夜の湖 【月夜譚No.28】
ぽっかりと浮かんだ満月が、静かに地上を見下ろしている。優しく、しかし眩しいほどに明るい月光が夜の世界を照らし出す。
そよ風が起こしたさざ波が煌めいて、少女の裸足を濡らした。腰の辺りまで伸ばした黒髪が靡き、夜の闇に消え入りそうになる。見上げた深い青の瞳が、そこに映した星々と同じように光を散らす。
少女は白い足を伸ばし、ひたひたと湖岸を歩く。時折波が足を撫で、足跡を攫って消してしまう。それを顧みることもなく、少女はただひたすら歩みを続ける。
淡い桃色の薄い唇が開けば、微かな歌声が溢れ出す。波の音と共に音楽を奏で、紡がれる言葉は意味を成さない。
この夜はいつまで続くのだろう。答えは勿論、朝日が昇るまでだ。だが、今夜はいつまでも今夜のままであるような気がする。
少女は歌う。儚く切なげなその姿は、朝になれば消えてしまいそうだった。