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偽りの姫君


 ミルティが語った事情――まだ詳しく聞けたわけではないが、そこに何か良からぬ力が関わっていることは間違いない。

『説得や事情の確認は任せてくれ』といったハシムにキャラバンへの説明は任せることにして、ひとまず『ミルティ』を一員として、ハシムとヨーラの監視の元、キャラバンに同行させることが決まった。


「エリンス、手に力を集めてみぃ」


 肩の上のツキノにそう言われて、エリンスは右手に胸の内より溢れる白き炎をイメージし、力を集めた。


「ミルティも、手を前に」


 ミルティもそうツキノに言われるがまま右手を出す。

 エリンスはツキノが何をさせたいのかを察して、白く輝く右手でその手を掴んだ。


「きゃっ」と小さく悲鳴を上げたミルティに、すぐにエリンスは手を放した。

「こやつが魔法で化けているわけではなさそうじゃな」


 ミルティは首を傾げていたが、エリンスも納得して頷く。

 人の目を欺く魔法を使用しているならば、魔力の流れを断ち切る『白き否定の炎』で触れた瞬間に、『否定』されるはずだ。

 どうやらミルティの話したことは真実で、ミルティ自身が本物だということはエリンスが証明できた。



◇◇◇



 その夜、少しの遅れは出たものの、砂漠を進んだキャラバン一行は、大きなかがり火を再び焚くと、テントを建てて宿を取った。

 ハシムの話では明日にでもサロミス王国に到着するだろうということだ。

 食事の間はエリンスがミルティの見張りをすることにして、今は二人きり。

 毛布に包まったミルティは平らな石に膝を立て座って身体を丸める。

 温かいスープの入ったカップを両手で押さえながら、その熱で手を温めるようにして、静かな夜空へ煙を上げるかがり火を見つめていた。


「キャラバンの人たちって、本当に自由なのね」


 揺れる炎に、樽ジョッキを手に騒ぐ大人たちの影が映る。

 その中ではハシムとヨーラも大人たちに手を焼くようにしながら、何やらおさに話をして確認をしていた。


「あぁ、そうらしい」


 エリンスは立ったまま腰に手を当てて、そんなキャラバンの人らを眺めて、星が煌く夜空を見上げた。

 猛烈な日差しを失ったため、昼と変わって冷えた空気が砂漠を吹き抜ける。

 昼間は結局進むことを優先したために、ゆっくりと話す時間はなかった。


「一体、ミースクリアで別れた後、何があったんだ?」


 頃合いだろうと考えたエリンスは、ミルティの前に腰を下ろして向かい合った。


『信じてもらえない』そう口にして、怯えたような目をハシムへ向けていたことが気になった。それに、一緒にいたはずのあいつの姿がないことも。


「……いろいろと」


 だが、ミルティは手元のカップに視線を落としたまま語ろうとはしなかった。

 一時元気を取り戻したようにしていたミルティだが、彼女の瞳にはまだ不安の色が揺らいでいる。

 特に無理矢理聞き出そうともせず、エリンスはミルティの言葉を待った。肩の上では退屈そうにツキノが欠伸を噛み締めて――。


「あなたこそ……あの魔導士の子は? どうしたの?」


 ふいにミルティが顔を上げた。

 切りそろえられた前髪の隙間から、まだ揺れる緑色の瞳がのぞいた。


「今は別行動。サロミス港で待ってくれている」


 特に言葉を交わして出てきたわけでもないが、きっと、待っていてくれる。


「そう……一緒に旅は続けてるんだ」


 どこかその言葉が寂し気にも聞こえて、エリンスは聞き返した。


「ジャカスはどうしたんだ? 同盟パーティーを組んでいたはずだろ?」


 ただ、ミルティは再び視線を落として黙り込んでしまった。

 彼女のペースで話を任せようと思いなおして、エリンスは星空を見上げる。空気が澄んでいるためなのか、夜空を彩る星々が近くも見えた。


「彼は、わたしを受け入れてくれたんだ」


 静かに呟く彼女の声を、ただエリンスは聞き逃さず、一人考えた。

 エリンスは昔から酷くジャカスに嫌われている。そりが合わないのは、物心ついた頃、子供の時からそうだった。嫌味なやつだったが、エリンスは知っているのだ。それでもジャカスが根を曲げるようなやつではないということを。


「あいつがきみを見捨てるとも思えない」


 顔を合わせたエリンスに、ミルティは頷いた。


「勇者候補生になって、城を飛び出して、やっと手に入れた自由だった」


『やっと手に入れた自由』――そう語られるミルティの想いは、エリンスの知り得ない重みを感じるものだった。


「勇者洗礼の儀の前、試験のために集められたサークリア大聖堂。独りでいたわたしに声をかけてきたのが、ジャカス・ハルムント」


 大きな剣を振り回すことを目的として、幼い頃からジャカスは身体を鍛えていた。

 シルフィスに弟子入りしても、『どうすれば強くなれるか』とそこにだけこだわって、シルフィスの教えを無視して大きな剣を振りまわしていた。

 そんなジャカスはファーラス騎士学校へ編入すると、そこで認められる成績を修めて勇者候補生になった。


「ジャカスは、わたしの孤独(・・・・・・)を知っていた。

 ほんとは心細かったの。従者が常にいる城暮らし、自由もなくて、決められたお稽古に、堅苦しい家族の間。

 お父様は、ただわたしを一国の姫に育てることしか考えていなかった。息苦しいと思っていた世界だったけど、飛び出してみてわかったこともあった」


 斜めに構えたようなフランクさ、彼女の身軽にも感じた雰囲気とは似つかわしくない想い。

 初対面の時、あれは横にジャカスがいたから、そういう自分になれたという『ミルティ』の姿。


「わたしを姫としてじゃなくて、ただの『ミルティ』としてはじめて受け入れてくれたのがジャカスだった」


 エリンスは風の噂で聞いていた。サークリア大聖堂で行われた勇者候補生候補のための試験の際、ジャカスとミルティが意気投合して同盟パーティーを組んでいたことを。


「それから旅をして、白の軌跡も越えて……緑の軌跡を目指すためにサロミスに帰ってきたの」

「そっか……」


 同郷の候補生のことを思うと、ミルティの気持ちも見えてくるような気がした。

 エリンスは――ジャカスにどうして嫌われているのかを知っている(・・・・・)


「旅の途中でもジャカスがよく言ってたわ。『エリンスには負けられない、あいつにも……』って。そりゃもうしつこいほど」


 苦笑いをするように笑みを浮かべたミルティに、エリンスは「はははっ」と乾いた笑いで返した。

 幼い頃から向けられていた視線を思い返す。

 未だにジャカスが変わらないことは、ミースクリアで言葉を交わした時にはわかっていた。


 ツキノもエリンスの肩の上で、静かにミルティの話を聞いていたが、ただなおさらのこと、それを聞くと疑問に思うのだ。ミルティは一人で魔獅子ディアボロスから逃げていた。


「そのジャカスは、どうしたんだよ?」


 エリンスが改めて聞くと、ミルティは真っすぐとした目を向けたまま話を続けた。


「数日前、わたしと一緒にお父様……サロミス王に謁見した際、わたしを逃がすために捕まった」


 捕まった――どうして、そんなことに。


「ミルティと瓜二つ、成り済ましている姫がいるって、言ってたよな……」

「うん。国王も、家臣も、皆、わたしの偽物に騙されているんだ」


 血の繋がりがあるはずのミルティの父、国王すら騙せるほどの影響力。

 本物であるミルティ本人が瓜二つと言うまでに、まるっきり同じ姿をしているのだろう。

 それに姿だけではない。国一つを取り込んでいるともなれば、そこには何か仕掛け(トリック)があるはずだ。極めて魔法的な。 


「ドッペルゲンガー……」


 話を聞いていたツキノがふと言葉を零した。


「ん?」とエリンスは聞き慣れない言葉が引っかかった。ミルティも首を傾げている。


「いや、そういう話があったのを思い出しただけじゃ」


 エリンスと同じようにして、何か考えるようにしていたツキノは頷くと言葉を続けた。


「ただしこの場合、もっとも考えられる可能性があるのう」


 何か思い当たることがあったらしく、エリンスも頷く。

 最初に話を聞いた時にまず思いついたことだ。

 人間一人に成り済まして、国に入り込み、取り込もうなど簡単なことではない。人に扱える魔法の範疇を越えている――ともなれば。


「魔族。模倣の魔法を扱える一族には、心当たりもある」


 ツキノはそう言う。

 魔力は遺伝するモノだ。


「『鏡偽きょうぎ』という魔法じゃ」


 だとすれば考えられることは一つ。


「魔法候補生が絡んでいる!」


 エリンスが力強く言うと、ツキノも「うむ」と頷いた。


「魔族……? うっ」


 右手にカップを持ったまま辛そうに左手で頭を押さえたミルティの手元から、スープが乾いた砂の上に少々零れ、じんわりと砂へ染み込んでいく。


「どうした? ミルティ」


 表情を歪めるほどの頭痛、ただ事ではない雰囲気だ。

 ただ、エリンスがそう聞いたところでミルティは首を横に振ると、「大丈夫」と取り繕ってから返事をした。


「何か、大事なことを忘れている気がして」


 まだ頭は押さえているが、何かを考えるようにしている。思い出せはしないようだが。


「だとすると、まずいかもしれぬ」


 ミルティの表情を見ながら考えていたツキノは、エリンスの肩の上で険しい表情をしていた。

 頭痛が治まったのかミルティも顔を上げて、エリンスが「なにが?」と聞くよりも早く、ツキノは口を開いた。


「国一つを騙しているほどじゃ。そこに真の姫が現れたとしよう。どうやら、本物のほうが偽物だとされたようじゃが」


 エリンスとツキノがミルティに視線を向けると、ミルティは「うん……」と眉を下げて視線も落とした。

 ただ、ミルティが国を追われたということはそういうことだ。ジャカスが捕まったということも――と考えたところで、エリンスはハッと顔を上げた。


「そうじゃ。姫の真偽を知っている人間を捕えて、そのままにしておくとは思えぬ」


 ジャカスは国の中で唯一、『ミルティスナ姫』が偽物だと知っていることになる。


「そんな……」と顔を再び上げたミルティは青ざめていた。


 エリンスとしてはいろいろと因縁のあるジャカスだが、放っておけるはずもなかった。


「ジャカスの身が危ない」

「明日にでもサロミス王国につくんじゃろ? すぐに手を打ったほうがいい」

「とは言っても、どうするんだ?」


 ツキノが言う通りではある。だが、今のエリンスに何かできることがあるのかといえばすぐには思いつかない。


「偽のミルティスナは、緑の軌跡への立ち入りを禁止しながらも、勇者候補生には手厚い歓迎を施しているの」


 ミルティとしても、ジャカスがそう捕まるような事態になるまでに国の現状を見る時間はあったのだろう。

 表向きは国としての体裁は整えている。しかし、緑の軌跡への立ち入りを禁止しているということは、偽ミルティスナにも何か目的があるということだ。


「それも匂うところじゃな」


 ツキノは前足を顎に当てながら、何やら考えている。


「どっちみち、その偽物の姫様とやらをどうにかしないと進む先に道はないってことか」


 エリンスの旅の目的である緑の軌跡にも近づけない。

 国の体裁を守るため、手厚い歓迎を施しているというならば、そこにはつけ入る隙もあるかもしれない――そう考えて、エリンスたちは明日に備えることにした。




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