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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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可愛いは作れる!

作者: ぺてろ
掲載日:2019/10/05

子供の頃、『可愛いもの』が大好きだった。

自分の部屋の至る所では犬、猫、熊、像など様々なぬいぐるみが連日お茶会をしていた。持ち物は全てピンクで統一していたし、好きなお菓子はマカロンとわたあめだった。ショッピングモールに出かけた時は、両親が買い物をしている間、ペットショップのガラスに張り付いて小さな子犬や子猫をずっと眺めていた。

無類の可愛いもの好きだった私は、中学生になった頃になって変化を迎えた。原因は、お母さんの死だった。

私と同じく可愛いものが大好きだったお母さんは、いつも雑誌などから『可愛いもの』を見つけ出しては私に見せてくれ、それを切り出して『可愛いものノート』に貼り付けては共にきゃあきゃあ騒いでいたものだ。そんなお母さんが私にはとても可愛く映り、大好きだった。


そんなお母さんは、私が中学一年生の夏、若くして突然この世を去った。遺伝性の心疾患だった。大好きだった同志の死は私の人生を変えるには充分すぎた。

葬式が執り行われてから一週間後、悲しみを誤魔化そうと、いつもそうしていたように『可愛いものノート』のページを捲っていた。しかしその日はどれだけ見つめようと、少しも気持ちが晴れることがなかった。それどころか、今まで当たり前のように感じていた『可愛い』と言う感情が一切湧き出てこなかった。代わりに浮かんできたのは困惑、そして恐怖だった。

それからというもの、失われたものを取り返そうとするように、ずっと『可愛いものノート』を捲ったり、スイーツ専門店へ行ったり、ペットショップで子犬や子猫を眺めても、かつて私を狂ったように突き動かしていた感情は、まるで死んだように顔を覗かせることはなかった。


長く、しかし一瞬の夢から意識が帰る。どうやらインテグラルと格闘している間に、睡魔の横槍が入り見事に夢に誘われてしまったようだ。涎で滲んだノートに顔を顰める。

酷く懐かしい夢を見た。気がする。首をまわし見回した部屋にお茶会は催されず、地味な机と地味な本棚と地味なベッドと小さな一輪の花がある以外は何も無い殺風景な部屋。

『可愛い』という感情を落としてからというもの、私が集めた『可愛かったもの』は途端にその意味を失い、ただのモノへと成り下がった。不必要なモノは全てゴミ箱か、幼稚園へ寄贈された。手元に残ったのは『可愛いノート』だけになった。これだけは離すことができなかった。取り返しのつかないことも無くしてしまいそうで。

手に取ったスマホに映し出された時間は二十一時十七分。勉強する気分ではないが、もう一度寝るには少し早すぎる時間。

それなら少し夜風に当たりに行こう、と立ち上がるとずっと曲げられていた背中が悲鳴をあげた。ぽぉっとする頭を振って意識をクリアにして、スマホとイヤホン、そして小さな財布を手に取り部屋を出る。

階段を降り玄関で靴を履こうとした時、キッチンから女性が顔を出した。

「散歩に行くの?」

二年前父が再婚した新しい母親。母と名乗る大人に無愛想にしていた私にも優しく接してくれた良い人。今では割と良好な関係を築けていると思う。

「うん、ちょっとね」

「そう、もう真っ暗だから気をつけてね。あまり遅くならないようにね」

「うん、分かったよ」

「お姉ちゃん、散歩行くの?ならアイス買ってきて欲しいんだけど!」

母親に続きぴょこっと顔を出したのは小さな女の子。小学六年生の、母親が連れてきた連れ子。少し生意気な所もあるが十一歳にしては整った顔も相まってついつい許してしまう、そんな子。

「はいはい、覚えてたらね」

「やったー!いちごアイスね!」

「こら、あまりお姉ちゃんを困らせちゃだめよ。明日買ってあげるから我慢しなさい」

「大丈夫だよ、お母さん。いちごアイスね、任せて」

妹はとびきりの笑顔を見せて、そのまま全身で喜びを表現しながら部屋に消えていった。私は母親と顔を見合わせて苦笑を浮かべる。

「それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい。子供じゃないから大丈夫だと思うけど、寄り道はしちゃだめよ」


ドアを開けるとぴゅうっと冷たい風が吹いて、ぶるりと体を震わせる。十月の夜風はまだ少し夢心地の頭を一瞬で現実に引き戻す。

イヤホンを耳に詰め、お気に入りのロックバンドを鳴らしながら夜の住宅街を一人闊歩する。雲から半分顔を出す月明かりと僅かな街灯だけが道を照らして、他は誰もいない真っ暗な道は、自分が世界で唯一の人間なのではないかと錯覚させる、そんな終末感。

途中自販機で買ったミルクティーで体を暖めながら歩き慣れた散歩道を進んでいくと、見慣れない脇道が現れた。

(こんな道、あったっけ?しかもなんか変な雰囲気)

住宅街に突如現れた謎の山道の様な道。昨日まではこんな道はなかったはず。

頭の中で二つの思いが交錯する。一つは好奇心。もう一つは不安感。自分の日常を揺るがすような大発見があるかも知れないと心が逸るが、別れ際の母親の言葉がそれを押し留める。しかしその言葉は、ロックのサビでで増長された溢れる好奇心を抑えることができなかった。

(十月に肝試しっていうのもオツなものだよね。ヤバくなったらすぐに逃げれるようにだけしとこう)

幸い自分にはバスケ部で鍛えた脚がある。何かあっても多分逃げられるであろう。そう心に決めて、息をひとつ吐き、木々の中に足を踏み入れた。


どれほど歩いただろうか。手元のスマホで道を照らしながらひたすらに歩を進める。周囲に見えるものはひたすらに木、木、木。今のところ心を踊らす大発見は見つからない。スマホが示す時間は二十一時五十三分。そろそろ帰ろうかと思っていると、突然目の前が開けた。

そこにあったのは墜落したUFOや謎の研究所などではなく、一つの古めかしい踏切だけだった。

いや、もう一つある。遮断機の上に誰かが腰掛けている。小さな人影が。

ふらふらと誘われるように脚を踏み出すと、足元の枝が音を立てて折れる。その音に反応して、人影がこちらを振り向いた。

月明かりに照らされたその姿は女の子である。私の妹と同じぐらいの。しかしそれはあまりにも異質だった。

真っ白のワンピースを身にまとっているが、お尻の辺りから狐の尻尾のようなものがゆらゆらと揺れている。背中には雀の羽が片方だけ。頭の上には小さな兎の耳がぴょこんぴょこんと揺れている。

普通ならばとても人間とは思えない、生命を冒涜したようなその姿に恐れを抱くだろう。

しかし、私はその姿を見て別な感情を覚えた。言葉にはできないがとても心が踊るような、それでいてどこかざわつくような感覚。何故か私はその感情を知っている気がした。

気付けばその少女は私の眼前まで近づいてきていた。近くで見るととても綺麗な顔をしている。

パッチリとした大きな目でこちらの目を覗き込んでくる。私の体はその視線に縫い付けられたかのように動かない。

「こ、ここは?一体どこなの?あなたは誰?」

力を振り絞ってなんとか声を出す。少女は私の言葉に僅かに首を傾げた。

「あなたはお客さん?」

「お客さん?いや、お客さんというか、散歩してたら見つけたというか」

しどろもどろになりながら言葉を返す。少女の声はとても静かで、不思議な響きをしている。

「ならあなたはお客さんだね!歓迎します、ようこそわたしのおうちに!」

先程の声色とは打って変わって、とてもとても元気で明るい声を出した。お尻の尻尾も先程の三割増でぶんぶん揺れている。

「あなたの質問に答えるとね、ここは私のおうちで私はそこの踏切に取り憑いてる地縛霊。つまりは幽霊だね」

おうち?地縛霊?幽霊?意味が分からない。

「分からなくてもむりないよね、ごめんなさい」

今度は申し訳なさそうな顔をしてしゅんと縮こまってしまった。尻尾も先程の五割減でしんなりしている。

その姿を見てまた先程の感情が胸を締め付ける。この感情をどう表現すれば良いのだろうか。ずっと触れていたいような、無くしたくないような。現代文をもっと勉強していたらと後悔した。

その答えは考えても分かる気がしなかったので、とりあえず今の状況を整理することにした。街中に突如現れた山道。木々を抜けた先には謎の踏切と謎の少女。少女は幽霊、私はお客さん。

こちらも考えてもわからない。もっと情報が必要だ。

「ここにはいつからいるの?」

「ずっと前からわたしのおうちだよ」

「この山もずっと前からあったの?」

「そうだよ?ずっと、ずっと前から。お客さんが生まれるより前じゃないかなぁ」

「そうなんだ。あなたは地縛霊だって言ってたけど、どうしてそうなったの?」

「あの踏切で電車に轢かれちゃったんだよ。目が覚めたらこうなってたの」

付近の踏切で事故があったなどという話は生まれてこの方聞いたことがない。踏切の造りからしても相当昔の話のようだ。

私は一番気になっていたことについて聞くことにした。

「あなたはどうしてそんな姿をしているの?」

すると少女は悲しげに目を伏せ、背中の羽に優しく触れた。

「わたしにもよく分からないの。でも、あそこの踏切で生き物が轢かれちゃうと、その生き物の体が体についちゃうの」

「轢かれちゃうとって、あの踏切に電車が通ってるの?」

「一日に一回だけね。丁度夜の十二時になると電車がここを通っていくの」

少女の話は明らかに矛盾している。こんな山の中に電車が通っているなんて聞いたことも無いし、そもそも電車が深夜に一本だけ通るなんてありえない。

「ごめんね、ちょっとだけ触ってみてもいい?」

少女が小さく頷いたのを見て、その頭の耳に優しく触れる。その質感はあまりにもリアルで、本当の兎を触っているかのようだ。付け耳の可能性も考えたが、しっかりと頭皮から生えている。

到底信じることができないが、どうやら少女の話は本当らしい。とりあえずはそう考えることにした。

「ごめんなさい、せっかくお客さんが来てくれたのに、怖がらせちゃって」

「ええと、大丈夫、怖がってないよ。初めはびっくりしたけど、なんだかあなたが嘘をついてるようには見えないし」

「ほんとに?」

「うん、ほんと」

少女は嬉しそうにその場でぴょんぴょん跳ねた。その顔を見るとなんだかとても満たされているような気がした。

「そういえば、あなたはなんていうの?」

「わたし?わたしはゆずっていうの!お客さんは?」

「私は千鶴だよ。ねぇ、ゆずちゃん、明日もここに来ていいかな?」

気付けばそんな事を口にしていた。ゆずちゃんは一瞬ぽかんとした後、驚いたような顔をした。

「明日も来てくれるの?」

こっちは満面の笑みで返した。ゆずちゃんは感激したような顔で私の手を取りぶんぶん振った。

「久しぶりにお客さんが来てくれただけで嬉しかったのに、明日も来てくれるなんて!ありがとう、ちづる!」

「ふふふ、こちらこそ、歓迎してくれてありがとね、ゆずちゃん」

今日はもう遅いからということで、解散することにした。私が元来た道へ帰るまで、ゆずちゃんはずっと手を振って見送ってくれた。


時計の時間を見るとすでに二十三時になりそうだった。急ぎ足で家へ戻りつつ、不思議な出来事を思い出す。

ゆずちゃんを見ていると何故か心が暖まるような気がしていた。この気持ちを私は確かに知っている。私をどこか夢中にさせる、甘くてむず痒いこの気持ち。この懐かしい香りは。

「───『可愛い』?」

そう口にした途端、様々な思い出が心を満たしていった。そうだ、この気持ちは私を形作っていたもの。

可愛い。可愛い。可愛い。ゆずちゃんは可愛い。

自然と足取りが軽くなる。この溢れる感情に身を任せて走り出してしまいたい。そう考えるうちにいつの間にか家に着いていた。

私は可愛いを思い出した。可愛いを思い出した私はなんでもできる。根拠はないがそんな気がする。これからの生活は彩に満ちたものになる。そんな気がしたいた。

また、ゆずちゃんに会いたい。

明日から生まれ変わるであろう私の生活に期待して、ドアノブを捻る。

「あ、いちごアイス忘れてた」

まぁいいか。


次の日から私の生活に奇妙な習慣がついた。つまるところ、ゆずちゃんに会いに行くことである。

毎日夜九時から散歩に行くと行っては家を出て、謎の山道を通り、ゆずちゃんと話し明かした。

ゆずちゃんは地縛霊なので踏切の近くから離れることができず、外の話をしてあげると全て真剣な顔をして聞いてくれて、その全てに楽しそうにしてくれた。

かくいう私も、そんなゆずちゃんの姿を見てて楽しかったし、幸せな気分になれた。今の私が最も『可愛い』を感じられる存在がゆずちゃんである。私の日々の原動力はここから来ているといっても過言では無いかもしれない。

そして、時々ゆずちゃんの体に新たな動物の一部が増えていき、更に可愛くなっていくのを見るのが楽しみでしょうがなかった。ゆずちゃんは命が失われていることに悲しそうにしていたが、その都度私が慰めてあげた。

毎晩ゆずちゃんの元を訪れては遅くまでおしゃべりしてお別れする。ただそれだけのことが素晴らしくてしょうがなかった。


また嬉しいことに、私は普通の可愛いも思い出すことができた。

通学中、私にやたらと絡んでくる飼い犬がいたのだけど、以前は鬱陶しいとしか感じなかったのが、ゆずちゃんのおかげで可愛いと思えるようになった。ぺたんとした耳の付け根を触ってあげるととても嬉しそうにするのが特徴的だった。

私の妹も、その整った顔を見ているととても愛らしく思えるようになった。ついついゆずちゃんに重ね合わせてしまうところはどうにかしたいところだけど。


初めてゆずちゃんと出会ってから約一ヶ月が経った。季節はすっかりと冬になってしまい、夜に出かける時は冷たい風が皮膚を切り裂くようだった。

今夜は冷えそうなので、街頭の下の自販機でミルクティーを買う。ふと街灯を見ると、一枚の張り紙が巻かれていた。

『飼い犬 探しています』

写真には平らな耳が特徴の茶色の犬が映っていた。

いつもの場所についた私は、遮断機の上で脚をぶらぶらしているゆずちゃんに声をかける。こっちに気付いたゆずちゃんは、様々な動物の要素を取り入れてとても可愛くなった体を揺らしながら駆け寄ってくる。

「こんばんは、ゆずちゃん」

「こん...ば...は、ち...づる」

喉についてしまった犬の耳のせいで喋りづらそうだが、健気に微笑んでくれるゆずちゃんはとても愛らしい。耳の付け根を撫でてあげると気持ちよさそうに目を細めるのがまたまた愛らしい。

「今日はなんの話をしようか」

「わ...たし、ちづるの...か...ぞくのは...なし」

「私の家族の話?いいよ、教えてあげる。私はね...」

それからいつものように二人っきりのお話をした。いまやゆずちゃんの体は沢山の『可愛いもの』によって包まれていて、元の少女の姿を見れるところは減ってしまった。

「それで、これが私の妹。写真見える?」

「うん...とて...もかわ...い...」

「そう?ゆずちゃんの方がもっと可愛いよ?」

そういって私はゆずちゃんの体に抱きつく。色んな鳥の羽、動物の腕に包まれて、まるで沢山のゆずちゃんに抱きしめられているようでとても幸せだ。

「あ、もうこんな時間だね。私、そろそろ帰るよ」

「うん、ありが...と、ち...づる」

「また明日ね!」

そう言って私は山道を駆け下りていく。今日もゆずちゃんは可愛かった。もっと可愛くしてあげたいという思いを胸に。


次の日の朝、目を覚まし階段をおりると、何やら母親が焦った様子で電話をしていた。

「はい...はい、そうですか。すみません、ご迷惑をおかけして。はい、失礼します」

「どうしたの?」

「あぁ...千鶴、佳奈見てない?朝起きたら部屋にいなくて、どこ探してもいないのよ...」

佳奈というのは妹の名前である。

「佳奈?...ううん、知らない」

「そう...そうよね。今警察にも連絡したし、きっと帰ってくるでしょう...」

「お母さん、落ち着いてね。パニックになっちゃダメだよ。私も誰か見てないか聞いてみるから」

「ありがとうね、千鶴。でも佳奈...あの子家出するような子だったかしら...」


部活のあと帰宅すると、何やら家が騒がしかった。

リビングを見ると母親が机に突っ伏して泣きじゃくっており、父親と警察官らしき人が慰めようとしていた。

「あ、千鶴さんですか。その、大変お伝えしづらい事なのですが...」

ドアの横で待機していた若い警察官が話しかけてくるが、私はその全てを聞くことなく外に飛び出した。


全てを置き去りにして、私は走る。目的地は決まっている。



遮断機の上で、ゆずは一人手鏡を見ていた。この手鏡は千鶴がくれたもので、何かが体に増える度に確認した方がいいよというアドバイスを元にこうして体に違和感があるごとに確認している。

今回の違和感は顔にあった。何か、顔の造りが変わったような、いつもと違う感じ。

(ちづるが来たら教えてもらおう)

まだかな、まだかなと待ち侘びていると、ちづるが息を切らして走ってきて、そのままゆずを抱きしめた。

「ど...ど、した、の...ちづる?」

ちづるの体が震えていることに気づいた。それと同時に今回の違和感の正体にも。ゆずの顔は、昨日ちづるが見せてくれた妹の顔に変わっていたのだ。つまりそれは、ちづるの妹が死んでしまったことを意味している。

「ちづ...る、げん...き、だし...て?ごめ...ん、ね...?」

ちづるは体を震わせたまま、一言も言葉を発さない。私にできるのはこのぐらいだろうと、ゆずはちづるの頭を撫で続けた。


ずっと、ずっと、ずっと...。

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