四家会談と対抗策
エリンスとアグルエは研究室にあった椅子に腰掛けて、作業を続けるレイナルの背中を見守った。
互いに口を開こうとはせず、流れる時間をただただ静かに、気持ちを落ち着かせるようにして待った。
レイナルも真剣な表情で作業を続けている。
話を聞いてしまえば、今この時より、戦いに向けての準備ははじまっている。
――ガラガラッ。
横開きの戸が開く音がして、エリンスは振り返った。
あれからどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
見慣れた青い髪、杖を背負ったマリネッタがラランと共に研究室に戻ってきた。
「四家会談のほうは終わったわ」
マリネッタは二人の元に寄ってくるなりそう言った。
「お父様は参加しなくてよかったの?」
アグルエが疑問そうに口を出す。
「あぁ、俺はこっちの作業があるから」
真剣な面持ちで作業を続けていたレイナルの耳にも先ほどの話は聞こえていたらしい。
「会談で決まったことを伝えておいてくれ、と頼まれてしまったところよ」
マリネッタはやれやれと首を振る。
「大先生! 頼まれていたものを持ってきました!」
マリネッタの横より飛び出したラランは、何やら白衣のポケットから青い光を放つ鉱石を二つ三つと取り出して、レイナルが作業を続ける机の上に並べはじめた。
鉄鉱石の一種だろうか。
「それは?」
専門的なことのわからないエリンスが聞いたところで、レイナルは顔を上げ、手を止めてから振り返った。
「グルブルト鉱。セレロニアでも土の都の山で取れる特殊な石だ。魔素に対して拒絶反応を示すんだ」
詳しい話を聞いたところで理解もできないことだったが、レイナルは頷いてから鉱石を手に取った。
頃合いを見計らっていたのだろう、マリネッタはそこで口を開く。
「四家会談の結果、祭典の続行が決まったわ」
アグルエがホッと一息吐いて、とりあえず中止にはならなかったらしいことにエリンスも頷いて返事をした。
レイナルは「そうか」と一言返事をすると、再び背を向けて作業を再開した。
祭典が決行されるとはいえ、そこにつき纏う脅威が消えたわけではない。
アグルエも不安そうな表情をしたまま、マリネッタの顔をうかがっている。
マリネッタもマリネッタで、少し不安そうだった。
先ほど二人がレイナルから聞いた話は、当然四家会談でも上がっていたはずだ。
「父さんはそうなると思っていたのか?」
驚くような素振りもせずに、流れるよう作業へ戻ったレイナルの背中を見てエリンスが聞く。
「協会がこの機会を逃すはずがないからな」
「どういうことだ?」
「幻英は5年前に姿を消してから、今まで表舞台に立とうとはしなかった。
度々目撃情報は上がっていたが、その実態は掴めなかったんだ」
どうして、その幻英がセレロニアに近づいたのか。
そうまでして、『鍵』を手にする必要性ができたということだ。
先ほどレイナルが『やつが焦る』と言っていたことを、エリンスは思い返す。
「幻英らしき人物が、ルイン・S・アセントルと接触したとの情報が入ったことを見ても、やつは必ずくる」
「幻英が、ルインさんと接触している?」
エリンスは聞き返した。
「あぁ、尻尾を掴むことのできなかったやつが姿を見せた、そこには必ず意味がある」
「だから、協会がこの機会を逃すはずがないってことか……」
エリンスは納得した。
追っていても姿形が見えなかった相手が、わざわざ向こうから出向いてくるタイミングだということだ。
だが、そう簡単な話でもないだろうことも想像がつく。
マリネッタがそこで口を挟んだ。
「セレロニア四家は、『幻英をおびき出して捕らえる』という協会側の提案を受け入れたわ」
「そんな、危険があるんじゃ」
やつが狙う『鍵』と祭典を囮にするということだ。
祭典には国中の人々が集まることも予想されている。
「あるでしょうね。ただ、セレロニアとしても伝統は守られるべきモノである、というのが最終決定。200年以上の歴史があるものを、不確かな情報一つで、そう易々とは中止にはできない」
10年前に事件が起きている祭典だとはいえ、それでも続いている伝統には、重んじられるだけの理由があるということだろうか。
『不確かな情報一つ』という言い方にも引っ掛かる。
幻英が本当に、祭典に現れるとも思われていないということだろう。
レイナルの言い方では、『必ずくる』と言っていたが。
「まあ、くるだろうがな」
レイナルはマリネッタの説明を背中で聞きながら、一言そうこたえた。
そのためにも進めているという作業を続けながら。
「幻英の力を無効化する策はある。あいつは、ファーラスで形跡を残し過ぎた」
レイナルがそう言った言葉に反応を示したのは、マリネッタだった。
「ファーラスで何があったの?」
その眼差しはエリンスに向けて。
ここまで来たら隠しておくわけにもいかない。
話の中心が幻英のことであるならば、あの戦いも無関係ではない。
エリンスは視線をアグルエに向ける。
アグルエは「うん」と頷いてくれた。
エリンスとアグルエは、ファーラスであったことを、その場にいたマリネッタとレイナル、ラランに話した。
「そんな、ことが……」
マリネッタは驚いたようにして、ファーラスであったことを聞いてくれた。
レイナルはリィナーサに一度聞いているからだろう、特に驚くような素振りもなかった。
ラランは信じられない話を聞いているかのようにして、黙って聞いていた。
「ただ、それが幸いしている。断絶魔術式を起動させて、形跡を残すしかなくなったことは失敗だったのだろう」
レイナルはそう言う。
エリンスとアグルエの活躍もあって、ファーラスで暗躍していた『反逆者』たちを止めることができた。
幻英にしてみたら、魔導装置がああいう形で城に残されて、勇者協会の目に留まることも計画になかったことだろう。
「魔術の解析なんてものはできないことだが、ああして形にしてくれたことで、それも可能だったよ」
レイナルが先ほどから手にしている円盤は、まさに幻英が残した形跡だ。
「父さんはそれを?」
「一度使われたものを再利用することはできなさそうだったが、再現はできそうだ」
幻英が形跡を残すしかなくなったのは間違いなく、あの時、魔王候補生の思惑を止められたからだ。
だがしかし、それを聞いているアグルエが不安そうな表情をしていたことが、エリンスは気に掛かった。
「再現できそうなのですか? 会談ではそれも争点になっていたんですが」
マリネッタがレイナルに聞く。
「できる、と断言する。
対魔術因子。
これがあれば、断絶魔術式の効力は無効化できる」
◇◇◇
その夜、エリンスとアグルエの二人は土の都の宿屋へ泊る運びとなった。
レイナルは明日までに対魔術因子を完成させるとのことで、学院の研究室へと残った。
ラランはその手伝いを、マリネッタは四家のほうでやることがあるということで、エリンスらとは別行動。
ベッドが二つ並ぶ白い石造りの部屋。
明るい色をしたふかふかのカーペットに、暖炉には炎が灯っている。
バルコニーつきの大きな窓からは月明かりが差し込んで、エリンスはライトグリーンをしたカーテンを閉めた。
丸くなったツキノを腕の中に抱え込んだアグルエが、ぼふんとベッドの上に腰掛ける。
「いいの? お父さんともっと話をしたかったんじゃ」
アグルエが気を遣ってくれるのだが、エリンスは首を振ってからこたえた。
「いや、今は、幻英をどうにかしなきゃ」
話の実態を聞いてしまえば、最優先するのは目前へと迫る脅威だ。
それにファーラスでのこと、霊峰でのことを考えると、幻英のことを放っておけるような気もしなかった。
「うん、そうだけど……」
アグルエはアグルエで心配になることがたくさんあるようだ。
「聞きたいことはたくさんある。まだ、この力のことも聞けてないし」
エリンスがグッと力を込めると、右手が白く光り出す。
意識をすると胸の内より溢れてくる力。
それを見つめながら、アグルエへと顔を向けた。
「うむ」
ツキノはアグルエの膝の上で、エリンスの視線にこたえるようにして頷く。
制約によってツキノには話せないところだ。
「幻英……」
アグルエは昼間レイナルに聞いた話を踏まえて、ファーラスでの邂逅を思い出しているようだった。
俯き手のひらを見つめて、そこに黒い炎の球を浮かべている。
「アグルエの力も、消されたんだっけ……」
ファーラスでアグルエがそう言っていたことをエリンスは思い返す。
「うん、何をされたのかわからなかった」
最強と謳われる次期魔王候補のアグルエがそう思うほどだ。
エリンスはアグルエの横にいて、旅を続けて、その力の強さを知っている。
様々な力を見せる魔族の中でも、頂点に近い場所に位置するそのアグルエでさえ――そう思うほどだ。
「それに……あの時の不気味さ……。
形跡を残したのだって、本当に計画外だったのかな……」
アグルエはボソボソと言葉を吐き出した。
エリンスは「ん?」と聞き返すのだが、アグルエはこたえることもなく、顔を上げようともしなかった。
不安は募る一方だった。
だが、今はレイナルが対魔術因子を作成してくれることを信じるしかない。
祭典の決行は、既に決まっている。
勇者協会も、セレロニア公国も、万全の準備を整えて、迎え撃つことになるはずだ。
――父との再会。幻英の話。大いなる巡りの鍵。
勇者の軌跡のその先へ辿り着くためには避けられない道なのだろう。
考えてしまうこともたくさんあったが、二人はそのまま眠りについた。
――祭典まで残り二日。
エリンスは灯りを落とした暗い天井を見上げて、決意を固めた――。




