キャラバン
まさに『熱砂』と呼ばれる所以がふさわしいほどの熱。
青空に輝く白い光を放つ太陽は、進む旅団の勢いを削ぐような暑さを放つ。
一面に広がる砂色、どこまでも続く砂丘。揺らぐ景色は方向感覚さえわからなくなる。
ひたすら感じる乾きに、砂に反射してくる熱も加えて、まともに思考することすら億劫になる。
サラサラとした砂は、時折吹き上げる風に巻き上げられて視界を遮り、砂漠はあらゆる方法でエリンスたちの進行を阻害した。
数十人規模の人数で移動する砂漠の集団、キャラバン。
その一隊のうちにエリンスと案内役を買ってくれたハシムとヨーラの姿はあった。
エリンスは装備も一新して、この砂漠の移動に挑むことになった。
頭には白いターバンを巻き、首元には砂避けのゴーグルを携えて、身体にはハシムと同じ白い道着のようなローブを纏う。その上から砂避けのために灰白色のマントを羽織って装備した。
ここまでの旅路を守ってくれた軽鎧は外してツキノに預けた。
魔法的な効力で、それなりの防御力は保証されているようだが、どうも身軽になったために落ち着かないところがある。
商店ではハシムに勧められるがまま、装備を買って着替えた。体感する暑さは幾分かマシなものとなり、さすがはこの地に暮らす者だと感心もした。
同時に買い込んだ食料と大量の水は、ツキノが空間収納魔法にしまってくれた。
「キャラバンとは言え、自分の身は自分で守れないと生きていけない」
ハシムがそう言って教えてくれたのは、砂漠をゆくキャラバンの民の言葉。
『己の水は、己で持て』――極限の渇きが支配する砂漠では、水は命に等しい。どれだけ重くなろうとも、己の命の責任は、己にしか持てない――という意志の表れなのだという。
それを聞いて、エリンスとしてもツキノに預けるのはどうかとは思ったのだが、キャラバンの人らがそうしているように、エリンスには手懐けたラクラーダがいるわけではない。
キャラバンを見て回れば、皆一グループに一頭はラクラーダを連れているような塩梅だ。
ハシムとヨーラも一頭飼い慣らしているようで、革袋を提げたラクラーダを引いている。
「妾をあの魔物と同じ扱いしたじゃろう」
柔らかい砂を踏み締めて砂漠を進むエリンスに肩の上からツキノがそう言った。
エリンスが見ていること、考えていることなどお見通しなようで、エリンスは笑いながらこたえた。
「そうは思ってないよ、助かってるって」
ツキノも笑っている。
冗談を言い合える関係性は変わらないが、服の下、首に提げたツキノとの契りの印が重く感じた。
ツキノの命を預かるということ。
レイナルは最終手段だと言っていた。もう二度と、ツキノの真の力を頼るようなことになってはならないのだ。
だから頼れるところは頼ろうと決めて、砂漠では命に等しい水を預けることにした。
ツキノはそんなエリンスの気持ちまでも、お見通しなようだった。
◇◇◇
暑かった昼に比べて、星が輝き明るい空が包んだ夜は冷え込んだ。
巨大なかがり火を立てて魔物除けの準備もしたキャラバン隊は、この日の宿を作るために簡易テントを建てた。
エリンスもハシムがテントを建てるのを手伝って、ヨーラは炊事の手伝いに駆り出される。
エリンスはハシムから厚めの毛布を受け取るとそれに包まって、倒れてすっかり乾いた木に腰掛ける。
肩の上より飛び降りたツキノも、エリンスの横にちょこんと座った。
町を出る際に買った水筒から一口水を飲むと、ツキノにも水筒を分け与えた。
ツキノの身体は栄養補給もあまり必要ないということらしいが、それでも必要なことだろう。
器用に前足で水筒を受け取ったツキノは、これまた器用に口を開け、上を向いて喉へと水を流し飲む。
そうこうしているうちに、支給されるスープと干し肉、乾パンを手にしてヨーラが戻ってきた。
キャラバンの中でも役割を決めて、彼らはこの砂漠を移動しているらしい。
テントの運搬と建設をする係、皆の食事を運ぶ炊事係、商品の運搬係。
キャラバンの進む進路を決める『長』と呼ばれる存在に、忘れてはならないのが魔物と戦うための傭兵係だ。
一隊が巨大な家族のようなグループで、それぞれが役割を遂行することにより行商をしているのだ。
ハシムとヨーラの二人は、昼間は傭兵として働きながら、それぞれにキャラバンの中で役割を請け負っている。
その分稼ぎもいいから、と語ってはいたが、それにしたってエリンスと同年代の二人にしては働きすぎなくらいだ。
ハシムが19歳で、ヨーラがエリンスと同い年である17歳。旅を続けるエリンスとはまた違った意味で、二人は大人びていた。
かがり火に揺られて、酒を片手に踊るキャラバンの大人たちを眺めながら、エリンスはスープに口をつけた。
塩分が強めの味わいながら、野菜もたっぷり入っていて、栄養のことも考えられている。
受け取った干し肉は横に座るツキノに手渡すと、ツキノは牙を立てて噛みついた。
「味気ないのう」と文句は言いつつも、塩分を噛み締めるように味わって頷いている。
「進行は順調だとのことだ」
長に話をしにいくと席を外していたハシムが戻ってきてそう言った。
「そっか」とエリンスが顔を上げて返事をすると、ハシムは砂時の上にどすんと座り込み、乾パンをかじった。
「明日は、『砂漠のアサシン』の巣の辺りを通るから気をつけろ、と指示も出た」
「『砂漠のアサシン』?」
聞き慣れない物騒な単語に、エリンスは思わず聞き返す。
「そっ、デザートスコーピオン。巨大サソリの魔物だよ」
エリンスの斜め前に座っていたヨーラが返事をしてくれた。
「あぁ、それなら聞いたことがある」
デザートスコーピオン、砂に溶けるような色合いの身体に、全長二メートルほどにもなる巨大なサソリの魔物だ。
大きな毒針には人を死に至らしめる猛毒もあり、砂漠では砂を潜って移動することもある、と聞く。
「だからアサシンか」
一人納得するエリンスに、乾パンを飲み込んでハシムがこたえた。
「そう。砂漠の民の間ではそう呼ばれるんだ。最近はあいつらの動きも活発になっていて、それも群れで動いて巣を作るようになった」
「そうなのか……」
生態も変化しているということだろうか。
「そのために、あたしたちがいるんだけど」
そう言って干し肉を頬張ったヨーラは、得意気な様子で「にしし」と笑う。
キャラバンの面々を見れば、年寄りや子供もいて、戦いに向かない者もいる。
そういった人たちもこの一隊の中では役割を全うして、生きるために、砂漠を越えるために旅をしているのだ。
「ヨーラは魔導士なのか?」
杖に魔素の動きの効率を高めるための帽子。装備を見れば一目瞭然なことではあったが、エリンスは聞く。
「これでも魔法の腕は、このキャラバン一だよ!」
ブイサインを作りながらそう言うヨーラは、無邪気な笑顔を浮かべている。
17歳という若さで、三十人ちょっとのキャラバンの進行を支える魔導士。才能があるのだろう。
「俺は見ての通り剣士さ」
腰に提げたサーベルを砂に突き刺して立てたハシムは、スープを飲み干して立ち上がる。
「へぇ、頼もしいな」
「エリンスも剣士だろ?」
そう言われて、傍らに置いた願星の鞘を撫でる。
「あぁ、そうだな」
「勇者候補生にはたびたび同行するけど、皆武器も様々なんだなぁ」
エリンスの剣を見つめたハシムがそう零した。
たしかにその通り。剣で戦う者もいれば、魔法で戦う者もいる。武器にしたって剣や杖だけでなく、槍や斧を選ぶ者もいる。
「やっぱり勇者候補生を送り届けるのも、仕事なんだな」
エリンスが言うと、ハシムは頷いてこたえた。
そのようにして三人が話をしていると、酒を片手に顔を赤くして通りがかった男性が嬉しそうに笑いながら声を上げた。
「頼もしいなぁ! ベンラール兄妹に、勇者候補生! こいつぁー、今回の旅は無事が決まったようなもんだ!」
愉快に踊りながらかがり火のほうに近づいていって、騒ぐ大人たちに混ざって男性も踊り出す。
わーっと盛り上がりを見せるキャラバンの中心では、酒盛りをしている大人たちがかがり火に照らされて騒ぐ影が踊って見える。
「のんきだな、本当に」
ハシムは座りなおして、笑顔を見せながらその影を見つめていた。
ヨーラもどこか楽しむように、スープを飲みながらその様子を見つめていた。
エリンスは遠ざかるような錯覚がして、その二人とキャラバンを見つめてしまう。
砂漠を越えるということは、一筋縄ではいかない命がけのことだ。
それでもこうして笑い合うことができるのは、それぞれがそれぞれに己の命に責任を持って進んでいるからだ。
幼い頃、本で読んだだけでは意味の分からなかったこと。大人数で移動するキャラバンの意味を、エリンスは薄っすらとだが知っている。
誰かが欠けても、必ず荷物を届けることができるように――砂漠というものはそれだけ過酷な環境なのだ。
それでもこうして笑い合えるのは、そこに彼らの『強さ』があるからだ。
魔物が現れるというのなら剣を振るおう。
エリンスは一人の剣士として、明日を迎えることにした。




