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  第七話  『 カグラVS〝金喰〟 』


 ……カグラは混乱に満ちた北プラフを駆け抜けた。


 「ちくしょう、雨まで降ってきやがったか」

 カグラは頬を滴る雨粒を払い捨て、前進した。

 カグラは雨が嫌いだった。鬱陶しいとか濡れるのが嫌いだとかではなく、脇差しの手入れが面倒臭いからだ。

 「つぅーか、〝犬型〟とか勘弁せてくれよ」

 ――〝犬型〟。

 数ある〝金喰〟の中で唯一統制された行動をし、又積極的に他の生物を襲い、ある場所に連れていく習性がある種であった。

 ……その様は、まるで何者かに指揮されているようであり、〝犬型〟には謎が多くあった。


 ……ガサッ、何者かの足音が聴こえた。


 「五匹、か」

 子犬をくわえた〝犬型〟が一匹、老婆をくわえた〝犬型〟が一匹、手持ちぶさたな〝犬型〟が三匹の計五匹がカグラの前方にいた。

 「ぶった斬る!」

 カグラが一挙に間合いを詰めた。

 手持ちぶさたな〝犬型〟三匹が迫り来るカグラを迎え撃たんと突進した。

 カグラの脇差しは一本、〝犬型〟の数は三匹――一斉に襲い掛かる三匹の攻撃を凌ぐのは至難の技だ。

 カグラが全力で抜刀すれば〝金喰〟を一刀両断することは難しくは無い。しかし、全力の抜刀には隙が生じる……故に、三対一の現状では使えない。

 力では無理だ。


 「 神威(かむい)(しん)剣流(けんりゅう) 」


 ……だから、技の出番だ。

 カグラは素早く腰に据えた鞘(特注品であり口の方に溝がある)を一本外し、脇差しを浅く納刀した。


 「 〝風轟(かざぐるま)〟 」


 ――そして、その脇差しをブンッと振った。


 最後まで納刀されていなかった鞘は遠心力に振り回され、高速回転しながら〝犬型〟の下へと飛来した――否、正確には〝犬型〟の手前に向かって落ちた。


 ――鞘が地面に突き刺さった。


「残念ながら神威心剣流は対人剣術――てめェらの硬い表皮を看破することを想定していねェ。だから――」


 ――ガッ、〝犬型〟の一匹が地面に突き刺さった鞘に脚を引っ掛けた。


 「 転ばせる 」

 〝犬型〟の一匹が豪快に転倒した 

 「そうすれば陣形は崩れる」

 転倒した一匹が別の〝犬型〟の前を転がり、もう一匹は堪らず急停止した。

 「さて、ここで問題だ」

 カグラが脇差しを腰に据えた鞘に納刀した……今度は最後まで。

 「3引く2、答えは」

 突進した〝犬型〟が三匹、転倒した〝犬型〟が一匹、立ち止まった〝犬型〟が一匹……それでは突進している〝犬型〟は?


 「 1 」


 ……カグラは左手で鞘を支え、右手は脇差しの柄を掴んだ。

 ……次に大地を力強く踏んだ。

 ……そして、白刃を開放した。

 「お前のことだよ、でしゃばり」


 ――単騎で突進していた〝犬型〟が一刀両断された。


 「残り二匹」

 カグラは再び鞘を腰から外し、今度は脇差しを別の鞘に納刀した――そして、手持ちぶさたな〝犬型〟目掛けて駆け出した。

 『グラアァァァァァァァァァッッッ』

 二匹の〝犬型〟が咆哮した。

 「まずは目を潰す」

 カグラは足下の水溜まりの泥水を手元の鞘で掬い――


 「 〝水扇華(すいせんか)〟 」


 ――薙いだ。


 鞘の口から水の斬激が放たれ〝犬型〟の目に直撃した。

 これには堪らず〝犬型〟二匹は手で目を覆った。

 視界が黒一面に染まる……しかし、すぐに視力は回復した。

 〝犬型〟の目の前には寂れた農村と灰色の空と白い雨だけであった……何か足りないのでは?


 ……〝犬型〟二匹の足下に影が差す。


 「神威心剣流」

 〝犬型〟が上空を見上げる――そこには脇差しを握ったカグラと腰から外された三本の鞘があった。

 三本の鞘は垂直かつ一直線に並び、カグラは脇差しを振り上げた。


 「 〝五月雨(さみだれ)〟 」


 ――そして、脇差しの峰を鞘の口の溝に叩き込んだ。


 強烈な打撃を受けた三本の鞘は圧倒的な速度で二匹の〝犬型〟に降り注いだ。

 鞘の一本は巨大な〝犬型〟の眼球と脳を貫き、残り二本の鞘は小柄な〝犬型〟の口と気道を貫いた。

 「〝金喰〟を殺すには柔い粘膜からの攻撃が有効」

 カグラは地にひれ伏す二匹の〝犬型〟の中心に着地した。

 「常識だぜ」


 ――背後から二匹の〝犬型〟が襲い掛かってきた。


 「……婆さんと子犬を開放していたのか」

 カグラの言うように、〝犬型〟が捕らえていた老婆と子犬は地べたに投げ捨てられていた。 

 『グラアァァァァァァァァァッッッ』

 「ありがてェ」

 二匹の〝犬型〟が咆哮しながら突進し、カグラが凶暴に笑んだ。

 「お陰で気兼ね無く斬れる」


 ――二匹の〝犬型〟が横一線、切断された。


 ……カチンッ、カグラは脇差しを脇差しに納刀した。

 『……ギギッ……ガギィ……………………』

 二匹の〝犬型〟は血飛沫を撒き散らしながら崩れ落ちた。

 「一分、か……結構時間食ったな」

 カグラは溜め息一つ溢して、老婆と子犬の下へと歩んだ。

 「もう大丈夫だ、あんたら助かるよ」

 カグラは腰を抜かして立てない老婆を背負い、右足を負傷して歩けない子犬を抱えて一先ず集会所まで前進した。

 カグラが救出した部落の人間は話し合いや賑わい事で使われる集会所に集められていた。

 「応急処置は集会所に行ってから知り合いにでも頼んでくれ……避難場所も一応〝措置〟はしているからそれなりに安全だから心配しなくていい」

 集会所の周辺にはこの部落で採れた玉葱を磨り潰したものをばら蒔いていた。効果は強くないがそれなりに〝犬型〟は近寄らなくなる。

 「よし、これで最後だな」

 今の老婆この部落の行方不明者は全員であった。家畜やペットまで含めると全員とは言えないが、流石のカグラもそこまでする義理は無かった。

 「あとはアイズを回収して、雨が上がるのを待つか」

 一食の義理を返したカグラはこの部落の何処かで戦っているであろうアイズの捜索にあたった。

 「てか、アイツ死んでねェよな」

 カグラが知るアイズは二種類いる。

 ……一人は甘ったれで〝金喰〟を異様に恐れる臆病者。

 はたして、そんな少年がこの戦いに生き残るこてができるのだろうか?

 ……もう一人はまるで歴戦の戦士のような雰囲気をまとった殺戮者。

 最後に見た少年の背中は悲しくて、強くて、何処か壊れてしまいそうな背中であった。

 「どっちが本当のお前なんだ」

 カグラはここにはいないアイズに問うた。

 カグラは白い世界を駆け抜ける、雨は一層に激しさを増し、カグラの身体にまとわりついた。

 「……あ?」

 カグラは雨に遮られよく見えない前方に何らか影を見付けた。

 人か獣か、味方か敵か、それすらも判らない。カグラは警戒心を張り詰めながら恐る恐る前進した。

 一歩、また一歩とカグラは歩を進める。

 一歩、二歩、三歩、四歩、五歩……そして、カグラの足が止まる。

 「……こん……じき、だと」

 そう、カグラの目の前の影は頭部を無くした〝犬型〟の亡骸であった。

 「アイズがやったのか、これ」

 カグラは更に一歩を踏み出す……すると別の〝犬型〟の亡骸が転がっていた。

 「……二十……いや、三十匹はいるぞ」

 その三十匹余りの〝犬型〟は全て絶命し、虚しく雨に打たれていた。

 そして、その亡骸の中心には人影が一つ静かに立っていた。

 「……アイズ、なのか」

 カグラが恐る恐るその人影に問い掛けた。

 「……カグラか、そっちはもう片付いたのか」

 アイズが至って平静にカグラに面を向けた。

 「ああ、村人は皆無事だ。お前の方こそ怪我とかねェのかよ」

 「ああ」

 「てか、コイツら全員お前が殺ったのか」

 「ああ」

 「……お前、本当に大丈夫なのか」

 「ああ」

 「……」

 アイズの変異にカグラは言葉を失った。

 意識は正常、動揺や怒りの様子は見られなかった。しかし、心はカグラではない何処かへ向いていた。

 「なあ、カグラ」

 「何だよ」

 アイズは抑揚の無い声でカグラの名を呼んだ。

 「お前、強いんだよな」

 「まあな、かなり強い方だ」

 「……そうか、じゃあ一つ提案がある」

 「雨が強い、手短に話せ」

 アイズとカグラが静かに睨み合う。


 「 刃を抜け、カグラ 」


 ……風が吹く。

 ……雨が降る。

 「そして、今から俺と――」


 ――アイズの右手が紅く光った。


 「――戦え」

 ……曇天に稲妻が煌めく。


 「 今から俺と戦え 」



 ……そして、死闘の火蓋が切って落とされた。


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