4 忘れられない初恋2
ここのところ、体調不良にてお休みが続きすみません。
連載は必ず続けますので、どうぞお付き合いください!
それからおさきは、何とも言えない居心地の悪い思いをしていました。
「平次さん、あーん」
「…おはなさん。おさきちゃんが見ていますよ?」
「いいんです。はい、あーんして」
と、おはなが平次の口に、一口サイズにちぎったおやきを、せっせと運んでいます。
「母さん…おか…」
わり、と言いかけて、おさきは口をつぐみます。二人があまりにも仲良しなので、娘といえども迂闊に割り込むことができません。
何ですか、この男?私の母さんを盗って…。覚えておきなさい!
イライラしながら最後の一口を乱暴に口の中に頬張った時、何やら急に店の外が騒がしくなりました。
「何かあったのかな?ちょっと様子を見て来るから、皆さんごゆっくり」
そう言って、あずき屋の主人は店を飛び出すと、しばらくして血相を変えて帰ってきました。
「おはなちゃん、大変だ!おはなちゃんの嫁ぎ先の鍛冶屋が大火だって!」
「ええ?!」
とおはなはわざと大げさなリアクションをすると、おさきを見ます。
「おさき、様子を見に行きますよ!」
「はい」
本当は全部知っているくせに…と心の中で思いながら、おさきは平次に肩を抱かれるような形で店を出るおはなの後ろを、黙って着いて行くのでした。
あずき屋から隣町の中心までは、歩いて四十分くらいです。
早速町の大通りに入ると、鍛冶屋の屋敷が、まるで煙幕でも張ったかのように、大量の黒煙に包まれていました。
「母さん…!」
バチバチと音を立てて燃える鍛冶屋の屋敷を遠目に眺めながら、おさきはおはなの顔を見ます。おはなは平次の隣で、燃え落ちる屋敷を真っ直ぐ見つめていました。
「私やおさきに長年酷いことをしたのだから、当然の報い」
誰にも聞こえないように小さな声で呟くと、不適な笑みを浮かべます。
そんなおはなの表情にびっくりした平次は、近くに立つ人々の噂話に聞くともなく耳を傾けます。どうやら、鍛冶屋の主人が遊んで作った借金を全て回収しようと、夕方、女をさらいにならず者達が屋敷に乗り込んできたそうです。しかし、女が主人の年老いた母親以外誰もいないと知ったならず者達は、母親を柱に縛り付け、残った僅かな金目のものを残さず強奪した挙句、屋敷に火を放ったとのことでした。
「あの店には、確か綺麗な嫁さんがいただろう?どうしたんだい?」
「ああ、どうやら離縁したらしい。娘を連れて里に帰っちまったんじゃないのか?」
「そうだよな。あんな遊び人の放蕩息子じゃ、もうすっかり愛想も尽きていたろうしな。しかし一度は殿様に献上する刀までこしらえた家がなぁ…遊郭と芸者遊びで滅んじまったか…」
そう口々に噂する野次馬の言葉を聞きながら、平次はこっそり胸を撫でおろしました。
よかった、おはなさんが無事だった!
もしかすると、どこかへ売り飛ばされたかもしれないことを考えると、平次は心底ぞっとするのでした。
その夜、おはなは父と母の前にきちんと座りました。
「改まって何?別にお前の里なのだから、特別な挨拶なんかはいらないよ」
と言う母のおはるに、おはなはにっこり微笑みます。
「挨拶じゃありません。私、次の嫁入り先が決まりました」
ええっ!!
と二人は大きい目をこれ以上無い程見開いて、びっくりしています。
「でも…お前は、今日離縁して帰ってきたばかりじゃ…」
何も言えなくなってしまった佐助の代わりにおはるが言うと、おはなは余裕の笑みを浮かべて、おはるを見ます。
「大丈夫。先ほどある方から結婚を申し込まれました。おさき共々可愛がってくれるとても優しい方です。安心してください」
「え?おさきも一緒にって、いったい誰?」
「倉持屋の平次さんです。来週から一緒になります」
「いや、でも、あそこは先日…」
と言いかけて、おはるは言葉を飲み込みます。
流石に離縁してきた日に自ら次の嫁ぎ先を決めてくるというのは、滅茶苦茶な話ですが、倉持屋は、商売上手な平次の手腕で、今や押しも押されぬ村一番の大店です。しかも平次は気立ての良い、優しくて真面目ないい男です。二十六歳のおはなにとって、これ以上の話はありません。
「倉持屋は昔と違って、すっかり大きな店になってしまったけれど、分かっているんだろね?」
不安そうなおはるに念を押されて、おはなは余裕の笑みを浮かべます。
「大丈夫です。では、父さんも母さんも許してくださるってことで、いいのですね?」
「あ、ああ。勿論だよ」
しどろもどろになりながら大人しく頷く二人を見て、おさきはこっそりため息を漏らすのでした。
いつもお話を読んでくださいまして、本当にありがとうございます。
次話も続きますので、どうぞお楽しみください。
これからも、よろしくお願い致します!