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 第十四話 『 告白 』


 ……アイズ=シファーはオルカ=クロスハートの幼馴染みだ。


 初めて言葉を交わしたときは互いに齢四歳だった頃だ。

 「はじめまして。わたし、オルカっていうんだ」

 その当時、人見知りだったアイズは母親のルイズ=シファーの背に隠れていた為、オルカの方から話し掛けたことをオルカは覚えていた。

 「……おれ、アイズって名前」

 その頃はまだオルカの方が、背が高かったこともオルカは覚えていた。

 それから一年間、二人は毎日一緒に遊んでいた。

 最初の頃はオルカが積極的に遊びに誘っていたものの、半年もするとアイズの方から遊びに来ることが多くなっていた。

 お泊まりも食事も一緒にして、まるで姉弟のような二人であった……ちなみに、オルカが姉でアイズが弟であることは譲れない拘りであった。

 それから〝金喰〟襲撃によってルイズ=シファーは行方不明になり、クロスハート家に引き取られてアイズはオルカの家族になった。

 毎日一緒に寝て、毎日一緒に食事をして、毎日一緒にクロスハート夫妻の畑仕事の手伝いをして、毎日〝金色の十字架〟に入隊する為の訓練をしていた。

 アイズがいて、ミロがいて、ガクがいて、厳しくも充実していた十年間だった。

 ……しかし、それも終わるときは一瞬であった。

 〝もぐら〟が襲来して、ミロとガクは死んでしまった。

 人はいつか死ぬ、それも思っていたよりも呆気なく死んでしまう。

 オルカはそれが恐くて仕方がなかった。だから……。

 「俺、強くなるよ」

 ……アイズがそう口にしたとき、オルカは恐かった。

 きっとアイズは無茶をする。そうなれば最悪、また大切な家族を失ってしまう。それはオルカには耐え難いことであった。

 本当はアイズには村で長閑に暮らしてほしかった。

 本当は強くならなくたってよかった。

 本当はずっと変わらないでいてほしかった。

 「……………………やめて」

 ……そう願うことは愚かなことであろうか?

 目の前でアイズが戦っている。人をやめて、自分の命など投げ棄て、ただ復讐の為に戦っていた。

 「……やめてよ……アイズくん」

 手足を失おうとも、半身を消し炭にされようとも、ただ目の前の敵を殺す為に暴れ続けるアイズを見てオルカは恐くて仕方がなかった。

 「これ以上、わたしの側からいなくならないでよ」

 このままがむしゃらに暴れても、肉体を焔と化したヴァリーを殺すことはできないであろう。

 そして、アイズの不死身も完全ではない。もし即死であれば再生することはできないのだ。

 「自分を傷つけないで」

 このままアイズが暴れ続けた先に待っているのは――死、だ。

 「そんなの嫌だ」

 そんな未来は認められなかった。

 まったくもって遺憾であった。

 だから、オルカは――……。

 「嫌だよ、アイズくん」

 ……アイズを止めなければならなかった。



 「 コ ロ ス 」

 「アアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!」

 アイズが飛び出した。

 ヴァリーも飛び出した。

 アイズが全ての腕を一挙に繰り出した。

 ヴァリーが焔の大剣を片手に直進した。

 アイズの繰り出した腕全てがヴァリーをすり抜けた。

 ヴァリーがアイズの間合いを侵略した。

 ……両者の距離――一メートル。

 「こ」 「れ」    「で」

 ヴァリーが焔の大剣を振り上げ、そして――

 「お」

 ――アイズの脳天目掛けて降り下ろした。

 「わりィィィィィィィィィッッッ!」

 アイズはかわさない……というよりも攻めることに集中し過ぎて反応できなかった。

 焔の大剣は止まらない。

 アイズはかわせない。

 「あ」 「 死 」 「ぬ?」

 「死なないよ」

 ……しかし、アイズは死ななかった。

 「わたしが守るから……!」


 ――突如現れた巨大な氷塊が焔の大剣を遮ったからだ。


 そして、焔の大剣が巨大な氷塊と衝突した瞬間――周囲一帯へ水蒸気が爆散した。

 「……っ!」

 巨大な氷塊が焔の大剣の高熱によって、一瞬にして昇華……水蒸気になってしまったのだ。

 氷塊が水蒸気となり体積が膨張したことにより押し出された空気の勢いは凄まじく、ヴァリーとアイズは吹き飛ばされてしまった。

 「〝霧〟」

 更に周囲一帯に濃霧が押し寄せ、視界は真っ白になった。

 「クソッ、見えねェよ!」

 「あー、あー、あー」

 アイズもヴァリーも互いに敵の位置がわからなくなってしまったのだ。

 「殺さないと」 「鼻」 「ヴァリー」 「犬みたいな」 「コルぉス」 「欲しい」

 アイズは霧の中のヴァリーを索敵する為に、鋭敏な嗅覚を備えた鼻を錬成しようとした。


 「もういいんだよ」


 ……そして、アイズに近づく人影が一つ。

 「一ヶ月振りだね」

 ……霧漂う戦場。

 ……向かい合う怪物と少女。

 「アイズくん」

 ……怪物とその幼馴染みが邂逅した。

 「…… オ  ルカ ?」

 オルカ=クロスハートがそこにいた。

 一ヶ月振りに見た幼馴染みの姿は何処か悲しげで、その碧眼には強い決意が認められた。

 「もう戦わないで」

 オルカがアイズの下へ静かに歩み寄る。

 「もう自分を傷つけないで」

 オルカの小さな掌がアイズの頬に触れた。

 「わたし達の家に帰ろうよ」

 「 だ め だ 」

 静止していたアイズの背中の腕が静かに動き出した。

 「殺さないと」 「もっと」 「ヴァリー」 「もっともっともっともっともっと」 「あ」 「 も っ と 」 「弱い の は嫌だ」 「戦わないと」 「強く、なりたい」

 「……アイズ……くん」

 オルカの言葉はアイズに届いていなかった。

 アイズの頭の中は既にヴァリーを殺すことしか無かった。

 「バケモノミタイニ」 「カグラ」 「おっ」 「ミロさん」 「ごめん」 「あーあーあー」 「俺が」 「俺俺俺オレ俺俺俺俺 オ レ ガ 」 「守るから」 「オルカ」 「を」

 「やめて」

 「オルカ」 「オルカ」 「オルカ」 「そぉこ」 「ヴァリー、殺す」 「邪魔 だから」 「ヴァリー」 「殺す」 「コロ――……


 「もうやめてッッッ……!」


 ……オルカがアイズを抱き締めた。

 「オ」 「ルカ?」

 突然の抱擁にアイズが言葉を失った。

 「わたしの話を聞いて……!」

 「じゃ」    「 ま 」


 ――アイズの腕の一つがオルカの土手っ腹を貫いた。


 「 な ん だ よ 」

 「……えっ?」

 ……信じられなかった。

 アイズとオルカは幼馴染みで、姉弟で、家族だ。それなのにアイズはオルカを 殺 そ う と し た のだ。

 「かふっ……!」

 食道を逆流した血液がオルカの口から吐き出された。

 「 あ 」

 ……わざとではなかった。

 「俺が刺した」 「オルカ」 「俺が」 「俺が俺が俺が俺が俺が俺が」 「あ」 「俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が」

 ……ヴァリーを殺す邪魔をするオルカを振り払おうとしたのだ。しかし、今のアイズは怪物だ、そんな力加減はできなかった。

 「俺が俺が俺が俺が俺が俺が」 「オルカ」 「俺が俺が俺が」 「ごめん」 「俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が」




         「 殺した? 」




 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。


 「あああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!」

 ……アイズが高らかに咆哮した。

 「オルカ」 「ごめん」 「オルカオルカオルカオルカァ!」 「嫌だ!」 「オルカオルカオルカッ!」 「死なないで」 「オルカ オ ル カ オルカオルカ」

  ……アイズを中心に大声量の波紋が拡散した。

 ……オルカが死んだ? ――アイズが殺した?

 「そんなの嫌だ」

 ……オルカは生き残ったたった一人の家族だ。

 「救えない」

 ……奪われ、失い続けたアイズにとって唯一の希望だ。

 「許せないよ」

 ……生きる理由なのだ。


 「……大丈夫だよ、アイズくん」


 「――」

 目の前から聴こえるオルカの声にアイズが言葉を失った。

 「わたし、まだ死なないよ」

 ……オルカは生きていた。土手っ腹を貫かれてなお、意識を保っていた。しかし、力無い眼差しと滴り落ちる鮮血が少女の限界を物語っていた。

 「でも、たぶんそんなに長くないんだ」

 オルカが力無く微笑んだ。

 「だから聞き逃さないでちゃんと聞いてね」

 オルカの両手がアイズの歪な頬を優しく包んだ。


 「好きだよ」


 ……大きくも、高くもない声がアイズの鼓膜に響いた。

 「うん、ずっと前から」

 ……何度も考えた。

 オルカ=クロスハートにとってアイズ=シファーは何なのか。

 ……アイズ=シファーは幼馴染みだ。

 ……アイズ=シファーは弟分だ。

 ……アイズ=シファーは家族だ。

 どれも間違いではない。どれも当てはまる。しかし、あと一つ。あと一つだけ足りない。

 そ れ は 何 だ ?

 幼馴染みでも弟分でも家族でも無いアイズ=シファーが一つ。

 あと一つ、それは――……。

 「好き」


 ……アイズ=シファーはオルカの初恋だ。


 「何度だって言ってあげる」

 それは何度も思考し、何度も導き出された答えであった。

 「オルカ=クロスハートはアイズ=シファーを愛しています」

 「――」

 ……その声は深くアイズの心に突き刺さり、そして溶けていく。

 ……アイズの荒れ狂っていた心は鎮まり、思考が蘇る。

 ……そして、

 「……………………ごめん」


 ――涙が頬を流れた。


 「沢山、傷つけて」

 ……アイズの身体にひびが走った。

 「何度も心配させて」

 ……背中から生えた腕が崩れ落ちた。

 「悲しい思いをさせて」

 ……剥がれ落ちた体表の隙間からアイズの身体が僅かに覗かせた。

 「ごめんなさい」


 ――そして、アイズの怪物の部分が粉々に砕け散った。


 「オルカ、ごめんっ……!」

 アイズがオルカを静かに抱き締めた。

 「ごめんなさい! ごめんなさい……!」

 アイズは泣いた。まるで子供のように大粒の涙を溢して泣いた。

 「ごめん、オルカ……!」

 アイズは何度も何度もオルカに詫び続けた。涙が渇れ果てるほどに泣いて、声が渇れるまで叫んだ。

 「……ごめんなさい」

 許して欲しいなんて思ってはいなかった。アイズはオルカに謝りたかったから謝ったのだ。

 寧ろ、罪深い自分に報いるように望んで謝り続けた。

 ……そんなアイズに、

 「泣かないでよ、アイズくん」

 ……オルカは優しく包み込むように微笑んだ。

 「わたしはアイズくんから沢山のものを貰ったよ」

 徐々に、徐々にであるが心臓が静かになっていった。

 「アイズくんがいたからわたしは頑張れたんだよ」

 まるで砂時計のように、オルカの腹から真っ赤な鮮血が滴り落ちた。

 「アイズくんがいたからわたしは笑えたんだよ」

 オルカはもう自力で歩くことができなかった。

 「アイズくんがいたからわたしは一人じゃなかったんだよ」

 オルカはもう自力で立つことすら叶わなかった。

 「誰かを好きになることがこんなに幸せなことだなんて知らなかった」

 ……滴り落ちる、血。

 「心臓ってこんな速く鳴るなんて知らなかった」

 ……動かなくなる、心臓。

 「わたし、恋していたんだ」

 ……冷たくなる、手足。

 「全部、アイズくんが教えてくれたんだよ」

 ……幕引きは近い。

 「だから」

 ……ああ、終わる。

 「だからね」

 ……終わってしまう。

 ……オルカの命が壊れてしまう。

 「アイズくんに伝えたかったんだ」

 ……嫌だ。

 ……理不尽だ。

 ……救いが無い。


 「 ありがとう、アイズくん。

      幸せになってね……。 」


 ……どうして命は壊れてしまうのだろうか?

 「……………………オルカ?」

 「……」

 ……どうして人はこんなにも壊れやすいのだろうか?

 「……オルカ」

 「……」

 ……神様は残酷だ。

 「嫌だ」

 ……アイズから何もかも奪ってしまった。

 「死なないでくれよ」

 ……希望なんて何処にも見当たらない。

 「俺を一人にしないでくれよ」

 ……救いなど微塵も在りはしなかった。

 「……………………オルカ」

 ……希望、救済など在りはしなかった。目の前には在るのは絶望だけであった。アイズは神様にことごとく裏切られ続けた。

 「オル……カ」

 ……アイズは思った。

 「……………………」

 ……もう、神様はいらない。

 「…………」

 ……希望が無ければ希望を創造すればいい。

 ……救済が無ければ救済を創造すればいい。

 「……」

 ……そう、

 「――――――――あ」































 神 様 に


 な れ ば い い 。















 「ああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ……!」

 ……アイズとオルカを中心に、目映いほどの赤光が拡散した。



 ……霧が晴れ、ヴァリーの視界が開けた。

 「殺す」

 荒れ狂う業火が草原を焼き払う。

 「アイズ=シファー」

 赤眼が狂暴に光る。

 「焼き殺す……!」

 轟っ、大爆発が残った霧を吹き飛ばした。

 そして、開けた視界の先に二つの人影を認めた。

 一つは〝金色の十字架〟の制服を身に付けている少女であった。

 その少女はその身を地面に預け、胸を微かに上下させながら静かに眠っていた。不思議なことに少女の身に纏う制服に風穴が空いていたが、少女の身体には傷一つ見当たらなかった。

 そして、もう一つの人影。

 それは齢十六の少年であった。

 それは丈長のローブをなびかせていた。

 「み」

 ……それは――ヴァリーの友を殺した男であった。

 「ィ」         「けたァ」

      「つ」                 「♪」

 ヴァリーは狂笑し、特大の火炎弾を召喚した。

 「化け物……♪」

 そして、少年目掛けて、摂氏六〇〇〇度の熱の塊を撃ち放った。

 「――う」

 しかし、少年はその場から一歩も動き出さず、何かを呟いた。

 「……違う」

 少年はそう呟いた――そのとき。


 ――特大の火炎弾が炸裂した。


 その衝撃は凄まじく、周囲一帯に熱風を撒き散らせ、赤い衝撃波が霧を吹き飛ばした。

 「やった……♪」

 確かな手応えに、ヴァリーは子供のような無邪気な笑みを浮かべた。

 粉塵が舞い上がり、鉄が焼け焦げた臭いが周囲に漂った。

 「俺は化け物なんかじゃない」

 ……声は粉塵の舞い上がった方角から聴こえた。

 その聞き覚えのある声にヴァリーは笑みを消した。

 加えて、僅かに晴れた粉塵の隙間から度々覗かせる――聳え立つ鉄の壁。


 ――俺は化け物なんかじゃない


 ……巨大な鉄の壁が静かに倒壊した。


 ――復讐者でもない。


 ……土煙が舞い上がった。


 ――俺は……。


 ……横風に土煙が押し上げられる。

 ……土煙が晴れ、少年の姿が露になる。

 ……少年は静かに佇んでいた。

 「俺は――……」

 少年は俯いていた面を上げ、閉ざしていた瞼を開いた。

 「錬金術師」

 ――赤眼がヴァリーの面を映した。


 「 アイズ=シファーだ……! 」


 ……ヴァリーとアイズの視線が交差する。

 ……殺意と殺意がぶつかり合う。

 「殺す……♪」

 「やってみな」

 ……ヴァリーが狂笑し、アイズが不敵に笑った。



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