119 在りし日の片鱗 中編
三章 百十九話 在りし日の片鱗 中編 」
あの時と同じ…… いや、少し違う。あの時は完全に意識がどこかに閉じこもって、外の景色を眺めてる感じだったけど、今は半分部屋から出て、外の空気を感じるようなーー
「…… …… 」
ダメだ! あの時と同じってことは、また暴力をふるうつもりか? それだけはダメだ! 今そんなことをすれば、俺だけの問題じゃなくなる。
この対抗戦に参加している部活側…… 桜守やお嬢さん達に迷惑をかける…… それでも足りないな、おそらく女将さん達にも迷惑をかけるぞ。
校長に迷惑をかけるのはいいが、先の2つの存在に迷惑をかけたくない。
「…… …… 」
それに…… 多少、否定的に感じてはいるけど、女の子相手にあの時と同じような暴力をしてみろ…… たぶん一生後悔するドSプレイになる。
俺の体はそんな考えを無視して、歩を進め出す。
どこに行く気だよ……
「おや、どこに行くのです? 降伏するなら、声に出して先生に乞うのが最適な行動ですよ 」
「…… …… 」
俺もそう思うよ。ちなみに君を無視してるわけじゃないから怒んないでね。またこれも同じで、声を出す感覚がつかめないんだ。
「フッ…… 敗北者は常識も欠落してるようですね 」
「…… …… 」
常識が欠落してるくらいならいいんだけどね……
俺の体が向かって行ったのは、先生…… 教師達が見ている方に向かっていた。
ーー
「し、師匠? どこ行くんでしょう…… 」
「なんだあいつ…… とうとう頭のネジが飛んでしまったか? 」
「ほんとにどうしたのかな…… 」
「みーちゃん…… 少しあの時と似てない? 」
「あっ…… うん。たしかに似てるかも 」
あの時と一緒…… 私の知らない、みんなも知らない、冷たくて、一つ一つに困惑してる顔の凛誉。
「なんですかそれ…… 」
「い、いえ! なんでもないんですよ! あはは…… ほんとにどうしちゃったのかな 」
「緋夏…… もしかしたら逃げるつもりじゃ 」
「珠希…… 師匠を信じてあげてください。ここまで来てくれた人が、今になって逃げるなんて変です 」
「だよな…… って、あいつ先生達に用があったのか? 先生の方に行ったぞ 」
「なんですかね…… なんかトラブルとか? 」
ーー
「校長先生、今度はあの男…… 試合を放棄したのか、手を止めて職員の方に行きましたよ 」
「何かあったかね 」
「見ている限り問題はないですね。大方、何かいちゃもんでも付けて、ことを有利にしようと目論んでいるのでは? 」
「たしかに、あの男ならやるかもしれないが…… この場でするような男でもない。それにしても、相変わらずコーラス部の合唱は見事だ 」
「同意です。あれこそ部活動の模範的な例ですね。幾度も名のある賞や大会に貢献してきましたから 」
「歓喜の歌か…… 選曲はあの子がしたね 」
「お孫さんは、ベートーベンを聞かれるので? 」
「聞いて、何かの際に利用できないかと考えるような子だ 」
「優秀ですよ。まさに今の状況にとてもマッチした、選曲ですからね 」
「だが季節は無視してる 」
「季節など二の次ですよ。重要なのは、場面に応じた歌詞がある選曲をするセンス…… 見事な 」
「やけにかうね…… あの子を 」
「お孫さん…… 生徒会長は誰しもが認める、模範と最高のもの(学力)を持った生徒ですから 」
「買い被りは後に響くよ 」
ーー 視点は試合に戻ってーー
「…… …… 」
先生に何をお願いしに行くの? 癒着作戦はもう遅いぞ、俺の体さんよ〜
「…… …… 」
1人の先生の前に立ち、俺? は手を出す仕草を見せる。何してんの? 大丈夫かよ……
「あ、あの…… なんですか? 」
「…… …… 」
やべーよ…… 相手女の先生だよ〜 いやだよ〜 なんか誤解を招くシーンだよ〜
「えっと…… あっ…… こうですか? 」
すると女の先生は、手を重ねてきてくれた。
優しい! 何、踊るの? そんなことをする為に試合中こんなところまで来たのか? ドン引きだわ。
「…… …… 」
あっ…… どうやら違うみたいだ……
手を重ねてきてくれたのは、とてもとても嬉しいのですが…… どうやらこの体さんが求めてるのはーー
そちらに置いてあるペンみたいですよ。
言うことは聞かないが、この目が見ているものはわかるし、認識もできる。
なんでペンなんだ? もう持ってるだろ? それとも壊れてるとか? なわけないか…… だとしたら、なんでだ。
「これですか? いいですけど…… すでにお持ちになってませんか? 」
「…… …… 」
先生、ほんとに無愛想でごめんなさい! 俺はこんなのと一緒にしないでね? まぁ俺の体なんだけど、なんか違うような感覚でして。
ペンを受け取り、再度体はボードの前に戻る。
それにしてもいい歌声だな…… 会長さんがお褒めになるのもわかる。いい音と一緒に流れ込んでくる。
「何をしに行ったのですか? 降伏するのを、生徒に聞かれないようにした行動ではなさそうですね 」
「…… …… 」
俺もそう思ってたよ。体さんはシャイだから、きっと降参するのを聞かれたくないのかな? って思ったけど、違うみたいだ。
何をするつもりだ? 前科があるからさ、この状態の体を信用できない。このペンを使って、何かひどいことをするのでは? そんなことを考えてる。
だが…… その考えはすぐに間違いだと…… 気づかされることになる。
真正面、右手、左手側にあるボードのうち、右手と左手側に手を伸ばして俺の体は…… とてもや、すごいと言った言葉じゃ形容できない速さで、いきなり前触れもなく、ボードの問題を解き始める。
見ている光景が、とても異常に映った。
「!? 」
さすがの会長さんも驚きの表情を見せてくれる…… でも、何よりも驚きなのは俺ですよ。
「…… …… 」
なんだこれ…… 嘘だろ…… なんでお前(体)は、問題に視点を合わせないで書いてるんだよ。
俺が認識してるのは、真正面のボードだけ…… 体が手を動かし解いているのは、右と左のボードだ。
腕を広げて、視線を変えずにひたすら速く書いてる…… なんだよ…… これ。その前に俺は右利きだぞ!?
なんで、両手でかけるんだよ……
「な、なるほど…… いい加減に書いて動揺を誘う気ですか? 見事です。一瞬ですが、それは上手くいきましたよ 」
「…… …… 」
それだったら、どんだけ楽か…… でも不正解らしいよ生徒会長さん。たぶんだけど一つのミスもなく、この体は書き終えると思うよ。
流れてる歓喜を彷彿させる歌とは異なり、今の俺の考えを支配してるのは困惑…… それだけだ。
ーー 慌て、高揚してる者たちが
「し、師匠!? なんかすごい書いてますよ! 」
「なんだありゃ…… 分からないからって、お絵かきでも始めたか? 」
「凛誉…… 」
「みーちゃん…… 」
「なに…… してんのよ…… 」
お絵かきしてるの? それなら、後で笑って終わりだけど…… たぶん違うよね。あんたは問題を解いてる…… 気になるのは、どうしてまたそんな顔をしてるの?
ーー 静観する者たちは
「なっ!? あの男なにしてるんだ? もしや、テキトーな解答をして周囲の気をーー 」
「違う 」
「こ、校長先生? 」
「よく見なさい…… ここからなら、多少はボードに書かれている内容が判別できると思うよ 」
「そうでしょうか…… 私はあまり視力が良くないので、ちょっと見にくいです 」
「そうか…… なら異常な光景を理解することはできないね。さすがに驚いたが 」
「どのような? 」
「なにを言っている…… 見ているものが全てだ。ボードの内容が見えなくとも、あの男が凄まじい速さで問題を解き始めてるのは確認できるだろう? 」
「ばかな…… あんな速さで問題を? しかも両手を使って、正面に向いたままですよ!? 」
「だから異常なのさ…… 初めてだよ。教職についてから、あんなもの見たのはね…… この歳で途轍もなく高揚している 」
「校長先生…… 」
「教頭…… よく見ておきなさい。人生において、目撃できることが光栄なものかもしれないことを 」
「そこまで…… でしょうか 」
「わからないかい? ただ、問題を速く解くならできる者もいるかもしれん…… でも、問題の方を見向きもせずに書く。あんな芸当はそうそう見れない。それに…… ボードを押し倒すこともなく、絶妙な加減で書くのも大したものだ 」
「問題の場所を覚えて…… 間隔すらも、完全に把握してる…… と? 」
「ふふ…… 秀才はよく見てきた。だがあれは別だ…… 天才と言うものだろう。スポーツ選手さえ秀才の域だ、何か一つのことに特化するのは時代時代で出現するが…… アレは一つに特化してるわけじゃなく、悍ましいほどの学力に加え、恐ろしさを感じさせる膂力も兼ね備えている 」
「りょ、膂力ですか? 」
「君は彼を雇った理由がわからないと言ったが、見てはいただろう? あの時、不良と呼ばれる輩を想像もつかないような膂力でねじ伏せた姿を 」
「…… たしかに…… 見てはいました 」
「なら理解できるはずだ。彼は天才だ…… まるでーー 」
「? 」
「"無欠完備"と謳われた…… あの学園の副会長のような 」
「校長! それは…… あまり口にしては 」
「はっはっは…… そう気にするな、今聞いているのは教頭だけだ。与太話だよ 」
「しかし…… 」
「わかってるさ…… あの学園のことは教職の者だったら、一切口にできないからね 」
「…… その通りです 」
「でも考えてしまう…… あの学園に起きたことは覚えているかね? 」
「誰しも覚えているでしょう 」
「そうだ。世界から優秀とされている子達が集った場所、それも日本にある学校だ、だが閉鎖的な存在だったから中身を知る者は多くない 」
「有名…… でしたね 」
「あぁ…… そして、その中に一人…… 他と隔絶された天才がいた。それがーー 」
「無欠完備…… でしたよね 」
「推し量ることが望めないほどの学力と、参加しただけで他の選手が辞退するほどのスポーツの才能…… それも一つの競技ではなく、ありとあらゆる種目での圧倒する才能 」
「しかしあれは…… 」
「そうだね、あまりにも現実離れしている…… 学校関係者が偶像を作りだし、まるで象徴のように崇めることで他の学び舎と違うと、意識させる為…… そんなことすら言われてた 」
「実際、そんなレベルの生徒はありえない。しかも中学生なのが、より信憑性を薄めてた 」
「中学生に、大人や有名なスポーツ選手、その他の著名な連中がひれ伏すなんてみっとないからね 」
「第一、あれは偶像でーー 」
「いや、いた…… 私は一度だけ遠目だったが、たしかに存在していた。その時には、あの存在もいたかな? 」
「あの存在? 」
「無欠完備をこの世で唯一、学力でも膂力でも上回った少女…… 完全無欠の生徒会長だよ 」
「ばからしい…… 偶像セットだ 」
「言うね…… だが見てしまった、知ってしまったから…… 私は憧れるんだ。いつか会話してみたいと、間近で力を見てみたいとね 」
「仮にいたとしても…… もう…… 」
「いない…… 亡くなったとされている。事が起きた直後はその悲惨な出来事を洒落をきかせて、報道したりもしてたが 」
「その2人だけじゃない…… たしか 」
「そうだ…… 学園内全ての人間が死亡した。無欠完備と完全無欠は3年の旅行中、バスの転落で…… 残った他の学生と職員は学園で起きた火災でだ 」
「火災は自然現象で起きたと認知してますが 」
「バスもさ…… 当時はたしか、天才たちは天災によって最後を迎える。そんなくだらない洒落を言ってたよ 」
「騒がれましたからね…… でも 」
「数日して…… 一気に止んだ。そして我が校含め、全ての学校や機関に一切のことを黙るように伝わった。生徒達が話していれば、即厳重な注意…… メディアすら黙ったからね 」
「しょうがないですよ。だって政府からの通達でしから 」
「政府? それなら、メディアは黙るまい…… 私のところへ来たのは…… この国の象徴を司る人間のしもべ達さ 」
「…… 」
「だから皆黙るのだ。一切口にしない効果は絶大となり…… まるでなかったことに感じるほどに薄れていったからね…… まぁ元々、あの学園そのものが閉鎖的だったのもあるが 」
「だから止めたんです…… 何をおっしゃるかと思えば 」
「だから言ってるだろ、与太話さ…… ついでの話しとしては…… "最後の反旗"の末路とも似てる 」
「校長…… これ以上は胃が潰れます 」
「そう言うな…… 与太話に気をつかうな。あの事件も同じように、我々は口を摘むぐように言われている。だが私は思う…… あの事件の首謀者も、天才ではないのか? とね 」
「犯罪者に対して、そのような 」
「だがあれも類を見ない…… 数多の国の言葉を理解し、億の人間を扇動と先導し、そして億を殺すに至った 」
「褒められる才能ではありませんね 」
「たしかに…… だがもし、天才と呼べるものを間近で見せられたら人は従いたくなるんだよ。それで、いくつもの考察が当時は出てたね…… 主犯は宇宙人だとか、人間以外の化け物とか、私は…… もし、無欠完備だったらあり得ない話しじゃないと思ったくらいだ 」
「ほんとに胃が…… 」
「すまないね。どうしてこんな話しをするのか…… 私もわからないよ。目の前で、圧倒的なものに触発された…… とでも言うか 」
「亡くなった人間を貶めるのは 」
「天才なんて、易々と出てくるわけはない。それを亡くなった数年後に、犯罪者だが天才が出てきたからねぇ…… 邪推をしたよ、年甲斐もなくね。そして今…… 新しい邪推が、この年寄りを支配する 」
「校長先生? 」
「もし、もしも…… 無欠完備が生きていたら、ちょうどあのくらいの歳になってるねぇ 」
「いい加減にしましょう…… あの警備員にそんな 」
「ふふ…… ま、ありえないかね? ありえないだろうね…… なんせ死んでるんだから 」
「そうです。無欠完備の偶像も、最後の反旗の首謀者も、どっちも死んでるんです 」
「なら今は、目の前の光景を楽しむとしよう 」
そして…… 視点は再び試合中の2人に戻りーー
後半、会話オンリーな感じでした。汗




