表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

転生ハーピーさん、テイムされて溺愛されて。

作者: 蒼原はえる

 足で扉を開けて、中からビンを見つけた。まるで冷蔵庫みたいに、冷気が箱には漂っていた。

 うーむ。〈鑑定〉のスキルがあれば、見ただけで分かるのに。紫色とか青色じゃなんの飲み物かわからない。

 とりあえず無難に、オレンジ色の液体が入ったビンにしよう。ジュースだといいんだけど。

 落とさないように、手で包むように持たなくちゃ。

 コルクは歯で齧って引っこ抜けばいいよね。


「危ないよ。俺が用意するから、君はそこに座っててね」


 後ろから声がした。

 思わず顔をしかめたくなる。

 いつのまに! さっきまでぐーぐー寝てたくせに!

 慌てて振り向けば、彼が私の額にキスをした。チュッというリップ音と感触、朝のあいさつは欠かせないよね。


『くるぅるぅ……』

「おはよう。ハル。挨拶してくれるようになったんだね。とっても嬉しいよ」


 彼が満面の笑みを浮かべている。そこらの女性なら、虜にしてしまいかねない。なぜなら彼は〈魅惑〉〈支配〉などの、精神に訴えかけるスキルを持っている。

 まあ私自身は生まれた時から〈魅惑〉スキル持っている、相殺されて効いていない。

 座っていろ、と言われたからには座って待っていますとも。

 彼はこの世界とは別の世界から来た。本人が言ってたし、実際に街の人達とは違うと感じる。

 彼がキッチンで鼻歌をしながら、朝食を作っている。

 あっ、この歌は、昭和のヒット曲だ。10代後半の子でも知っているんだ。前世を思い出して、ちょっとだけウキウキする。

 ふと視線を移すと、モンスターと目が合った。姿見の大きな鏡に映った、私の姿。

 手と腰から下が鳥のモンスター、ハーピー。それほど強いわけではなく、一体ならそこらの街人が束になれば勝てないこともない。ただハーピーはメスしかいない。他の種族のオスを攫ってきて、子孫を増やす。集団で人々の村などを襲う、性質の悪いモンスター。私の前世の良心が嫌だと抵抗しているので、仲間と強襲に出たことはないけど。

 そう私には、前世の記憶がある。


「朝ごはんができたよ。ハル、待たせたね。食べよっか」

『くぅー』


 モンスターの鳴き声だから、彼には言ってないし、言えないけどね。


「ほら、あーんして? 君の羽はフォークが持てないでしょ?」


 正論だよ? だけど、そんなの恥ずかしくてできない。


「こっち向いてよ、ハル。じゃないと口移しにするよ?」


 くすくす笑いながら楽しそう。あーんしましたよ! じゃないと本当に、口移しでごはん食べさせられちゃう。

 彼、変わり者だからなぁ……。

 初めて会ったときから。





 雨音がザーザーとうるさい。

 木々の枝葉で、空がよく見えない。森は深い。彼女達から逃げれても、他のモンスターがナワバリに入った私を仕留めるに違いない。

 この世界に神様はいるのかな?

 いるとしたら言いたい。

 人間の心で、モンスターとして生きていくのは無理だったんだよ。

 私は仲間から追い出された。異分子を集団に置いとくのは、危険だったんだ。彼女達の判断は、間違っていないと思う。それよりも、今まで私を育ててくれたことに感謝したい。

 たとえ羽がぼろぼろで、視界がかすんできても。異形に転生しても、ふて腐れず生きてこれたのは、彼女達の愛情なんだから。

 私が成体になると、仲間の彼女達は街を襲撃するよう誘ってきた。私は断わった。

 すると結果はこのとおり。ハーピーとして生きるのも、今日でお終い。

 そう思っていた。


「ハーピー、なのか……?」


 声がして目を開けた。久しぶりに見た人間は、この世界では珍しい色の髪と目だった。黒髪黒目、そして莫大な魔力は普通ではありえない量と質。

 人間が一歩一歩近づくだけで、モンスターとしての本能が逃げろと騒ぎ立てる。


「ああ、動かないで。今、傷を直すからね」


 手で触れる距離になって気が付いた。この人間は泣いている。静かに涙を落として、雨が降っているから拭わないのか。それとも私がモンスターだから、気にしていないのか。

 なぜ、泣いているの?


「マコト・ワタリっていうんだ。これからよろしくね、ハーピーさん」


 私の傷を治すと、人間は名乗った。

 これからよろしくね、の意味がわからない。


[スキル〈調教〉が使われました]

[スキルの抵抗に失敗しました]

[name:マコト・ワタリにテイムされました]


 頭の中に無機質な声が聞こえてきた。

 テ、テイム?! 捕獲されたの私?!

 ぎゅっと抱きしめられた。雨で濡れた体に、人間の体温が温かい。


「あまりにも君が美しいから、泣いてしまった。人って感動すると泣くんだね」





 私のどこが、彼の琴線に触れたんだろう。

 朝食を頬張りながら考えてみた。ちなみに人間の食べる食物と変わらない。

 彼はどこか感性が一般とは違う。それはすぐに分かった。

 あれは天気のよい日だった。街で一緒に歩いていたら、彼が私に言ってきた。


「見てハル。あのこ、かわいいね」


 彼の目線を追うとそこには一台の馬車。彼は〈透視〉スキルを持っているから、それで中にいるであろう令嬢を見たのかな? そう思った。


「あの馬車をひいてるサラマンダー、かわいいなぁ」

『くぅ?』

「ち、違うよハル。誤解しないで。俺が好きなのはハルだけだから」


 いやいや。私、あんなトカゲに嫉妬してないよ?

 その日の夜は大変だった。いや、えっちな意味じゃなくて。豪華な食事だのを用意して、服もふりふりなの着せられて、いかに愛しているかを言われた。

 まるで浮気を疑われた夫みたいだなぁ、と思った。


「ごちそうさまでした」


 おっと物想いにふけっていたら、いつのまにか彼が朝食を食べ終えた。


「今日は冒険者ギルドにいくから、数時間ほどお留守番しててくれるかい?」

『くぅーううぅー』


 横に座っていた彼は、はっと息をのむと私の腰に手をまわして囁いてきた。


「ごめんね。寂しいよね。数日間、依頼でお留守番させておいて。また留守番しろだなんて、俺が悪かった。今日は一緒に出かけようね。ハル」


 寂しくなんかないし。ただちょっと、外の空気が吸いたいだけだから。

 あとさりげなく首にキスしたり、匂い嗅いだりとかしないでいただきたい。はずかしい。

 彼の個人の家だから、同居人がいないけど。そういう問題じゃないと思うの。

 お出掛けなら、とある行事がある。私にとっては、一大イベントといっても過言ではない。

 私の部屋に来た。振り向き、さぁ!とばかりに羽を広げる。

 彼は顔を赤くさせている。

 はずかしがることはない。だれもが皆、生まれたときには裸なのだから。


「そ、それじゃあ。お着替えしようか。ハル」

『くるぅ!』


 手は羽。

 足はかぎ爪。

 ただ他は、普通の人間と見かけは大差ない。

 普段着のワンピースから、お出掛けようの可愛い服に着替えさせてくれた。

 彼はできるだけ見ないように気を付けている。けれどそろそろ慣れてもらいたい。私なんて、すっぽんぽんで生きていくことに、転生して数日で慣れたのに。

 街の大通りに出ました。


「ハル。離れないでね。君は美しいから、攫われてしまう」


 彼は簡素な鎧と腰には剣を装備している。街にいる冒険者と大差ない装備。けれど彼自身は、この世界に来るときにチート化している。弱い剣を使うことが、逆に相手に対しての手加減になるんじゃないかな。

 例えどんなに悪い奴が相手でも、命までが奪わないのが彼の流儀。

 冒険者ギルドについた。

 人混みがすごい。種族も人間以外にも、エルフだのドワーフだのがいる。他種族に好意てきな街でも、さすがに冒険者ギルド。モンスターがいると目立つ。

 こわくて彼にぴったりくっついた。

 依頼完了の報告をするべく、専用の窓口に並ぶ。この列の長さと捌き具合じゃ、たしかに数時間はかかりそう。

 おしゃべりで時間を過ごしていく。


「ハル。このあとは、通りでお買いものしようか。もちろん新しいお洋服も買うよ。それと君が付けれる、スキル付与のアクセサリーも作ってもらうんだ」

『くぅ?』

「鍛冶師のドワーフさんと仲良くなったんだ。そしたらね。専用のアクセサリー作ってくれるって。よかったね、ハル」

『くぅう!』

「可愛いね。愛してるよ、ハル」

『……』


 適度に相槌をうったり、うたなかったり。あと油断すると、愛してるよの返事をさせようとしてくる。

 あんなに並んでいたのに、おしゃべりしてるとあっと言う間だった。

 彼は窓口の職員に、依頼の紙と討伐証明のモンスターの角を渡した。


「依頼完了を確認しました。報酬はこちらになります。お一人で、このランクのモンスターを倒すとは……。いずれ最上位も倒せるのでは?」

「ははっ。買いかぶりですよ」


 彼はカウンターに置かれた、報酬の入った革袋を受け取った。

 あまり自分の能力に言及されたくないみたいで、彼はいつも適当にあしらってる。

 彼が今回倒したモンスターはAランク。最上位のS、それからA・B・C~とあって、全部で8段階の強さにモンスターは分けられる。

 若い彼の将来性に、ギルドの職員も絶賛したいのかも。


「流石にBランクのハーピーを、従えているだけはあります」


 全身の羽が逆立つようだった。

 近くにいた者は剣に手をやったし、依頼書を見ていた者は振り向いた。

 彼は、殺気を放っていた。


「従えている……?」


 慌てて職員は謝った。


「も、申し訳ありません。言葉が過ぎました」


 彼は謝罪に対して何も言わない。殺気を放つのを止めて、入口へと出て行こうとする。私は慌てて彼に付いていった。

 しばらく無言で街の大通りを歩いていた。ふと、彼が私に言ってきた。


「ごめんね」


 何にも私に謝る必要ないのに。

 心配になる。このまま彼が落ち込んだままだと思うと。

 彼の腕を羽で包んで引っ張った。


『くぅー、くぅー』


 通りに並んでいる屋台に案内した。

 串に刺さったブロック状のお肉は焼かれて、肉汁と香りが漂っている。果物はいくつもの種類があって、迷ってしまう。スープは具がたくさん入っている。どれもこれもおいしそう。

 もちろんお金を支払うのは、彼なんだけれどね。

 彼は無理やり笑顔を作って、でもそれは私をこれ以上悲しませない為なんだと分かった。


「ありがとう。君に気を使わせてしまったね。俺が悪いのに」


 その後は、彼が親しくなった鍛冶師さんがいる工房に行った。

 最初は別の人がカウンターで対応していたんだけど、直ぐに奥から職人気質なドワーフが現れた。


「おう。中あがれ」

「お邪魔します」


 どうしよう。私はここで待ってたほうがいいのかな。でもなぁ。他のお客さんが見てくるのが、そわそわしちゃう。


「おい。恋人もこっちこいや」

『くるぅ?!』


 こ、こ、恋人?! ちょっと彼ったら、私のことなんて説明したの!

 隣りで彼が、嬉しそうな表情で照れてるし!

 工房内にあがりました。いろんな匂いがする。人間にはわからないだろうけど、モンスターだからかある程度鼻が利く。


「ハルを工房内に入れるのが心配です。他の職人さんが嫌らしい目で、彼女のことを見てくるので」

「そりゃあ、そうだろうよ」


 てきとーに返事してるね?


「この前渡した素材、どうなりました?」

「ありゃあ、良いやつだ。鉱石との融合させたときの、耐久度が桁はずれだ」

「やっぱり、環境が変異させるんですかね?」

「だろうな。これでどうだ?」


 ドワーフがネックレスを見せてくれた。

 きらきらと光を反射する宝石が真ん中に。その周りには、植物を模した金属が支えている。

 彼が手の中にネックレスを収めた。握って、少しすると頷いた。


「耐久度、いいですね。ハル、おいで。つけるから」

『くぅ!』


 彼は後ろに回って、ネックレスをつけてくれた。それと髪を整えるふりして、頭をなでられた。


「似合っているよ。俺のお姫様」


 これがスキルが付与されているアクセサリー。嬉しい。モンスターにつけるアクセサリーなんて、普通は売ってないからね。特注だよ!


「ああ、笑顔のハルは天使みたいだよ! いや、違うな。もとから天使なんだった。見惚れるほど美しいし、優雅な羽ももってる」


 彼はどうやら、ひとりの世界に入ってしまったみたい。放っておこうか。

 ドワーフががんばれよ、と言ってくれた。彼の愛は重いからね。受け止めきれるよう、がんばるよ。

 家に帰る頃には、夕方だった。

 服とか食材とかいっぱい買っても、彼の〈亜空間創造〉〈収納〉スキルのおかげで、手ぶらでの帰宅となった。

 この時間に家にいるときは、彼は愛剣の手入れをしている。今日はソファに座って、おしゃべりしてすごすのかな。

 隣りにいる彼は私を引き寄せるように、腰に手をまわしている。なのでされるがままに、私も彼の肩に頭を傾けた。

 ゆっくりと静かな声だった。


「ひとつ、後悔してることがある。君を……無理やり奪うような真似をしたことを」

『くるぅ?』


 顔をあげれば、彼は真剣な表情だった。いつもの笑顔じゃない。


「一目ぼれして、これ以上傷ついてほしくないからと、強引な手段を使った。ごめん」


 なんだ昼間にごめんねって言ったのは、その事だったんだ。


『くるぅーるぅー』


 人間の言葉が喋れないのが、これほどつらいのは初めて。彼に言いたい。

 ありがとう。

 助けてくれて、ありがとう。

 いっぱい愛してくれて、ありがとう。

 モンスターの言葉じゃ伝えきれない。もどかしい。

 だから彼が私に対して、態度で示しているように。私も彼に、この想いを態度で表そう。

 彼のまだ幼さが残る顔に近づいた。彼は驚いたように目を見開いた。

 彼からしてくれることはあるけど、私からキスをしたのは初めてだね。

 そんな意味を込めて笑った。

 ほら。いつもみたいに、撫でたりしてくれていいんだよ?

 どうしたの? 私の顔じっと見て。

 彼はおもむろに立ち上がった。なぜか私をお姫様だっこして。


「両想いなら……いいよね? ハル」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ