表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

155/322

ふたつの揺らぎ


 時代のうねりの中、狭間で揺れ動く黒と白のともしび

 アグルエの中に眠る黒き炎。エリンスが受け継ぐ白き炎。


 アグルエは気づいていた。自分の胸の内にある力が――『滅尽』と呼ばれた力が、ただの魔法ではないことに。


『滅尽』とは――魔王アルバラストが、アグルエの身を思ってつけた呼び名だ。

 滅尽の魔王候補生、最強の魔王候補生。

 そうして力を示して名を知らしめることにより、アルバラストは守ったのだ。

 自分の一番大切なモノを。世界を揺るがすほどに大きな力を。


 今ならわかる――と納得する。城に呼び戻された、あの退屈な日々の意味が。


 5年前にはじまった魔王候補生制度。

 5年前に現れた幻英ファントム


 全てが無関係ではない。

 時代の流れは、一つの道筋に沿って描かれている。


 幻英ファントムがどうしてこの力を狙うのか。

 ひょっとすると、レイナルとツキノは気づいているのかもしれない。

 ただ二人とも、目覚めないエリンスを前にしては何も語ろうとはしない。


 だからただ、信じている。

 引かれ合う運命だというのなら、二人の出会いが偶然じゃないというのなら――。

 旅はまだ終わらない。こんなところで終わらせない。


 アグルエは待っていた。エリンスが目覚める、その時を。



◇◇◇



 それは、セレロニア公国に幻英ファントムが現れた翌日のことだった。祭典を襲った緊急事態――戦いの中に身を置くことになったアグルエは、腹ごしらえと睡眠をとって、すっかりと回復した日のこと。

 心配してくれる友人の勇者候補生に挨拶を済ませて、宿屋のとある一室を訪れた。


 ベッドの上ではエリンスが穏やかな表情で眠っている。

 白い狐姿に戻ってしまったツキノは丸まりその枕元で、こちらもまた穏やか表情をして眠りについていた。

 二人のことを見守るようにして、傍らに置いた椅子に腰掛けて本を開く男は、アグルエに気づくなり顔を上げた。


「祭典の再開が決まったそうだ」


 貫かれ破れて穴の開いた灰色コート。首筋まで隠れる伸びた黒髪。柔らかいながらに芯の通ったヘーゼル色の瞳。

 アグルエのよく知る、ベッドで眠る彼にも似た静かな表情を向けて、エリンスの父レイナルは口を開いた。


「はい、わたしも今さっき聞いてきました」


 レイナルは「そうか……」と気まずそうに視線を泳がせて言葉を探すようだった。

「二人の様子は?」とアグルエが聞くと、「あぁ」と頷いてから返事をしてくれた。


「眠っているだけ。命に別状はない。二人とも、力を使わせすぎてしまったな……」


 目を細めるようにして優しい表情を浮かべるレイナルに、アグルエも言葉を探した。そうして、口を衝いたのは不安だった。


「わたしの……せい、でしょうか」


 眠る二人に目を向けると、胸の奥がずきんと痛む気がするのだ。


「……どうしてそう思う?」


 レイナルは真剣な表情で見つめ返してくる。

 目を合わせて、アグルエは居たたまれなくもなって俯いた。


幻英ファントムは……わたしの力を狙っていたので……」


 アグルエは力なく言葉を零して、ただレイナルは首を振ってから返事をする。


「二人がきみを守ったことを俺は誇りに思うよ。そして、きみが二人を守ってくれていたことも。

 今回あいつに好き勝手させたのは俺たち(・・)の失態でもある……。あいつがあの力を使いこなしているとは思わなかった」


 幻英ファントムが持つのは『勇者の力』だと聞いた。

 かつて勇者候補生であった彼が、未だ持ち続けている力――。


「二人が目覚めないのは、まあ、力の共鳴を受けた反動ではあると思うが、きみのせいじゃない」


 そうだといいなと思うのは、アグルエの本心。

 ただ心に穴が開いたような気持ちは、二人の寝顔を見つめると余計に広がっていく気がした。


「時機に目覚めるさ。心配はないよ」


 レイナルは笑顔でそう言ってくれる。

 やはりその笑顔は、未だ眠り続けるエリンスのものと似ていて、アグルエは少し安心感を覚えた。

「はい」と笑って見せるアグルエだったが、ただ、どこかぎこちないものとなった自覚はあった。


「それで、エリンスは軌跡を三つ巡ったんだったよな」


 レイナルは考えるようにして話を続ける。


「はい。『白』、『赤』、そしてセレロニアにきて『青』……次は南の『緑』を目指そうと決めていました」


 祭典の準備をはじめる前に、二人で決めた次の旅の目的地だ。


「そうか。なら、できるだけ早く出発したほうがいいだろう」


 顔を上げて提案するレイナルに、アグルエは聞き返した。


「できるだけ早く?」

「あぁ、セレロニアに留まり続けるのもあいつに居場所を教えているようなものだ。

 ツキノが一太刀入れてくれたから、あいつとてすぐには動けないとは思うがな……」


 アグルエが持つ力が未だに狙われ続けているのだとすれば、幻英ファントムがいつまた襲ってきてもおかしくはないということだ。


「それに、あいつが力を使いこなしているとなれば……もはや、エリンスに託すしかない」


 レイナルは眠るエリンスの顔を見つめてそう呟いた。

 大きな意味が含まれるような言葉に聞こえて、ただアグルエは踏み込んで聞くことができなかった。


「緑の軌跡か……ってなると南のサロミス王国だな」



 サロミス王国は――サークリア大聖堂のあるサミスクリア大陸南に広がる山岳を越えた向こう側、サミスクリア砂漠の中心にある、砂と陽炎に包まれる熱砂の国。

 一年中熱いことで有名で、砂と清らかな水が溢れるオアシスの街。緑の軌跡はその傍にあるということをレイナルが教えてくれた。



「そこまで俺がつき添おう。すぐにでも発ちたいところだが……」


 続けざまにそう口にしたレイナルは、ただアグルエの表情を見て考えるようにして止めた。


七色祭しちしょくさいの祭典は見てからにしようか」

「はい。だけど、エリンスが目覚めなかったら、どうするんですか?」


 さすがに勇者候補生である当の本人を置いていくわけにもいかない、と思ってアグルエは聞き返す。


「俺が背負ってでも船に乗るさ」


 笑っていうレイナルに、アグルエもぎこちないながらに笑ってこたえた。


 そうして旅路を歩き続けると決めたアグルエではあったのだが、ただやはりこの時も、聞きそびれてしまった。

 己の力が、何を意味するのか――それはずっと胸につかえたまま。

 眠り続ける彼のことを想うと苦しくなる胸を押さえて、独り祭典へ参加することを決意したのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ