第五話 『 オルカVSノヴァ 』
――振り下ろされる巨大なムカデの尾をオルカが身を翻してかわした。
……北プラフより遠く離れたセントラル王国ではオルカ=クロスハートとノヴァ=ウルフアイが戦闘していた。
「まだだ」
巨大ムカデの攻撃から間髪容れずに今度は巨大なダンゴムシが高速回転をしながら襲い掛かった。
(……かわし切れない!)
そう判断したオルカは素早く貨納ホルダーから金貨を二枚取り出し――そして、地面に手を添えた。
「穿て」
巨大なダンゴムシが地面を削りながら猛追する。
「氷槍……!」
――地面から巨大な氷の槍が伸び、巨大なダンゴムシを串刺しにした。
(……二枚使ったから残り十二枚!)
オルカは次の攻撃を組み立てる。
(ウルフアイくんは召喚系の金論術、だからやることは一つだね)
オルカは貨納ホルダーから金貨を一枚取り出した。
(本体をひたすら攻撃する、そうすればウルフアイくんは防御に徹するしかなくなる!)
オルカはノヴァ目掛けて無数の氷の弾丸を繰り出した。
「俺の弱点がわかったようだな」
一方、ノヴァは冷静に呟き、巨大ムカデに自身を包むようにとぐろを巻かせた。
雨のように降り注ぐ氷の弾丸は巨大ムカデを蹂躙し、地面を抉り、土埃を舞い上がらせた。
「まだまだぁ……!」
オルカの攻撃は止まらない。更に金貨を一枚消費し、今度は高密度の水の斬激を繰り出した。
『ギギャァァァァ……ァァ……ァ……………………』
連激に次ぐ連激に巨大ムカデは体液を撒き散らしながら消滅した。しかし……。
「……いない」
そう、いないのだ。巨大ムカデに身を潜めていた筈のノヴァが姿がどこにも見当たらないのだ。
「……優しいな、オルカ=クロスハート」
……いた。ノヴァは巨大ムカデ離れた場所で悠然と立っていた。
「人間には強い〝召喚物〟を使わないとはな」
ノヴァは一度目の氷の弾丸で舞い上がった土埃に身を潜め、巨大ムカデの隙間から離脱していたのだ。
「だが、これは真剣勝負」
ノヴァは貨納ホルダーから二枚金貨を取り出し、そして――……。
「今度はこっちの番だ」
……巨大な蜘蛛を召喚した。
大蜘蛛が重いを臀部を持ち上げ、オルカに向けた。次の瞬間――
「……っ!」
――白く、強靭な糸がオルカ目掛けて放たれた。
しかし、攻撃が直接的過ぎる。オルカは射線を見切って、蜘蛛の糸をかわした。
(……よしっ、今度はこっちのば――)
――蜘蛛の糸がオルカの背後に立つ一本木に巻き付いた。
「……えっ」
……糸が張る。
……大蜘蛛の八本の脚が地面を離れる。
……糸が収縮する。
――大蜘蛛が弾丸の如くスピードでオルカに迫った。
(……かわし……切れない!)
――オルカが巨体に弾かれ、吹っ飛ばされた。
「……かはっ!」
大蜘蛛は八本の脚で急ブレーキし、オルカは地面を勢いよく転がった。
「……ほう、やるな」
ノヴァが称賛の声を漏らした。
「咄嗟にガードするだけではなく、受け身まで取るとはな」
ノヴァの言葉通り受け身を取ってダメージを軽減したオルカはむくりと立ち上がった
(……っ、受け身を取ってもこの威力、直撃していたらヤバかったかも)
――糸が張る。
(……また来る!)
オルカは素早く貨納ホルダーから金貨を六枚抜き出した。
「金貨六枚……勝負を仕掛ける気か」
オルカが握る六枚の金貨に、ノヴァがいぶかしんだ。
しかし、大蜘蛛は攻撃を止めない。八本の強靭な脚を浮かせて、一挙に糸を収縮させた。
「かわすか……それとも」
再び大蜘蛛が弾丸の如くスピードでオルカに襲い掛かった。
「受け止める、か」
一方、オルカは至って冷静に大蜘蛛を見据え、右手を迫り来る大蜘蛛にかざした。
「ううん」
オルカはかざした右手で大蜘蛛を受け止めた。次の瞬間――
「受け殺すよ」
――大蜘蛛の巨大な体躯が氷結した。
「いや、凍て殺す……かな」
パリイィィィン、氷結した大蜘蛛が結晶となって砕け散った。
凍り付いたのは大蜘蛛だけではない。大蜘蛛とオルカを中心に花弁のように氷塊が広がり、その中心には一人の――白い甲冑の騎士が立っていた。
「これがわたしの取って置き――〝氷結武装〟だよ」
その騎士、
……真白の鎧を纏い、
……真白の羽衣をたなびかせ、
……真白の大槍を掲げていた。
そして、オルカを中心に目視できるほどに濃密な冷気が渦巻いていた。
「じゃあ、行く――」
――24.223
……オルカが圧倒的な速度でノヴァの背後に回り込んだ。
「よ」
「……っ!」
オルカの冷気を纏った右腕がノヴァに襲い掛かる。
ノヴァは咄嗟にオルカの攻撃から逃れようと後方へ跳んだ。
――オルカの右腕に纏う冷気がノヴァの髪を僅かに掠めた。
「……少し凍ったか」
オルカの右腕は直撃していようがいなかろうが関係無く、自身の氷結領域に入る者全てを凍らせるのだ。
「もう一丁」
今度はオルカの左腕がノヴァの顔面に迫る。
「……動きが単調すぎるな、折角の取って置きが泣くぞ」
しかし、その攻撃はあまりに単調すぎた。ノヴァに掛かればかわすに容易く、ノヴァは再び後方へ跳――べなかった。何故なら――……。
「……脚を凍らせた、だと」
――そう、オルカの冷気は地面を伝わり、ノヴァの脚を氷付けにしていた。
「……っ!」
ノヴァは咄嗟に掌の中に忍ばせていた金貨を強く握った。その数、およそ――八枚。
オルカの冷気を纏った左腕がノヴァに迫る。
「……えっ?」
しかし、その左腕がノヴァに届くことが無かった。何故なら――……。
「見せてやる、本当の取って置きというものをな」
――巨大なカブトムシがオルカの左腕を受け止めていたからだ。
「……最高の硬度を誇る黒甲にお前の氷結は効かない。そして」
――ノヴァの脚を覆う氷が細切れに切り刻まれた。
「俺の黒蟷螂は最攻級の切れ味を誇る鎌で切り刻む」
ノヴァの脇に立つ漆黒のカマキリが歓喜するように両鎌を広げた。
「これから発動限界までお前は俺の攻撃を受け続けることになる」
「……っ!」
――黒蟷螂がオルカの目の前にいた。
そして、間髪容れずに八つの斬激が繰り出される。
「……ほう、受け流すか」
「時間が無いからこっちも全力で行くよっ」
オルカは純白の大槍で繰り出された斬激を全ていなした。しかし――……。
「……言った筈だ――お前は俺の攻撃を受け続けることになる、と」
――黒甲がオルカの背後にいた。
「……っ!」
オルカは咄嗟に後方へ跳んだ。
「……遅い」
黒甲の強固な角が直撃した。
「……っア!」
……純白の鎧の一部が砕け散り、
……オルカは弧を描くように宙に弾かれ、
……黒蟷螂がオルカの真上にいた。
「地に落ちろ」
――黒蟷螂の交差斬りがオルカに直撃した。
「そして、安らかに眠れ」
勢いよく落下したオルカは土と粉塵と礫を撒き散らした。
粉塵が舞う、その塵は深くオルカの姿を窺うことができなかった。
「……」
少し離れた場所で様子を見ている指導幹部のブラトニーが試合続行の不可を決めかねていた。
「……ヴィルガス大佐、これ以上の戦闘は不可能です。直ちに戦闘を止めるべきだと思います」
齢十六の少女を痛め付けることを好むような男ではないノヴァはブラトニーに訓練の中止を申し出た。
「わかった……これにてノヴァ=ウルフアイとオルカクロスハートの実践戦闘訓練を中止とす――」
「中止は無しです、ヴィルガス大佐」
――純白の大槍が粉塵の中から飛び出した。
「……っ!」
ノヴァは咄嗟に脇へ跳んで大槍をかわした。
――ガシッ、ノヴァの後方へ突き抜けた大槍をオルカが掴んだ。
「……なん……だと」
ノヴァの真後ろで既に投擲の構えをしているオルカに戦慄した。
――8.411
「ウルフアイくん、君はこれからわたしの攻撃を受け続けることになるよ」
純白の大槍がノヴァ目掛けて穿たれた。
「黒甲……!」
ノヴァは咄嗟に自身と大槍を繋ぐ射線に黒甲を割り込ませた。
「残念」
しかし、オルカは最初からノヴァを狙っていなかった。オルカが狙っていた場所は――
「下でした」
――ノヴァの手前の地面であった。
純白の大槍が冷気を撒き散らしながら、黒甲の手前の地面に突き刺さった――次の瞬間。
――巨大な氷柱が地面から立ち上がった。
その氷柱は剰りに巨大であり、ノヴァと黒甲を呑み込んだ――しかし。
「黒蟷螂」
――巨大な氷柱に切れ目が走った。
そして、次の瞬間――氷柱は崩れ落ちた。
「よくやった、黒蟷螂」
ノヴァと黒甲を傷付けないように氷柱を切り刻んだのは黒蟷螂であった。
「言った筈だよ」
――オルカがノヴァの真後ろに立っていた。
「君はこれからわたしの攻撃を受け続けることになるって」
オルカの氷結の拳がノヴァに突き出された――同時、黒甲の角がそれを受け止めた。
「……甘い」 「甘いね」
オルカが黒甲の角を掴み、遠心力を活かしてグルンッと回った。そして、その回転で回し蹴りを繰り出した。
「……やるな、だがやはり詰めが甘い」
しかし、オルカの繰り出した回し蹴りをノヴァは黒蟷螂の鎌で受け止めた。
「そんな装甲で受け止められると思ったの?」
「……っ」
オルカの氷結に耐えられなかった黒蟷螂の鎌が砕け散った。
そして、オルカの攻撃は止まらない。間髪容れずに金貨を一枚消費して、深い霧を一気に爆散させた。
その霧はオルカと黒甲と黒蟷螂とノヴァを呑み込んだ。
――4.332
「これで決めるよ」
……霧で視界を奪った一瞬の隙にオルカがノヴァの間合いに入った。
「……っ」
一方、ノヴァはオルカの氷結領域から逃れようと後方へ跳んだ。
互いに発動限界がそう遠くない。しかし、僅かにノヴァの方に余裕がある。故にノヴァには今するべきことが解っていた。
……時間を稼ぐ。そうすれば時期にオルカの〝氷結武装〟の発動限界は切れるであろう。
ノヴァはとにかく距離を空けようと黒甲をオルカの下へ向かわせようと指示を出す。
「黒甲、時間をかせ――……!」
そこでノヴァは自身の身に掛かる異常に気が付いた。
「捕らえた」
……オルカが不敵に笑んだ。
「……っ」
確かにノヴァはオルカの氷結領域から逃れようと後方へ跳んだ。それなのに――ノヴァの足には氷がまとわり着いていた。
それだけではない、ノヴァの隣で待機していた黒甲の下半身も氷結していた。
「わたしの氷結領域はわたし自身の周辺と――」
ノヴァは恐る恐る自分の足下から続く氷結の中心部へと視線を傾けた。
……そこには地面に突き刺さった純白の大槍があった。
「――わたしの槍の周辺一帯、それがわたしの氷結領域」
地面に突き刺さった純白の大槍は周囲一帯に冷気を撒き散らし、その冷気は地面を、空気を――そして、ノヴァの身体を氷結したのだ。
布石は二擲目の投擲の時点で打たれていたのだ。オルカの打撃も回し蹴りも濃霧による視界封じも全てはこのときの為にあったのだ。
「覚悟はいいかな、ウルフアイくん」
「……」
オルカが不敵に笑い、ノヴァは冷や汗を滴らせた。
ノヴァの手駒は下半身を氷結された黒甲と鎌を失った黒蟷螂、そして一枚の金貨だけである。
……万策は尽きた。後はオルカに蹂躙されるしかなかった。
「……」
「……」
睨み合うこと一瞬、オルカは朗らかに笑った――次の瞬間。
「なんてね♪」
――0.000
……純白の鎧が砕け散った。
「もう〝氷結武装〟の契約時間は終わり……それに」
オルカははにかんだかと思ったら途端に尻餅を着いた。
「残念なことに体がヘロヘロで動かないんだ」
大蜘蛛の突進と黒甲の突き、そして黒蟷螂の交差斬り、それらは受け続けたオルカの身体は限界であった。
地面に腰を着け朗らかに笑うオルカとそんなオルカを呆然と見下ろす。
「勝者、ノヴァ=ウルフアイ訓練兵」
そんな二人の姿を交互に見やって、キングストンがそう宣言した。
「……いい試合だった」
ノヴァがオルカを見下ろし、称賛の言葉を送った。
「あと一歩で俺が負けていた」
既にノヴァの足にまとわり着いていた氷は融けていて、足下には水溜まりができていた。
「お前は強い、そしてこれからも強くなる」
ノヴァは黒甲と黒蟷螂を消滅させた。
「そのときはまた一戦を交えたいものだな」
「……」
……同期生一の天才であるノヴァはオルカを一人のライバルと認めたのだ。一方、オルカは無言で――地にひれ伏した。
「オルカちゃん!」
「クロスハートさん!」
外野で試合を観戦していた同期生らがオルカを心配して駆け寄った。
「……えっ」
しかし、オルカの同期生であり相部屋である少女――ミーナ=クレアはオルカの横顔を見て困惑の声を溢した。何故なら……。
「……寝ている?」
……そう、オルカは寝ていたのだ。まるであどけない少女のような安らかな寝顔で。
ミーナは少し唖然としたものの、すぐに表情を崩して、優しげに微笑んだ。
「お疲れ、オルカちゃん」
そして、死力を出し尽くした戦士に労いの言葉を送った。
……かくして、少女はその才能の片鱗を見せ静かに退場するのであった。