対峙
「はははははっ! 高ーい!」
「おいおい、危ないな。動くなよ」
「大丈夫だよ。落ちないようにしてるし、仮に落ちても止めてあげるからさ」
「そういうことじゃないんだけどな」
俺と音越は、そんな会話を上空五十メートルあたりで交わした。交わす場所さえ問題なければ他愛のない会話だが、正直、場所が場所だ。ちょっとシリアスにもなる。あまり動じない俺も、これは少々身震いした。
「風が気持ちいいねー」
「ん? ああ」
「今日は雲があるからね。あんまり遠くは見えないや」
確かに彼女が覗き込む先は、曇り空と先ほどの雨のせいか、やや霞みがかっていて見えなかった。
「感傷に浸るのもいいけどさ」
「ん?」
「下もな」
「あっ、そうだったね」
感傷に浸る彼女をいなし、元々の目的である団地一帯の観察に戻ることにした。
空の上からなら、規制線もあまり関係ない。さすがに室内は分からないが、上から俯瞰して見ることで、判別できることもある。俺は彼女と協力して、いや、協力を願い出て、何かしら分からないか探した。
「いやー、中々見つからないもんだね」
「ああ。そうだな」
あれから一時間弱。暫く上空から探したが、時間と反比例するように、大した成果はなかった。時折、団地の屋上に腰掛けたり、近くの高層ビルに座りながら見てみたものの、分からなかった。
視点を変えるという発想は、探偵業では必須のスキルではあるが、どうやらここでは相性が悪いようだ。やはり、建物内に入らないと。それか……。
「やはり、俺らをつけている奴を見つけるしかないのか」
「うーん、それしかないかー」
どうやら、彼女も薄々気付いていたようだ。隣の団地の屋上に座りながら、二人して頭を抱えた。突き詰めると、部屋に入ることが難しい以上、こちらの方が幾分か確率が高い。ただ、確率は高いが……。
「しかし、どうやって」
「そこが問題だよね。このまま出てこなさそうだし。って、危ない!」
「!」
彼女の言葉が早いか、気配を察した自分が早いか、ともあれ俺は、不意に飛んできた鉄パイプを避けた。彼女も上手くかわしたようだ。
「誰!」
彼女が叫び、俺たちは鉄パイプの飛んできた方向を見た。そこには、壮年ぐらいの歳の男性が立っていた。髪はボサボサ、すらっとした細身。全身原色で統一した服装が派手ながらも特徴的だった。
「あんたが俺らをつけていた奴か?」
俺たちの前に立ちはだかった謎の男に、一つ質問した。まぁ、十中八九そうだろう。しかし、男から返ってきた答えは、意外なものだった。
「ハァ? 何のことだ」
男は、着ていたオレンジのパーカーのポケットに手を突っ込み、逆に聞き返した。
「ふざけんな。さっきからずっとつけ回してたろ」
「だから、何のことだって」
つけていた奴とは違うらしい。
ただ、それでは俺たちを襲った理由に説明がつかない。
だから、俺は質問を変えることにした。
「もういい。じゃあ、質問を変える。何故、俺たちを襲った?」
「あはははははぁッ! お前らと同じだよ」
「俺たちと?」
「山茶花の遺産狙いだろ、え!」
「遺産?」
「だから、山茶花の遺産。なぁ、何か知ってるなら教えろよ」
遺産?
山茶花の遺産?
こいつが俺たちを狙った理由が?
いろいろと情報が足りないが、男が俺たちを狙った理由は分かった。俺は落ち着いて深呼吸した。
「悪いが、俺たちは何も知らないね。ここに来たのも別の理由だ」
「別の理由?」
「山茶花のことで、な。なぁ、山茶花を殺した奴に目星はないか? それとも、お前か」
男の発した「遺産」という言葉に、彼は山茶花の現況を知っているようだ。敢えて隠す必要も無いので、俺は尋ねた。
「はーん、そうか。だがな、俺も遺産狙いなだけだ。詳しいことは何も知らねぇ。そういうことなら、警察にでも聞くんだな」
「ああ、そうするよ。行こう」
「へっ、へっへっへ。俺がすんなり返すかよおおおう」
「!」
これ以上得るものはなさそうだと、俺たちがこの場を後にしようとしたその時、背後から男の声と共に、数多のコンクリ片が、こちらに向かって飛んできた。