5倉持屋のおきく現る!1
なかなか隔日で更新できず、すみません。
でも確実に書いていきますので、どうぞどうぞ、お付き合いのほど、よろしくお願い致します!
「ただいま」
その夜、頭を屈めて敷居をくぐった平次は、店の中を覗き込みます。夕食も終わり、居間ですっかりくつろいでいる母親が、「お帰りなさい」と出てきました。
「平次さん、遅かったじゃない。どこで油を売っていたの?」
四十をとおに過ぎた母親は、さっきまでうたた寝をしていたらしく、白髪交じりの髪を手櫛で整えながら、欠伸をしています。
「ごめん、遅くなって。でも母さんが起きていて良かった。ちょっと話があるんだ」
平次はそう言うと、居間の奥を覗きます。
奥のちゃぶ台の横で、先日倉持屋に来たばかりの少女が、女中を相手に御手玉に興じています。
そんな可愛らしい様子にふっと顔を綻ばせると、平次は母親を客間へと連れて行きました。
「いったい、改まってどうしたの?」
客間に向い合せに座ると、母親は首を傾げます。
平次は緊張した面持ちで、深呼吸すると、覚悟を決めて口を開きました。
「今日、おはなさんに会った。娘さんを連れて、あずき屋に来ていたんだ」
「まあ、あの紅葉山小町のおはなちゃんが?それは懐かしいねぇ…」
まだあどけない子どもだった頃、真っ赤な鼻緒の下駄をならして、倉持屋へ遊びに来ていた可愛らしいおはなの顔を思い浮かべて、母親は笑みを浮かべます。
「で、急だけど、五日後に祝言をあげることにしたから!」
「はっ?!」
懐かしい思い出に浸っていた母親の目が、平次の一言でこれ以上無い程の大きさに開きます。
「…お前、まさか…もう約束してしまったのじゃ…」
「そうだよ。私はずっと昔から、おはなさんが好きだった。おはなさん以外の誰かを嫁にするつもりは無い。だから、おはなさんと夫婦になります」
「えっ!じゃあ、その娘さんとやらは…どうするの?」
「娘さんも、養女に迎えます。歳は十二で、気立ての良さそうな子だから、安心して」
「でも…、おきくは…?お前がいつまでも嫁を取らないから、頭を下げて兄様の家から跡取娘として頂いてきたのに!」
「遊び相手に同じくらいの年頃の娘がいれば、おきくも楽しいでしょう?明日の巳の刻に、二人が挨拶に来ますから、頼みましたよ」
平次はそう言うと、有無を言わせぬ目で母親を見て頷き、自分の部屋へと戻って行きます。すると、後ろから可愛らしい小鳥のような声が、父さん、と平次を呼びました。
「おきく、まだ起きていたのか?」
平次は振り返ると、愛おしそうな目で声の主を見ます。
今年十歳になったばかりの、兄の末娘だったおきくは、先月倉持屋に来たばかりです。
豊かで艶やかな髪、白くて綺麗な形のうりざね顔には、平次にそっくりの黒目がちの目に長い睫毛が生えていて、紅を差したように赤い唇は、とても十歳の子どもとは思えない、何とも言えない大人びた雰囲気を醸し出しています。
おきくはそんな美しい瞳をきらきらと輝かせて、平次を見つめています。
「父さん、明日お客様がいらっしゃるのですか?」
「そうだよ。おはなさんと言って、お前の母さんになってくださる方だよ。あと、十二歳のあね様もきてくれる。おさきちゃんという、優しいあね様だから、仲良くするんだよ?」
「そうですか、母さんやあね様は綺麗な方なのですか?」
「ああ、母さんになるおはなさんは、昔、紅葉山小町と言われた美人だし、おさきちゃんも可愛らしい子だったよ」
平次が答えると、おきくはちょっと面白くないのか、挑むようないたずらっぽい笑みを浮かべます。
「そうなんですね。楽しみだわ。私に素敵な母さんとあね様ができるなんて」
十歳とは思えない妖艶な笑みに、平次は思わずごくりと唾を飲み込みます。
何て娘なんだ…!兄の末娘で独身の平次の跡取りとして、養女に迎えたけれど、時折見せるこの艶っぽくて毒を孕んだような表情に、平次は背筋が凍るような思いをしていたのでした。
翌日、おさきは母のおはなと共に、倉持屋を目指していました。
手土産にじいちゃん特製の干菓子を一箱、大切に抱えています。
村の大通りの中に一際大きな店構えの倉持屋の前に立つと、おさきはふぅ、と息を吐きました。
ついに来てしまいました。思ったより大きい店ですね。あとはあの平次とかいう色男が、クズじゃないことを祈るばかりです。
「ごめんくださいませぇ!」
おはなが余所行きの声で店の中に声をかけると、待っていた平次が嬉しそうに出てきました。
「おはなさん、待っていましたよ。さぁ、中へどうぞ」
そう言って、客間へと案内します。
店番をする人、米を運ぶ人などたくさんの人々がせっせと働くのを見ながら、おさきもおはなに続きます。すると、店の隅に隠れていた十歳くらいの女の子が、ひょっこり顔を覗かせました。
誰ですか?
使用人とは思えない、綺麗な着物を見ておさきは思案します。するとその女の子は値踏みするようにおさきをじろじろ見ると、美しい顔を綻ばせて、にっこり微笑みました。
「あなたが、あね様なのね」
あまりに大人びた表情に、おさきは目を見開きます。
いったいこの子は誰なのでしょう?しかし今は母さんの後ろについていくのが先決です。
気になる美少女の存在を頭の隅に一旦置いて、おさきはおはなとともに、立派な客間へと足を踏み入れました。
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