小説の続きが、書けそうだね
私は誰もいない図書室で一人、図書委員をしていた。
「ない……。ない……!なああああああああい!」
私は柄にもなく叫ぶ。何故なら、私はあるものをここ、藍南高校の図書室で無くしたのだ。自作の小説である。さらに付録というか、世界観を伝えるために、自作の楽譜まで挟み込んである。だが、その小説は、恋愛小説なのだーーであるから、誰かに読まれてしまっては、ひとたまりも無い。
確かにこの、図書委員の机の上に、置いていたはずだ。でも、消えている。思い当たる机の引き出し、図書室中の本棚、とにかくそこら中一帯を必死に探して見るも、見当たらない。
「そんな……」
もう、読まれてしまっただろうか。広まってはいないだろうか。
そんな下方向な思考を繰り返していたら、ふと、貸し出しカードの存在を思い出した。
貸し出しカードとは、借りる際に、本の題名を書いて、図書委員のハンコをもらうことで本の貸し出しの管理を行うカードの事だ。私はいつもこの本を借りるのか、なんて人間観察を楽しんでいたりする。
ーーひとしきり探したがここもハズレだった。
「ああああっ……」
誰かに読まれていると思うと羞恥に悶える。どうか読まないでください、いや、切実に。本当。まじで。
定位置の椅子に戻り、取り敢えず深呼吸をして、気持ちを鎮静させる。
「ん、なんだっけかこのメモ」
机の上に置いてあったメモ用紙らしい紙を見ると、そこには。
『ここに置いてあった本、題名わからなかったので、図書カードにかけませんでしたが、ちゃんと返しますので。水嶋 征。PS:何か問題があれば、放課後、美術室にいると思います』
「おおおっ……!見つけた!水嶋 征、か。よし」
水嶋君といえば、クラスでも少々、特殊な位置にいる人物だ。特に、友達がいるわけでもなさそうで、かといっていじめの対象ということもない。私は彼にちょっと影の薄い普通の男子というような印象を持っている。それだけなら特殊ではない。彼は転校生で、帰国子女なのである。
兎に角、今は小説の返還をしてもらわなければいけない。言い訳はどうしようか。「と、友達が描いたんだっ!それっ!」とかでいいだろうか。
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美術室は、図書室と同じA棟だが、図書室は三回の北側端、美術室は三階の南端だ。藍南高校は二つの棟からなり、東側のA棟、西側のB棟だ。二年生までは、基本的にはA棟で授業を受ける。
兎に角私は今、美術室へ向かっている。美術室に近づくにつれ、耳に聞こえる音が増す。歌声、それと、楽器の音。私はこの音を知っている。大好きな楽器の音だ。セミアコ、なんて呼ばれる、エレキギターとアコースティックギターの中間の様な楽器。アコースティックギターもいいが、セミアコのポロロンッ。といったあの音が好きなのだ。
音の発生源は、どうやら美術室からなのだそうだ。ああ、いないのかな。と思いつつも、演奏と歌が気になり、美術室のドアを開けた。
ーーーー何処までも澄んだ音が、少し、かすれた様で、でもとても綺麗で、惹きつけられる、声が。私を貫いた。
思わず、立ち尽くした。
その魅力の塊の様な音に、時間を忘れ、聞き入った。
今までのイメージが、一気に崩壊した。
今まで私は彼の何を見てきたのだろうか。ビンテージ物と思われるセミアコを掻き鳴らし、歌っていたのは、彼、水嶋君だった。
「ん、ああ、えっと同じクラスの流川さんだっけ?気付かなかったよ。ここに人がくるとは思わなかったもんだから」
水嶋君は、演奏を止め、私に気付いた様だ。
「えっと、流川さん?」
「っ!ああ、はい!ななななんでしょうか!」
ハッとして敬語全開で完全に動揺してしまった。
「えっと用というか、歌聞かれるなんて恥ずかしいな。誰かに聞いてもらったことなんて無いや」
「恥ずかしいなんて、そんな、すごいよかったよ。私がイメージしてた曲みたいだった」
そう、よく考えると、私が小説に挟み込んだ曲の様だった。
と言うか、この人が私の小説を持って行った張本人であることを忘れかけていた。
「嬉しいなあ。ああ、今さっきの曲は図書室で、題名の無い小説を借りてね。そこに挟んであったんだ。それに自分なりにアレンジを加えてみたんだ。えっと確か作者、作曲は流川さん、流川さん!?」
「えっとともだ……あ」
友達が描いたやつなんだ、と言おうとしたら何ということか。まさかの私律儀に本名書いていました。
「良かったよ!これ!想いを遂げられず離れた二人が、お互いを想いながら同じ道を歩むって、先が気になるよ」
「そそ、そうかなあ」
自作の恋愛小説を目の前で評価されるという羞恥芯を何とも煽られる状況。私はそんなプレイ求めてない!
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私はあの日の放課後から、彼の演奏と歌を聴きに行くのが習慣化していた。小説はどうしたって?褒められたから、嬉しくなって絶賛執筆中だ。が、しかし、作曲も趣味である私は、彼のエレアコと歌声で、自分の曲が形になる方がとても嬉しかった。私はベースしか弾けず、それに弾き語りという高等技術は持っていない。私の持っていない部分を持っている様な彼は、とても興味が惹かれたのだ。
彼は、数カ国語話せる様で、歌詞の英詞がとても自然で、どうしたって私は惹かれてしまう。だが、日本語の発音がすこし特徴的だったりもする。そういうところも不思議と嫌な感じはしなかった。
「今日も聞いてくれてありがとう。流川さんの曲はいいね。なんかすっとなじむ感じがするよ」
「そ?それはよかった」
彼とはここ数週間でかなり仲が良くなったと思う。
私自身、あまりひととは必要以上に親しくならない人間なのだ。必要以上に踏み込まれると、重たく感じてしまい、自分から離れてしまう。小さい頃は人見知りで、未だに私の中の何処かで、人見知りが残っているのかもしれない。
彼の場合、取り敢えず余計な詮索はせず、お互いあまり踏み込まない。普通のひとはすぐ質問をしてきたりして、プライベートな部分に入ることで友情を築くのだろうが、私達はそれが苦手なのだろう。いや、臆病。とも言える。いつも何処かで人を警戒している。だからこそ、彼との距離感が心地よかった。
「水嶋君の声って特徴的だよね。いい声だなって思う」
いや、と彼は言った。
「最初はもっと子供っぽくて女の子みたいな声だったんだ。でも、声代わりに失敗して、それで、中途半端に掠れてしまったんだ。そんないいもんじゃ無いよ」
「そうなんだ。私は、いいと思うけどな」
彼の声は、澄んだクリアな声で、それでいてすこし癖のある、掠れた様な声だ。私は声代わりの失敗で、あんなにいい声が生まれるのだと感心した。
「流川さんこそ、世界観がいいと思う。音楽にしたって、小説にしたって。まるで母さんとは違う」
ああ、と続けて彼は言う。
「母さんは作曲家なんだけれど、売れる事だけを目的とした、どれだけ頭に残るか、そんな事ばかりで、まるでお金の事しか考えていない」
それに比べて、流川さんはーーと彼は言った。
「そうかな、素直に受け取っておくね」
「ああ、それがいいとも」
こんな風に最近の私と彼は放課後、美術室で、他に何をするでもなく、時間を過ごしていた。
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「オーディションを受けようと思うんだ」
彼は開口一番、そんな事を言った。
「へえ、音楽の道に進むんだ」
「うん。僕はこれ以外はからっきしダメだから」
「確かにそうだね」
「そこは軽く否定してよ、ひどいなあ」
はは、と彼は笑いながらそう言った。
「それでね、僕はそのオーディションに受かったら、好きな子に、告白しようっておもってるんだ」
私は一瞬身構えた。彼が踏み込んだ話題を振った事に、警戒を覚えたのか、将又他の理由なのかわからないが、身構えた。彼がそう言った事をいうのは、意外だった。
そこでね、と彼は言う。
「僕は作曲が出来ないから、一緒にオーディションの練習と作曲を手伝って欲しいんだ」
ああ、そういう事か。さすがに、理由くらいは話しておいた上で、お願いしようという事か。何故か胸の奥がちくっと痛んだ気がするが、オーディションに受かる様に協力をしようと思った。
「わかった。協力してあげる。じゃあ私は水嶋君を一から鍛えなおす事にする。水嶋君は見た感じ、肺活量が少なそうに見える。毎日朝からランニングね。もちろん私も付き合う。私はこう見えて陸上部顔負けのスタミナと、朝の強さを持っているんだよ」
「ああ、そりゃあいい。お願いするよ」
そう言って私と彼の猛特訓が始まった。
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スケジュールは、朝7時から一時間ランニング、30分の間に、ストレッチと休憩を挟み授業に出る。昼休みは私が作った弁当を食べ、放課後は作曲と、歌の練習を並行して行う。暗くなってきたら各自自宅で、作曲と、ボイトレに励む。
そんな生活を繰り返していたら、あっという間に、オーディションの日になった。私は怖くなり、月曜日に学校に行けなかった。今更自分の気持ちに気づいてしまった。私は水嶋君を好きになってしまっていたんだ。
彼から母に電話があったらしく、伝言があった。話したい事があるんだ。それと、オーディションに受かったよ、と。
ーーーーああ、好きだよ、水嶋君。
私は告白した報告なんて聞きたくなかった。余計学校に行きづらくなって、やっと、向き合わなきゃと思い、数日後、学校に登校した。
彼の机と椅子は、教室からなくなっていた。
私は先生にあとから伝えられた。「水嶋とは仲がよかったよな。あいつは転校したよ。なんでも親が海外に行くそうで、ついていかざるをえなかったそうだ」
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私は今、大学を卒業したところだ。あれから、まだ彼への気持ちを忘れられずにいる。だから、私は音楽の道に進む事にした。あの日から曲を作っては提供し、ある程度の評価がもらえるまでにはなった。彼を追いかけて。
海外でのアポも取れて、イタリアへと飛んだ。そこで、現地の人に、ここのライブハウスですごいいいシンガーソングライターが歌うらしい、と。聞いたので覗いて見る事にした。ちなみに外国語も彼を追いかけている影響で数カ国語覚えた。
私は未だにあの小説の続きを描けずにいる。自分の状況にピッタリだからだ。あの小説は離れたところで時間が止まっている。
私はライブハウスのドアを開けた。
聞こえた。
懐かしい声が。
懐かしい曲。私の曲で一番最初に彼が歌った曲。
『なんであの時、言えなかったんだろう。
なんであの時、言えなかったんだろう。
気づいていたはずなのに。
今は離れてしまった。
それでも僕は求める。
いつかあなたと巡り会える事を。
この道を歩き、いつの日か。』
私はすこしの涙と、いっぱいの嬉しさが詰まった表情をしていた。
ーーーーーー小説の続きが、書けそうだね。