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水の都と願い事


 中央議事堂を後にした二人は、その足で風の都の駅へと向かった。

 風の都から水の都までの区間であれば、エリンスにしても気軽に支払える金額であったため、ゴルドを払って切符を買い、汽車へと乗り込む。

 ちょうど午後の便の発車時刻だったことも幸いして、待ち時間も少なく移動できた。


 汽車はポォーと蒸気を噴き上げながら、海沿いの線路を走り続ける。

 邪魔するものが何もない、一面に広がる青い海と蒼い空。

 窓際の席へと腰掛けたアグルエとツキノは、窓ガラスに張りつくようにして流れる景色を眺めていた。

 何か見つける度、ボックス席の向かいに座ったエリンスに、目を輝かせながら報告している。

 同じ景色を眺めているエリンスにしてみれば、言われなくても見えていることではあった。

 だが、いちいち反応を見せてくれるアグルエが面白くて、車窓を見るよりもそちらを見ている方が癒される始末。


 魔界には海もないと語っていた。

 それだけにこうして広がる景色が、アグルエにとって特別なものなのだろう。


 向かいで「わぁ」「きゃあ」とはしゃぐアグルエとツキノを横目に眺めて、エリンスは窓枠に頬杖をつく。


 席を立つアグルエが開閉式の窓を少し開けたところで、汽車の走る車輪の音と波の音に紛れて、潮風が車内へと流れ込んできた。

 窓を開けて身を乗り出そうとするアグルエに、「危ないから!」と子供を注意するようにして、エリンスも慌てて立ち上がる。

 アグルエは風に揺れる髪を押さえて、海に反射する太陽にも負けない眩しさではにかんだ。



◇◇◇



 小一時間ほど汽車に揺られて、二人は水の都の駅へと辿り着いた。


 白とオレンジを基調とした街並み。

 道路の代わりに街の中を走る水路。

 その水路には、ゴンドラと呼ばれる手漕ぎ舟がゆき交っている。

 人から物の運搬まで――この街が水路を中心にして回っている様子が、駅から出たばかりのエリンスらにも一目で伝わった。


 駅を出た広場に見えたのは、お決まりの勇者協会の看板。

 広場のど真ん中には、大きな石像がそびえ立ち、エリンスもアグルエも、それにどこか見覚えがあった。

 甲羅を背負い二足で立ち上がって力強さを示しているが、どこか愛嬌のある顔までもが再現されているようだ。


「水瓶様?」


 石像を見上げたアグルエが首を傾げる。

 ツキノもその腕の中で目を丸くして石像を眺めていた。


 マリネッタは水瓶様のことをリィンフォード家の守護神だと語っていた。

 水の都を統治するリィンフォード家の象徴であるのかもしれない。


「と、お二方、お待ちください!」


 ボーっと水瓶様の石像を見上げていた二人に声を掛けたのは、濃緑色の制服を身に纏った男性駅員だった。

 エリンスは振り返って、慣れない汽車の移動に何か不手際でもあったのかと身構えたのだが。


「言伝を預かっておりまして。赤いコートに、白い狐を連れたお連れ様……間違いないかと思うのですが」


 駅員は申し訳なさそうに言葉を続ける。

 その特徴に当てはまるのは、どう考えてもアグルエだろう。


「多分?」


 なんと返事をすればいいものかわからず、エリンスは頷く。

 アグルエも一体何事なのかと眉をひそめている。


「リィンフォード家からの頼み事でして」

「そうかもしれません」


 その名を聞いてしまえば、エリンスも自信を持って頷けた。

「マリネッタが?」とアグルエも確信を持ったようだった。


「よかった。えっとですね、リィンフォード家までの道を案内するように言われていまして――」


 駅員の人も安心したように息を吐いて、説明を続けた。

 エリンスは話を聞きながら、マリネッタはどこまで気を回してくれているのだろうか、と笑いそうにもなる。

 横にいるアグルエも嬉しそうにして聞いていた。



◇◇◇



 そうして、二人は駅前広場よりゴンドラに乗ったところで、水路をゆく小舟の上で揺られていた。

 船頭のお兄さんへ目的地を告げたところで、後は船頭任せの旅となった。


 エリンスから目的地を聞いたお兄さんは何やら上機嫌。

 リィンフォード家まで人を送り届けるというのは、渡し船業界の中では名誉なことらしい。

 道すがら誇らしげにそう語ってくれた。


 狭いゴンドラの上。

 道を繋げる橋をくぐって、広いメインストリートとなった水路を曲がって、小さい水路へ。

 移り変わる景色は歩いて進む印象とはまた違ったものとなり、魔導船のような速さも出ない、ゆったりとした道筋。


 白で統一された建物に、水路脇の道では露店が立ち並ぶ。

 水路を通るゴンドラにまで客引きの声は及んで、人々の笑顔が飛び交う爽やかな空気が吹き抜ける。


 露天商の一人がアグルエの笑顔を見るなり、「サービスだ」と手にしたオレンジを投げた。

 飛んで来たオレンジを受け取って、アグルエは「ありがとうございまーす」と笑顔で手を振り返す。


 船頭のお兄さんも、笑顔を絶やさないアグルエを見て満足そうだった。

 エリンスは膝に頬杖をつき目を細めて、はしゃぐ横顔を眺めていた。



◇◇◇



 他愛もない話を続けて、二人を乗せたゴンドラは進むこと数十分、門を構えた水路を抜ける。


「ここから、リィンフォード家の敷地だ」


 船頭がそう語ったところで、その先の風景はまた一風変わったものだった。

 水路を挟むようにして花畑が広がっている。

 リィンフォード家の屋敷まで水路は続いているようだ。


「わぁ!」と一際歓声を上げたアグルエが急に立ち上がるものだから、小さなゴンドラはバランスを崩して水路へ落ちそうにもなる。

 エリンスは慌ててアグルエの腰辺りを掴んで押さえて、腕の間よりずり落ちそうになったツキノのことも掴んだ。

 船頭のお兄さんはその様子ですら楽しそうに笑って、そうこうしているうちに二階建ての大きな屋敷の影が近づいてきた。


 敷地内にゴンドラの駅を構えるほど――さすがは水の都を治めるリィンフォード家。

 ゴンドラが停まって、道より一段低くなった石畳のゴンドラ駅へと降りたところで、二人の顔馴染みとなったデントが待っていた。


「乗った時点で、連絡がありましたので」


 そう一礼をするデント。

 エリンスとアグルエはここまで運んでくれた船頭へと礼を伝えて、デントの案内でリィンフォード家の屋敷へと足を踏み入れた。


 そのままデントに案内されて、二人は屋敷の中を進んだ。

 大きな広間には水瓶様の銅像が立ち、よく見ると備えつけられた階段のポールなどにも水瓶様をモチーフとした飾りがついている。

 階段を上って、幾重にも扉が立ち並ぶ廊下を抜けて、エリンスとアグルエはとある一室へと案内された。


 扉をノックしたデントに返事をして、部屋の中から「どうぞ」とマリネッタの返事があった。

 デントは無言のままニコニコと笑顔を浮かべて、エリンスへ扉の取っ手を示す。

 エリンスが取っ手を掴んだところで、デントは頭を下げ来た道を戻っていく。

 アグルエに「早く」と急かされるように背を押されて、エリンスは扉を開けた。


 一人用の私室にしては持て余すほど広い部屋。

 青色のカーテン、薄い青色の絨毯。

 青を基調としたその中で、マリネッタは大きな木の机に手をついて立っていた。

 手にした書類を机に置いて、エリンスとアグルエのことを出迎えてくれる。


「青の軌跡はクリアできた?」


 いつもは身につけている軽鎧ライトアーマーは装備せず、大きな杖も机の横に立て掛けられている。

 それだけで、マリネッタの笑顔には柔らかい印象があった。


「おかげさまで」


 エリンスは一礼、頭を下げる。

 全てすんなりと話が進んだのはマリネッタのおかげだ。

 アグルエは二人のやりとりを横で嬉しそうに眺めていた。


「そう、よかった」


 マリネッタは微笑みながら言葉を続ける。


「これでエリンスも三つ目の軌跡。そろそろ落ちこぼれ(・・・・・)の名も返上じゃない?」

「だといいいけどな」


 笑って言葉を返すのだが、そう言われて思い返したのは――最初にそう呼んだシドゥの顔だった。


「さて、これからどうするの?」


 マリネッタが話を切り替えたところで、アグルエが手を上げて返事をした。


「お祭り!」

「あぁ、次は南に向かうことにしたけど、七色祭しちしょくさいは見ていくことにしたんだ」


 それぞれこたえたエリンスとアグルエの顔を見やったマリネッタは、笑顔のまま頷いた。


「そう、ちょうどいいわ。ついて来て」


 椅子に掛けられたカーディガンを羽織るマリネッタ。

 そのまま部屋から出たマリネッタに案内されて、二人もその後を追った。


 階段を下りて1階へ。

 広間を抜けて、庭先に隣接された倉庫に足を踏み入れれば、デントと同じような執事服を着た男性や、鎧を身につけたセレロニア騎士団の人らが慌ただしそうに出入りをしていた。

 倉庫の中にまで水路は伸びているようで、ゴンドラが何台も停まっている。

 縦横奥行それぞれ1メートルほどの幅がある大型の木箱が山のようにいくつも積み重ねられて、今もゴンドラより木箱が降ろされているところだった。

 祭りの準備に追われているのだろう。


 二人はマリネッタに案内されるがまま倉庫を進んで、その一角、机と椅子が並べられたところで足を止める。

 蓋が閉められていない木箱が目に入り、その中には色取り取り、様々な魔素マナと願いを込められた短冊が光を発していた。


「わぁ!」と、木箱を覗き込んだアグルエが感嘆の声を上げる。

「もしかして、この倉庫にある木箱全部が?」


 倉庫を見渡しながらエリンスはマリネッタへ訊ねる。


「そうよ、セレロニア国民の願いの結晶」


 シンドロンでもマリネッタはそのように話をしていたことを思い返す。


「これを『笹』と呼ばれる木に吊るしていくの。そして、魔素マナの流れに乗せて天へと届ける」


 マリネッタの説明を聞いて、アグルエは「すっごい!」と興奮が隠せないように目を輝かせていた。

 その頭の上ではツキノも何やらはしゃぐようにして、光り輝く短冊に惹かれているようだ。


 マリネッタは机の上に積まれていた短冊を三枚手に取ると、それらをそれぞれエリンス、アグルエ、ツキノへと手渡した。


「はい」と言われるがまま受け取って、エリンスは聞き返す。

「これは?」

「国民だけじゃないの。祭りの参加者には、一緒に短冊を吊るす権利があるのよ」


「いいの?」とアグルエは嬉しそうに手に取った短冊を眺めている。

 ツキノも「わらわまで……?」と戸惑ったように、短冊を見つめていた。


「えぇ、もちろん」


 笑顔で頷いたマリネッタの肩の上では、水瓶様も「ガメ!」と手を上げて返事をしていた。

 アグルエの頭の上より飛び降りたツキノは、机の上に短冊を置いて何やら悩みだす。

 マリネッタの肩の上より飛び降りて横に並んだ水瓶様が、「ガーメ」とツキノの肩の上に手を置いた。

 まんざらでもない様子で「悩むのう」と嬉しそうにしたツキノに、エリンスも顔を綻ばせた。


「えー何を願おう?」

「なんでもいいのよ」


 嬉しそうにワクワクとした気持ちを隠し切れないアグルエは、マリネッタの顔を覗き込んでニコニコだ。

 エリンスが短冊を手にしてどうしたものかと考えているうちに、アグルエが短冊を手で挟み込んで目を瞑る。

 すると、アグルエの手の内で短冊が紫色に光り輝いた。


「アグルエは、雷の素質があるのね」


 色取り取りに光っていた木箱の短冊。

 願いを込めた人の魔素マナを感知して、それに近しい色を発しているのだろう。

 エリンスはそれを横目にして口を開く。


「短冊でそんなことまでわかるのか」

「えぇ、この紙、元々はそういうためのものだったらしいのよ」


 短冊へ願いを込め終えたアグルエは「えへへ」と照れたように笑っている。


「アグルエは何を願ったんだ?」

「内緒だよ!」


 エリンスはなんとなしに聞いたのだが、アグルエは笑顔のままそうこたえるのみだった。

 教えてくれる気はないらしい。


 机の上ではツキノも短冊を両手で挟んで願いを込めていた。

 短冊は白い光を放つ。

 その様子にツキノは「うむ」と満足そうに頷いた。

 エリンスも二人の短冊が光ったのを見て、手にした短冊を両手で挟んだ。


「まあ、願うことなんて、決まってるよな……」


 誰にも聞かれることのないよう小声で呟いて、目を閉じる。


 勇者となれますように、とは願わない。

 目指す道はもう決まっているのだから。

 今もこれからも、あの星空(・・・・)に願ったことは変わらない。


 エリンスが手で挟んだ短冊は白く輝く。


――きみの笑顔を守れますように。



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