120話 在りし日の片鱗 後編
三章 百二十話 「在りし日の片鱗 後編 」
すっげ…… とても自分の体でやってることとは思えないんですけど…… なんでこんなことができる? もしかして、二重人格的な?
違う…… もっと酷いもののように感じる。
「…… …… 」
問題が出たのはさっきだぞ、どうして問題の方を見ずにすらすらと書けるんだよ? 俺の知らない間に、どっかの先生に教えてもらったとか? ありえないな。
「なんで…… 」
あらま…… 会長さんは絶句ですか…… でもごめんね、俺の方が絶句だよ。
こりゃ勝敗は決した…… 会長の方はまだ、2つの科目のボードが残ってるが、俺の…… この体の方は、あと、数問で終わってしまう。
こんなことになるなら、会長に勝ってもらっても良かったかもしれない…… そう思うほど、今の光景や自分のしていることが気持ち悪い。
「…… …… 」
!!??
どうした?
俺の体さんは急に手を止める。
「なにを…… 」
会長さんも不思議そうな顔をしてるな。
「…… き、さ…… 」
!!!
驚いた…… あの時、不良達とのやりとりでも一切口を開かなかったのに、どうして今…… 喋ろうとしてんだよ。
「なん…… ですか…… 」
「きさ…… 貴様は…… 勝負して…… いると思っていた…… のか…… 」
あぁ! マジで気持ち悪りぃな…… なんだこの感覚、喋ってるのは俺なのに、何を言うつもりなのか意図が読めない。
「? 」
会長さんは唖然…… ですよね。俺もなにを言いたいのか、さっぱりです。
「れ…… か…… 劣化…… 種風情が…… 何をこだわる、他人に迎合と言ったが…… それは…… 貴様のほうだ。偏差値なぞに囚われ、満足している様は滑稽で憐憫を覚える 」
何を言ってらっしゃるのですか? お口さん。
貴様って…… 俺が言われるなら、わかるけど…… 言っちゃダメだろ。
「憐憫だと…… あなた如きに言われる覚えはない! それから…… 満足? そんなわけ…… 」
怒っちゃったよぉ! どうすんの!? 知らないよ俺! わかった、もう黙ってください。
「偏差値…… 己より、遥かに劣る物で構築された基準…… そんなものに一喜一憂することが、いかに愚かなことか…… それすらも理解できない貴様が…… 俺(僕)に勝ち負けを諭すだと? 分際を弁えろ、劣化種が 」
「何を言って…… 」
「わからないか…… 貴様は口をきいているつもりだろうが、一切届くことない。道を歩いている時に、いちいち下に転がっている砂利を気にするか? 砂利よりも存在の薄い劣化種を…… 視認することができると思うのか 」
「なん…… ですって…… 」
何言ってらっしゃるのですか? 劣化…… なに?
でも少しだけ…… 意識の共有なのか、見ているものに対する考え方が伝わる。
最悪な見方だよ…… 同化してるんだ。
周囲の物と生徒会長を…… いや、お嬢さんも桜守も誰もかれも全員が同等…… これも違う…… なにも感じることなく、ただ在るだけのものとして見てるんだ。
「この歌の歌詞…… 間違ってはいない。だが貴様が口づけを交わすのは、智天使でも世界の兄弟達にでもなく、俺(僕)の足先の地べたにこうべを垂れて…… 地に交わすのだ 」
え…… そうなの? 全然、第九の歌詞とか知らないんですけど…… 知ってるのか? って、なに自分の言動にツッコミ入れないといけないんだよ。
「いい加減に…… 私を…… 下に見るのを…… やめなさい 」
「下に…… 見るだと? 見る? 自惚れるな…… 劣化種如きにわざわざ目線を合わせて、確認する必要なんてない。歩む道には何もなく、歩みを阻害されることなく、ひたすら進むだけだ 」
「さっきから、劣化劣化と…… こちらのセリフだ。あなた如きが私を下に見るなと言っている!!!! 」
ごめんなさぃぃ!マジでどうしたらいいんすか!?
ったく…… なんだよ…… マジで。
会長の激昂は館内から騒がしさを奪う。
おそらく、この子はあまり感情的にならないんだよ。だからみんな驚いてる、館内全ての者に聞こえるほどの声で怒鳴る会長は…… 珍しく映るのかもしれない。
会長の激昂と共に、コーラス部は第九の合唱を止める。会長が勝つ、それを前提にした選曲…… 今の状況は? 予定とはだいぶ違うだろうな。
「なぜ止めた…… 勝利のファンファーレとして、用意していたのだろう? なら、今がまさに佳境…… 歌詞にある、勝利に向かう大英雄…… 体現しているだろうに、続けるがいい…… だが娘は楽園に辿りつくこなく、敗北に淘汰されるがな 」
「はぁはぁ…… 嘘…… 負けない…… ないのよ 」
「続けろと言ったはずだ…… 劣化種の響きでも、その歌…… 言葉を以って、俺(僕)の歩む道の礎になれ。しかし…… 貴様じゃ…… 砂利にすらならん 」
もうやだな…… 知らない考え方だ。知らない言葉の使い方だ。なのに、この考え方、この言葉、その一つ一つが正しいと思う自分がいる。
あぁ…… 最低の気分だ。
「負けない…… 違う…… 違うのよ…… 」
会長はもうダメだ。戦意が低迷してる…… 別の思考に支配され始めてるからか、敗北の恐怖? に。
「まだ勝ち負けの類だと思っているのか…… 弁えろ。勝つとかではない…… 在り続ける、進み続ける、ただそれだけ…… 理解ができるはずもないか…… 劣化種には言葉など無意味だったな 」
「わた…… 私は…… うぐっ…… うぅ…… 私は…… 」
やめてぇ!! 泣くのはなし! 今日2度目なんですけど!? もう見たくねぇ!
おそらく、この会長さんはそれこそ血の滲むような努力して、この結果にたどり着いたんだろう。それを一瞬で否定されたら、泣くわな。
でも仮に…… 泣くのが君でも、もうそのジャンルの顔はたくさんですよ。
マジでやめてくれ、俺の体さんよぉ…… 勝手に動くとか…… 夢遊病っすか、病院行けよそのまま。
「劣化種は吠え…… 崩れるのも易く…… いつも浅はかと感じる。憐憫と感じさせただけでも手柄と知れ…… 貴様の親も、貴様の知己も、歌い手達も、観ている者共も、すべからく劣化ーー 」
「…… ? 」
なんの前触れもなく、一瞬で感覚が戻りーー
「れ…… あ…… 」
突然すぎだろ…… 意識も感覚も完全に戻った。
でも、なんだよこれ…… 頭が熱い…… ダルい……
倒れたい…… 倒れれば楽になれる。
横になって寝たいよ…… 寝たいんだ。
足元から崩れる、今にも体全てが倒れそうだ。
「はぁ…… はぁ…… うっぷ…… 」
目頭が熱く、なんも感動してないのに、涙が出そうだよ。なんで急に戻った? あの時だって、お嬢さんの…… ビンタと蹴り…… (めちゃくちゃ痛かった)があって戻ったのに。
「?…… …… 何が 」
会長さんも言葉に詰まってるな…… 俺もだよ〜
「はぁはぁ…… はぁはぁ…… 」
響く第九の合唱も、館内のざわつきも、風の音すらも、不愉快に感じる。
この感覚はなんだ…… 前と同じ…… 引き出しの中を無理矢理漁って、中にあるものをが散乱してるかのような……
もう限界…… 倒れようかな…… そしたら寝れる……
「師匠! あとちょっとです! 弟子として、肩を貸してあげます! 」
「せっかく運良く解けてるのに、ここでバタンしたら運の無駄使いよ 」
2人…… 俺のよく知ってる2人が…… 肩に手を出し、支えてくれる。
「桜…… 守…… お嬢…… さん 」
「あっちの方は松柴さんと珠希に任せてあるので、師匠は弟子の肩を借りて、カッコよく決めちゃってください! 」
「むり…… 限界…… なんだけど 」
情けねーけど、マジで頭痛いし、熱いし、音や空気に敏感に反応するし、気持ち悪くてしょうがない。
「女の子が肩貸してやるんだから、しっかりしないさい…… ほら、あと少しなんだよ? 」
「え…… 」
お嬢さんと桜守連れられ、さっきまで俺の体さんが解いていたボードまで戻る。
そこには…… 残り一問を残して、全て解答されている。
「師匠…… これ…… 」
「実際、近くで見るとすごいわね 」
「はぁはぁ…… これは…… 」
本来なら、俺にできるわけがないが…… 残された一問…… 数学の問題、あるのは解に至るまでの式が書いてある。
それも難しい問題だと思う。それを日本語で丁寧に解説された状態で残してやがる…… こんなことなら、答え全部書けよ!その方が楽じゃね!?
意地悪だなぁ…… あっ、自分? をディスったのか。
だがそこに、採点する教師が駆け寄る。
「君達! ダメだよ…… 決まりなんだ、解答する生徒以外は席で見てなきゃ 」
「先生…… 私達は肩を貸してるだけです。何も言わないです! それに…… 見てください。ここまで書いているのに、何を教えるんです? 」
「…… しかし 」
「ほら、先輩が庇ってるのよ? 師匠なんでしょ、あと一歩…… あと少しだけ頑張れ 」
「厳しぃ…… 有給…… とれるかな…… 」
目を閉じちゃダメだ。2人の言う通り…… 少し手を動かせば終わる。
「にしても…… ここまで解説つける? 自分に甘すぎよ 」
「へへ…… 俺も…… よくわかんないっす…… 」
大学レベルの問題なんてわかるわけもないが、この途中までの式と経緯の解説…… これだけで、残ってる解を求めるのに必要なのは簡単な暗算だけ。
ここまでレベルを落としてくれれば、俺でも解けるよ…… なんせ足し算引き算の小学レベルまで落としてあるんだからさ。
手を出して数字を書こう…… 寝たいからさ。
ギリギリ保ってくれた…… 書けたよ。
「お疲れ様…… はい、倒れてどうぞ 」
「お言葉に…… 甘え…… ます…… ね 」
ーー 意識が遠のくときに見たのは、ボードの前で立ち尽くしている会長と、すんげぇ焦った顔の桜守。
館内からは大きな歓声が上がった気がする。いいのか? 君らの会長さんが負けたんだぞ。
死んぢゃうパティーンだったらどうしよう…… 目を開けたら、ちゃんとこの世界で目覚められる?
まだあの世は嫌だ。




