エピローグ 『 希望の錬金術師 』
……そこは暗闇であった。
精鋭〝十石〟の一人、〝紅玉〟のヴァリー=レッドストンは深い深い暗闇の中にいた。
ここには〝黒〟以外が存在しない、音も熱も感じない静寂した世界であった。
どうして自分はこんなところにいるのだろう? そう思ったヴァリーはふと自分の人生を振り返った。
……戦争があった。大きな戦争で家族や友達も皆死んでしまった……戦争の最中、金論術師として覚醒したヴァリーだけが生き残れた。
……行く宛も無くさ迷っていたヴァリーは錬金術師――グラン=ディオンに拾われ、グランの野望を手伝いたくて〝十石〟に加入した。
……本当は迷っていた。
……本当は殺したくなんてなかった。
……本当は――……。
た だ 忘 れ た か っ た ん だ 。
一人が淋しくて、グランに見捨てられることが怖くて、それら全てを忘れたくてがむしゃらに戦っていた。
ヴァリー=レッドストンは戦闘狂ではなかった。
ヴァリーはただの子供だ。
ただ現実逃避をする為に癇癪を起こしていた子供であった。
やっと気づけた。沢山の人を殺して、大切な仲間を失ってやっと気づけた本当のヴァリー=レッドストン。
アイズに負けたヴァリーは恐らく死んでしまうだろう。しかし、万が一にでも生き残れたのならばやりたいことがあった。
「謝ろう」
……アイズ=シファーに、
……今まで殺してきた人々に、
……そして
「探そう」
……殺戮以外の何かを見つけよう、ヴァリーはそう願った。
……………………。
…………。
……。
「やっと起きたか、レッドストン」
……暗闇の中から声が聴こえた。
身体が重く、とにかく眠くて仕方がなかった。
しかし、その声に答えなければならない。ヴァリーは稀薄な意識の中、それだけを思った。
「――あ」
……それしか喋ることができなかった。
「……あ、ってなんだよ」
上手く喋れなかったヴァリーの言葉に戸惑う少年の声。
今度こそはと、ヴァリーは再び口を開いた。
「……ありが……とう」
――今度はちゃんと喋れた。声は渇れていたが伝わる声であった。
「……」
……しかし、少年からの返事は返って来なかった。
そして、長い沈黙を挟み、少年からの返事が帰ってきた。
「……お前、頭でも打ったのか?」
……失礼な奴であった。
「……オレも自分らしくないと思っているよ」
ヴァリーは真っ直ぐとアイズの瞳を見つめた。
「でも、これがオレの本心だ」
……お前が気づかせてくれた――と加えようとしたが癪に障る為、ヴァリーは口をつぐんだ。
「……そうか」
アイズも深く詮索しようとはしなかった。
「感謝ついでに一つ質問いいか?」
「いいぜ」
ヴァリーは大きな疑問を一つ、アイズに投げ掛けた。
「どうして、オレを生かした?」
「……」
それが、ヴァリーが抱いた謎だった。
敗北した筈のヴァリーは生きていた。何より貫かれた筈の腹は恐らく錬金術によるものであろうが、最早見る影も無いほどに完治していた。
「オレはお前の敵なのに」
……わからなかった。
「オレはお前を殺そうとしたのに」
……理解できなかった。
「オレはお前の仲間を殺したのに」
……だから、知りたかった。
「どうして、オレを許せるんだ」
……アイズ=シファーという人間を。
「許してなんかいないよ」
ヴァリーの疑問にアイズが平静に答えた。
「殺したくないなんて言えば嘘になる、それほどに俺はあんたを恨んでいるさ」
アイズは正直な気持ちにヴァリーは清々しさを感じた。
「けど、それ以上にあんたには生きていてほしいんだ」
アイズが優しげに笑った。
「殺戮以外の何かを見つけてほしいって思ったんだ」
アイズの言葉と微笑みは愛情を忘れてしまったヴァリーに嫌ってほどに染み込んだ。
「だから、生きろよ。ヴァリー=レッドストン」
……初めて。
「そして、その命果てるまで今までを購い続けろ」
……自分の〝生〟を肯定された気がした。
「……おい、どうした?」
こんなに満たされたのはいつ以来だろうか?
「……泣いているのか」
こんなに涙を流したのはいつ以来だろうか?
「…………………泣いてねェよ」
……悲し泣きでも、嬉し泣きでも無い、ただの感情が昂っただけの涙腺の暴走。
自分は生きていいのだ。もう、殺さなくてもいいのだ。ヴァリーは自由なのだ。
……焼け野原の上で夜空を眺める二人。
……静かに二人を見守るだけの夜。
「……嘘つけ」
……そして、夜は更ける。
……ふと瞼を開くと、目の前には蜘蛛の巣が張った天井がオルカの起床を迎えてくれた。
「……」
オルカは薄汚れたベッドの上で横たわっていた……記憶に無いベッドである。
「……」
思考がぼんやりと霞み掛かっており、意識を失う直前までの記憶が思い出せなかった。
……何で自分はここにいて、何をしていたのか?
それが思い出せなかった。
「……」
ふと、隣に目をやる……少年が一人、ベッドの隣に位置する椅子に腰掛けていた。
「……………………あ」
……思い出した。
少年の名前はアイズ=シファー、オルカの幼馴染みだ。
アイズは焔の金論術師と戦い、怪物となり、そんなアイズを制止したオルカは――……。
「……」
……オルカは?
――オルカ=クロスハートはアイズ=シファーを愛しています。
……アイズに愛の告白をした。
……………………。
…………。
……。
「ひぃー、恥ずかしい! 恥ずかしいよ!」
顔を真っ赤にしたオルカが恥ずかしさのあまりに、頭を抱えて枕に顔を突っ込んだ。
「……」
……そして、沈黙すること数秒。
「……でも」
オルカは顔を上げて、アイズの方を見た。
「嘘じゃない」
……静かに寝息をたてるアイズがひたすらに愛おしかった。
「冗談でも無い」
オルカは何度でも思う。
「わたしはアイズくんのことが好きなんだよ」
……たとえ離れ離れになったとしても、
……たとえ殺されそうとなったとしても、
揺らぐこと無く、アイズ=シファーのことを愛していた。
オルカはベッドから起き上がり、椅子に腰掛けるアイズを真剣な眼差しで見つめた。
「お疲れ様、アイズくん」
オルカは優しげに微笑んだ。
「沢山、傷ついたよね」
この一ヶ月間、アイズは何度も死にかけ、何度も失った。
「凄く頑張ったね」
アイズは心身共に疲弊していることだろう。
「だから、今日はゆっくり休んでね」
故に、アイズには休息が必要であった。
……オルカが静かに歩み寄る。
……僅かに腰を曲げ、瞼をゆっくりと閉ざす。
……そして、その唇を――アイズの唇にそっと重ねた。
「おやすみ、アイズくん」
唇を離して、無邪気に微笑むオルカとただ静かに眠り続けるアイズ。
……午前二時。
……二人だけの秘密の時間。
……夜空に浮かぶ月だけがそれを優しく見守っていた。
……ヴァリー=レッドストンが語った。
――グラン=ディオンの第一目標は完全な錬金術師となることだ。
……と。
そもそも、完全な錬金術師とは如何なるものであろう?
錬金術師とは――……。
卑金属を貴金属に昇華させるといったような物体の上位化を成す者である。
又、海を隔てた大陸では不老不死を成す者である。
更に辺境の大陸では神とさえ呼ぶ者もいる。
……多くの諸説が存在するが明確な答えは無い。しかし、錬金術師――グラン=ディオンにとっての錬金術師像は明確なものであった。
……神様、創造主――そう呼ばれる存在になることだ。
万のものを創造し、この世に存在する凡てを支配する概念体……それがグラン=ディオンか目指すものである。
では、万のものを創造する〝賢者の眼〟を開眼させた錬金術師は創造主としてなり得るのか?
……その答えは〝なり得ない〟、である。
何故ならば今のアイズ=シファーとグラン=ディオンに錬成できないものが数多く存在するからだ。
例えば、自然現象。
例えば、時間。
例えば、空間。
例えば、生命。
……このように錬金術には欠陥があった。これらの欠陥があって、本当に創造主を名乗ることができるものであろうか?
故に、この世に生きる錬金術師――アイズ=シファーとグラン=ディオンは未完成品であった。
故に、グラン=ディオンはアイズ=シファーの〝賢者の石〟を探し求めていたのだ。
……〝賢者の石〟は楕円形を二つに等分したような形をしており、グラン=ディオンはそこに着目した。
〝賢者の石〟は二分割されており、その二つの〝賢者の石〟が合わされば、完成体となり得るのではないか?
そして、グラン=ディオンは錬金術師に関する文献を読み漁り、その説は始原の錬金術師――ログ=ホーラの文献を以て肯定された。
――錬金術とは、この世のあらゆる物質・現象を支配する力であり、その能力は時間・空間といった概念にも及び、又生命をも生み出す万能の力である。
――我は、錬金術の悪用化を回避すべく、賢者の石を二つに等分し、二つの大陸へ別々に埋蔵した。
……この二文からグラン=ディオンの野望が始まったのだ。
「……神様、か」
アイズがカグラの墓標の前で呟いた。
〝十石〟との戦いから三日間が過ぎた今日、アイズは王都への帰還を決め、シファー邸付近に建つ仮屋から旅立とうとしていた。
ヴァリーは昨晩旅立ち、オルカも離れた草原でアイズの出発を待っていた。
そんな中、アイズは、今は亡き戦友――カグラに何か一言言ってやりたくて、カグラの墓標まで足を運んだのだ。
「俺がもし、神様だったらお前を死なせずに済んだのかな?」
アイズは地中に眠る戦友に静かに語りかけた。
「俺がもし、神様だったら皆を救えたのかな?」
アイズは問い続けた……しかし、その答えは一向に返ってくることは無い。
「俺がもし、神様になれたのなら――……」
それは神様とは程遠い利己的な願いだ。
それは因果に逆らった不格好な願いだ。
「神様になれたのなら」
しかし、この世に生きる凡ての人々が思いながらも敗北したことだ。
「皆とまた会えるのかな」
アイズは願った。死んでしまった大切な人々を甦らせることを……。
「愚かだっていい」
万物を創造し、世界をも創造し、生命すらも司る錬金術師でしかできないことだ。
「傲慢だっていい」
アイズは静かに、しかし力強く、墓標に語りかけた。
「俺は皆に会いたいよ」
……それは、
人間の如く弱く、
悪魔の如く身勝手で、
神様の如く傲慢な、
……一人の少年の願いであった。
「だから」
――アイズが俯いた頭をゆっくりと上げた。
「俺は神様になるよ」
それは祈りだ。
「この世に生きる凡てを救い」
それは誓いだ。
「この世に生きる凡てに希望を与える」
それは――……。
「希望の錬金術師になるよ」
……希望だ。
アイズは戦友の眠る墓標に静かに誓った。しかし――……。
「……」
……戦友は何も語らなかった。
「じゃあ、もう行くから」
言うだけ言ったアイズは次なる戦いへと向かうべく、墓標に背を向けて歩みだした。
……そのときだ。
それはまるでアイズの背中を押すように、
それはまるでカグラの手のひらのように力強く、
……強い強い突風がアイズの背中から吹き抜けた。
「……………………ははっ」
すぐに風は止み、アイズは思わず笑いを溢した。
アイズは振り向き、墓標に一言。
「 じゃあな、カグラ。
一先ず世界を救ってくるよ 」
……それだけを語って、再び歩を進めた。
……敵は強大、
……未来は暗澹、
「まあ、気ままに頑張るか」
……それでもアイズは前を歩み続けるのであった。
ここまで御拝読してくださりありがとう御座いました。本編はこれにて終了です。
感想なども随時募集しております。




