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海藻になった深海魚

作者: 近衛 真魚


 深い深い海の底、日の光も届かない場所に、深海魚が住んでいました。

深海魚は蛇のように長い身体と、大きな大きな口、その中に沢山並んだ鋭い牙を持っていて、冷たく暗い海の底を、ゆっくりと泳いでいます。


 周りには、ほかにも沢山の深海魚が居ました、うっすらと光る提灯と、大きな口を持つ魚も、足の間にマントを持っているタコも、皆深い海の底で過ごしています。

深海魚は暖かい明るい場所に行きたいと思っていて、よくほかの魚達と話します。


「この海をどんどん上がっていって、光が射す場所まで登ったら、僕の姿はどんな風に見えるのだろうか」

「沢山のほかの魚たちと、友達にもなれるだろうか」


そんな事を話す深海魚に、ほかの深海魚たちは言います


「止めておきなさい、奇麗な場所に住む魚達には、そこに住む魚達の場所が、私たちには私たちの場所がある」

「私たちは大きく、醜い……互いに違う世界で生きる事こそが、互いの為なのだよ」


 それに思うところがない訳では無い深海魚ですが、自分自身がもつ大きな口と、何本も生えたするどい牙はほかの魚達には恐ろしい物だという事も知っているので、そういうものだと思っていました。



 ある日、深海魚たちが住む場所に一匹の美しい熱帯魚が落ちてきました。深海魚たちとは違う姿に、気絶している熱帯魚を見つけた深海魚は驚きます。

それはもう大慌てで、海藻や暖かい砂をかき集めて、熱帯魚をそこに寝かせて、一息ついた所で、深海魚ははっと気づきます。

醜い自分の姿を見たら、熱帯魚は驚いて、どこかへ逃げてしまうかもしれません、大急ぎで、深海魚は近くの岩陰に隠れます。

そうしている内に、熱帯魚は目を覚まします。頼りなさげに辺りを見回し……


「あの、すみません、誰かいらっしゃいますか?」

「あ、あぁ、いるよ」


深海魚は岩陰から頭だけ出して答えます、熱帯魚は声のしたほうに顔を向けると…


「あぁ、ごめんなさい……ここはどこでしょうか?暗くて、周りも良く見えないもので」

「ここは深海さ、君はどういう訳かここに落ちてきたんだ」

「まぁ、そんな深い所まで、来てしまったのですね……ほんとうに、助けてくださってありがとうございます」

「どういたしまして、体が良くなるまでゆっくりしているといいよ」


話しているうちに、熱帯魚から自分は見えていないと気づいた深海魚は、長い体をくねらせて、声がよく聞こえる様に、近くに泳ぎます。


「あなたは、どんなお魚なのでしょう?暗いせいか、目が良く見えなくて……」


申し訳なさそうにうなだれる熱帯魚の目が、少しだけれど傷ついているのを見た深海魚は、近くに生えていた海藻をちぎり取り、熱帯魚の目にあててやります。貼り付けていると傷の直りが良くなる海藻で、深海魚も何度か使ったことがありました。


「目の近くが少し傷ついていたから、海藻を貼ったよ、これなら、痕も残さずに良くなる」

「まぁ、なにからなにまで、すみません……あなたは、親切なんですね」


 熱帯魚が目に海藻を当てたのを見て、深海魚はほっとします。熱帯魚が傷ついているのが嫌だったこともありますが、それ以上にあまりにも醜い自分の姿を見られるのが嫌だったのです。


「君が暮らしている所まで行く頃には、取っても大丈夫なようになるから……その間、僕が一緒に行くよ」


 そう言って、深海魚は熱帯魚の手を引いて、このあたりで一番高いギヨーの頂を目指します。

 そこから噴き出している暖かい水が、どんどん上に上っていることを知っているからです。その暖かい水と一緒に泳げば、熱帯魚たちのいる明るい海にもずっと早くたどり着けます。

 ギヨーにたどり着くまで、ほかの大きな深海魚たちが熱帯魚と一緒に泳ぐ深海魚をうさんくさそうに見ています。中には、熱帯魚を食べようとするものもいましたが、深海魚が自分の大きな牙と、大きな体を使って熱帯魚を守ってやりました。

 そうして、二匹はギヨーの天辺、暖かい水が勢いよく吹き出す場所にたどり着きます。

 ごうごうと唸りを上げてのぼる水に、熱帯魚は身を震わせて深海魚に掴まります。


「大丈夫、僕が一緒に行くから、しっかり掴まっていて」


 大きな深海魚の身体に隠れる様に、熱帯魚がしっかりと掴まると……深海魚はえいとばかりに吹きあがる水に飛び込みます。

暴れまわる様に吹き荒れる水に身体を揺さぶられ、一緒に持ち上げられた大きな石になんども体を打ち付けられて、それでも深海魚は熱帯魚を離さず・・・ついに、二匹は熱帯魚の暮らしている明るい海までたどり着きました。


 熱帯魚をくるむように丸めていた長い体をしゅるりと解いて、熱帯魚に「もう大丈夫」と声をかけると、深海魚は続けます。


「もう、海藻は外しても大丈夫だと思う、けど、急にめを開けると眩しくて大変だから、海藻を外したら30数えてから目を開けてね」

「はい、なにからなにまで、本当にありがとうございます、あなたがどんなお魚か、見るのがとても楽しみです」


 熱帯魚が30数えて目を開けると……辺りには誰もいませんでした。何度周りを見回しても、声を出して呼んでみても、熱帯魚をここまで連れてきてくれた大きな魚は見つかりません。


「あれ、君は熱帯魚じゃないか」


大きな体をくねらせて、ナポレオンフィッシュが話しかけてきます。


「この間の大嵐の後見なくなったから皆心配していたが、無事だったんだねぇ、良かった良かった」

「ご心配をおかけしました……あの、このあたりで私の他に誰か見ませんでしたか?」

「いや、私はほかに誰も見なかったねぇ……まぁ、そう離れたわけでないならいずれ見つかるさ」


 熱帯魚は方々で自分を助けてくれた魚を見なかったか聞いて回ります、けれど、誰もそれらしい魚は見なかったと答えるばかり。

 あの魚はどうしたのだろう、と熱帯魚が本当に不安になってきたとき……たくさんの魚たちが集まっているのが見えました。


「おい、こいつを見ろよ」

「サメにでもやられたんだろう、しかしなんて恐ろしい姿だ」

「こんなに大きな体で締め付けられて、あの大きな口でかじりつかれたら……あぁ、恐ろしい恐ろしい……」


 沢山の魚が、その一匹の魚……蛇のように長いからだと、大きな大きな口を持つ見た事の無いような魚を遠巻きにしてひそひそと話し合っています。

大きなぼろぼろの身体は半分千切れたようになっており、大きな口に見合った牙は、そのいくつもが欠けて、折れていました。


 その魚はうっすらと目を開けると、熱帯魚を見て・・・少しだけ、微笑んだように見えました。


「……よかった、ちゃんと、良くなったんだねぇ」


 熱帯魚はその声を聴いてはっとします、それは、何度も熱帯魚を勇気づけてくれた声でした。怖い大きな魚や、恐ろしい程の勢いで飛び交う大岩から、熱帯魚を守ってくれた声でした。


「おい、こいつはまだ生きてるぞ!」

「こいつが動き出して、周りの魚たちが襲われたら大変だ!こいつはこの大きな口と牙で、魚を食べてしまうに違いない!」


 声を聴いて飛び出そうとした熱帯魚は、すぐに他の魚たちに抑えられます。


「みんな聞いてください!あの魚は決して悪いことはしません!」


 熱帯魚がどんなに声を上げても、周りの魚たちは聞く耳を持ちません。

 深海魚の身体を乱暴に転がして、底が見えない位深い海へと、深海魚を落としてしまいます。

 もう泳ぐ力も残っていない深海魚は、そのままゆっくりと暗い海の底へ沈んでいきました。


(あぁ……みんなの言っていた通りだなぁ……)


 どんなに恐ろしく見える牙を折って、優しく話しかけたとしても……結局、深海魚は熱帯魚達から見れば恐ろしいものにしか見えなかった、それに気づいて、深海魚は涙を流します。


(でも、僕は僕のしたことが間違っていたなどと思うものか)


 深く沈むごとに、水は冷たくなっていくはずなのに、深海魚はその水の冷たさを感じる事はもうありませんでした。

 やがて、深海魚の躯は冷たく暗い海の底へとたどり着き……真っ白なマリンスノーが全てを埋めていきます

その中から……小さな小さな、深海魚が熱帯魚の目に張り付けてやった海藻が、芽を出して、1本だけ伸びていきました。

 今度産まれてくるときは、愛されるように生まれてこよう。そう思った深海魚の姿そのものの様に。

傷を癒す海藻が、1本そこに伸びていきました。

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