第八話 『 アイズVSカグラ 』
「 今から俺と戦え 」
「……」
……アイズの宣戦布告にカグラは沈黙で返した。
(……確かめたいことがあったんだ)
アイズは自分の中に渦巻く高揚感に酔っていた。
(自分がどれだけ強いのか)
……手に入れた力の強大さ。
……殺した〝金喰〟の数。
それらがアイズの自信になっていた。
(あんな雑魚、幾ら殺したって俺の力は計れねェ)
しかし、確信はなかった。
(だから、お前を倒して証明してやる)
確信を得る為には強敵との戦闘……そして、勝利が必要だった。
――俺が強者であることをな……!
「刃を抜け、カグラ」
アイズは右手を構え、再度抜刀を促した。
「……」
しかし、カグラは動かない。
「やっぱりお前何かおかしいぞ、少し休んだ方がいいんじゃないか」
(……おかしくなんかない)
まるで相手にしようとしないカグラにアイズは苛立ちを覚えた。
「雨も強い、あまり長居すると身体に障るぞ」
(……雨なんてどうでもいいんだよ)
カグラと戦いたくて仕方がないアイズとそんなアイズを歯牙にも掛けないカグラ……アイズの苛立ちは募るばかりであった。
「いいから戦えつってんだよッッッ!」
「意味わかんねェよッ」
「その顔がムカつくんだよ! 俺は眼中に無いってか!」
「そんなこと思ってねェよ、アホっ」
「じゃあ何だ、俺に敗けるのが恐いか腰抜け!」
「落ち着けよっ、やっぱりお前おかしいぞ!」
「それとも何だっ、神威心剣流は皆お前みたいに腰抜けなのかよ!」
「おいっ、少し黙れよアイズ!」
「ハッ、力付くで黙らせてみろよ!」
「調子乗ってんじゃねェぞ、泣き虫アイズが!」
「いつまでもあの頃の俺と同じだと思うなよ、腰抜けェ!」
「ちょっと強くなったからって調子乗ってんじゃねェぞ!」
「てめえこそ、いつまでも俺よりか強いとか思ってんじゃねェぞ!」
……カグラが抜刀した。
「ブッ」
……アイズが右手を構えた。
「殺」
――両者、同時に飛び出した。
「「スッ!」」
先手を打ったのはリーチの長いカグラだ。一瞬にして計八つの斬激を繰り出した。
(……見える!)
しかし、アイズの瞳はカグラの斬激を捉えていた。
(……かわせる!)
一撃、ニ撃、三撃、四撃、五撃、六撃、七撃、八撃――アイズは全ての斬激をかわした。
「……なっ!」
「遅いな」
カグラは目を見開き、アイズはカグラの懐に潜り込み――消滅の右手を突き出した。
「……っ!」
しかし、カグラは咄嗟に後方へ跳んで回避した。
「……ちっ、殺す気かよ」
「ああ、死ね」
アイズは間髪容れずに腰に据えたナイフを抜き出し――一挙に距離を詰めた。
そっちがその気ならこっちも手加減しねェぜ」
カグラも真っ向勝負で飛び出した。
「神威心剣流」
カグラは脇差しを鞘に納めたまま、アイズに上段斬りを繰り出した。
(……納刀したまま斬り掛かってきただと!)
アイズはカグラの上段斬りを手元のナイフで受け止めた――次の瞬間、カグラが脇差しを握る腕を引いた。
――そして、白刃が解放された。
「……なァ!」
アイズのナイフの刃が鞘に食い込み、それが抵抗となり抜刀することができたのだ。
しかもそれだけではない。アイズのナイフに鞘を食い込ませ、ナイフを封殺したのだ。そして――
「 〝土竜〟 」
――その隙にカグラはアイズの懐に潜り、脇差しを構えていた。
……鞘が引っ付いたナイフは使えない。
……後方へ跳ぶ為の脚の屈伸をする時間も無い。
「――っ」
白刃がアイズの脇腹目掛けて迫る……が、アイズに届く手前で静止した。
「……ギリギリセーフ」
……ナイフは使えない。
……回避する時間も無い。
――アイズは紅く光る右手でガードしていた。
……右手を懐へ移動させる時間はあった。
アイズの消滅の右手は圧倒的破壊力を誇る最強の矛である。しかし、一度防御に回ればそれは――
「残念だったな、カグラ」
――最強の盾になる。
アイズはナイフを投げ捨て、後方へ跳んでカグラから距離を取った。
「まったく、反則くせェなその右手」
カグラが脇腹を納刀し毒づいた。
「あと一歩で俺の武器の方が御陀仏だったよ」
あのまま脇差しを振りきっていればカグラの脇差しは破壊されていた……そうなれば カグラの剣術は封殺されてしまう、敗北してしまうだろう。
「ハッ」
カグラは戦いが始まって初めて笑った。
「認めてやるよ、アイズ」
……心臓が鼓動した。
……全身の血液が熱を帯びた。
……殺意が開放された。
「お前は全力で戦うに値する獲物だとよォ」
その笑みはある特定の条件にのみ見せる表情である。その条件は――……。
「なあ、狩らせろよ」
……極上の獲物を前にすること。
「アイズ……!」
カグラが抜刀の構えをしたまま――アイズの目の前まで間合いを詰めた。
(……速い――いや、そんなことよりも)
アイズは咄嗟に身を屈ませる――そして、間髪容れずに……。
――ズバッッッ、神速の斬激がアイズの頭の上を通り抜けた。
(かわさないと死ぬ……!)
今のカグラに反撃は狙わない、アイズは全力で後退した。
(……見えなかった)
アイズは左手でナイフを握り、右手を紅く光らせ、カグラを睨み付けた。
(……さっきより何倍も速い)
――そして、紅く光る右手を地面に添えた。
(……取り敢えず真っ向勝負は得策じゃないな)
……迫るカグラ。
……待つアイズ。
……消える地面。
「――っ!」
「まずは足場を崩す」
アイズは自身の半径十メートルの地面を消滅させ、深さ〇.五メートルほどの大穴を作った。
アイズとカグラは堪らず落下する……その両者の違いは予め足場の消滅を既知していたかどうかである。
両者、同時に着地した――しかし、動いたのはアイズの方が早かった。
「今の俺じゃあお前の抜刀は見切れねェ……だから」
――アイズはカグラの懐に潜り込んだ。
「抜かせないように攻め続ける」
アイズは左手のナイフを横に薙いだ。
「当たるかよっ」
しかし、カグラは身を屈ませてその斬激をかわした。
「じゃあ」
――左手の手首を引っくり返した。
「当たるまで攻め続けるだけだ」
「――くっ!」
今度は反対方向からナイフを繰り出す――しかし、カグラはアイズの左手首を掴んでその攻撃を止めた。
「掴まえたぜ、アイズ」 「掴まえたと思ったか?」
――アイズは手首をスナップさせ、ナイフをカグラの頭蓋目掛けて放った。
「……っ!」
ナイフがカグラの頬を引き裂いた……カグラが咄嗟に頭をずらして致命傷を避けたのだ。
「余所見するなよ」
「……っ!」
カグラが一息吐く間も無く、今度は消滅の右手が迫る。
「死ぬぜ」
「糞がっ……!」
カグラは余った右手でアイズの右手首を掴んで止めた。
まさに息も吐く間も無い攻撃にカグラは防戦一方であった。
しかし、やっと素早いアイズを捕らえることができた。掴まえたのなら体格に分があるカグラの方が有利だ。
「 これで終わりだと思ったか? 」
「……はっ?」
アイズが軽く跳躍した。そして――
「甘いんだよ」
――アイズの蹴りがカグラの顎に炸裂した。
「――がッ……!」
これには堪らずカグラは掴んだ手首を離して、吹っ飛ばされた。
一方、アイズは静かに着地し、赤く腫れた手首を見た。
「……少し……捻ったな」
……アイズは苦痛に顔を歪めることも無く、淡々と無表情で呟いた。
「立てよ、カグラ」
「……」
仰向けで沈黙するカグラをアイズが呼び掛けた。
「まだ足りないんだよ」
アイズが込み上げてくる戦闘欲求に武者震いした。
「戦いが……!」
アイズが高く高く跳躍する。そして、カグラの顔面目掛けて右足を降り下ろした。
――カグラの閉じた瞳が開眼した。
同時、アイズの全体重を掛けた踏みつけが炸裂した。
「……ギリギリセーフ」
「……っ」
……しかし、アイズの足下にカグラの姿は無かった。
――影が差す。
(……上っ!)
――カグラは真上にいた……抜刀の構えをして。
「――っ」
「少し眠れ、相棒」
……交差する視線。
……静止した時間。
……開放された刃。
――神速の抜刀がアイズに炸裂した。
「ただの峰打ちだけどな」
すると何かが弧を描き、地面に突き刺さった。
「……峰打ち、か」
「……なァ!」
カグラが目を見開いた。何故なら地面に突き刺さったのは――カグラの脇差しの刃先であったからだ。
「ま」
カグラは恐る恐る自身が握る脇差しに視線を傾けた。
「関係無いけど」
……脇差しの刃が僅か数センチを残して消滅していた。
アイズは咄嗟に消滅の右手でガードして、カグラの脇差しを破壊したのだ。
「……やられ――っぐごァ!」
――空中で身動きの取れなかったカグラの横っ面に回し蹴りが炸裂した。
カグラは弾丸のように弾かれ、穴を越え、点々と建つ民家の一つに直撃した。そして、民家の戸を突き破って屋内の中を転がった。
「……こんなもんか」
アイズは高く跳躍して、巨大な穴から飛び出した。
土埃が戸口からもくもくと溢れていた……しかし、いつまでもカグラは出てこなかった。
「いや」
――代わりに鞘が弱回転で迫ってきた。
「やっぱりお前は強いな」
アイズは不敵に笑んで、消滅の右手で迫り来る鞘を迎撃した。
「だが、俺はそれ以上だ」
アイズの右手に触れ鞘が消し飛んだ――同時にアイズが目を見開いた。
「神威心剣流」
……破壊した鞘の中から多量の砂利と礫が飛び散った。
「 〝砂時雨〟 」
カグラは鞘に多量の砂利と礫を詰めて〝風車〟でアイズ目掛けて放ったのだ……御丁寧に飛び出ないよう回転数を抑えて。
飛び散る無数の砂利と礫を全て消滅することはアイズの右手と言えど叶わない。その為、カグラの予想外な攻撃にアイズは目に入らないように面を両腕で守ることしかできなかった。
「神威心剣流」
……しかし、その一瞬をカグラは見逃さない、一瞬でアイズの懐に潜り込んだ。
(……まずい、回避が間に合わない)
アイズが咄嗟に後方へ跳ぼうとするも間に合わない。
「ただのパンチ」
――全力全開の鉄拳がアイズの土手っ腹に炸裂した。
「――かはッッッ!」
アイズは弾丸のように弾かれた。
その一撃は重く、アイズの回し蹴りとは比較にならないほどの威力であった。
アイズは何メートルと吹っ飛ばされ、まるで大砲のように民家を凪ぎ払い、虚しく瓦礫に埋もれた。
「――っ!」
殴られ土手っ腹を中心に激痛が走った。
(……なんつー馬鹿力だ……あばら骨が何本か逝ってやがる)
アイズは恨みがましくカグラを睨み付けた。
(……はっ、少し楽しくなってきたな――けど)
今までに無い強敵との戦いにアイズの気分は高揚していた。しかし、それ以上に……。
「……ムカつくんだよ」
……アイズの中の苛立ちは膨れ上がっていた。
(……さっきの一撃、拳じゃなくて脇差しで食らったら俺は死んでいた。なのにアイツは拳で殴った)
アイズは土埃を払って立ち上がった。
「……結局、俺は眼中に無いってか」
……ああ、熱いなァ。
……火傷してしまいそうだ。
「血がざわつくんだよ」
――ドクンッッッ……!
……ああ、心臓が煩い。
……どんどん、益々、段々、徐々に、少しずつ、時を追う毎に――騒がしくなっていく。
「お前が悪いんだ」
――気を悪くさせたようなら俺の方から謝る。飯美味かったよ、ありがとな
……お前が俺より先に謝るからいけないんだ。
――俺も救えなかった……いや、俺のせいで死なせたからな
……お前が俺の気持ちを知ったような口を利くからいけないんだ。
――やっぱりお前何かおかしいぞ、少し休んだ方がいいんじゃないか
……お前が俺を相手にしないからいけないんだ。
――ただのパンチ
……お前が俺を侮辱したからいけないんだ。
「カグラァァァッッッ!」
アイズが右手をこれ以上無いほどに発光させ、カグラ目掛けて駆け出した。
「うお」
……土が舞う。
「ォォ」
……深紅の閃光が駆け抜ける。
「ォォ」
……水飛沫が跳ねる。
「ォォォォォォォォォォォォォッ!」
アイズは一挙にカグラとの距離を詰める。
(――俺とお前は同じ復讐者だ)
一方、カグラはアイズを迎え討たんと抜刀の構えをした。
(それなのにどうしてお前は俺と違うんだ)
――アイズは更に加速した。
(どうして)
――カグラが地面を力強く踏んだ。
(どうしてそんなに真っ直ぐ生きられるんだ……!)
――両者の視線が交差する。
「カグラァァァッッッ!」
「アイズァァァッッッ!」
――紅く光る右手が突き放たれる。
――刃折れの脇差しが開放される。
……そして、両雄が激突した。
「……何でだよ」
アイズは静かに膝を着いた。
「結局、峰打ちかよ」
脇差しが炸裂したアイズの土手っ腹は痛々しく腫れていた……しかし、致命傷に至るほどの出血は見当たらなかった。
「狡いんだよ」
アイズは悔しげに俯いた……その頬に流れるは雨粒か涙か、それは定かではない。
「そんなに真っ直ぐ生きて」
……意識が遠退く。
……視界が暗転する。
……身体が墜ちる。
「どうして」
「そんなに」
「強いんだ」
「よ」
……全身泥だらけで気持ち悪かった。
……しかし、その不快感も徐々に薄れていき。
……真っ暗になった。
「ちく」
「し」
「ょ」
(う)
( )
……目が死んだ。
……耳が死んだ。
……鼻が死んだ。
……舌が死んだ。
……全部死んだ。
「……」
「……」
気を失い地にひれ伏すアイズとそんなアイズを悲しげに見下ろすカグラ。
「……強くなんかねェよ」
カグラが呟いた。
「俺もお前と同じだ、力が無くて守るべきものを救えなかった」
カグラは気を失ったアイズを背負い、集会所へと歩を進めた。
「ただ、俺が真っ直ぐに生きているように見えるのなら」
……気付けば雨は止み、
「それはきっと親父と御袋のお陰だな」
……空には微かな青が覗けていた。




