第十一話 『 衝突 』
「久し振りだな」
……北プラフでの激戦より三週間が経った夕暮れ。
「俺の家」
アイズとカグラはシファー邸の門前に立っていた。
ここまでたどり着くのに三週間は経った、と言えどほとんどはリリネット邸で傷を癒し、移動に掛かった時間はたったの二日であった。
「……」
アイズはふと雑草の生い茂った庭園を眺めた。
――そこには幼い頃のアイズとオルカが駆け回っていた。
……否、それはアイズが見た幻覚であった。十年間、その剰りに長い時間にアイズは目頭を熱くした。
(……懐かしいな、本当に)
……あれから大切なものをどれだけ失ったのだろう。
……あれからアイズはどれだけ変わってしまったのだろう。
……もう戻れない。
……もうあの頃には戻れない。
「行かないのか、アイズ」
門前で立ち止まるアイズにカグラが声を掛けた。
「行くよ、何の為にここまで来たと思っているんだ」
アイズは即答して、ドアノブを強く握り、そして――回した。
「……」
鈍い、金属が擦れるような音を発しながら扉が開いた。
アイズとカグラの目の前には埃と蜘蛛の巣だらけの玄関とリビングが広がっていた。
「……」
アイズは無言で埃の積もった白い廊下を歩く。
真っ直ぐ、脇目も振らずに父――バルトルト=シファーの書斎を目指して前進した。
途中、何度も幼い頃の思い出が亡霊のようにまとわりついてきたが、それを振り払うようにアイズは早足で歩を進めた。
「ここがお前の親父の書斎か」
ある部屋の扉の前で立ち止まるアイズにカグラが横から話し掛けた。
「ああ」、とアイズは短く返事をして、埃を被ったドアノブを握った。
「ただいま」
そして――……。
「父さん」
……静かに扉が開かれる。
……〝暗黒大陸〟――の何処かの平原。
「待っていてね、すぐに行くから」
……オルカ=クロスハートは毛並み豊かな兵馬に跨がり、〝暗黒大陸〟を駆け抜けた。
「アイズくん……!」
毛並み豊かな兵馬が加速する。
……………………。
…………。
……。
遡ること五日前、それはオルカが長期休暇を機に、クロスハート邸に帰省したときのことである。
……玄関を潜ったオルカは唖然とした。何故なら――……。
「……アイズくん……いないじゃん」
……そう、オルカの幼馴染みであるアイズ=シファーがいなかったのだ。
「郵便ポストにわたしが送った手紙も溜まっていたからおかしいと思っていたけど」
オルカが大量の未開封の便箋を片手に唸った。
「畑の雑草も伸ばしぱなっしだし、部屋も埃っぽいし、全然連絡取ってくれないし、手紙返してくれないし何なのよぉ……!」
……オルカは手紙を総無視されたことを未だに腹を立てているようであった。
「……手紙……沢山書いたのに(ぶつぶつ)」
……まだ気にしていた。
「(ぶつぶつ)」
……まだまだ気にしていた。
「zzzz……zz……………………。」
……そして、寝ていた。過酷な訓練に加え、汽車と徒歩による帰省によってオルカは既に疲れきっていたからだ。
それからやがて陽が沈み、空は暗くなり、星が瞬き、テルー第一農村区に夜が訪れた。
「アイズくん、帰ってこないじゃん……!」
ふて寝から目を覚ましても帰ってこないアイズに、オルカが文句を垂れた。
「……わたしに黙ってどっか行っちゃうなんて、無茶してなきゃいいんだけど」
アイズの身の安否が心配で、オルカは怒るどころでは無かった。
(……それにお母さんとお父さんの葬式以来……アイズくん、何かピリピリしていたなぁ)
両親の葬式から、オルカの目から見てアイズには二種類の顔があった。
一人のときは険しそうに眉間に皺を寄せていた。
一方、オルカが話し掛けるといつもより明るい笑顔を見せていた。
きっとオルカに気を遣わせないよう装っていたのだろう……が、十年以上の付き合いのあったオルカの目は誤魔化せなかった。
(……わたしに黙って何かをしようとしている、たぶん結構危険なこと)
あの日以来、どこか不安定で壊れそうな背中は何を企んでいたのか。それを確かめることができないまま訓練が始まってしまい、今日の今日まで先延ばしにしていた。
「だとしたら一体どこで何をしているんだろ?」
オルカは今まで交わしたアイズとの会話を思い返した。しかし、それらしきことは思い当たらず、頭を抱えて溜め息を吐いた。
机上で物事を考えてもすぐに行き詰まってしまう為、ひとまず荷物を自分の部屋に片付けることにした……帰省してすぐに居間で寝てしまい、そのまま玄関に荷物を置いていたのだ。
「明日になったらジニーおじさんにでも話を聞いてみよ」
アイズ捜索は明日に持ち越すことになった。
……そして、翌朝。
オルカは朝一にジニーおじさんと呼ばれる農夫の下へと足を運んだ。
「……えっ! アイズくん、もう一ヶ月も帰ってないのっ!」
ジニーから告げられた事実にオルカが驚嘆の声を溢した。
「そうだよ、あのアホ垂れはうちの馬を借りていったままとんずらさ」
ジニーは苛立たしげに文句を垂れた……借りた馬を返さないことは泥棒も同然の行為だからだ。
「……何やってんのさ、アイズくん」
……オルカは幼馴染みとして恥ずかしい限りであった。
「そういえば、アイズくん。オルカちゃんに手紙を預けていたわよ」
ジニーの妻、ユナが一枚の手紙を手に、オルカとジニーの間に割り込んできた。
「……えっ、手紙! ちょっと見せてもらってもいいですか!」
オルカは凄い食い付きでアイズからの手紙を受け取った。
「……」
無言で手紙を凝視するオルカ。その手紙には以下の文章が記されていた。
おかえり、訓練お疲れ様。
今、お前がこの手紙を読んでいるということは俺が死んでいるか、もしくは旅の途中に何らかの事故に遭って帰りが遅くなった場合だろう。
単刀直入に言うと、俺は今、親父の書斎で調べたいことがあって実家に帰っている。
危険な旅で、最悪死んで帰ってこれないかもしれないからそのときは、俺の死体を回収して、解剖して赤い石を取り出してほしい。ついでに親父の書斎にあるかもしれない赤い石に関する資料も回収してくれると助かる、頼んだ。
アイズより
「……」
手紙を読み終わったオルカは静かに手紙を畳み、ジニーとユナに頭を下げた。
「すみません、色々ありがとうこざいました」
オルカは手紙をポケットに仕舞った。
「やるべきことをします、なので失礼します」
それだけ言ってオルカはジニーとユナに背を向けて、歩みだした。
「……」
そして、
「……………………アイズくんのばか、何で一言も言ってくれないのさ」
……そう小さく呟いた。
それから、宿舎から自分の馬を無断で持ち出し(規則違反)、旅支度をして、オルカは旅立った。
アイズ=シファーを死なせない為に、
一言も無く家を飛び出し馬鹿者に一言言ってやる為に、
「お願いだから死なないでね」
オルカ=クロスハートは未開拓の大地――〝暗黒大陸〟を駆け抜けた。
「アイズくん……!」
……少女はそう強く願った。
――【錬金術】
……埃を被った書誌に刻まれた、癖の無い筆跡の冒頭にはそう記されていた。
何度も目にしたアイズにはその筆跡が父、バルトルト=シファーのものであることがわかった。
そして、その文には続きがあった。
地上の陽子・電子・中性子に干渉し、又自ら其れらを生み出す力。其れに加え、地上のあらゆる物質の状態(気体・液体・固体)に干渉することも可能とする力。
「……錬金術、か」
唐突に突き付けられた真実にもアイズは至って平静であった。
アイズの〝消滅の右手〟は錬金術である……否、正確には錬金術の持つ能力の片割れであった。
錬金術は大別すると、二つの能力に分類される。
一つは〝消滅〟――現存する陽子・電子・中性子を減らす力。
例えるならば、
水素(1H)→陽子・電子・中性子を各々一つずつ消滅させる→完全消滅
これがアイズの〝消滅の右手〟の正体である。アイズの「消えろ」という意志が、無意識の内にこれらの仕事を行っていたのだ。
それに加え、
鉛(82Pb)→陽子・電子・中性子を各々三つずつ消滅させる→金(79Au)
……など、別の物質に変換することも可能とするのだ。
そして、もう一つは〝創造〟――陽子・電子・中性子を新たに生み出す力。
例えるならば、
無→陽子・電子・中性子を各々一つずつ創造する→水素(1H)
これが錬金術の真の形である。無から有を生み出す、まさに神にも似た能力である。
アイズは興味深げに頷き、続く頁を開いた。
錬金術師は限り無く稀な存在である。その理由は錬金術の伝承方法にあるものと推測される。
錬金術の伝承方法は一つ、賢者の石を食し、体内に取り込むことにある。
しかし、問題とするは、その賢者の石の稀少さにある。
……アイズは頁の端に【賢者の石】の記された頁を開いた。
賢者の石は世界でも発見例が極めて少なく、文献に名を残した錬金術師はほんの数名であった。
……そして、この人物らの生きていた時代が重なったことはたったの一度しかなかった。この事例より、賢者の石が世界に二つ以上存在していることが推測されていた。
加えて、賢者の石の形状が、楕円形が二分割された形になっており、最初楕円形であった賢者の石が何らかの衝撃によって二つに分断されたものあることであることが推測でき、結果、賢者の石は世界に二つあることが推測される。
……文献はそこで終わっていた。
「……これで終わりか」
アイズが錬金術に関する文献を机と埃を被った便箋を綺麗に整頓した。
「父さん、ありがとう」
アイズは便箋に優しげに微笑んだ。
埃を被った古びた便箋、それにはこう書かれていた。
――アイズへ 父より
丸みの無い無骨な父親の字、それは幼い頃に何度も目にしたものであり、無愛想ながらも優しかった。
アイズに宛てられた亡き父からの手紙は短く、口下手なバルトルトらしくあった。
アイズは淋しさに尾を引かれながらも、それらを振り払うように父親からの手紙から背を向けた。
――いつも一緒に遊んでやれなくて悪かったな、アイズ。
「もう行くのか?」
「ああ」
他に何か資料が見つからないかと、書斎を探っていたカグラの確認に、アイズは清々しく微笑んだ。
――本当はもっと遊んでやりたかったけど、まさか、こんなにも早く死んでしまうなんて思わなかったんだ、それが私の一つ目の後悔だ。
「やるべきことができたんだ」
……手紙越しの父との再開、その再開は短く、そして――十年前と変わらず無愛想なものであった。
――そして、もう一つの後悔。それは、片割れの錬金術師――グラン=ディオン、奴の野望を打ち砕けなかったこと、それが心残りであった。
「ちょっとばかし遅れたが親孝行させてくれよ、父さん」
その足取りは軽く、そして、堂々としていた。
――どうか、奴の野望――〝金色の夜明け計画〟を終わらせてほしい。
続く〝金色の夜明け計画〟に関する文献はこう記されていた……。
……世界に白鳩を放ち、世界を浄化し、
……故郷を失い、一ヶ所に集まった罪人を駆逐し、
……生き残った聖人を基盤に不死たる我が世界の調律を行うものとする。
この文献にはバルトルトの補足が添えられており、白鳩(〝金喰〟)、罪人(人類)、聖人(心優しい人々)、不死たる我(グラン=ディオン)、調律(人口管理)と各々記されていた。
つまり、〝金色の夜明け計画〟とは〝金喰〟によって世界の文明を一度崩壊させ、唯一安全なセントラル王国に人類を集めさせ、その人類の中でも心優しい人々以外を殺戮し、少なくなった人類を殺戮によって調整し、ヒトという種を永遠のものとする計画である。
今、計画は人類を一ヶ所(セントラル王国)に集めるところまで来ている。つまり、次は――人類の殲滅が始まる。
一瞬、オルカや村の人々の姿が頭の隅を過る。グラン=ディオンを放っておけばそんな人々が皆、死んでしまう。
(……そんなことは絶対にさせない)
例え、それが人類にとっての救いになっていても、今を生きる人々を殺していい筈が無い。
もしかすると間違っているのはアイズの方で、グラン=ディオンは人類にとっての救世主となり得るのかもしれない。
それでも、アイズは今を守りたいと願った。例え、悪魔になろうとも、甘ったれと罵られようとも、それは決して揺らぐことの無い信念であった。
「それにしても、だ」
アイズはどこまでも不器用な父親に溜め息を吐いた。
「十年振りの再開だってのにもっと気の利いたこと書けなかったのかよ、父さん」
悪態を吐くアイズであるが、その横顔はどこか楽しげで、互いに不器用であるせいで上手く伝えられないながらも、そこには確かに親子の絆が存在していた。
「これからどうするんだ?」
「そうだな――」
――王都に戻ろう、アイズがそう答えようとしたそのときだ。
――世界が紫色に染まった。
「……………………えっ?」
戸惑い、硬直するアイズと眉間に皺を寄せるカグラ。
それはシファー邸に絡み付くように蠢き、鼻に突き刺さるような刺激臭を放っていた。
それは夜の闇でも、謎の生命体でも無かった。その正体は――……。
「ガスか……!」
今、シファー邸は広く、何よりも濃密なガスに包囲されていた。
「……一体、何が起こっているんだ」
「……」
戸惑うアイズと沈黙するカグラ。
「……随分と荒っぽい再会だな」
カグラが蠢くガスに向かって吐き捨てた。
カグラは知っていた。この毒霧とこの毒霧の主を……。
……何故?
「イカルゴ=パープルッッッ!」
家 族 を 殺 さ れ た か ら だ 。
「おやおや、これは懐かしい」
……そして、それは姿を見せた。
「私はイカルゴ=パープルという者だよ」
アメジストの指輪を妖しげに光らせ、穏やかに微笑む老紳士が毒霧から姿を見せたのだ。
……この老人はただ者ではない。そう悟ったアイズとカグラは警戒を強めた。
「ほうほう」
突然の来訪者に警戒するアイズを愉しげに眺め、アイズはそんなイカルゴを睨み付けた。
「おっさん、ここ俺んちだけど土足で入っていくるなんてどういう用件だ」
「それは申し訳ない、私は探し物にあって来たんだが、そう――……」
イカルゴは人差し指を立て、はっきりとそれを口にした。
「〝賢者の石〟」
『……っ!』
イカルゴの発言にアイズとカグラが息を呑んだ。
「血のように紅く、宝石のように澄んでいる、そんな石を探しに来たのだよ」
イカルゴの微笑みとは裏腹に、老人の殺意が二人に深く突き刺さった。
「……おやおや、そこの少年」
イカルゴがアイズの顔を、興味深げに覗いた。
「よく見てみると似ているね」
「……?」
……何に? と疑問に思うアイズにイカルゴはすぐにその答えを打ち明けた。
「十年前、私の産み出した不治の殺人ウイルスで死に追いやった――医者の錬金術師に君はとても似ている」
「……医者の……錬金術師?」
イカルゴの言葉にアイズの中の歯車が――今、重なった。
…… 十年前 、バルトルト=シファーは原因不明の 病 によって命を落とした。
……バルトルト=シファーは 医者 であり、 錬金術師 でもあった。
……そして、イカルゴ=パープルはアイズとその錬金術師が 似ている と言った。
「見てみるかい、彼の肖像画……だいぶ古いものだけど」
イカルゴは懐から色褪せたチラシをアイズに突き出す――それが、留目であった。
「――」
……アイズは言葉を失った。
当然のことであろう。何せ、肖像画の人物はアイズのよく知る人物であったからだ。
アイズとバルトルトは他人から見れば、互いに愛想の無い冷めた親子に見えるだろう。
しかし、例え、一般的な親子の形と違っていようとも、アイズとバルトルトの間には確かにあったのだ。
――親子の絆というものが……。
「あんた、〝賢者の石〟が欲しいのか?」
「ああ、その為にわざわざここまで足を運んだのだよ」
俯くアイズの問いに、イカルゴが不敵な笑みを浮かべながら頷いた。
「くれてやるよ――ただし」
……アイズが頭を上げる。
……その右眼が紅く染まる。
「俺を殺せればな」
……右手が目映いほどに紅く発光した。
「……ふむ、右手はなかなか……〝眼〟の方は発展率、五割といったところかな」
イカルゴは興味深げにアイズの姿を見定め、静かに頷いた。
「イカルゴ=パープル、あんたは俺の右手で殺してやる……!」
「できるかね?」
アイズの猛々しい殺意とイカルゴの静かな殺意がぶつかり合った。
「そいつは俺の獲物だ、アイズ」
しかし、両者の間に割り込んだのはカグラであった。
戦いたがりのカグラが目の前の強敵をみすみす見逃す筈が無かった。
「……あの頃、逃げ惑うだけで精一杯だった君に私が狩れると?」
「試してみるか、イカルゴ=パープル」
アイズとカグラとイカルゴ、三人の殺意はぶつかり、そして絡み合い、今にも戦いが始まりかねない、まさに一触即発であった。
……そんなときだ。
「活きのいい獲物が二匹……♪」
――アイズとカグラとイカルゴ、三人の中心に赤髪の男が立っていた。
「みぃーつけた……♪」
「遅刻ですよ、レッドストン様」
イカルゴの同志なのかイカルゴとヴァリーは親しげであった。
……そして、役者が揃った。
四つの視線と殺意は絡み合い、その緊張は静寂を生み出した。
しかし、すぐに静止した時間が動き出す。
アイズは右手を紅く発光させ、
カグラは抜刀の構えをして、
イカルゴはアメジストの指輪を煌めかせ、
レッドストンはルビーのイヤリングを揺らした。
「第七石――〝紫玉〟のイカルゴ=パープル」
「金喰狩りのカグラ」
「第五石――〝紅玉〟のヴァリー=レッドストン」
「錬金術師――アイズ=シファー」
……〝賢者の石〟争奪戦争――
「行くよ」
「斬る……!」
「焼き尽くすぜ♪」
「さっさと来い」
――開戦……!




