同郷の勇者候補生
絞首台の上、外套を振り払って姿を露わにしたのは、やや露出も目立つ踊り子のような服装をした身軽なミルティ。
対して、絞首台の横のステージからそのミルティを睨みつけたのは、クリーム色をした民族ドレスを身に纏う偽ミルティスナ。
「その者こそが、わたしの偽物です!」
指を差したミルティは、凛とした通る声でそう宣言する。
一時表情を歪めた偽ミルティスナではあったが、凛とした表情を取り戻して叫び返した。
「何を言いますか! 破廉恥な格好をした、偽物が!」
「は、破廉恥って! かわいいでしょ!」
同じ姿同じ声で言い合う二人に、その場に居合わせた兵士たちも驚き戸惑って動きを止めていた。
「何をしているのです! 早く捕えなさい!」
痺れを切らした偽ミルティスナが足を上げてヒールを床に打ちつけると、兵士たちも意識を取り戻したようにして、絞首台を囲むように動きはじめた。
陣形を整えられて、偽ミルティスナの周りにも数十人の兵士が並ぶ。
「近づけないか」
隙があればと見ていたエリンスではあったが、これでは偽ミルティスナに近づくことはできない。
偽ミルティスナに魔導霊断の一閃を浴びさせることができればよかったのだが――。
「うむ、この状況をどうにかするしかないのう!」
肩の上から顔を出すツキノに、エリンスは頷いた。
――ここまできたらもう考えることもない!
横にいるミルティも腰に携えていた短刀を構え、魔法の詠唱をはじめた。
「うちの兵士たちだけど、ごめんね!」
そう言って絞首台を飛び降りて地面に手をつくと、その場に浮き上がったのは黄色に輝く魔法陣。地面より突き出た槍のように尖った岩が、絞首台を取り囲む兵士たち数人を弾き吹き飛ばした。
事態をただ眺めていた野次馬たちも、その様子を見て避難をはじめる。
周りに被害を出すわけにはいかないだろう。
エリンスもミルティも、ハシムもヨーラもその点は十分承知している。
絞首台の下では起き上がったジャカスが素手で構えを取る。
捕えようと槍を構えて接近する兵士に、殴りと蹴りで応戦し、飛びかかってくる兵士を弾き返す。長いリーチを誇る槍を相手に、懐に飛び込んでうまく立ち回っている。
エリンスも絞首台より飛び降りて、偽ミルティスナに近づこうと踏み出すのだが、兵士の群れに阻まれる。
傷つけないようにと気をつけながら応戦し、槍の柄を剣で弾き返して、距離を取る。
「何をしているのです! 相手はたかが三人!」
叫ぶ偽ミルティスナに、返事をしたのは高く跳び上がったハシムだった。
「三人じゃ、ないぜ!」
何か大きなモノを担いで跳んだハシムは、ジャカス目がけてソレを投げつけた。
――ざしゅん!
と大きな音を立てて、ソレはジャカスの目の前に突き刺さった。
「ご注文の品は、そちらで大丈夫かい!」
商人のようなことを笑顔で口走ったハシムに、ジャカスは驚いて目を丸くしてソレに手をかけた。
鞘に納まることがない剥き身の幅広い大きな刃。何ものにも囚われない表れであるソレは――いつもジャカスが担いでいた大きな剣。
投げつけたハシムも腰に差したサーベルを抜いて、ヨーラと共に兵士を相手にしている。
「気が利くじゃねぇか……」
一時呆然としたジャカスに飛びかかる兵士を、ミルティが魔法を詠唱して岩の槍で吹き飛ばす。
ジャカスが腕鳴らしに、と大剣を振るうと、もう一人兵士が弾き飛ばされた。
エリンスも兵士を一人いなして弾いて、二人の元へと跳び寄った。
背中を合わせるようにして立つ三人の勇者候補生。
取り囲む兵士たちを一瞥して、エリンスは口を開いた。
「腕はなまってないか?」
「はん、落ちこぼれが。誰に言ってるんだ?」
笑うジャカスに、エリンスも口角を吊り上げて剣を構えなおした。
ミルティもそんな二人のやりとりを嬉しそうに聞いて、短刀を構えなおす。
ただ、のんきに言葉を交わしている暇もないだろう。
三人のことを取り囲むように集まった兵士たちが次々に槍を手に飛びかかってきた。
「うむうむ、それでこそ、あの師匠の弟子じゃ!」
一際嬉しそうにエリンスの肩の上で頷いたツキノに、ただジャカスは言い返した。
「一番弟子として、負けられないな」
エリンスは聞き捨てならないとすぐさま口を出す。
「は? 一番弟子は、ツキトだっただろ」
「あぁ? 俺が最初の一番弟子だろう?」
飛びかかってくる兵士を一人、また一人と弾き返しながら会話をする二人。
ミルティも二人を見ながら魔法を唱えて、兵士を弾き、ツキノも嬉しそうに笑っていた。
「妾が一番弟子じゃぞ!」
跳び上がるツキノは、いつの間にか口に巻物を咥えていて、首を振るなり結ばれていた紐を解き放った。
白地の巻物より飛び出したのは、青白い炎。
「狐火!」
兵士たちは降りかかる青白い炎に戸惑ったように逃げ惑う。
「いーや、俺だっ!」
飛びかかってきた兵士を二人まとめて大剣で薙ぎ払ったジャカスは、笑いながらそうこたえる。
エリンスも一人兵士をいなして吹き飛ばして――。
「いやまあ、ここは俺も張り合うところなんだろうけど……」
シルフィスの一番弟子は自分ではなかった、と遠慮をして考える。
そんなエリンスの背後に迫った兵士を、ジャカスが弾き飛ばす。
「おまえらしいな」
「ほんとじゃ」
二人の幼馴染は笑って――ツキノはエリンスの頭の上に着地した。
そのようにして次々と兵士を薙ぎ飛ばす三人に、偽ミルティスナは怒鳴り声を上げた。
「どういうことですか! どうして誰も止められないのです!」
怒りを露わにした偽ミルティスナに、側近の兵士の一人がこたえた。
「姫様が、騎士団長たちを砂漠の調査に向かわせたから……」
それが余計に、偽ミルティスナの怒りに触れたのだろう。
「言い訳は結構!」
腕を振り払った偽ミルティスナは、その兵士を軽々と吹き飛ばした。
吹き飛ばされて尻餅をついた兵士は、驚いたようにして偽ミルティスナを見上げていた。
「姫様!」
叫ぶ兵士の声に、偽ミルティスナはハッとしたように向きなおって――。
「観念しろ! 魔王候補生!」
剣を構えたエリンスは偽ミルティスナの前に着地した。
「くっ」と顔を歪めた偽ミルティスナは、よろよろと数歩下がる。
「魔王? 候補生……?」
その言葉を聞いて何やら考えるようにしたジャカスではあったが、横に並んだミルティがすぐさま補足した。
「魔族、わたしたちの討つべき相手だ!」
ちょっと説明は足らないけれど、とエリンスは考えながらも、構えた剣から力は抜かない。
「わたしの偽物さん、よく好き勝手してくれたねぇ」
短刀を片手に振って、「追い詰めたぞ」とばかりにニヤニヤと笑うミルティ。
偽ミルティスナはついには表情を固めて――二人のミルティスナ姫は対峙した。




