転生ハーピーさん、テイムされて溺愛されて。
足で扉を開けて、中からビンを見つけた。まるで冷蔵庫みたいに、冷気が箱には漂っていた。
うーむ。〈鑑定〉のスキルがあれば、見ただけで分かるのに。紫色とか青色じゃなんの飲み物かわからない。
とりあえず無難に、オレンジ色の液体が入ったビンにしよう。ジュースだといいんだけど。
落とさないように、手で包むように持たなくちゃ。
コルクは歯で齧って引っこ抜けばいいよね。
「危ないよ。俺が用意するから、君はそこに座っててね」
後ろから声がした。
思わず顔をしかめたくなる。
いつのまに! さっきまでぐーぐー寝てたくせに!
慌てて振り向けば、彼が私の額にキスをした。チュッというリップ音と感触、朝のあいさつは欠かせないよね。
『くるぅるぅ……』
「おはよう。ハル。挨拶してくれるようになったんだね。とっても嬉しいよ」
彼が満面の笑みを浮かべている。そこらの女性なら、虜にしてしまいかねない。なぜなら彼は〈魅惑〉〈支配〉などの、精神に訴えかけるスキルを持っている。
まあ私自身は生まれた時から〈魅惑〉スキル持っている、相殺されて効いていない。
座っていろ、と言われたからには座って待っていますとも。
彼はこの世界とは別の世界から来た。本人が言ってたし、実際に街の人達とは違うと感じる。
彼がキッチンで鼻歌をしながら、朝食を作っている。
あっ、この歌は、昭和のヒット曲だ。10代後半の子でも知っているんだ。前世を思い出して、ちょっとだけウキウキする。
ふと視線を移すと、モンスターと目が合った。姿見の大きな鏡に映った、私の姿。
手と腰から下が鳥のモンスター、ハーピー。それほど強いわけではなく、一体ならそこらの街人が束になれば勝てないこともない。ただハーピーはメスしかいない。他の種族のオスを攫ってきて、子孫を増やす。集団で人々の村などを襲う、性質の悪いモンスター。私の前世の良心が嫌だと抵抗しているので、仲間と強襲に出たことはないけど。
そう私には、前世の記憶がある。
「朝ごはんができたよ。ハル、待たせたね。食べよっか」
『くぅー』
モンスターの鳴き声だから、彼には言ってないし、言えないけどね。
「ほら、あーんして? 君の羽はフォークが持てないでしょ?」
正論だよ? だけど、そんなの恥ずかしくてできない。
「こっち向いてよ、ハル。じゃないと口移しにするよ?」
くすくす笑いながら楽しそう。あーんしましたよ! じゃないと本当に、口移しでごはん食べさせられちゃう。
彼、変わり者だからなぁ……。
初めて会ったときから。
雨音がザーザーとうるさい。
木々の枝葉で、空がよく見えない。森は深い。彼女達から逃げれても、他のモンスターがナワバリに入った私を仕留めるに違いない。
この世界に神様はいるのかな?
いるとしたら言いたい。
人間の心で、モンスターとして生きていくのは無理だったんだよ。
私は仲間から追い出された。異分子を集団に置いとくのは、危険だったんだ。彼女達の判断は、間違っていないと思う。それよりも、今まで私を育ててくれたことに感謝したい。
たとえ羽がぼろぼろで、視界がかすんできても。異形に転生しても、ふて腐れず生きてこれたのは、彼女達の愛情なんだから。
私が成体になると、仲間の彼女達は街を襲撃するよう誘ってきた。私は断わった。
すると結果はこのとおり。ハーピーとして生きるのも、今日でお終い。
そう思っていた。
「ハーピー、なのか……?」
声がして目を開けた。久しぶりに見た人間は、この世界では珍しい色の髪と目だった。黒髪黒目、そして莫大な魔力は普通ではありえない量と質。
人間が一歩一歩近づくだけで、モンスターとしての本能が逃げろと騒ぎ立てる。
「ああ、動かないで。今、傷を直すからね」
手で触れる距離になって気が付いた。この人間は泣いている。静かに涙を落として、雨が降っているから拭わないのか。それとも私がモンスターだから、気にしていないのか。
なぜ、泣いているの?
「マコト・ワタリっていうんだ。これからよろしくね、ハーピーさん」
私の傷を治すと、人間は名乗った。
これからよろしくね、の意味がわからない。
[スキル〈調教〉が使われました]
[スキルの抵抗に失敗しました]
[name:マコト・ワタリにテイムされました]
頭の中に無機質な声が聞こえてきた。
テ、テイム?! 捕獲されたの私?!
ぎゅっと抱きしめられた。雨で濡れた体に、人間の体温が温かい。
「あまりにも君が美しいから、泣いてしまった。人って感動すると泣くんだね」
私のどこが、彼の琴線に触れたんだろう。
朝食を頬張りながら考えてみた。ちなみに人間の食べる食物と変わらない。
彼はどこか感性が一般とは違う。それはすぐに分かった。
あれは天気のよい日だった。街で一緒に歩いていたら、彼が私に言ってきた。
「見てハル。あのこ、かわいいね」
彼の目線を追うとそこには一台の馬車。彼は〈透視〉スキルを持っているから、それで中にいるであろう令嬢を見たのかな? そう思った。
「あの馬車をひいてるサラマンダー、かわいいなぁ」
『くぅ?』
「ち、違うよハル。誤解しないで。俺が好きなのはハルだけだから」
いやいや。私、あんなトカゲに嫉妬してないよ?
その日の夜は大変だった。いや、えっちな意味じゃなくて。豪華な食事だのを用意して、服もふりふりなの着せられて、いかに愛しているかを言われた。
まるで浮気を疑われた夫みたいだなぁ、と思った。
「ごちそうさまでした」
おっと物想いにふけっていたら、いつのまにか彼が朝食を食べ終えた。
「今日は冒険者ギルドにいくから、数時間ほどお留守番しててくれるかい?」
『くぅーううぅー』
横に座っていた彼は、はっと息をのむと私の腰に手をまわして囁いてきた。
「ごめんね。寂しいよね。数日間、依頼でお留守番させておいて。また留守番しろだなんて、俺が悪かった。今日は一緒に出かけようね。ハル」
寂しくなんかないし。ただちょっと、外の空気が吸いたいだけだから。
あとさりげなく首にキスしたり、匂い嗅いだりとかしないでいただきたい。はずかしい。
彼の個人の家だから、同居人がいないけど。そういう問題じゃないと思うの。
お出掛けなら、とある行事がある。私にとっては、一大イベントといっても過言ではない。
私の部屋に来た。振り向き、さぁ!とばかりに羽を広げる。
彼は顔を赤くさせている。
はずかしがることはない。だれもが皆、生まれたときには裸なのだから。
「そ、それじゃあ。お着替えしようか。ハル」
『くるぅ!』
手は羽。
足はかぎ爪。
ただ他は、普通の人間と見かけは大差ない。
普段着のワンピースから、お出掛けようの可愛い服に着替えさせてくれた。
彼はできるだけ見ないように気を付けている。けれどそろそろ慣れてもらいたい。私なんて、すっぽんぽんで生きていくことに、転生して数日で慣れたのに。
街の大通りに出ました。
「ハル。離れないでね。君は美しいから、攫われてしまう」
彼は簡素な鎧と腰には剣を装備している。街にいる冒険者と大差ない装備。けれど彼自身は、この世界に来るときにチート化している。弱い剣を使うことが、逆に相手に対しての手加減になるんじゃないかな。
例えどんなに悪い奴が相手でも、命までが奪わないのが彼の流儀。
冒険者ギルドについた。
人混みがすごい。種族も人間以外にも、エルフだのドワーフだのがいる。他種族に好意てきな街でも、さすがに冒険者ギルド。モンスターがいると目立つ。
こわくて彼にぴったりくっついた。
依頼完了の報告をするべく、専用の窓口に並ぶ。この列の長さと捌き具合じゃ、たしかに数時間はかかりそう。
おしゃべりで時間を過ごしていく。
「ハル。このあとは、通りでお買いものしようか。もちろん新しいお洋服も買うよ。それと君が付けれる、スキル付与のアクセサリーも作ってもらうんだ」
『くぅ?』
「鍛冶師のドワーフさんと仲良くなったんだ。そしたらね。専用のアクセサリー作ってくれるって。よかったね、ハル」
『くぅう!』
「可愛いね。愛してるよ、ハル」
『……』
適度に相槌をうったり、うたなかったり。あと油断すると、愛してるよの返事をさせようとしてくる。
あんなに並んでいたのに、おしゃべりしてるとあっと言う間だった。
彼は窓口の職員に、依頼の紙と討伐証明のモンスターの角を渡した。
「依頼完了を確認しました。報酬はこちらになります。お一人で、このランクのモンスターを倒すとは……。いずれ最上位も倒せるのでは?」
「ははっ。買いかぶりですよ」
彼はカウンターに置かれた、報酬の入った革袋を受け取った。
あまり自分の能力に言及されたくないみたいで、彼はいつも適当にあしらってる。
彼が今回倒したモンスターはAランク。最上位のS、それからA・B・C~とあって、全部で8段階の強さにモンスターは分けられる。
若い彼の将来性に、ギルドの職員も絶賛したいのかも。
「流石にBランクのハーピーを、従えているだけはあります」
全身の羽が逆立つようだった。
近くにいた者は剣に手をやったし、依頼書を見ていた者は振り向いた。
彼は、殺気を放っていた。
「従えている……?」
慌てて職員は謝った。
「も、申し訳ありません。言葉が過ぎました」
彼は謝罪に対して何も言わない。殺気を放つのを止めて、入口へと出て行こうとする。私は慌てて彼に付いていった。
しばらく無言で街の大通りを歩いていた。ふと、彼が私に言ってきた。
「ごめんね」
何にも私に謝る必要ないのに。
心配になる。このまま彼が落ち込んだままだと思うと。
彼の腕を羽で包んで引っ張った。
『くぅー、くぅー』
通りに並んでいる屋台に案内した。
串に刺さったブロック状のお肉は焼かれて、肉汁と香りが漂っている。果物はいくつもの種類があって、迷ってしまう。スープは具がたくさん入っている。どれもこれもおいしそう。
もちろんお金を支払うのは、彼なんだけれどね。
彼は無理やり笑顔を作って、でもそれは私をこれ以上悲しませない為なんだと分かった。
「ありがとう。君に気を使わせてしまったね。俺が悪いのに」
その後は、彼が親しくなった鍛冶師さんがいる工房に行った。
最初は別の人がカウンターで対応していたんだけど、直ぐに奥から職人気質なドワーフが現れた。
「おう。中あがれ」
「お邪魔します」
どうしよう。私はここで待ってたほうがいいのかな。でもなぁ。他のお客さんが見てくるのが、そわそわしちゃう。
「おい。恋人もこっちこいや」
『くるぅ?!』
こ、こ、恋人?! ちょっと彼ったら、私のことなんて説明したの!
隣りで彼が、嬉しそうな表情で照れてるし!
工房内にあがりました。いろんな匂いがする。人間にはわからないだろうけど、モンスターだからかある程度鼻が利く。
「ハルを工房内に入れるのが心配です。他の職人さんが嫌らしい目で、彼女のことを見てくるので」
「そりゃあ、そうだろうよ」
てきとーに返事してるね?
「この前渡した素材、どうなりました?」
「ありゃあ、良いやつだ。鉱石との融合させたときの、耐久度が桁はずれだ」
「やっぱり、環境が変異させるんですかね?」
「だろうな。これでどうだ?」
ドワーフがネックレスを見せてくれた。
きらきらと光を反射する宝石が真ん中に。その周りには、植物を模した金属が支えている。
彼が手の中にネックレスを収めた。握って、少しすると頷いた。
「耐久度、いいですね。ハル、おいで。つけるから」
『くぅ!』
彼は後ろに回って、ネックレスをつけてくれた。それと髪を整えるふりして、頭をなでられた。
「似合っているよ。俺のお姫様」
これがスキルが付与されているアクセサリー。嬉しい。モンスターにつけるアクセサリーなんて、普通は売ってないからね。特注だよ!
「ああ、笑顔のハルは天使みたいだよ! いや、違うな。もとから天使なんだった。見惚れるほど美しいし、優雅な羽ももってる」
彼はどうやら、ひとりの世界に入ってしまったみたい。放っておこうか。
ドワーフががんばれよ、と言ってくれた。彼の愛は重いからね。受け止めきれるよう、がんばるよ。
家に帰る頃には、夕方だった。
服とか食材とかいっぱい買っても、彼の〈亜空間創造〉〈収納〉スキルのおかげで、手ぶらでの帰宅となった。
この時間に家にいるときは、彼は愛剣の手入れをしている。今日はソファに座って、おしゃべりしてすごすのかな。
隣りにいる彼は私を引き寄せるように、腰に手をまわしている。なのでされるがままに、私も彼の肩に頭を傾けた。
ゆっくりと静かな声だった。
「ひとつ、後悔してることがある。君を……無理やり奪うような真似をしたことを」
『くるぅ?』
顔をあげれば、彼は真剣な表情だった。いつもの笑顔じゃない。
「一目ぼれして、これ以上傷ついてほしくないからと、強引な手段を使った。ごめん」
なんだ昼間にごめんねって言ったのは、その事だったんだ。
『くるぅーるぅー』
人間の言葉が喋れないのが、これほどつらいのは初めて。彼に言いたい。
ありがとう。
助けてくれて、ありがとう。
いっぱい愛してくれて、ありがとう。
モンスターの言葉じゃ伝えきれない。もどかしい。
だから彼が私に対して、態度で示しているように。私も彼に、この想いを態度で表そう。
彼のまだ幼さが残る顔に近づいた。彼は驚いたように目を見開いた。
彼からしてくれることはあるけど、私からキスをしたのは初めてだね。
そんな意味を込めて笑った。
ほら。いつもみたいに、撫でたりしてくれていいんだよ?
どうしたの? 私の顔じっと見て。
彼はおもむろに立ち上がった。なぜか私をお姫様だっこして。
「両想いなら……いいよね? ハル」