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  第十話  『 カグラの過去(後編) 』


 「……ああ、貴方がそうでしたか。帝国にいた頃はお世話になりました」


 青年が相好を崩して親しげに笑みを浮かべた。

 「あっ? 俺はお前のことなんて知らねェよ」

 「当然です、直接話したことは一度もありませんから」

 そこで青年はふと笑みを消した。

 「まあ、そんな些細なことは置いておきましょう。大事なことは貴方が元帝国軍の剣術指南をしていたということ」

 青年が懐からナイフを抜き出した。

 「それなら手加減はいらないよな」


 ――青年は一挙に間合いを詰める。


 「……っ!」

 ナイフが空を切る。

 脇差しが煌めく。

 ――両者の刃が交差した。

 「では改めて名乗ろう」

 青年が不敵に笑んだ。

 「グラン=ディオン、この世界の王となる男の名だ」

 更なる斬激がカムイに襲い掛かる。

 「――っ」

 カグラを抱えたままでは不利だと判断したカムイはグランから距離を空けた。

 「おい、カグラ。危ねェからちょっと離れていろ」

 「……うん」

 余程怖かったのか、珍しく聞き分けのいいカグラであった。


 「さあ、仕事だ――イカルゴ=パープル」


 グランのいる方向から赤い光が差し込んだ。カムイとカグラもその方向へ視線を傾けた。

 「……なァ!」

 そして、驚愕した。何故なら……。

 「有難う御座います」


 ……切断された筈のイカルゴの右腕が再生しており、そして、残る左腕も現在進行形で再生していたからだ。


 「これで存分に戦えます」

 イカルゴが優しげな笑みから一変、狩人のような鋭い眼光がカムイとカグラを捉えた。


 ――そして、イカルゴの全身から毒霧が噴き出した。


 「間違って俺に当てるなよ、イカルゴ=パープル」

 「御意、主の仰せのままに……!」

 多量の毒霧がカグラとカムイに襲い掛かる。

 「クソが……!」

 カムイがカグラを抱えて毒霧を回避した。

 「よしっ、このまま逃げ切るぞっ」

 カムイはカグラを抱えたまま、茂みの外目掛けて駆け出した。しかし――


 「それで逃げ切れるとでも……?」


 ――紫色の毒牙がカムイの目の前を先回りした。

 「……嘘……だろ」

 四方八方に毒霧がカムイを囲んだ。

 カムイは絶望した。幾らカムイが剣術の達人だとしても、流体である毒霧に囲まれてしまえば逃れられる術は無かった。

 気流には僅かな隙間がある。しかし、その隙間は余り狭く、カグラ一人ですら通るのは困難であった。

 「……でも……やるしかねェよな」

 カムイが一人でに呟いた。

 「……親父」

 カグラが不安げにカムイを見詰めた。

 「カグラ、生きろよ」

 「え――」

 カムイに力強く襟首を掴まれ、カグラは言葉を発することができなかった。

 「息止めろよ、カグラ……!」

 「……っ!」

 カムイは吼え、カグラもその言葉に従い、咄嗟に息を止めた。

 ――そして、毒霧の僅かな隙間目掛けてカグラは投げ飛ばされた。

 投げ飛ばされる一瞬、カグラはカムイの方向を見た。


 ……カムイは笑っていた。


 カグラは今まで、そんな優しげに笑うカムイを見たことがなかった。

 (……どうしてそんな優しげに笑うんだよ)

 カムイの優しげな笑顔が遠退いていく。

 (……これじゃあ、本当に最期みたいになっちゃうじゃんか)

 そして、カムイは――


 …… あ ば よ 、 馬 鹿 息 子 。


 ――泣いていた。

 カグラは思わず手をカムイに手を差し伸ばした。

 「……オヤ――」


 ――カムイの笑顔は毒霧の濁流に呑み込まれて、カグラの声は掻き消された。


 同時、カグラの身体は地面に投げ出され、二転三転と転がった。

 「オヤジ……!」

 毒霧が茂みの中を立ち込める。しかし、すぐにその霧は晴れていった。

 「……か……ぐら」

 カムイの姿が見えた。しかし、その面には生気を感じなかった。

 「……ちくしょう……約束したのに」

 カムイの右手から脇差しが放され、地面に落ちた。

 「……ごめんな……かぐら」

 カムイの頬に涙の粒が滑り落ちる。

 「……一緒に旅に行けなくて」

 身体が落ちる。

 「……約束一つ守れない駄目な父親で」

 カムイの身体が地面に叩き付けられた。

 「本当にごめんな」

 ……それっきり。

 ……それっきり、カムイの身体が動くことは無かった。

 「……ぁ……ああ」

 カグラは目の前にある父親の亡骸を見て、静かに呻いた。そして――

 「ああああああァァァァァァ……!」

 ――駆け出した。

 立ち止まることも、振り向くこともしない。ただ自宅を目指して一心不乱に大地を蹴った。

 ……本当は父親の亡骸に抱き付きたかった。

 ……もっと沢山泣いていたかった。

 ……それでもカムイが言ったのだ。


 ――カグラ、生きろよ


 ……だから、カグラは生きなければならないのだ。

 だから、

 だからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだから――……。

 「うわぁァァァァァァッッッ!」

 ――走れ。

 「ああァァ」


 ――そいつに手ェ出すなよ


 ……強くて、格好よかったあの男は死んだ。


 ――コイツの父親だ、ボケナス


 ……カグラにとって唯一の父親はもういない。


 ――あばよ、馬鹿息子


 ……もういないんだ。

 「ああああァァァァァッッッ……!」

 抑えきれない感情が噴き出すようにカグラは吼えた。

 もっと仲良くしていればよかった。

 もっと素直に鍛練していればよかった。

 カグラは後悔した。

 「ああァァ……!」

 涙が溢れ出した。涙の粒に夕陽が反射して朱く煌めいた。

 その滴は地面に落ち、小さな染みをつくった。

 「鼠狩りだ、イカルゴ=パープル」

 「御意」

 ……そして、その染みを二つの人影が踏み潰した。



 「母ちゃん……! 急いで逃げて……!」

 カグラは帰宅するや否や、カリンの下へ駆け寄り、必死な形相で叫んだ。

 「……えっ、何で?」

 当然のことであるが、いきなり逃亡を提案されてもカリンには意味がわからなかった。

 「早くしないと殺される、早く逃げないとアイツらが来ちゃうんだ……!」

 「……?」

 足りない語彙でカリンに意思を示そうとするカグラであるが、カリンは首を傾げるばかりであった。

 「何でもいいから早く逃げてよ……!」

 「ちょっと、何するの……!」

 カグラはやけくそになってカリンの腕を強引に引っ張った――次の瞬間。


 「入るぞ」


 ……壁に巨大な穴が空いた。

 その穴は綺麗な円を描いており、〝壊れた〟のではなく、〝消えた〟といった表現が適切であった。

 そして――

 「狭いな、息が詰まりそうだ」

 「……っ!」

 「あっ、貴方たちは……!」

 ――グランとイカルゴが堂々と侵入した。

 「風通し、よくしてやるよ」

 グランはスッと壁に手を添え――左手から赤い閃光が弾けた。


 ――ギシッ……! ……カグラの家が悲鳴を上げた。


 ……壁に亀裂が走る。

 ……建物が軋む。

 ……そして、

 「……えっ……崩れ……………………」

 「母ちゃんっ!」


 ……建物が崩壊した。


 天井が雪崩のように降り注ぎ、カグラを、カリンを、グランを、イカルゴを呑み込んだ。

 雷のような重く、鈍い音が響き渡った。

 土煙が舞い上がり、誰が生き、誰が死んでいるのか外から確認することはできなかった。

 しかし、舞い上がった土煙はやがて風に流され、次第に景色は鮮明になる。

 そこには二つの人影が佇んでいた。

 「……父、母共に逝けてよかったな、坊主」

 「おやおや、意外に慈悲深いんですね」

 ……グランとパープルである。

 二人の足下から巨大な石の腕が伸び、その頭上を覆っており、石の雨をかわしていたのだ。

 「イカルゴ=パープル、減らず口を叩くな」

 グランは苛立たしげに、パープルを睨み付けた。

 「すみません、以後気を付けます」

 イカルゴは飄々とした態度で頭を垂れた。

 「さてさて、子鼠と母鼠はどうなったことやら」

 殺気立てるグランの視線を誤魔化すようにイカルゴが話を逸らした。

 「確かめるか?」

 「いいえ、騒ぎすぎましたね」

 イカルゴが後方へ視線を傾け、意味深に笑んだ。

 「……ちっ、瓦礫が崩壊する音を聞き付けてきたか」

 茂みの向こうから島民のざわめきが聞こえたのだ。

 「まだ俺たちの存在が世に知れ渡るには早すぎる、ずらかるぞイカルゴ=パープル」

 グランが苛立たしげに古びたローブをはためかせて、瓦礫の山を踏み潰した。

 「主の示すままに」

 イカルゴは愉しげにグランの背中を追った。

 「何時かこの世界が大きく引っくり返る時がくる」

 ……グランは不敵に笑い。

 「そのときだ」

 ……イカルゴがその背中に付いていく。

 「俺がこの世界を統べる王となる」


 ……その宣戦布告は夕闇に溶けていった。



 「……母ちゃんは……俺が守るんだ」


 ……夕暮れ、森中の生き物らがざわめく中、カグラはカリンを背負い前へ前へと歩を進めていた。

 カグラは手や頭から出血しており、そのカグラを天井の崩壊から庇ったカリンは更に脚の骨を折っており、頭部からの出血はカグラより更に酷いものであった。

 「大丈夫、必ず俺が助けるから」

 カグラは手や頭から血を流しながらも、前へ進む足を止めることはなかった。

 「へへっ、上手く撒いてやったぞ」

 そう、カグラとカリンは生きていた。瓦礫の雨に打たれながらも、粉塵に紛れ、森の中へと飛び込んだのだ。

 「後は安全な場所へ逃げるだけだ」

 カグラはフラフラしながらも屈託もなく笑った。

 「……か……ぐら」

 ……後ろから声が聴こえた。

 「良かった、母ちゃん起きたんだ」

 カリンの声であった。

 「……一体……どうなったの」

 カリンが蚊の鳴くような声でカグラに訊ねた。

 「敵に襲われていたんだ、でも、もう大丈夫だよ。何とか逃げ切れたんだ」

 カグラは強がりで笑った……本当はいつグランとイカルゴが追い掛けてくるかと内心怯えていたのだ。

 「……そう……良かったわ」

 カリンの頭から滴り落ちる鮮血は止まらない、それどころかその勢いは増すばかりであった。

 「……ねえ、カグラ」

 「何、母ちゃん」

 背中に感じるカリンの体温は時が経つに連れて冷たくなっていった。


 「……お父さんは……どうしているのかしら」


 ――カグラの心臓が大きく跳ねた。

 「……えっ、親父」

 そして、思わず聞き返してしまった。

 「……そろそろ狩りから帰ってくる時間なのに、家が崩れてしまったわ」

 「……」

 「……いきなり家が崩れていたら心配するんじゃないかしら」

 「……」

 亡き夫の帰りを心配するカリンにカグラは言葉を失った。

 「……おっ、親父は」

 しかし、何かを喋らなければならない。これ以上母の心労を増やしてはならない――カグラは静かに葛藤していた。

 「親父なら――……」


 ――あ ば よ 、 馬 鹿 息 子


 「――」

 ……一筋の涙が頬を滑り落ちた。

 「……カグラ?」

 ……カグラの父親はもういない。

 ……何故なら、あの人は。

 ……あの人はあの人はあの人はあの人はあの人はあの人は――……。


 ……死 ん だ ん だ 。


 しかし、カグラは唇を噛み締めてその言葉を呑み込んだ。きっとその真実はカリンを苦しめてしまうからだ。

 「親父は」

 そして――……。

 「きっと大丈夫だよ、後できっと会えるさ」

 ……嘘を吐いた。

 「……そう」

 カリンはほっと一息を吐いて――

 「……それは良かったわ」

 ――優しげに笑った。

 「それなら、わたしも心置き無く死ねるわ」

 ……聞き間違えではない、確かにカリンはそう言ったのだ。

 「……………………えっ?」

 カグラは思わず聞き返した。

 ……聞き逃したわけではない。

 ……意味がわからなかったわけではない。

 ただ――認めたくなかったのだ。カリンの死、を……。

 しかし、カリンは――

 「ごめんね、カグラ」

 ……心の底から申し訳なさそうに、

 ……そして、優しく包み込むように、

 「わたし、死ぬの」

 ――現実をカグラに突き付けた。

 「……何でだよ」

 カグラが震える声で反論した。

 「何で諦めるんだよ、何で死ぬなんて簡単に言うんだよ……!」

 カグラはただひたすらに否定したくて、力強く吐き捨てた。

 しかし、本当はカグラも気付いていた。カリンの頭から流れ落ちる鮮血の量、少しずつ冷たくなっていくカリンの体、そして、カリンの強い意思の籠った声……それら全てがカリンの言葉の真意を物語っていた。

 「……嫌……だ」

 それでもカグラには否定し続けることしかできなかった。

 「母ちゃんが死んじゃうんなんて嫌だよ……!」

 カグラはまるで駄々を捏ねるようにカリンの言葉を否定し続けた。

 「……大丈夫……きっとお父さんがあなたを守ってくれ――」

 「大丈夫なんかじゃないッッッ!」

 ……カグラがカリンの言葉を遮るように吼えた。

 「だって、だって俺の母ちゃんは母ちゃんしかいないじゃないか……!」

 「……っ」

 カグラの言葉にカリンは返す言葉を失った。

 「だから母ちゃん死なないでよ……!」

 カグラは吼えた。

 「ご飯の準備も部屋の掃除も、お使いだってもっと真面目にやるから……!、」

 ……力の限り、

 「これから一生懸けて親孝行するから……!」

 ……今、心の中にあるすべてを吐き出すように、

 「生きてよ……!」

 ……吼えた。


 ――カグラの腕に何か温かいものが落ちた。


 「カグラ、ありがとう」

 ……それはカリンの涙であった。

 「わたしとお父さんから生まれてきてくれて」

 カリンの腕が強く強く、カグラの体を抱き締めた。

 「こんなに優しく育ってくれて」

 もう、先ほどまで背中で感じていた、心臓の鼓動を感じることはできなかった。

 「カグラ」

 カリンが優しげに笑った。


  大    好    き    。


 そして、カグラの体を抱き締めていたカリンの両腕が力無く落ちた。

 「……おっ……俺も母ちゃんのこと好きだよ」

 「……」

 「優しいし、近所のヨモギおばさんも綺麗だって言っていたし、料理だって上手いし」

 「……」

 「きっと親父もそう思っているよ、だってこの前「アイツは俺には勿体ないぐらいのいい女だ」って言っていたんだ」

 「……」

 「……ねえ、母ちゃん黙ってないで何か言ってよ……恥ずかしいじゃんか」

 「……」

 「……母ちゃん?」

 「……」

 「…………母ちゃん?」

 「……」

 「……かあ……ちゃん……?」


 ……………………。

 …………。

 ……。


 「さよなら」

 ……暮れる夕。

 「親父」

 ……落ちる紅葉。

 「母ちゃん」

 ……少年は一人になった。

 カグラはあれからすぐに二人の亡骸を丘まで運び、埋葬したのだ。

 「……」

 カグラはただ呆然と二人の墓標眺めていた。

 「……俺が……悪いんだ」

 カグラが力無く呟いた。

 ……忘れ物なんてものに気付かなかったら、二人が死ぬことは無かった。

 ……落石を上手くかわせていれば、カリンが身代わりになる必要は無かった。

 ……正しい知識を知っていれば、カリンが出血で命を落とすことは無かった。

 「俺がもっと強ければ、何も失うものは無かったのに……!」

 カグラは背中にのし掛かる無力感に悔し涙を溢した。


 「強くなりたいのですか、少年」


 ……悲しみと怒りに暮れるカグラの背中に、男とも女とも取れる声が突き刺さった。

 「……誰?」

 カグラは振り向き、声の主に名を訊ねた。

 「わたしの名前はセンリ」

 そこには――……。


 「〝八本鞘〟のセンリと呼ばれていた物です」


 ……腰に八本の鞘を携えた長髪の老剣士がカグラを見下ろしていた。

 「……その墓」

 センリと名乗った老剣士がカグラから二人の墓標へと姿勢を傾けた。

 「大切な人の眠る墓ですか」

 「……」

 センリの質問にカグラは少し沈黙した。

 「……親父と母ちゃん」

 そして、そう小さく呟いた。

 「そうですか、君は一人なのですか」

 「……」

 カグラは沈黙したまま頭を縦に振り、再び俯いた。

 「わたしも一人です。家族は流行り病で命を落とし、友は皆戦に喰われてしまいました……そして、わたし自身も」

 センリは過ぎた遠い日々を思い返すように細い目を更に細め、短い咳を溢した。

 「……」

 一方、カグラはそんなセンリを睨み付けた……自分は今、お前の昔話など聞きたくない、頼むから一人にしてくれ、と視線で訴えた。

 「そんなに睨まないでください、わたしはただ――」

 センリが朗らかに笑んだ。


 「――君の力になりたいのです」


 「……はァ? あんた、何を言ってんだ」

 カグラがすっとんきょうな声を溢した。

 「強くなりたいのでしょう?」

 「……」

 センリの言葉にカグラが真剣な表情をした。

 「弱い自分自身にうんざりしているのでしょう?」

 「……」

 カグラとセンリの視線が交差する。

 「……強く……してくれのか」

 「当然」

 カグラの問いにセンリが即答した。

 「ただし条件が一つ」

 「……?」

 センリが人差し指を立てた。

 「我が〝神威心剣流〟を世界最強の流派にすること――それが条件です」

 「……」

 カグラは生唾を一回呑み込んで、不敵な笑みを浮かべた。

 「強くなる為なら何だってしてやる」

 「つまり……?」

 カグラは夕日を背に立ち上がり、センリの面を睨み付けた。

 「なってやるよ、世界一の剣豪になァ……!」

 そして、カグラは高らかに宣言した。

 ……こうして、

 ……少年の復讐。

 ……老剣士の野望。


 ……が今、この瞬間から始まりを告げたのであった。



 「――ィズ……!」


 ……何処からか声が聴こえた。

 「アイズ……!」

 ……どうやら声はアイズのことを呼んでいるようだ。

 重い瞼を開くとアイズと見下ろす人影がぼんやりと見えた。

 「やっと目ェ覚ましたか、アイズ」

 ぼんやりとした視界が鮮明になる――人影はカグラのものであった。

 「……………………カグラ」

 アイズは力無く呟いた。

 「良かった。目を覚まされたのですか、アイズさん」

 すると、カグラの影からひょこりとエリザが顔を覗かせた。

 「……エリザ」

 アイズがエリザの方へ視線を傾けると少女はカグラの影に再び身を潜める……どうやら今朝、アイズに怒鳴られたことをまだ気にしていたようだった。

 「……ごめんな……エリザ」

 アイズは隠れるエリザに謝辞を述べた。

 「……えっ?」

 やっと目覚めたかと思えば、突然謝り出したアイズにエリザは困惑の声を漏らした。

 「……エリザにはエリザの事情があるのに、俺はそれを汲んでやることができなかった」

 今度は素直に謝ることができた。あのときアイズの底に巣くった殺意は既に鎮まっていた。

 「……〝金喰〟は俺の敵だ。だけどエリザにとっては救世主だった」

 アイズの表情は何処か物憂げで優しかった。

 「……ただそれだけなのに……俺はそれを認めることができなかったんだ」

 アイズはしっかりとエリザの面を見つめて、心を込めて言葉を紡いだ。

 「だから、ごめんな」

 「……」

 アイズとエリザの視線が交差した。そして、エリザが意を決っしてカグラの影から姿を出した。

 「そんな……! 謝るのはこっちの方です、アイズさん……!」

 エリザが泣きそうな顔をしながら、今胸の中にある気持ちを吐き出した。

 「アイズさんの過去も知らずに自分の気持ちばかりを一方的に吐き出して、そして、アイズさんの心を傷付けてしまいました……!」

 エリザはアイズの下へと駆け寄り、膝を地面に着けて、アイズの瞳を正面から見つめた。

 「ごめんなさい……! 本当にごめんなさい……!」

 エリザが涙の玉を溢しながら横たわるアイズに頭を下げた。

 「そっか」

 アイズはそんなエリザに優しく慈しむように微笑んだ。

 「じゃあお互い様だな」

 そして、エリザの頭を優しく撫でた。

 「カグラ」

 「何だよ」

 アイズはエリザの頭から手を離し、今度はカグラの方へと視線を傾けた。

 「ごめん、俺はお前に嫉妬していたんだ」

 「……」

 アイズの謝罪にカグラはただ口をへの字にしながら傾聴した。

 「羨ましかったんだ、強くて、そのくせ真っ直ぐで……俺はお前みたいになりたかったんだ」

 そう、アイズは惨めな自分を誤魔化す為に癇癪を起こしていただけだったのだ。

 「……だから、さっきは悪かった」


 ――ビシッ、アイズの旋毛にチョップが叩き込まれた。


 「――……?」

 突然の攻撃(?)にアイズは痛む旋毛を押さえた。

 「勝手に決めるなよ、バァーカ」

 ……チョップの主はカグラであった。

 「俺がこのくらいでぐちぐち文句言うわけねぇーだろ、何故なら俺は――」

 カグラは堂々とした立ち振舞いで不敵に笑んだ。

 「――世界一の剣豪だ」

 圧倒的な自信をもってカグラが豪語した。

 「だから一々そんな小せェこと気にしてんじゃねェよ」

 (……そうだよな)

 「俺とお前は運命共同体だ」

 (……カグラって男はこういう人間だよな)

 「俺の野望を手伝え、そしたら俺がお前を全力で助けてやるよ」

 ……アイズは笑った。

 (……こんな奴だから俺はお前に憧れたんだ)

 凶暴に笑うカグラと不敵に笑うカグラが互いの顔を見合った。そして――……。

 「頼むぜ、相棒」

 「任せろ、相棒」


 ……二人が拳をぶつけ合った。



 ……北プラフより東に二〇〇〇里離れた大地――旧名、シドニア大陸。

 「……嗚呼、この日をどれだけ待ちわびたことか」

 そのシドニア大陸の西南部に位置するバベル地区の地下に、その組織は存在していた。

 「〝モグラ型〟は出来損ないだったが、お前はよくやった、〝犬型〟。お前は最高の仕事をしたよ」

 〝あの男〟は上機嫌に多量の金塊を一匹の〝犬型〟に振る舞った。

 「準備はいいか」

 〝あの男〟は同じ部屋に集まる十人の同胞に高らかに宣言する。

 「我が忠実なる同胞――」

 第一石――〝虚玉〟のジン=クリア

 第二石――〝闇玉〟のグロウリー=ブラックキング

 第三石――〝王玉〟のブラトニー=キングストン

 第四石――〝蒼玉〟のルル=アクアマリン

 第五石――〝紅玉〟のヴァリー=レッドストン

 第六石――〝森玉〟のリタ=グリーンライン

 第七石――〝紫玉〟のイカルゴ=パープル

 第八石――〝虎玉〟のエレン=タイガーアイ

 第九石――〝星玉〟のマナ=ムーンライト

 第十石――〝鷲玉〟のフレンダ=イーグルアイ


 「 〝十石〟 」


 ……〝あの男〟――グラン=ディオンが不敵に笑う。

 ……精鋭、〝十石〟が動き出す。

 「さあ、出陣の刻だ」


 ……そして、過酷な戦いの狼煙が上がった。



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