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説得と仲違い


 エリンスは兵士の一人に案内されて、サロミス城の地下牢を訪れた。

 階段を少し降りて、半分ほど地下へと下ったところで、砂埃が舞う粗末な空間が広がっていた。

 地下牢を照らしているのは、天井付近に空いた鉄格子の嵌った小窓より差し込む光のみ。同時に風に吹かれた砂が舞い込むために、ただでさえ湿っぽく暗い地下牢は最悪の環境に置かれている。湿気っぽいというのに、暑さは外とそう変わらない。


 兵士も口元を押さえて進んで、エリンスは静かにその後をついて歩いた。しばらく進んで一つの牢の前まで案内されると、兵士が目線で合図を送ってくる。この牢にいるのだろう、エリンスの目的の人物は。


 ゆっくりと近づいて、鉄格子が嵌まる牢の中をうかがった。

 見張りについている兵士は、その間もエリンスの一挙一動を見逃さないようにと鋭い視線を放っている。

 偽ミルティスナにどういった指示を受けているのかはわからないが、この様子では一言一句聞き逃さないつもりだろう。


 牢の中では、男が一人胡坐を掻いてこちらへ背を向けて座っていた。

 同年代にしては大きく、筋肉質な身体つき。タンクトップ一枚の背中には、いつも自慢するように背負っていた大きな剣も今は見当たらない。突き立てた短い赤茶の髪は、周囲を威嚇するよう逆立てた毛並みのようだ。

 衛兵が近づいたことを察しているのだろう。背中で語る「話しかけるな」というオーラ。その向こうではえらく機嫌を悪くした顔をしているのだろうことまで、エリンスは想像してしまった。

 そこに座っていたのは間違いなくジャカス・ハルムント。エリンスと同い年で、同郷の勇者候補生だ。


「罪人、面会だ」


 ジャカスは身体を震わせて、「あぁ?」と苛立ったように声を上げてから立ち振り向いた。どしん、と腰を落としてもう一度胡坐を掻いて座りなおすと、半目を開けた鋭い目をエリンスへと向けた。


「はん、なんだぁ? こいつは」


 そのままジャカスはエリンスとは目を合わせようとせず、兵士に食ってかかるように聞く。

 兵士は厳しい視線をエリンスへと向けて、槍を構えている。


――これは、自由に話もさせてもらえないか。


 エリンスも考えを巡らせて、その間にもジャカスは再び背中を向けるように座りなおしてしまった。


「面会? なんだ、笑いにきたのか、『運だけの落ちこぼれ』」


 ジャカスは昔からエリンスに対して当たりが強かった。それは特に5年前のツキトを失ったあの事件からさらに強くなった。


『おまえの幸運は人を不幸にしたんだ』


 5年前言われたその言葉に含まれる怨嗟。ツキトの死が与えた影響はここにもあったのだ、とエリンスは悟る。


「笑いにきたなんてとんでもない。心配になったんだ……」


 ただエリンスはあくまでも平常心を保ったまま、ジャカスへ向き合った。

 背を向けたジャカスは、微動だにせず、突っぱねるように言葉を返した。


「おまえに心配されるようなことなんてねぇよ」


「むぅ……やはりのう」と真っ先に呟いたのは、エリンスの頭の上にしがみついていたツキノだった。

 話を聞いてもらえないことはエリンス自身が一番わかっていた。それでも、ジャカスの中にある良心を信じるならば、話をするしかない。


「ジャカス」


 エリンスが名を呼んでも、ジャカスが返事をすることはなく、無視をされてしまう。横にいる兵士が槍を持つ手に力を込めるようにして、いぶかしむような視線を向けている。時間の猶予もないだろう。


「俺のことはどうでもいい。だけど、彼女(・・)のことはどうなる」


 そう言ったところで、ジャカスの肩がぴくりと揺れたことをエリンスは見逃さなかった。


「彼女のことをわかってあげられるのは、おまえだけだ。おまえにも、わかっているんだろ?」


 エリンスがそこまで言ったところで、ジャカスはやはり背を向けたまま何もこたえてくれなかった。


「貴様、王に嘘を申したか?」


 兵士がエリンスに詰め寄ってきた。

 エリンスは悟られないように奥歯を噛み締めて、愛想笑いを浮かべる。


「い、いえ。そんな、ただこいつとは喧嘩の最中でして」


 誤魔化し笑いをしてみたものの、兵士の視線が突き刺さるように痛い。

 さすがに演技ももう通じないだろう。頭の上から肩の上に下りてきたツキノも尻尾を揺らしてエリンスの首筋を撫でる。


――疑われている。猶予ももう、あと一言くらいか。


 考えたエリンスはすぐさま口を開いた。


「彼女は、信じてくれるおまえを、待っている」


 エリンスがそう言いきったところで、兵士が槍をエリンスと牢の間に遮るように出した。


「そこまでだ。ただの面会ではないな? このことは姫様の耳にも入れさせてもらう」


 ジャキンと槍を地について構えなおす兵士に、エリンスは両手を上げて引き下がる。抵抗の意思はないという表れだ。


「わかりました。これで、結構です」


 結局最後までジャカスはエリンスに顔を合わせてはくれなかった。



◇◇◇



 見張りの兵士に連れ出されたエリンスは、背中を押されて城の外へ追い出される。

 門番たちの視線も突き刺さり、エリンスは城を一度見上げてから、離れるようにと足早に歩きはじめた。


「どうするんじゃ、エリンス」


 肩の上から聞いてくるツキノに、エリンスは「うーん」と唸りながら返事をした。


「あいつ、話は聞いてくれただろうけど、返事はしてくれなかった」


 期待はしていなかったとはいえ、取れる選択肢もこれくらいしかなかったのだ。


「うむ、それに、まずいかもしれぬ」


 ただ頷いたツキノは、更なる事態を予見していたようだった。

 見張りの兵士がエリンスの不審な行動を偽ミルティスナに報告したともなれば、それを耳にした偽ミルティスナが何をしでかすかわからない。


「とりあえず、ハシムたちと合流して、ミルティにもこのことは報告しよう」


 エリンスがそう言うと、肩の上でツキノも頷いた。



◇◇◇



 街の外にあるキャラバン隊のキャンプへとエリンスが戻ると、時刻は昼頃だった。

 オアシスの畔にはテントが数個立ち並び、キャラバンの人らはここで一夜を明かすらしい。

 わざわざ街の宿の世話になることもないということらしく、キャラバンの人らは楽しそうに食事を用意したり、オアシスで水浴びをしたりしていた。

 その端っこのほうに顔を隠したミルティとヨーラの姿を見つけて、エリンスは手を上げてから二人に近づいた。


 合流するなり、先ほどの事の顛末を話した。


「やっぱり……」


 ミルティはジャカスが返事をしなかったことを聞くと、項垂れたようにして言葉を零す。

 ミルティもジャカスの心の内、エリンスとの関係はわかっていたらしい。旅の最中にも故郷のことは話してくれたのだという。


「明日、もう一度城に出向いてみるよ。ダメ元で」


 本当にダメ元ではあったが、エリンスとしては強硬手段も止むを得ない覚悟を持っていた。


「ありがとう、あの時、あんな酷いことを言ったのに」

「いや、気にしてないよ」


 それ以上、現状打てる手立てもなく、エリンスはもう一度街へと戻った。

 適当に買い出しを済ませて、ちょっとした聞き込み調査に勇者協会へ寄って、ただし何もわからなかったというのが結論だ。

 偽ミルティスナがどうやって国へ入り込んだのか、どうして民や国王を騙し続けていられるのか。何もわからなかった。


 その夜――砂漠を越えた時同様にかがり火を囲んだキャラバン隊のテントは寝静まっていた。

 横でいびきを掻きながら眠るハシムがいる中、エリンスはテントの天井を見上げて考えた。


――ジャカスとの関係は、本当に昔からこのまま、変わることはないのだろうか。


 そこに何か寂しさのようなモノを感じて、毛布に包まったエリンスは眠りについた。




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