21将軍さまと名乗る男3
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それから毎日、寺子屋の帰りにおきくは将軍さまの屋敷を覗きました。おさきは汚らしい自称将軍に会うのは正直気が進みませんが、おきくが行くとなると行かないわけには行きません。おきくは可愛らしい目できょろきょろ遠慮なくぼろ屋敷を見回すと、いつも計ったように剣の稽古をしている惣兵衛に話しかけます。
「将軍さまは、今日のお昼は何を食べたのですか?」
すると惣兵衛も嬉しそうな顔をして、
「今日はうどんでござる。その方は?」
と聞き返して来ます。するとおきくも、
「まあ、美味しそう。私はお母さんのおむすびです。今日は梅干しと菜っ葉の漬物が一緒に入っていて、とても美味しかったのですよ」
と大人びた口調で答えます。
母さんのおむすびの具を、こんなやつにぺらぺらしゃべるのじゃありませんよ。とおさきは内心むっとしますが、相手は腐ってもお侍、一応大人しく愛想笑いを浮かべておきます。惣兵衛はいたいけな十歳の見た目をしたおきくにまんまと騙されているらしく、まるで幼子に話すような口調で、
「それは美味そうなおむすびでござるなぁ。して、その方の母上とは、いつも迎えに来られる美しいお方のことかな?」
「いえ、あの人は叔母です」
「そうか、叔母上か。では一緒に住んでおられるところを見ると、まだ嫁入り前の叔母上のようだな?」
「ふふふ、どうでしょうね」
いたずらっぽく微笑むおきくに、おさきはこっそりため息を漏らします。
はあ?この十歳、何オヤジをたぶらかそうとしているのですか?だいたい、おみねさんは確かに若く見えるし美人だけれど、もう二十五歳の立派な大人ですよ。全く、自分の好みだからって、勝手な妄想するんじゃないですよ、この中二病侍。と心の中だけで思い切り毒づき、おさきは二人から顔を背けます。
するといつの間にか時間になっていたらしく、遠くから「おさきちゃん、おきくちゃん」と二人の名前を呼ぶおみねの声が聞こえてきました。惣兵衛はその可愛らしい声に年甲斐もなくぽっと頬を赤らめると、
「おお、これはこれはお迎えでござるか。今日もお勤めご苦労様でござる」
と微笑みかけ、おみねは怪訝な顔をします。
「おっと、名乗らなねば。拙者伝説の剣豪にして世直しの志士、中村惣兵衛と申す。失礼ですが、娘さんには決まったお人はおいでかな?」
「決まった人って、夫のこと?いますよ」
「えっ…今、何と申された?」
「夫ならいますって言ったのだけれど、聞こえなかったのですか?私の夫、こう見えてお殿様に信頼されている侍なんで」
おみねが言い切るが早いか、惣兵衛はわなわなと唇を震わせて、その場にへたへたと座り込みました。
「…何と…運命のお方とばかり信じておったのに、武家の人妻だったとは。拙者、最早天国へ旅立ちとうござる」
「馬鹿言わないでくださいよ。そんな汚い腹を切っても、迷惑なだけでしょう?とにかく、これ以上変なことを言うなら、お代官様に言いますよ?」
「は、お代官……それはご勘弁を、それはまずい…あわあわあわあわ」
「行こう、おさきちゃん、おきくちゃん!」
ばーか、と言わんばかりに冷たく惣兵衛を一瞥すると、おみねは二人を引き連れて、さっさと家へと歩きだしました。
帰り道、いつも通りゆきの屋に立ち寄った三人は、おはるが出してくれた失敗まんじゅうとお茶でおやつをしながら、惣兵衛について話していました。
「いい?あの人は勝手にどこかのお殿様のところから逃げてきた怪しい人だから、もうあのぼろ屋敷に近寄ったらだめよ?分かった?おきくちゃん」
「はい」
しかし、いつも返事だけ立派なおきくの正体を見破っているらしく、おみねは眉をしかめると、
「返事だけじゃなくて、本当に行ったらだめだからね。今度行ったら、平次兄さんと平太郎兄さんに言いつけるから」
と念を押して、美味しそうにきんつばを頬張っています。
おきくは悔しそうにおみねを一瞥すると、小さなお饅頭を少しずつ食べています。
おさきは両手に失敗まんじゅうを持って、ぱくぱくと満面の笑みで頬張りながら、おみねを見ます。
そんな無邪気なおさきの頭を優しく撫でると、おみねはうーんと伸びをして、青い空を見上げるのでした。
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