VS 炎蒸の魔王候補生 心残り
「マリネッタ! 大丈夫!」
塔へと翔け戻ったアグルエは、膝をつくマリネッタの横へ着地する。
支えようと手を差し伸ばすのだが、一人で立ち上がったマリネッタは笑ってこたえる。
「えぇ、大丈夫。アグルエこそ!」
アグルエからも流れる水の勢いに乗せられた魔力が見えていた。マリネッタは痛手を負ったわけではないだろうが、膝をつくほどに魔力を使ったのだろうことがわかる。
互いの安全を確認し合って、アグルエは慌てて振り返り吹き飛ばされたダーナレクの姿を探した。
あのまま地上まで落ちて、これで戦いに決着がつくとも思えない。
塀より身を乗り出して見てみれば、塔よりやや低い位置、肩で息をするずぶ濡れになったダーナレクの姿が見えた。
案の定、ダーナレクは生きている。恨めしそうに塔の上に立つアグルエのことを見上げて――視線が交錯する。
それなりのダメージはあったはず、と見やってみれば、空中でバランスを取ることも難しそうに左肩が下がっている。背中の炎の輪の回転が、壊れた時計の針のようにカタッカタッと歪だった。
「背中の輪の魔素が、完全にあやつと融合している証拠じゃ」
肩の上で言うツキノにアグルエは「うん!」と頷く。
本体にダメージがあったからこそ、先ほどのように高速では回転しないのだろう。
ただ、ダーナレクは手にした大太刀、斬破・黒炎を構えなおすと、空を蹴って飛び上がった。
一歩の勢いで、塔の屋上まで上ってくるダーナレク。すれ違う視線に、アグルエは手にした剣、リアリス・オリジンへ黒い炎を纏わせて応戦した。
大太刀と剣がぶつかり合う。
表情を歪めたダーナレクはアグルエを睨みつけて呟いた。
「くっ、この俺が、水に?」
苛立ちを隠せないようにして、体重を掛けてくる。
だが、アグルエも負けずと力を込めて、四枚の翼を羽ばたかせた勢いを乗せて弾き返す。
その衝撃を一歩後ろへと飛んでかわしたダーナレクは、左腕を天へと伸ばした。背中の炎の輪が勢いを取り戻したように回転し出す。
――そんな、さっきまでダメージはあったのに!
焦るアグルエとは対照的に、ダーナレクは目を閉じて「ふっ」と鼻で笑った。
回転する炎の輪がさらに加速する。その場に止まったダーナレクの左手の先に、浮かび上がったのは巨大な火球――地獄太陽。
一瞬にして生み出された数十メートル級の火球に、アグルエはさらに焦った。
――魔素の集まり方が早い。やはり、力を使いこなしているんだ!
しかし、ダーナレクが作り出した地獄太陽は、煙のように溶けはじめる。
霧散して魔素へと戻る魔力は、逆回転をしはじめたダーナレクの背中の輪に吸収される。
炎蒸の熱は周囲に広がるように溶け出して、濡れたダーナレクの身体すら乾き出す。
――マリネッタが与えたダメージで、歪んだ魔素の流れを正すようにした?
冷静さも忘れないダーナレクに、アグルエはごくりと固唾を呑み込んだ。
対するダーナレクは目を開いて、アグルエのことを一瞥した。ただ、その表情からは先ほどまであった余裕が消えている。
「その力、誰に倣った!」
そう叫んだのはアグルエの肩の上、白い尻尾を膨らませ立てるツキノだった。
アグルエも急に怒鳴るツキノに驚くのだが、ツキノは鋭い眼を向けて、ダーナレクのことを睨みつけていた。
「あぁ?」
「そうして力を得ることを、誰に教わったのかと聞いておる!」
ダーナレクはアグルエの肩の上で吠えたツキノへ訝しむような視線を向ける。
「おるのか、幻英の傍に!」
結論を急ぐようにするツキノに、アグルエは違和感を覚えて――。
「ただの使い魔かと思いきや、その気配。そうか、そういうことかよ」
ツキノをじっと見て、納得したようにするダーナレクは「くはは」と小さく笑い出す。
ツキノが何かを気にしている様子だったことが、アグルエもずっと引っ掛かっていた。
5年前ツキトの時に、ダーナレクと因縁もあったはず。だが、ツキノの焦りにはそれだけではないような、アグルエの知り得ない何かがあるような気がしたのだ。
「その小さな身体に感じる気配、たしかなものだ。おまえが、あのツキノか」
ダーナレクは目をぎらぎらと輝かせて、ツキノへ言葉を向ける。
ツキノはただ動じず、アグルエの肩の上から姿勢を低くして睨み続けていた。
「全て納得がいった。おまえもおまえで、因縁を追ってきたわけか」
アグルエには通じないダーナレクとツキノの間にある話。
「あの日、空振ったと思っていたが……俺が仕留めた人間の子供は、やはりおまえだったんだな」
5年前のことだ。それだけはアグルエにもわかった。
「そうじゃ、妾はお主に聞かなければならぬ。
お主にその力の使い方の研究を……、妾の居場所を教えた、あやつが、幻英の近くにおるのなら!」
ツキノが誰を追っているのかはアグルエにもわからない。だが、ツキノの言葉は痛いほどに胸を打つ。
「いるさ。俺を利用しようとするのは、あいつの差し金だからな」
ダーナレクの一言は決定的だった。
「やはりか……」と呟いたツキノは、アグルエの肩の上で固まってしまった。
「でもなぁ、利用するのは俺だ! 力を与えたことを、あいつにだって後悔させてやるよ!」
激情するように斬破・黒炎を振り上げたダーナレクが、一気に距離を詰めてアグルエへと飛び掛かる。
――動きも戻っている。
アグルエは遅れないようにと剣を振り抜き横へと弾いて、ダーナレクより高さを取ろうと再び飛び上がり、その隙に口を開く。
「どういうこと、ツキノさん!」
聞いてもこたえる時間がないのはわかっていた。
「すまぬ、詳しくは後で話す!」
だが、ツキノがそうこたえてくれるのを信じたくて。
「わかった!」とアグルエが力強く返事をすると、肩の上にいたツキノが跳び上がった。
宙へと舞った白い尻尾、その口には巻物が咥えられている。
いつの間に取り出したのか――落下をはじめたツキノが、首を振ると巻物を結んでいた紐がしゅるしゅると解け出す。
「クサリ!」
ツキノの詠唱に合わせて、解き放たれた巻物がバーッと風にはためいて――飛び出してきたのは無数の白い鎖。
鎖は一直線に、ツキノが睨むダーナレクの背中の輪へと伸びていく。
ダーナレクは飛び退き、斬破・黒炎を振るって鎖を断ち切る。
だが、次から次に巻物から溢れ出す白い鎖に、ダーナレクはうんざりしたように舌打ちを鳴らした。
「今の妾には、これくらいしか!」
アグルエはツキノの落下位置を予測してその下に入り込み、腕の中に抱え込む。そして、そのまま空を蹴って、四枚の翼を操り風に乗る。
ツキノの意図はすぐにわかった。
――ツキノさんにも戦う理由があるんだ!
「こんな玩具じゃ、俺には通用せんぞ」
斬破・黒炎を振り回したダーナレクから炎が上がり、白い鎖を伝って、ツキノが放った巻物は燃え焦げた。
――通用しないことは、ツキノさんにもわかっていたはず。
「けど!」
勢いをつけて息を吐いたアグルエは、右腕を身体の前で交差する。
すかさず飛んできたのは、青く光る水の魔素――水刃。
「三対一の波状攻撃は、確実にあなたを追い詰める!」
塔の上でカンッと杖をついたマリネッタ。
ダーナレクは斬破・黒炎を振り回して、水の刃を断ち切る。
だが、そう何度も空中で重量がある大太刀を振り回していれば、バランスは崩れて隙は生まれるものだ。
ダーナレクへ急接近したアグルエは剣を振り抜く。
ダーナレクは大きな動作でアグルエの剣を弾き返そうとする。
――そこまでは予測通り!
大太刀を振り抜き両腕を広げたダーナレクが、若干後ろへバランスを崩した。
四枚の翼で力強く風を打ったアグルエは、加速した速度を落として一歩後ろへ引く。
「消し炭になるのは、あなたのほう!」
両腕を伸ばして、狙いを定めるのは空中で一瞬身動き取れなくなったダーナレク。
剣を握る右手に重ねた左の掌、込める想いは皆の想い――集約させる黒き炎。
「滅尽!」
悔しそうにしたダーナレクの顔が見えて、だが、アグルエの手から噴き出した黒い炎が波状に広がって覆い隠した。
――燃やし尽して!
アグルエの心の叫びを乗せて噴き出す炎は勢いを増していく。
黒く煌いて透き通る炎が大きくなって象るは、空を翔ける黒き龍。
細く、太く、長く、遠く――必ず届かせると願った想いにこたえて、黒い炎がさらに溢れ流れる。
燃え盛る炎の音は雄叫びのようにすら聞こえ――空を衝く。
「滅尽龍啼!」
アグルエの想いが紡ぎ出した黒い炎。
想い描いたのは、アグルエがかつて書物の中に見た伝説上の生物。大きな二本の角を持ち、靡く長い髭、大顎。とぐろを巻く長い身体が空を翔け――黒き龍が、轟き啼く。
夜空を呑み込む炎に包まれたダーナレクは、業火に沈んだ――ように見えた。




