第十三話 『 暴走 』
……大爆発によって粉塵が舞い上がる。
その粉塵は濃く、中の様子を窺うことができなかった。
「……殺った……かな?」
思っていたよりも呆気なく終わった戦いに、ヴァリーは首を傾げた。
「 コ ロ し て ヤ ル 」
……粉塵の中から声が聴こえた――次の瞬間。
「…
…おっ?」
――ヴァリーが真っ二つに引き裂かれた。
しかし、常時焔化をしているヴァリーは意図も容易く再生した。
「コロス」 「お」 「バラバラにしテ」 「カ、グラ」 「骨をオッテ」 「あっ」 「壊してヤル」 「全部ゼンブぜん――ぶ」 「ミロ、さん」 「あ」 「殺す」 「みん な」 「ぐちゃ グチャに」 「ごめんなさい」 「脳みそをかき混ぜ、て」 「父さん」 「ひはっ」 「ジュッセキジュッセキジュッセキ」
……何かが来る。ヴァリーの豊富な戦闘経験がそう直感した。
「イカルゴ、伏せろ!」
ヴァリーがイカルゴに向かって叫んだ。
「を」
イカルゴはヴァリーの命令に倣い、身を屈ませた。
…… 次 の 瞬 間 。
「 真 っ 二 つ 」
――ヴァリーとシファー邸が横一閃、真っ二つに引き裂かれた。
「……なん……だと」
頭上に斬激がすり抜け、肝を冷やしたイカルゴが驚愕した。
「面白れェ……♪」
一方、ヴァリーは更に続くであろう殺し合いに胸を躍らせた。
そして、一刀両断されたシファー邸は軋み――倒壊した。
粉塵が舞い上がり、シファー邸を覆っていた毒霧を吹き飛ばした。
揺らめく粉塵の中、人影が二つ。
一つは〝紅玉〟のヴァリー=レッドストン。
もう一つは〝紫玉〟のイカルゴ=パープル。
……そして、人ならざる影が一つ。
粉塵が晴れ、景色が清明になり、三つの影が露になる。
ヴァリーが一度解いた焔化を再発動し、イカルゴが紫煙を身に纏っていた。
「ごめんなさい」 「俺のせいだ」 「ジュッセキ」 「ひははっ」 「殺してやる」 「あっ」 「許して」 「ひはっ」
……化け物がそこにいた。
肉体のほとんどが白く硬質な皮膚に覆われ、背中には巨大な翼を生やし、鋭い爪と牙を備え、尾は長くまるで刃のように鋭利であった。
そして、深紅の隻眼が妖しげに光る。
ヒトでも獣でも無い、新たなる種。まさに――化け物であった。
「……なるほど」
イカルゴが化け物を目の前にして興味深げに頷いた。
「我が王、グラン=ディオンは錬金術師として〝金喰〟という怪物を創造した」
しかし、とイカルゴは言葉を付け足した。
「アイズ=シファーは錬金術を以て自らを怪物に創り変えた」
イカルゴは吟うように誰に言うでもなく語った。
「はてさて、怪物を創る者と怪物に成る者、どちらがこの世界の王に相応しいのかな?」
愉しげに笑うイカルゴと化け物となったアイズの視線が交差する。
「見ィ」
「つ」
「ケ」
先程まで距離を取っていた筈のアイズが――
「た」
――イカルゴの目の前にいた。
「――っ!」
鋭利な爪がイカルゴの首を切り裂かんと繰り出された。
「甘いね」
しかし、イカルゴは身を屈ませてアイズの攻撃を回避した。
「雨ノ型」
イカルゴの一秒はそれだけでは終わらない。
「〝鎌鼬〟」
――アイズの右腕が高密度の溶解液の斬激に切断された。
「溶かすと切る、その二つを同時に受けた味はどうかね?」
右腕を失ったアイズであるが、痛みに呻くことも、怒りに奮えることもせず、ただ静かに右腕の切断面を見つめ――
「やはり化け物、か」
――再生させた。
「……万物を創造する錬金術師ならば己の右腕を創造することも容易いであろう――しかし、それは〝賢者の眼〟があれば、だ」
どれだけ万物を創造する技術があろうと、設計図が無ければ創造はできない。
そして、その設計図こそが〝賢者の眼〟である。
〝賢者の眼〟はその眼に写すもの凡ての分子構造・構成原子を把握する錬金術師にのみ所有を許された奇跡の産物である。
定義上、錬金術師は人ではない。ヒトが持たざる〝賢者の石〟という臓器をその身に宿し、ヒトが成せない錬金術と呼ばれる力を操る――新種である。
しかし、元がヒトだったアイズは最初から完全な錬金術師にはなれない。
何度も錬金術を行使し、又何度も死線を潜るこてによって初めてヒトから錬金術となれたのだ。
そもそも、完全な錬金術師とは何者であろうか?
錬金術師は万物を創造する種であり、その力はヒトにとって、喋る・歩くと同じ扱いである。
……鳥なら空を飛ぶ。
……魚なら水中を泳ぐ。
……錬金術師なら――万物を錬成する。
どれも均しく、己の能力の範疇で行動している……病や怪我を除けば、能力の範疇でできないことは無いのだ。
故に、錬金術師に〝賢者の眼〟が備わっていることは当然のことと言えよう。
万物を創造することができる錬金術師が万物を創造することができないなどあってはならないことであるからだ。
ヒトの〝歩く〟と錬金術師の〝創造する〟は均しく、ヒトにとっての〝下肢の筋肉に歩く為の電機信号を送る〟と錬金術師の〝賢者の眼〟も又同じように均しいものである。
……故に、その覚醒は必然であった。
「腕が足りない」 「もっと」 「ジュッセキ」 「殺す」 「ひはっ」 「もっともっともっともっともっと」 「内臓ぶちまけて」 「腕が欲しい」 「ひはっ」 「腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が腕が――……」
アイズは踞り、頭を地面に叩き付けた。何度も、地面が抉れるほどに何度も、何度も何度も何度も何度も、頭を地面に叩き付けた。
「 八本 ほし
ぐらァい いィ 」
……アイズがそう呟いた瞬間――背中から白く筋肉質な腕が生えてきた。
「……なん……だと」
その本数――八本。アイズが望んだ数だけ腕が生えてきたのだ。
目の前で起こる異様な光景にイカルゴが息を呑んだ。
「――」
アイズとイカルゴの視線が交差する。そして――アイズが嗤った。
「ふむ」
アイズはその強靭な脚力で、イカルゴの間合いを一瞬で制圧した。
「やはり速いね」
しかし、それよりも速くイカルゴがアイズの右腕を強酸の斬激で切断した。
「腕が腕が腕が」 「痛い」 「八本」 「イタイ」 「あっ」 「痛い痛い痛いイタイ痛い」
アイズは仕返しと言わんばかりに背中に生える八本の腕を繰り出す。
「イタぁイよォォォォォォォォォォォォッ!」
一本目と二本目、イカルゴは身を屈ませて回避した。
三本目、横から凪ぎ払われた腕が直撃した――ように見えたがイカルゴはガードをして、更に受け身を取っていた。
「危ないねェ」
四本目と五本目と六本目、イカルゴを押し潰さんと一挙に押し寄せた……が、イカルゴは既に跳躍して回避していた。
「でも、それじゃあ」
空中で身動きの取れないイカルゴに残り二本の腕が迫る。
「私には届かないよ」
――七本目と八本目は強酸の斬激に切り刻まれた。
「……最強の金論術師集団」
老体とは思えない軽やかさでイカルゴは着地した。
「悪いけど〝十石〟ってそういう称号なんだよねェ」
「きュ――ウ」
――アイズの刃のように鋭利な尾がイカルゴに襲い掛かった。
「うん」
刃の尾とイカルゴの間に、灼熱の大剣を肩に担いだヴァリーが滑り込んだ。
「知っていた……♪」
ヴァリーの一振りで刃の尾は一刀両断された。
「有り難う御座います、レッド――……」
……ガシッ、何かがイカルゴの足首を掴んだ。
「……何?」
イカルゴが恐る恐る自身の足下へと視線を下げた。
「じィ――う」
アイズが愉しげに嗤った。
……白く筋肉質な腕が地面から飛び出し、イカルゴの足首を掴んでいた。
「やられたね」
そう、イカルゴが八本の腕と奮戦していた隙にアイズは新たな〝九本目〟を錬成していたのだ。
そして、その〝九本目〟は地中を這い、イカルゴの足下まで掘り進めたのだ。
「ジュッセキジュッセキジュッセキ」 「みなミナみナみなみナミナなみなみナ」 「ひはっ」 「愉しィ」 「脚を折るとか」
――バギィィィッ……!
「どォで
すか ?」
イカルゴの片足首はアイズの〝九本目〟に捩られ、容赦なくその骨を折られた。
「――ッッッ!」
激痛にイカルゴが絶句し、眉根を寄せた。
それだけではない。アイズの〝九本目〟はイカルゴの足首を握ったまま高く高く持ち上げられ――
「イカルゴッ……!」
ヴァリーが吼え、アイズの〝九本目〟を切断せんと飛び出した。
……しかし、それよりも速く。
――〝九本目〟を地面に叩き付けた。
馬鹿力で叩き付けた〝九本目〟は地面を抉り、砂埃を巻き起こした。
しかし、余りの手応えの無さにアイズはふと〝九本目〟を見つめた。
「あ」 「れ?」
……〝九本目〟の手首から上が切断されていた。
「危ないねェ、本当に」
……声は砂埃の外から聴こえた。
「後少し酸の剣で切るのが遅ければ死んでいたよ」
イカルゴが砂埃の隣で膝を着いていた。
いつも通りの穏やかな笑みを浮かべているイカルゴであるが、その頬に流れる汗が彼の苦痛を報せた。
足首を折られ、捩られた痛みは相当なものであり、歴戦の金論術師であるイカルゴであってもそれは等しいものであった。
「……もう動けないな」
イカルゴが自身の足首を見て、冷静に判断を下した。
「もっと」 「バケモノ み たいに」 「う」 「で」 「ヲ」 「もっともっともっと」 「――ロク」 「腕」 「ジぅロク」 「イッパイ」 「欲しい」 「もっと」
……そんなイカルゴにもアイズは容赦をする気は無い。
最早、アイズの思考はイカルゴとヴァリーを殺すことしか考えられなかった。
「 16 」
……次の瞬間、アイズの背中から更に白く筋肉質な腕が六本生えてきた。
「殺す」 「ぐちゃ ぐちゃに」 「バラバラに」 「腸を引き裂いて」 「イカルゴ」 「コロス」
計十六本となったアイズの腕がイカルゴに向けられた。
「やれやれ」
「 死ん で 」
――計十六本の腕が、イカルゴ目掛けて一挙に押し寄せた。
「潮時かね」
迫り来る十六の腕を前にしても、〝紫玉〟のイカルゴ=パープルは悠然と笑っていた。
「勝手に諦めるなって♪」
灼熱の大剣を肩に担いだヴァリーがアイズとイカルゴの間に割り込んだ。
「 邪魔、なンだ よ 」
「てめェがな♪」
十六の腕と灼熱の大剣が衝突する。
――アイズの腕が三本、一刀両断された。
「 あっ? 」
ヴァリーが召喚した灼熱の大剣は三〇〇〇℃を超える熱を纏い、その熱で全てを焼き切る最高の刃であった。
「悪いね♪」
……更に四本、アイズの腕が裁断された。
「オレは〝第五石〟、 お前がやっとのことで追い詰めたイカルゴより強いんだよ」
……全ての腕が切り落とされた。
「かぜ風カゼカゼカゼ風風かぜかぜ風風風風 風 カゼカゼ」
アイズの呻き声にヴァリーは不審げにアイズの方を見た。そして、そこにあったのは――……
……巨大な 肺 。
自身の背丈よりも膨張した肺がヴァリーの目の前にあった。
「……何だ……これ?」
「風風風風 風 カゼカゼカゼ、かぜ、かぜ風風、カゼカゼカゼカゼ」
戸惑うヴァリーを無視して、依然としてアイズの肺は膨張し続けた。
膨張膨張膨張膨張膨張膨張膨張膨張膨張膨張膨張膨張膨張――停止。
『……』
……静寂は一瞬。そして――
――轟ッッッ、突風が吹き抜けた。
『……ッッッ!』
……草が舞い、
……砂利が舞い、
……瓦礫をも吹き飛ばした。
「レッドストン様……!」
突然の暴風に、イカルゴはかろうじて転倒に堪え、焔化のせいで質量を失ったヴァリーは為す術もなく吹き飛ばされた。
アイズは自身の肺を巨大かつ強靭に創り変え、その肺に溜まった空気を一挙に吐き出し、突風を起こしたのだ。
突風はすぐに止み、辺りには静寂が訪れた。
「あっ」 「死ね」 「あっあっ」 「ひはっ」 「殺す」 「あー」 「殺す」 「コロス」 「あーーー」 「コロスコロスコロス殺すコロス」
気づけばアイズの肺は元に戻っており、切断された背中から生える腕も再生していた。
「私を殺したいかね」
イカルゴが見慣れた笑みを崩さず、静かに訊ねた。
「 殺 す 」
アイズがイカルゴの問いに答えるかのように、圧倒的な初速で飛び掛かった。
「申し訳御座いません、我が主、グラン=ディオン」
一方、イカルゴは強酸の剣を手に、迫り来るアイズを迎え撃った。
「どうやら私はここまでのようです」
……アイズが両手の強靭な爪と、背中から伸びる十六の腕を繰り出した。
……イカルゴが強酸の剣を振りかぶった。
「ただ一つ後悔があるとするならば」
……そして、両雄が激突した。
「貴方の統べる世界をこの目で見届けることができなかったことです」
イカルゴの横腹は深く抉られ、そこから噴水の如く大量の血液が吹き出した。
一方、アイズは身体を斜め一閃され、地に落ちた。
「さようなら、どうか人類に救いがあることを祈るよ」
イカルゴはそれだけ言い残して……静かに地に落ちた。
「 おっ 」
……しかしアイズはこの程度では死ななかった。
「お」 「オ」 「お」 「オ」
「おっ」 「お」 「Oッ」 「お」
……死ぬ筈が無かった。
アイズの身体は数秒と経たずして再生したのだ。
「おおォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ……!」
これが錬金術師。
これがアイズ=シファーであった。
「……イカルゴ、死んだのか?」
戦場に戻ってきたヴァリーがイカルゴの亡骸を前に呆然と立ち尽くしていた。
「……死んだ?」
その事実がヴァリーにはどうしても信じられなかった。
「イカルゴがもう動かない……一生?」
……チリッ、微かに空気が焼ける音が聴こえた。
「……………………嫌だ」
ヴァリー=レッドストンは〝十石〟随一の戦闘狂だ。
まるで蟻を潰す子供のように無邪気に殺戮をするような狂人だ。
「嫌だァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!」
……ヴァリーが吼える。そして、その叫びに呼応するように周囲一帯に猛火が駆け抜けた。
ヴァリーは戦闘狂で殺戮者だ。しかし、同時に〝十石〟で最も仲間想いな男であった。
頭を抱え、膝を着き、涙を流すヴァリーの姿はまるで子供のそれであった。
「殺す」
荒れ狂う火の海の中、ヴァリーがアイズを睨み付けた。
「焼き殺す」
ヴァリーが最高温度六〇〇〇℃の灼熱をアイズに撃ち放った。
「アイズシファァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
「みなゴロ ♪ しだ」
アイズが十六本の腕を繰り出し、迎え撃った。
……そして、二人の戦いを遠くから見つめる者が一人。
「……あれがアイズくんなの?」
……オルカ=クロスハートが怪物同士の戦いに息を呑んだ。




