16おたつと清水屋2
いつもありがとうございます。
あね様ことおさきの義父、平次の妹おみねと、その親友で茶碗屋のおたつのお話です。
あね様が倉持屋に入るほんの少し前の出来事です。
どうぞお楽しみください!
翌日の昼過ぎ、小助は意気揚々と茶碗屋を訪れました。
「ごめんください!」
玄関から声をかけると、心配そうな面持ちの茶碗屋の主人が出てきました。目の下にくまを作って、昨夜は一睡もできなかったみたいです。
「清水屋様、で、娘の件は如何でしたでしょうか?」
「ああ、娘さんの話をしたら、先様も随分乗り気で、是非にとのことだったよ。座敷女中で前金七両、一人前になったら、毎月給金も支払うとのことだったのだけど、どうだろうか?」
「前金で七両も!!なんと勿体ないお話。で、どちら様のお座敷で?」
思わぬ好待遇に目をきらきらさせて、安堵の表情を浮かべる茶碗屋に、小助はちょっと口ごもりながらぎこちなく微笑みます。
「聞いてびっくりするなよ?は、花街の料亭、小石川だ」
「はあ…あの料亭の、なんと、そんな立派なお店の女中に、うちの娘を使ってくださるとのことなんですね?なんて運のいい娘。このままでは女衒に売り飛ばされてしまうところを、本当にありがとうございます、ありがとうございます!」
「い、いや。で、七両はうちのつけを差し引いて渡すから、それでよその借金も間に合うかい?」
「十分でございます。清水屋様のつけをお支払いして、残りを全部渡せば、借金も全て返すことができます」
茶碗屋は涙ぐみながら、何度も何度も小助にお礼を言いました。
奥で全てを聞いていたおたつは不安になりました。父さんはお人好しで人を疑うことを知らないから、また調子の良い話に騙されているんじゃないの?座敷女中と言っても何をするか分かったもんじゃないし。何より高額な前金が一番怪しいわ。
そう思うといてもたってもいられず、おたつは勝手口からこっそり家を出ると、親友のおみねのところへと走りました。
村の中心から少し離れたところにある、倉持屋の前に来ると、息を切らしながら店の中へと入ります。
「あら、おたつちゃん、いらっしゃい」
穏やかな笑顔で微笑む母のおそのに挨拶しながら、おみねへ取り次いで欲しいと伝えます。するとおそのは機嫌よく屋敷の中へおたつを通し、おみねの部屋へと案内してくれました。
「どうぞ」
襖から声をかけると、おみねの可愛らしい声が返事をします。
「おみねちゃん、突然ごめんね」
「おたつちゃん?どうしたの…?!」
ただならぬ様子を察したおみねは、機転をきかせておそのに適当な理由を告げると、おたつとともに、あずき屋へと出かけることにしました。
「そっか、それは怪しい話よねぇ」
遊郭へ身売りするよりも高い前金を貰う座敷女中なんて、おみねも聞いたことがありません。
「でしょう?私、父さんがまた騙されているんじゃないかと心配で…おみねちゃん、やっぱりこの話、怪しいよね?」
おみねはあずきのおやきを頬張りながら、うーんと難しい顔をしています。
「そうだよ。先日も奥女中と言って騙されて、遊郭に売られていった子がいたって聞いたばかりだし、おたつちゃん、私明日、朝からずっとおたつちゃんの家に一緒にいるから、怪しい話だったら絶対に阻止しようね」
「ありがとう、おみねちゃん」
おたつはお礼を言うと、おみねの胸で声をあげて泣きました。
二年前にしっかり者の母が亡くなり、お人好しで疑うことの知らない父だけになった茶碗屋が、どんどん傾いていっていたのを、おたつは知っていました。
それでもおたつが内職をして、何とか生活をしてきましたが、父は酒が止められず、人に騙されては借金をこしらえて、気が付けばすっかり首が回らない状態になっていました。
明日、もし女衒がおたつちゃんを連れて行くようなことになったら、その時は裏からこっそりおたつちゃんを逃がして、うちでかくまう。おみねは親友を助けるために、誰に反対されてもそうすることを、固く心に決めていました。
その頃、小助は花街の置屋で、交渉の真っ最中でした。
「そうかい、歳は十三で、器量も良い茶碗屋の娘ね。じゃあ、小助さんの言う通りの娘なら芸妓に、そうでないなら酌婦として働いてもらいましょう。では、これは前金の金十両です。明日は旦那が用で出かけるから、できれば今すぐ連れて来られないかなぁ」
「承知しました。じゃあ、今から迎えに行ってきます」
小助は受け取ったお金を大切に懐にしまうと、一目散に茶碗屋へと戻りました。
茶碗屋には六両十五銭渡して、八十五銭は店のつけ、残りの三両は俺の手間賃でいいだろう?
いずれこの仲介屋が上手く行きそうなら、造り酒屋は兄貴に任せて、俺はこっちの商売に乗り換えたいな。そんなことを考えながら、再び茶碗屋ののれんをくぐります。
「ごめんください」
「はい」
ちょうどあずき屋から戻って店番をしていたおたつが、小助の顔を見て目を見開きます。
「あ、あの…父を呼んできます」
しかし、しどろもどりになりながら、奥へ逃げ込もうとするおたつの腕を、すかさず小助が掴みます。
「おっと、あんたはここにいろよ。おい、茶碗屋、いるんだろう?!」
小助に大きな声で呼ばれて、中から茶碗を作る手を止めて茶碗屋が出て来ました。
「はい、ああ、清水屋様、どうしましたか?」
「娘さんを迎えに来たよ。これは前金からうちのつけを引いた、六両十五銭だ。今から娘さんは、連れて行くけど、いいよな?」
「あの、そんな急に言われましても…確か娘の出立は明日だったはずでは?」
「それが、先様の都合で今日連れて来いとのことなんだ。悪いな、名残惜しいだろうが、娘さんと別れの挨拶をここで済ませてくれ」
「嫌!父さん、私は行きたくない!!」
おたつは小助に腕を掴まれたまま、大声を出します。
すると茶碗屋は涙ぐみながら、おたつの前にしゃがみ、
「すまない。これしか方法が無いんだ。女衒に売り飛ばされるより、座敷女中の方がどれだけいいか、大人しく清水屋様の言うことを聞いてくれ」
と言い残して、顔を覆って泣き崩れました。
「じゃあ、行こうか?」
小助は泣き崩れる茶碗屋を面倒臭そうに一瞥すると、おたつの腕を引いて店を出ます。しかしおたつは腕を掴まれたまま、全身の力を振り絞って抵抗します。
「嫌、父さん!誰か助けて!!誰か!!!」
「うるせえ!い、いい加減黙らないとぶっ殺すぞ!!」
小助は用意しておいた短刀を懐から出すと、おたつの首につきつけました。おたつは恐怖に顔を引きつらせると、口をぱくぱくしながら立ち尽くしています。
「静かにしろ!女衒の奴らよりはましなところへ連れて行ってやるから、安心しろ」
「ひっ」
おたつは涙を流しながら力無く項垂れ、大人しく小助に手を引かれて村を後にしました。
いつもありがとうございます。
次話も続きますので、どうぞよろしくお願いいたします。
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