までもが重なって――。

 それは幼き日に積み重ねてきた、修行の記憶。

 大事なのは息遣い、それに相手との距離を測る間合い――その一歩。呼吸までをも合わせた二人は跳び上がった拍子に両手でそれぞれ剣を握り締めた。


――「エスライン流!」


 張り上げたジャカスの声に合わせて、上段に構えた剣に二人が力を込めた。

 左右対称に同じ構えを取る二人が狙いを定めるは、未だ身動きが取れなくなった魔王候補生。

 それは、夜空に浮かぶ月をも断つ一撃だと師匠は教えてくれた――上段から振り下ろされる一刀。


「新月!」――。


 エリンスの張り上げた声に合わせて、二人は同時に刃を叩きつけるようにして振り下ろす。右と左、同時に同じように振るわれた剣閃が、岩に挟まるピスティーへと襲いかかった。

 身動きの取れないピスティーに、交差する一撃を避ける術もなく――。


「ぎゃああああああああ!」


 派手に飛び散る赤い鮮血に、最後は岩の槍に磨り潰されるようにして、魔王候補生は断末魔を上げて消え去った。

 剣を振り抜いた体勢のまま、エリンスとジャカスは顔を合わせる。少し気まずそうな顔をした同郷の勇者候補生ではあったが、ミルティが浮かべた笑顔につられて、二人も自然と笑い合う。


 想いは届く。その一振りに乗せられて――。

 疑念に囚われた王国に迫ったただ一人の支配エゴは――そうして断ち切られた。


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