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4-8

第4章『下水道騒ぎ』

第八話(最終話)『彼がやらなければ小生が首を跳ねていた所であります。マスター殿、我慢した心優しい小生を褒めて下さい。もっとです!もっと!』


「さて……おはようございます、ミズ・モーリス。

 朝早くにお越し頂き恐縮です」


「あっ…い、いや…そんな……フヒヒ……」


 フェールケは上目がちに卑屈な笑みを浮かべた。

 彼女が通されたのは王立魔術学校の面接室である。


 朝早く見に来た学校前の掲示板に彼女の番号は無かった。

 フェールケの眼は掲示板の端から端まで、ためつすがめつ、五回は往復したが、やはり自分の受験番号を見つけることは叶わなかったのだ。


 ところがその脇の掲示板に『特例要面接者枠』なる表が張られており、なんとそこに自分の番号があった。

 更にはわざわざ学校職員に呼び止められ、丁重に面接室まで案内されたのだった。


 少し離れた机の向こうに座る赤い髪の美女が座っている。

 彼女が面接官のようだ。

 やや尖った耳はフェールケが大嫌いなエルフの混ざりである証である。


 だが権威に弱く劣等感に満ちた彼女は宮廷魔術師の肩書きにスライディング土下座で屈服し、『フヒヒッ…』と気味の悪い愛想笑いを浮かべ


ていた。


「さて……面接を始めるにあたって幾つか確認致します。

 お名前はフェールケ・モーリス。

 ご出身はマルクース。

 推薦者は町長を務めてらっしゃるボスフェルト氏でお間違いないですね?」


「あっはい……フヒッ」


 フェールケは相変わらず卑屈な愛想笑いを浮かべているが、内心必死である。


 何だか知らんがとにかくチャンスだ!

 できるだけ良い印象を持たせて合格を……


 そんな甘い期待は一瞬で吹き飛んだ。


「貴方にカンニングの疑いがあります」


「あっは……え?」


 フェールケの脳はフリーズしかける。

 何を言われたのか理解できない。

 耳から入ってきた言葉がたっぷり十秒かけて脳の奥へ到達した時、面接官の次なる言葉が部屋に響いた。


「テストの……ですよ。ミズ・モーリス」


「こ、ここじゃまだやってません!!」


 フェールケは椅子から立ち上がって叫ぶ。

 叫んだ瞬間『しまった!』と蒼白になった。


「ええ。王立魔術学校の入学試験についてではありません。

 ですが貴方はマルクースでの推薦選抜において極めて悪質な不正行為を……」


 フェールケは立ち尽くしたままガタガタと震え始めた。


 目の前のハーフエルフの美しい唇からつらつらとフェールケの悪行が並べ立てられる。


 競争相手の答案を盗み見たこと。

 学校に忍び込んで自分より高い得点の答案用紙を改ざんしたこと。

 有望な競争相手の弁当に下剤を盛ったこと。

 実技試験で他の受験者の杖や玉に傷を付けたこと。


 その他諸々、ありったけの悪事が暴露された。


 面接官はジッとこちらを見る。

 フェールケは失禁寸前だ。


「なにか、弁明は?」


「しょ…………」


「?」


 彼女は歯の根を震わせながら頬を引きつらせる。

 汗をダラダラと流しながら君の悪い笑みを浮かべて問いに答えた。


「しょ、しょしょしょ、証拠でも、ある、ん、です?」


 目の前の美女は怪訝そうに眉をしかめる。


 相手がどうやって調べ上げたのかは分からない。

 だが証拠は残していないはずだ。


 卑怯と姑息とその場凌ぎだけで生きてきた女である。

 フェールケには自信があった。


「……ミズ・モーリス。

 貴方の“名に誓って”潔白を宣言できますか」


「な、ななな“名に誓って”?

 べ、べ、別に、してもいいです、けど、こんな言いがかりで、

 ま、ままま、魔術師の、命綱を、晒されるいわれは、ない、ですね」


 ジトリと睨まれ、フェールケは完全に目が泳ぎまくっている。


 美女は大きくため息を点いた。


「仕方ありません。ミスター・グラン、どうぞ」


 美女は机から小さな木箱を取り出して机に置いた。

 不審に思ったフェールケの目の前で、その箱が内側からぱかりと開く。


「ですから我輩の申したとおりでしょう。

 こやつは、こういう女ですぞ、と」


「なっ…! しゅ、<<無限希釈の因果獣(シュレディンガー)>>!?」


 なんと箱から現れたのはフェールケのかつての使い魔、ハムスターのシュレディンガーであった。

 だが彼は主との再会の喜びを現れにするどころか、侮蔑に満ちた目でフェールケを睨んだ。


「フン、久しぶりだな、かつての主よ。

 だが我輩はもはやその名は捨てたのだ。

 我輩を呼ぶならば、『ジャン・エドモン・ド・グラン』。こう呼ぶがよい」


「彼が証人です。ミズ・モーリス」


 三白眼の目を皿のように見開いて呆然とするフェールケの前で、ハムスターはピンと立てたひげの先を撫でた。


「フン……何か、我輩に言うべきことはないかね?

 かつての我が主よ」


 フェールケは目を見開いたまま青くなり、白くなり、恐怖に凍りつく。

 ついで発作じみた動作でハムスターを指差し、叫んだ。



「わっ…わっ…私は、こんな汚らしいネズミなんか知りません!!」



 ハムスターの体がビクンと大きく痙攣するように震えた。

 叫んだフェールケはその勢いのまままくし立てる。


「知らない!!こんなネズミなんか知らない!!

 全部で、デタラメです!!これは陰謀です!!

 この悪魔が言うことなんかみんな嘘です!!」


「そうか」


 ハムスターはそう一言呟いただけだった。

 尚もハムスターを指差しながら罵倒するフェールケに耐えかねた赤髪の美女、麗しき宮廷魔術師レイシアニル・ノルガラードはすばやく宙に


術式を描いた。


 瞬間、“風縛”が発動し、蛇の如き風の帯がフェールケを縛り上げる。

 肺から空気を搾り出された彼女はカハッと呼吸を失い、ガタンと床に転がった。


 そして倒れたフェールケを机の上からハムスターが見下ろす。

 嫌悪と侮蔑に満ち満ちた目で。


「なるほどなるほど……言葉を持って初めて理解した。

 かつての主よ、貴様はそういう奴なのだな」


 軽蔑しきった声だった。


 半狂乱になったフェールケが激しい憎悪の視線でかつての下僕を睨む。


 だが彼は微塵も怯まなかった。


「貴様はもう終わりだ。

 フェールケ・モーリス」


「やめろこの ちっぽけな鼠がぁああああああああああああ」


 ハムスターはタシッと机を踏んだ。

 次の瞬間、フェールケの寝転んだ床がバクンと口を開いたように破れた。


 彼女は断末魔の声を上げながら落下していく。

 その姿を見届けながら、ハムスターは背を向けて俯いた。


「貴様も下水道でもがくがいい。我輩は帰ってきたぞ。


 そして……今生の別れだ、かつての我が主よ……」



◆◇◆



 その後グリムは随分とレイシアニルから頭を下げられた。


 ハムスターのジャンが吸血鬼化したのはトイレに流された恨み辛みだけではなく、その他山ほど流された魔術薬品や触媒による相互作用によ


る物だった。

 もちろん一人で扱う量ではない。

 ドーピングやカンニングなどのイカサマを試みた不届き者はフェールケだけではなかったのである。


 彼らは全員お縄となり、フェールケを含む悪質な者は受験資格を永久剥奪された。

 ちなみに最も重罪と判断されたフェールケは丸一日下水道をさ迷った後で冒険者に保護され、その後縄を掛けられて故郷へ送り返されている


 きっと、同級生を貶め推薦した町長に恥をかかせた罪を存分に償わされることだろう。


 レイシアニルはジルバーシュタインと今後の試験体制についてかなり頭を悩ませたようだ。


「いっそのこともう、受験者全員に名に誓わせるべきでしょうか?」


「そんな乱暴な手段は不味いだろう。

 “名”は魔術師にとっての命綱、契約のサインそのものだ。

 軽々しく扱える物ではない」


 もちろん我らが死霊術師グリムは『面倒ごとは御免でヤンス』とばかりにそそくさとその場を後にした。

 『報酬』さえ頂戴できれば後は真面目な彼らに任せておけばよい。



 そして今日、メアリが手伝っている治療院の裏手で、その『報酬』はグリム達に深く会釈していた。



「遂に我輩の復讐は成った。

 助太刀賜った貴殿らには感謝の言葉も無い」


 ハムスターのジャンは樽の上で膝をつき、騎士のような仕草で頭を垂れている。


 アーリヤはしゃがんで人差し指の腹をジャンへ差し出した。

 そこへ彼は尖った鼻先を恭しく触れ合わせる。


 剣士ハルディーンとシスター・メアリ、そしてグリムはその様子を微笑ましく見つめていた。


「しかしグリム殿……私は不本意だ」


「そうですよぅ。お手柄での横取りですよねえ……」


 二人の聖職者は複雑な心境である。


 なぜなら、

 『王都を騒がせた下水道のゾンビ騒ぎは女剣士とシスターの二人組の働きによって解決された』

 『下水道の奥底には邪悪な魔術師が住み着いており、二人は見事それを退治したのだ』

 と言う、カバーストーリーが出来上がっているからだ。


 不祥事を表沙汰にしたくない魔術学校と死霊術師(グリム)を隠しておきたい王国の後ろ暗い結託による物である。


 その代償としてハルディーンとメアリには多額の口止め料が支払われていた。


 更には剣士ハルディーンは一足飛びに冒険者レベル3へ。

 シスター・メアリはしどろもどろの面接と審査を乗り越えながらレベル4へ、熟練の証である銀の冒険者メダルを手にするまでに至ったのだ



 その丸儲け振りがなおのこと、生真面目なハルディーンと人の良いメアリを悩ませている。


 しかしグリムはいつものようにヘラヘラと笑うばかりだった。


「いいじゃありませんか。

 治療院と孤児院だって何かと入用でしょう?

 これから割りの良い仕事をしようと思えばレベルが上がって困ることもない。

 (コイン)名誉(メダル)も素直に受け取ったほうが精神衛生によろしいですぜ」


 軽薄な調子とは裏腹にグリムの意志は固い。


 てこでも決定を曲げるつもりは無いようだった。



 ハムスターのジャンはしばし鼻先をアーリヤの指へ押し当てていたが、その姿勢のままつっと涙を流した。

 アーリヤはそれを優しく拭う。


「おお……優しく清らかなるマドモアゼル……

 愚かなる我輩の戯言を許してくれ……」


 アーリヤは震えるハムスターの頬を黙って撫でてやった。

 了承の意を汲み取った彼は目を瞑ったまま声を漏らす。


「我輩は……愚かにも我輩は期待していたのだ。


 謝ってくれるのでは、と。

 心から許しを請うてくれるのでは、と。


 そして……そ、そしてもう一度…………


 わ、わ、我輩を…友と…!……家族と……!!


 そう呼んでくれるのでは、と……!」


 ハムスターは声を震わせながら大粒の涙を何度もぽろぽろと流す。

 アーリヤはそのたびに優しくハムスターを撫でた。


「我輩は愚かだ……!

 救いようもなく……愚かであった……!


 裏切られたと言え、かつての主人の罪を訴えた我輩を……」


「そんなことない」


 ハムスターは目を開いてアーリヤを見上げる。

 彼女は優しく微笑んでいた。

 ジャンの目に、それは暖かな木漏れ日のように輝いて見えた。


「みんな誰かを求めている。

 自分を理解してくれる人を、

 自分を必要としてくれる人を、

 自分を、愛してくれる人を。

 ジャン、貴方のその想いに恥ずべきことなど何一つ無い。


 少なくとも……貴方は成すべきことを成した。

 それを侮辱する者を私は許さない」


「お……おお……

 マドモアゼル……

 私にも見つかるだろうか? そのような者が……」


「見つかる。絶対に」


 感極まったジャンは鼻を強くアーリヤの指に押し当てた。


 目を細めるアーリヤの後ろでオホンと咳払いが聞こえた。

 振り向くとグリムがやけにソワソワしている。何か言いたげな素振りだ。

 アーリヤは頷いて主人を促す。


「あー…ムッシュウ・グラン。

 これからどうされる予定ですかな?」


「どう、とは?」


「貴方さえよろしければ、私が身元引受人となる用意があります。

 古風な言い方をすれば、使い魔の契約のお誘いですな」


 ハムスターはふうむと髭を捻った。

 彼には魅力的な提案だったようだ。そのまま髭を撫でながら思案する。


 しかし、結局は首を振った。


「…いや、真にかたじけないお誘いだが、謹んで辞退申し上げる。

 我輩は暫く一人でこの街を、国を、世界を見て回りたい」


「ほう」


「我輩の魂を預けるに相応しい御方を探す旅に出たい。

 真に有難いお申し出だったが……」


「いや、構いません。残念ですがね。

 ただ一つだけ私と名に誓って契約を交わして頂きたい。

 『決してヒトに仇成すこと無し』とね。

 それが約束できないなら私ァ…貴方を始末しなきゃならなくなる」


 グリムの瞳が鋭く光った。

 本気の目だ。否やを許さない。


 ハムスターのジャンは笑う。


「是非も無い。誓わせて頂こう」


 グリムは掌を突き出し、そこへハムスターの小さな掌が押し当てられた。

 彼は自ら定めたジャン・エドモン・ド・グランの名に誓ってグリムと契約を交わす。


 魔術を行使する者、魔術によって生まれし者、魔術が存在を規定する全ての者が逃れえぬ『名の誓い』だ。


 契約を交わしたジャンへ、アーリヤは素敵なプレゼントを取り出した。


「マドモアゼル!

 なんと、これは……!」


 それはつややかなマントであった。

 表地は夜を切り取ったような漆黒、裏地は鮮血の如き真紅。


「私の主から、貴方へ」


「影蚕のダークシルクにルビーウールの羅紗で手縫いですぜ。

 大事にしてください」


 ハムスターのジャンはおどおどとアーリヤ達を見回す。

 アーリヤは恥ずかしがる彼へそっとマントを結んであげた。


 再び感極まった彼は深く頭を下げた。


「貴殿らの如き武勇と信義の徒に会い見えたこと、真我が生涯において望外の僥倖であった。

 この恩義、決して忘れはしない」


 ハルディーンとメアリも思い思いに彼への別れを告げる。


「ジャン・エドモン。

 本来なら吸血鬼は御使いの名の下に滅ぼすべきだが……

 私はお前の誇りに敬意を払いたい。

 お前の行く末に御使いの導きがあらんことを」


「ネズミさ……じゃない、ええとハムスターのグランさん。

 教会に入れてあげられないけれど、何か困ったことがあれば来て下さいね。

 あっピートには気をつけて」


 グランはパサァッとマントを翻し、最後にもう一度だけグリム達に恭しく会釈した。


「貴殿らに心からの感謝を。

 そしていずれまた会おう!

 美しき真なる吸血鬼(ヴァンパイア・ロード)とその偉大なる主(オーバーロード)よ!」


以上で4章はおしまいです。

お読み頂きありがとうございます。

間が1日あいて連続投稿が途切れてしまい大変申し訳ありません。

ご意見、ご感想など頂けると大変嬉しいです。

今後ともよろしくお願いいたします。

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