第十五話 『 決着 』
「〝火炎〟」
ヴァリーの頭上に火の玉が召喚された。
「〝八連〟」
続いて火の玉は八つに数を増やし、ヴァリーを中心に円を描くように回転した。
「〝神速〟」
――そして、その火の玉は矢尻の形となりアイズ目掛けて、圧倒的な初速で撃ち出された。
「……速いな」
アイズは冷静に呟き、迫り来る八つの火炎を見つめた。
八つの火炎は目にも止まらぬ速さで飛来し、更には縦横無尽に軌道を変えて的を絞らせなかった。
「しィィィィねェェェェェェェェェェェェ……♪」
ヴァリーが高らかに咆哮する。しかし、アイズは到って冷静に地面に右手を添えた。
「でも、当たらないぜ」
八つの火炎が同時にアイズに襲い掛かった。
「俺は錬金術師だから」
――アイズを囲うように鋼鉄の壁が錬成された。
そして、その鋼鉄の壁に八つの火炎が直撃して――爆発した。
「断言するよ、ヴァリー=レッドストン」
「……?」
役目を終えた鋼鉄の壁が静かに倒壊した。
「お前は俺には勝てない」
「――あ?」
アイズの言葉にヴァリーが目の色を変えた。
「……お前死ぬぞ?」
ヴァリーの殺意が最大限まで高まり、それに呼応するようにヴァリーを渦巻く炎が激しさを増した。
「できるか?」
「うるせェぞ、クソ錬金術師がッッッ!」
アイズの挑発にヴァリーは真っ向から受け止め、灼熱の大剣を片手にアイズに飛び掛かった。
「焼き斬る!」
秒間四つの斬激がアイズに襲い掛かる。
「遅いな」
……しかし、アイズの目は四つの斬激全てを見切っていた。
「カグラに比べれば止まって見えるぞ」
アイズは四つの斬激全てを回避し、ヴァリーの懐に潜り込んだ。
「……なァ!」
――アイズの右手が赤色に輝く。
「BANG」
――突風がヴァリーを吹き飛ばした。
「てめ……ェ……!」
……アイズは〝創造錬金〟によって空気を錬成し、その風圧によってヴァリーを吹き飛ばしたのであった。
アイズとヴァリーの距離――およそ十メートル。
「さっさと来い、ヴァリー=レッドストン」
アイズは悪魔のような形相で睨み付けるヴァリーに不敵な笑みを向けた。
「全力で叩き潰して格の違いを教えてやるよ」
「ぶっ殺す……!」
ヴァリーが特大の火炎弾を五つ召喚した。
「……」
そんなヴァリーを見て、アイズが不敵に笑う。
「うらあァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!」
全ての火炎弾がアイズに襲い掛かる――と、同時にアイズは高くて分厚い鉄の壁を錬成した。
そして、鉄壁と火炎弾が衝突した。
……………………。
…………。
……。
――轟ッッッ、周囲一帯が爆風に呑み込まれた。
視界が一瞬だけ赤に染まり、すぐに真っ白になった。
「……見たか、クソ錬金術師」
自身が召喚した爆風に吹き飛ばされたヴァリーが勝利を確信して笑った。
「これが〝十石〟だ」
……アイズとヴァリーの距離――三十メートル。
「最強の金論術師だ」
……アイズとヴァリーの距離――十メートル。
「仇は取ったぞ、イカルゴ」
……アイズとヴァリーの距離――一メートル。
「オレの勝ちだ、アイズ=シファ――……」
「いや、勝つのは俺だよ」
――アイズがヴァリーの目の前にいた。
「吹き飛べ」
アイズがヴァリーの土手っ腹に手をかざした。
「……っ! またか――」
空 気 錬 成
――ヴァリーは再び十メートルほど吹き飛ばされた。
「クソっ! またかよ!」
紙屑のように宙へ弾かれたヴァリーが苛立たしげに吼えた。
「きかねェ攻撃しつこくやりやがって、鬱陶しいんだよ!」
ヴァリーが右腕を大きく振り上げた。
「範囲最大」
――何かが来る、アイズはヴァリーの威圧感に心臓を跳ねさせた。
「火力最大」
……一瞬の静寂。
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!」
ヴァリーが右腕を大きく振りかぶった。次の瞬間――……。
――周囲一帯が消し飛んだ。
……そして、間髪容れずに赤い衝撃波が竜巻のように全てを吹き飛ばした。
その衝撃は凄まじく、
……草木が舞い上がり、
……地面を抉り、
……巨大なクレーターを作り出した。
ヴァリーはクレーターの中心で猛々しく咆哮していた。
「死んだ! クソ錬金術師! 燃えちまった!」
ヴァリーが狂笑した。
……アイズとヴァリーの距離――三〇〇メートル。
「ひはっ! 丸焦げだ! ひははっ!」
……アイズとヴァリーの距離――一〇〇メートル。
「オレの勝ちだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」
……アイズとヴァリーの距離――
「何がそんなにおかしいんだ?」
――〇メートル。
「……ァ?」
アイズがいた。それもヴァリーの目の前に……。
「その空いた口、塞いでやるよ」
――突風がヴァリーを吹き飛ばした。
「どうやってかわしたァ……!」
ヴァリーが再生し、アイズに問い質した。
「なんてことはないさ」
舞っていた粉塵が重力に従って地に落ち、アイズの隠れていた部分をさらけ出した。
「ただ少し脚を〝弄った〟だけだよ」
……アイズは脚だけを強靭に創り直したのだ。そして、その脚は秒速一〇〇メートルの速度で大爆発を回避して、ヴァリーの位置へ戻ったのだ。
「結構大変だったぜ、何せオルカを担いでお前の攻撃から逃げ切らなきゃいけなかったからな」
オルカは遥か三〇〇メートル先で静かに寝息を立てていた。
「……お前ェ」
ヴァリーが狂暴な笑みを浮かべた。
「ムカつくなァ」
「御託はいいから掛かってきな」
――アイズの挑発にヴァリーが一直線に飛び掛かった。
「で」
アイズの姿が消えた。
「そんなものか?」
――アイズがヴァリーの真後ろにいた。
「――っ!」
ヴァリーは咄嗟にアイズに火炎弾を叩き込んだ。
「……やった……か?」
「やってないよ」
……アイズは既に遥か遠くに佇んでいた。
「いいこと教えてやるよ」
アイズが不敵に笑う。
「今の俺は今までより三倍速い」
アイズの足下が陥没する。
「これからお前は俺に蹂躙され続けるだろう」
――アイズが消えた。
「お前は気づかなかったようだが」
……土煙に似た何かがアイズが駆け抜けた拍子に舞い上がる。
「ここら一帯にある仕掛けをした」
……白い粉が舞い上がる。
「お前を殺す為の仕掛けだ」
……視界が真っ白になった。
「だから、これが最初で最後の交渉だ」
……真っ白になった世界でアイズの声だけが聴こえた。
「投降しろ、ヴァリー=レッドストン」
「――」
どこから途もなく聴こえるアイズの声にヴァリーが息を呑んだ。
「俺はお前を殺したくない」
「断る……♪」
ヴァリーは迷うことなく即答した。
「死ぬのはてめェだ、クソ錬金術師……♪」
「そうか」
ヴァリーの決断にアイズは静かに頷いた。
「じゃあ、これでさよならだ」
――アイズはいた、ヴァリーの背後に……!
「――ッッッ!」
ヴァリーがガンマンの早撃ちのような速度で振り向き、アイズに火炎弾を撃ち込もうとした。
……チリッ、何かに火が点く音が聴こえた。
「……………………あっ」
それは、ヴァリーを呑み込む白い粉塵であった。
何度も吹き飛ばされ、何度も挑発され、頭に血が上っていたヴァリーは冷静さを欠いていた。
その粉の名前は――小麦粉。
浮遊した小麦粉は極めて引火性が高く、酸素燃焼率が著しく増加する。
「お前」
つまり……?
……一瞬の静寂。
……小さな火種が一つ。
……そして、それは一挙に膨張する。
「粉塵爆発って聞いたことないか?」
――轟ッッッ……! 大爆発が起きた。
……粉塵爆発。浮遊した粉末に引火し、一挙に燃焼する現象である。
「どこだっ」
ヴァリーが真っ白な景色の中、吼えた。
「どこにいる、アイズ=シファーっ!」
……そもそも爆発とは一体、どのような現象なのであろうか。
爆発とは急激な酸素の燃焼反応を示し、要約するならば〝とても速い引火〟である。
そして、アイズは考えた――どうすれば火の起たない状況に持ち込めるのであろうか、と。
ヴァリーの炎化を攻略する方法は大きく分けて三つある。
……一つはヴァリーが発動を解除すること。
……もう一つは〝一日利権〟の効果が消え、金論術の使役が不可になること。
……最後に炎が存在できない空間を作ること。
一つ目と二つ目はアイズがどうこうできるものではなかった。しかし、最後の三つ目は不可能ではなかった。
火とは酸素の燃焼反応である。
火を起こすには酸素が必要であり、酸素が無ければ火を起こすことができないのだ。
その為にアイズは意図的に粉塵爆発を誘発させ、空気中の酸素を燃焼させたのであった。
大爆発が起きたということは大量の酸素を燃焼したことであり、大量の酸素を燃焼すれば空気中の酸素は消費される。
……酸素が無ければ火は起たない、ヴァリーは炎化をすることができない。
つまり、今のヴァリーは生身の人間であった。
「チェックメイトだ、ヴァリー=レッドストン」
――アイズが舞い上がる砂埃を突き進んで、ヴァリーの前に姿を見せた。
……大事なことは押し飛ばされた酸素が戻ってくるまでの僅かな時間までにヴァリーを仕留めなければならないということ。
そして、それはアイズの持つ〝強靭な脚〟であれば可能であった。
「この勝負」
……アイズの右手が赤く輝いた。
「クソがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!」
……ヴァリーが拳を突き出した。
しかし、アイズはそれをかわして――赤く輝く右手を突き出した。
……アイズとヴァリーの視線が一瞬交差した。
――アイズの右手がヴァリーの土手っ腹を貫いた。
「俺の勝ちだ」
……血飛沫が舞った。
……ヴァリーが崩れ落ちた。
……かくして、激しい戦いの幕が静かに閉じるのであった。




