御神原1
出てくるのは3人。
「侑姉、久しぶりッスねー」
「現実で会うのはね。IOの中で毎日……でなくともほぼ日で会ってるからそんな感じしなくない?」
「まぁそうなんスけどね」
先程バスから降りてきた20代前半の女性と、小学生程の女児が仲睦まじ気に会話している。
後頭部で髪を短く結った所に髪止めをつけた女性は、少々歩き辛そうな和装……というより、巫女服で。
サイドポニー以外はショートに纏めている女児は、子供用の和服を着ている。
「マキマキは結局来れたの?」
「んにゃ、仕事が忙しいからってパスされたッス。だから今日は侑姉とアタシの二人きりっスよ」
「ありゃま。んー、御神原で他に知り合いいないもんなー」
本来ここにはもう一人加わる予定だったのだが、女児の言う通り仕事の都合でキャンセルだ。御神原に住む者はその性質上、好きな時に休めない仕事に就いている者が多い。
二人はのんびりと歩きながら、とある場所へ向かう。
至る所に設置された鳥居や境界に会釈をするのは常識だ。
「それで、その喫茶店ってどこにあるの?」
「もうすぐッスよ。でも、いいんスか? 今日泊まらないで。折角来たッスのに」
「いやいや、流石に小学生の家に泊まるわけにはいかないでしょ。私が泊めるのも危ないけど」
「ママ達はあんまり気にしないと思うッスけどねぇ。っと、到着ッス」
「へー……確かに、御神原にはあんまりないタイプだね。名前も『クレバー』だし」
「横文字っていうかカタカナ自体珍しいッスからね。神様がそういうの嫌ってるから仕方ないッスけど」
「あ、こっちもなんだ。ウチのとこも好き嫌い激しくてさ。私はジーパンとか、軽装で外出したいんだけど」
「あぁ、それでその格好ッスか。察するに禊系ッスね」
「ん、正解。一応相川家の御息女なんだよー私」
「それを言うならアタシも赤坂家の御令嬢ッスね」
「まぁ家に神様がいるウチはだいたいそうだよねー」
雑談をしながら、その喫茶店に入る二人。
外のひんやりとした空気がふっと弛緩するのを感じつつ、適当な席に座る。
「いらっしゃーい……っと、ヒバリちゃんか。悪い、今親父出掛けてるんだ」
店の奥の方からまだ20にもなっていないだろう青年が出てきた。
女児と知り合いらしい。
「真二兄でも作れる料理は?」
「言い草がひでえ。あー……ホットサンドとかだけど」
「んじゃ、二人分お願いするッス。侑姉、それでいいっすか?」
「お任せするよ。しっかし、ホットサンドかー。食べるの何年ぶりだろ」
真二と呼ばれた青年が厨房へ戻る。
昔を懐かしむ侑。実際、思い出さなければならない程洋食というものを食べていないのだ。
「天城程じゃないとはいえ、もちょっと輸入緩和して欲しいッスよねー。カトーマの料理とか見てると、味がクソ不味いのは知ってても手を出したくなるッスもん」
「あはは……あのケミカルクッキングは、見た目だけはいいからね……」
二人以外に喫茶店の客はいない。
だから、声量を気にせずに喋る。
「でも、よく喫茶店なんて展開できたよね。西洋の物を取り入れようとすると、普通なら即刻潰されちゃうじゃん?」
「聞いた話ッスけど、さっきの真二兄の爺さんが神様引き連れて海外で豪遊してきたらしいッス。それで海外かぶれになったとか。いっそのこと神様にイリュオンやってもらえばいろいろ理解が深まりそうなもんスけどねぇ」
「あー……でも、ウチの神様もそうだけど、多分電子機器自体に触れようとしないと思うなー」
「ま、そっすよねー」
出されたレモン水をちびちびと飲みつつの談笑。
普段から和茶しか飲めない侑は、こんなレモン水ですら感動を覚えている。
「はい、お待ち。ホットサンド二つね」
「おー、待ってたッス。親父さんのと比べて辛口評価していくッスけど心の準備は万端ッスか?」
「来い! 受けて立つ!」
では、いただきます。
パリ。ムシャ。ゴクン。
「……普通に美味いッスね」
「よっしゃ!」
「ん、美味しいねコレ。凄い、久しぶりにチーズなんか食べたからなんかすごい感動」
「あー、お姉さんもしかして坂の方? それとも川の方だったりする?」
「あ、川の方だけど気にしないで。外出先の食事まで縛るような狭量な神様じゃないからさ」
ケラケラと笑う侑に、しかし真二は二の句が継げない。
川の方……川の神を主神に持つ一族。それも巫女服からして最上位。
坂の方の御令嬢が訪ねてきた時も大層驚いたものだ。本来、真二程度が御眼鏡に適える存在ではないというのに。
「はー、いいなぁココ。ね、川の方に二号店出す気ない?」
「いやいや! それは無理だって……俺まだ見習いだし」
「んじゃ独立してプロになったらお願い。なんなら土地も貸すからさ」
サラりと言い放たれた言葉に戦々恐々とする真二。
口約束で土地を貸してしまえる存在が目の前にいるのだ。
「あ、坂の方でも良いっすよ。パパに頼めば喫茶店置くくらいの土地はすぐにでも」
「すぐにでもはいい! まだ、まだ待ってくれ! 俺はもう少し遊んでいたいんだ!」
つい本音がこぼれてしまったらしい。
女子二人が「あ」と口に手を当てる。
視線の先は、真二――の、その後ろ。
ギ、ギ、ギ、ギと油の無くなった人形のようにそちらを振り向けば。「ほう?」と良い笑顔で腕を組んでいる熊が一匹。
「良い度胸してるじゃねえか真二。あのホットサンドもまだまだ直すべき場所が沢山あるってのになぁ!」
「わー、ごめんごめん親父! 見せ継ぐ気マンマンだから! 大丈夫だから!」
一気に騒がしくなった店内。
親父と呼ばれた熊のような大男は二人を向くと、
「未熟者の料理の評価の礼に、お代は無しでいいぜ。
同じゲームのプレイヤーだしな!」
ニカッと笑ってカウンター奥へ消えて行く大男。その腕にはしっかり真二が掴まれている。
まだ半分以上残っているホットサンド。
二人は、顔を見合わせた。
「……誰ッス?」
「誰?」
さて、誰だったのか。