恋人だったことは一度もないので、どなたかとお間違えではないですか?〜遠征帰りの幼馴染に話したら爆笑されました〜
「ヴィオレッタ・ファレス、話がある」
城勤めの騎士と魔術師が合同で利用する食堂。
昼を少し過ぎ、少し賑わいが落ち着いたそこで食後の紅茶を楽しんでいると声をかけられた。
そちらを向けば騎士の服に身を包んだ大柄な男と、その少し後ろに庇われるようにして小柄な女性がいる。
「こんにちは、カーグフォウス隊長、ルルティア魔術師。何かご用でしょうか」
「……突然の話で申し訳ないが、俺と別れてくれないか」
苦しそうな顔をしながら男―――騎士隊の第三隊隊長であるカーグフォウス隊長がそう言い出した。
「っ、ごほ……あの、今なんと?」
「もう、本当の気持ちをごまかせない…!何を考えているか分からないお前よりも、俺はっ、ルルティアを愛してしまったんだ…!頼む、俺と別れてくれ!」
飲んでいた紅茶を喉に詰まらせかけながらも何とか聞き返すと、悲劇に酔った顔で改めて告げられた。
昼過ぎとはいえまだ人が多くいる中、大柄な体に見合った声量で告げられたので注目が集まりだす。
あまり浴びたくない好奇の目に、思わず顔をしかめた。
「ヴィオレッタ先輩っ、ユージーン様は悪くないんです!あたしが、あたしがっ!彼は先輩の恋人なんだって分かっていたのに気持ちを抑えられなかったから…!」
なんと返せばいいのか迷っていると、隊長の背に庇われていた女性―――私の後輩であるルルティアが隊長の腕に絡みつきながら涙ながらに訴えだした。
小柄でかわいらしい容姿の彼女は騎士たちの中で人気が高いらしいと聞いたことがある。
涙をためて潤んだ瞳からはぽろりぽろりと涙がこぼれ落ちるその顔は男にとっては庇護欲を掻き立てるらしい。ざわざわと主に騎士団に所属している人間からちくちくとした視線が増えた気がする。
しかし私はひねくれているのだろうか、彼女からはなんだか見下すような嘲りを感じてしまう。
「いいや、ルルティアは悪くない!悪いのは恋人がいながら君を愛してしまった俺なんだ…!」
「ユージーン様…!」
「ルルティア…!」
さながら、運命のいたずらによって引き裂かれる悲劇の恋人のような表情で抱き合う2人。
どうやら私は目の前で庇い愛をしだした男女に別れ話を切り出され、盛り上がり装置にされているらしいとようやく理解した。
何がどうなってこんなことに巻き込まれているのか分からないが、とりあえず。
「私とカーグフォウス隊長が恋人だったことは一度もないので、どなたかとお間違えではないですか?」
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「あっはっはっはっは!!!」
テーブルを叩きながら大爆笑をする男を横目に、エール2杯と適当にいくつかつまみを頼む。
あの別れ話騒動の後、仕事に戻って作業をしていたら長期遠征に出ていた幼馴染が突撃してきた。
業務もほとんど終わっていたので簡単に片付けて今は冒険者たちも利用する酒場に来ている。
「いやー、さすがにカーグフォウス隊長と私が恋人だったなんて初耳だったなぁ」
「それでそれで!?その後2人はどういう顔してたのさ?」
「2人ともぽかーんって口開けて間抜け面してたよ。聞き耳立ててた周りも同じ顔してた」
「ぶはっ!!」
笑いのツボが浅くなっているのか、またテーブルを叩いて笑い出したこの男の名前はニア。
さらさらの黒髪と光の加減によっては金にも見える飴色の瞳を持った、黙っていればミステリアスな雰囲気が人気のイケメン魔術師である。
……中身はちょっと残念な魔術バカなんだけども。
「あー…そういえば少し前まではよく休日に出かけないかとか仕事終わりに食事に行かないかとか誘われてたな…全部断ったけど。今思えばあれってデートのお誘いだったのかな?」
「ぜ、全然相手にされてない…!かわいそ…っははは!!」
とうとうテーブルに突っ伏して笑い出した幼馴染に呆れた目を向けてしまっても仕方がないと思う。
「……料理来たし、もう食べていい?」
「んぐふっ、ちょ、まって、俺も食べる。食べるから…………ふはっ!」
「さすがに人の顔見て吹き出すのは失礼すぎじゃないかな、ニア」
じとりと半目で睨んだが、笑いから抜け出せないニアはそれすら面白いらしくひいひいと笑っている。
これはもうしばらく放っておくしかないな…と、私は温かい野菜スープの器を手に取った。
「はー、笑った笑った。んふ、だめだ、油断すると笑っちゃう」
「さすがに笑いすぎなんですけど?傷ついたわぁ」
「怪鳥の油揚げ頬張りながら淡々と言われてもなー」
ひとしきり笑って満足したのか、ようやくニアも料理に手を付け始める。
時々かすかに笑い声が漏れているから、完全には笑いのツボから抜け出せていないみたいだけど。
「いやぁ、それにしても俺が長期遠征に出てる間にこんなおもしろいことがあったなんてなぁ…恋人ってことになってるの全然気づかなかったのか?」
「逆に聞くけど、ニアはもう少しでより効率よく使えるようになる魔術研究を前に他のこと気にしていられる?」
「無理」
「でしょ。やっと実用実験までこぎつけて久しぶりにゆっくり昼食をとるかーってところで絡まれたの」
「うわ災難。お疲れさま」
これお食べ…と私の皿に乗せてきたのは食べかけの串焼きである。さては好みの味付けじゃなかったんだな。
ニアは好みの味じゃなかったり食べる気分じゃない味のものはひと口だけ齧っては私に渡してくることがある。注意してはいるがやめる気はないらしい。
別れ話騒動の話はその後ぽかんとする周囲をそのまま放置して魔術師塔に戻っただけなのでこれ以上話すことはないかなとお終いにして、話題はニアの長期遠征の話や私が研究していた魔術についてになっていった。
ニアにもらった串焼きを齧りながらふと考える。
「(私がもし恋人にするなら)」
一緒にいて心地いいと思える人がいい。そしてできれば魔術について一緒に話せる人がいい。
例えば、目の前にいるニアとか。……なーんて、ね。
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すやすやと穏やかな寝息を立てる彼女を抱えて店を出る。酒を飲んでお腹いっぱいになるとすぐに眠くなる体質は全然改善していないらしい。
「ヴィオが傷ついていなくて、よかった」
彼女の家がある方向へ足を進めながら、思わずぽつりとこぼしてしまった。
面倒くさそうではあったが特に傷ついた様子もなく、最終的には魔術理論について語りだした様子を思い出し、静かに笑う。
長期の遠征から帰ってくる途中。きゃあきゃあと若い少女らが話している中に、気になる単語を拾ったのが最初だ。
―――先輩魔術師に虐められながらも勇敢な騎士との恋を実らせた若い女魔術師がいるんだって!
王都に近づいていくとその噂は多くなり、より詳しくなっていった。その噂を集めれば集めるほど、女魔術師を虐め抜いている先輩魔術師はヴィオレッタのことだと確信する。
でも、彼女が恋をしているなんて想像できなかった。
俺のことを魔術バカだというけど、彼女の方がずっと魔術バカだ。魔術の研究があるからと食事の誘いを断ることなんて日常茶飯事だった。
そんな彼女が恋敵を憎く思い虐めるほどの恋をしているだなんて、とてもじゃないけど想像できなかった。したくなかった。
まあ、それはただの杞憂に終わってしまったんだけど。
疲れた様子の彼女を連れ出して話を聞けば、相手側が思い込みで暴走していただけらしい。
ヴィオレッタは心当たりなさそうにしていたけど、おそらく遠征計画などの書類の受け渡しの時にでも話す機会があって、その中で彼女が「かっこいいですね」「尊敬します」と相槌を打ったのを好意があると勘違いしたんだろう。彼女は他人であればあるほど丁寧にやわらかく話す癖があるから。
ホッとしたと同時にまったく相手にされていなかった男が哀れで、滑稽で、大笑いしてしまったのは少し反省している。
彼女から預かった鍵を使って、彼女の家へと入る。そのまま寝室まで運び、ベッドへとゆっくりとおろした。
自分の領域に踏み込まれることが苦手なヴィオレッタ。
幼馴染である俺だって彼女が拒絶して逃げてしまわないよう、ゆっくり時間をかけて、見極めて、慣らして、ようやくここまで来たのだ。
今更他の男に奪われるだなんて冗談じゃない。
彼女が拒絶しない範囲でどう攻めていくべきかと考えながら彼女の家を後にした。
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