20将軍さまと名乗る男2
怪しい将軍さまこと、惣兵衛登場です。
さてさて、おさきとおきくは、どうするのでしょうか?
寺子屋の放課後、二人はいそいそとぼろ屋敷の中を垣根から覗きます。
どうやら主は留守の様子で、庭の物干し竿に、よれよれの着物とふんどしが数枚干されていました。
洗濯物のシワの伸ばしが甘いことから、どうやら主一人で住んでいる様子です。
「わぁ、ふんどしがいっぱい!面白いですね、あね様」
と何故かふんどしに興奮したらしいおきくを冷ややかに眺めながら、おさきはため息をつきました。
「そろそろおみねさんが来るから、寺子屋へ戻りましょ」
「嫌です。もう少しだけ、ね、あね様!」
とおきくに媚びるように微笑まれて、おさきは天を仰ぎます。
秋の終わりの空はいいお天気で、ちょっぴり冷たい風が吹いていました。
あーあ、こんな汚らしい屋敷なんか見てないで、早くみんなでじいちゃんの失敗まんじゅうを食べに行った方が余程いいのに…。
以前、花街でのじいちゃんの秘密の口止め料として約束した通り、毎日ゆきの屋の失敗まんじゅうを十五個ずつ取り置きしてもらっているおさきは、最近では寺子屋の帰りにおみねとおきくと一緒に、おまんじゅうを食べるのが楽しみでした。
三人で訪れると、ばあちゃんがにこにこしながら出てきて、失敗まんじゅうとお茶をたっぷり出してくれます。昨日はきんつばと大福餅、その前は型崩れした干菓子と芋羊羹でした。
甘い物が好きなおみねさんも楽しみにしてくれているし、早く食べに行きたいな。
そんなことを思いながら、ぼーっとしていると、
「何か御用でござるか?」
と野太い声で話しかけられて、どきっとします。
慌てて声の方を振り向くと、よれよれの着物と袴を身に着け、太刀を下げた中年の侍が一人立っていました。
無精ひげを生やし、痩せて体格は普通くらいの大きさですが、ちょっぴり間抜けな顔を誤魔化すみたいに、わざと鋭い眼光を装っているのが、おさきにも一目で分かりました。
「い、いえ。寺子屋のお隣にお侍様がいらしたと聞いたので、どんな方かと…失礼しました」
そう言って、おさきはおきくの手を引いて寺子屋へと足早に戻ろうとしましたが、侍が「待て、拙者の名前を教えてしんぜよう」と言ってきたので、渋々足を止めざるを得なくなりました。
「拙者、遠方より来たりし伝説の剣豪、世直しの志士、中村惣兵衛と申す。以後お見知りおきを」
自分で伝説の剣豪とか世直しの志士とか名乗るなんて、どれだけ頭が沸いてるのでしょう?おさきは愛想笑いを浮かべて会釈すると、再びおきくと足早に立ち去ろうとしました。が、おきくは惣兵衛を気に入ったらしく、立ち止まって動きません。
「これ、おきくちゃん!」
とおさきが小さい声で促すも、おきくは惣兵衛に興味津々です。
「お侍様、お侍様は何をするためにここへいらしたのですか?」
すると惣兵衛もまんざらでもないらしく、嬉しそうな顔をしておきくに微笑みます。
「よくぞ聞いてくださった。拙者、江戸の将軍様をお守りするための秘策を携えておっての、しかしそれは極秘任務ゆえ、誰にも言うわけにはいかないのじゃ」
ふーん、ようは食い詰め浪人か、リストラされて出奔したろくでなしの中二病侍ってことですね。また、紅葉山村に怪しい奴が来たものです。
おさきが惣兵衛の与太話にうんざりして、不機嫌な顔をしているのに、おきくは何故か目をきらきら輝かせています。
「凄い!じゃあ、お侍様は、江戸の将軍様のご家来なのですか?」
「そうじゃ。征夷大将軍様の極秘の家臣、伝説の剣豪、中村惣兵衛じゃ。だから、某のことは、将軍さまと呼んでくれい」
「はい、将軍さま」
おきくはのりのりで、この怪しい侍に、将軍さまと呼んで喜んでいます。すると惣兵衛も気を良くしたらしく、自慢の太刀をするりと腰から鞘ごと抜きました。
「ではお近づきの印に、ひとつ太刀の腕前を披露するとしよう。とくとご覧あれ!」
と節をつけて叫びながら、一人でかっこつけて太刀を振り回しはじめました。
おさきは最早ばかばかしすぎて、つくため息すらない気分です。するとそこに、寺子屋へ迎えに来たおみねが現れました。
「おさきちゃん、おきくちゃん、帰るわよ」
可愛らしい声で二人を呼ぶのを耳にした惣兵衛は、はっと太刀を止めて、おみねを見て頬を赤らめます。しかしおみねはそんな惣兵衛を、一瞬ばっかじゃないの?と軽蔑するような鋭い目で睨み付けると、さっさと二人を連れて去って行きました。
「おお、なんと美しいおなごじゃ。きっと運命の出会いとはこのようなことを言うのだろうな」
と勝手に惣兵衛は妄想して、幸せな気分に浸るのでした。
いつもお話を読んでくださいまして、本当にありがとうございます。
次話も続きますので、どうぞお楽しみください!
これからもよろしくお願い致します!!