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円環が終わる  作者: 眼蝋
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1話第3節

「おはよう、ジョウク。今朝はずいぶんと騒がしかったのね」

「主にラーラがな」

「うひっ」

 下品な笑い声をあげながらがちゃがちゃと飯を口に流し込むラーラ。この外見のみを見ればただの少女かもしれないが、こういうところにも、コイツがただの野良犬だった様子が垣間見ることができる。偉そうに指指と連呼するくせに、いまだコイツの食事は素手で行われているというのだから、なんとも野蛮である。一体ナジムはどうしてこんな奴に血肉を与え、人として成立させたのか。

「七度も死ねば、気まぐれの規模も大きくなるわ。それこそ、あなたが想像もできないほどに」

「俺も七度死んだら、そうやって簡単に人の気持ちがわかるようになるのかね」

「無理よ。私だって、考えていることがわかるのはあなたくらいだもの」

「嬉しくないぞ、決して」

 俺とナジムの付き合いももう何百年となる。ナジムが俺についてそうであるように、俺だってナジムの考えていることくらいわかる。が、気まぐれについては確かに予想ができない。できないし、ううむ、規模が大きくなっているのも確かだ。

「そのうち、無から命を生み出せるようになったりしてな」

「それは、ないわよ。だって私は、神ではないもの」

「神のようなものだ。既に」

「……なんだか意地悪だわ、今日のジョウクは」

「そもそもだ」

 湯気の立つスープを思い切り流し込む。昔から食事は苦手だ。ナジムが俺を作ったときに、どうにも味覚のあたりが稚拙で未発達なままだったらしいが、たとえば俺がこの汁をうまいと感じたところで、遅々として進まない食事を楽しんでいるわけなどない。食事とは、短時間で、すばやく熱になるものを摂取するべきだ。

「俺は、運送業ってのも、納得していないからな」

「でも、もう一件したじゃない」

「あのなあ。あんなのは、ただのお使いだ。見ず知らずのババアに頼まれて山から薬草摘んで、渡して終わり。大した金ももらえなかった」

「おいしいパイをごちそうになったわ。それの何が不満?」

「味の問題じゃない。加えておくと、金の問題でもない。要は、ただの道楽だってことだ。ナジム。お前、今度死んだらもう終わりなんだぞ。前の村で焼身自殺を試みたときだって、俺は一度しか止めなかった。でも今度は状況が違う。俺がしてるのは、そういう話だ」

「全く。いちいち怒らないのよ、ジョウク。朝食を楽しみなさい。ラーラを見てごらんなさいよ。なんて楽しそうなのかしら」

「こいつは砂が風に舞ってもゲラゲラ笑うようなヤツじゃねえか。参考にはならないし、したくもない」

「はいはい」

 最後のひときれを上品そうに咀嚼するナジムにだって、食事を楽しんでいるような様子は感じられない。俺が言うのだから、楽しんでいないのだ。だのにこうして宿のラウンジで無駄な朝食を過ごしていることが、じわじわと俺を燻すのである。そんなこと、ナジムが気付いていないわけもないのに――。

「ねえ主様。今日はどこに行くの?」

「うん? そうね、どこに行きたいかしら」

「美味しいところ!」

「ふふ、それじゃあカリキ村ね。あそこはとびきり美味しいもの」

「やったー!」

 ラーラの外見は些か幼い。対するナジムも、一度目の復活以降、老化が止まっているものだから、その様子は姉妹のようだった。ラーラの誕生には少しばかりの疑惑が残るが、朝の一件然り、俺は俺で、完全にラーラを否定したいわけでもない。何より、生まれた命に罪はない。路傍で野垂れ死にしかけていた雌犬の命も、きっと尊いはずだ。そうでも思わなければやってられない。

 俺の目の前でじゃれ合う二人の女を見ていると、なんだか居た堪れない。ナジムに対してではない。ラーラに対しても出ない。では自身への悲哀だろうか。食えず、死ねず、人として生きることなど到底できない、人の真似事。人形。時折、七度も死ねるナジムがうらやましくなる。彼女には、もちろん言えないことだが。

「ジョウク」

「――ああ、なんだ」

「聞いていた? 次はカリキ村にいくわ」

「わかったわかった。そこで新しい依頼主でも見つけるんだろう?」

「うん、そういうこと。あわよくば、あなたの好きなお金がいっぱい手に入るもの」

「お金はおいしい! あたし知ってるぞ!」

「人を守銭奴みたいに言うんじゃねえ! ここの旅費だってただじゃねえんだからな!」

 七度目の復活。最後の一生。そもそも人とは、一度しかない生を尊ぶものだ。であるなら、人は彼女の七度の一生を尊びはしないのだろうか。革命に参加したこともあった。内政に取り入ったこともあった。それでも、いつも終わりが訪れる前に身を引く。いわばナジムは、何もしていない。七度もあるのに、何も成し遂げていない。そういう意味で、彼女は神ではない。神にはなれない。そんなナジムが、最後の人生で、人と人とをつなぐ運び屋をやりたいと言い出したことが――たまらなく不安だった。


 

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