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襲撃

「何だってまた」

「そうだねー。私にだってさ、色々あるんだよ」


 胸につかえていたものが下りたのか、含みのある言い方だが、先ほどまでとは打って変わり、驚くほど清々しい声だ。地も出ている。こうも変わるとこちらが躊躇してしまいそうだ。


「それよりも、山茶花が殺されたって?」

「ん、本当は内緒でお願いしたいんだけどね。依頼をするには言わないといけないことだからね。まだ、報道発表もしていないんだ」

「そんなことをどうやって?」


 俺は、彼女に紅茶とお茶受けを勧めながら尋ねた。彼女は「ありがとう」と頭を下げ、勧められるまま紅茶に手を伸ばした。


「どうやってって。山茶花の爺ちゃん見つけたの私だもん。あっ! これ美味しそう」


 話しながら器用にお茶受けを摘む。頬張る姿がリスのように見える。


「ちょ、ちょっと待って。君が第一発見者ってことかい?」

「んー、そうなるねぇ」

「警察は呼んだのか」

「馴染みの刑事さんが何人かいるから、すぐ呼んだよ。大丈夫、そのままなんてことはしないからさ。うーん、これ美味しいねぇ」


 お茶受けのクッキーを美味しそうに頬張りながら、彼女は経緯を事細かに教えてくれた。側から見ると、クッキーを食べながらなので、可愛らしい話に見えるだろう。山茶花の話がお茶受けのついでみたいな感じになっているが、俺は構わず話を続ける。


「何で山茶花のところなんかにいたんだ?」

「山茶花の爺ちゃんは悪い人だったかもしれないけど、私にとっては恩人でもあるんだ。その話ぶりだと、最近の爺ちゃんのことは知らないね、探偵さん。爺ちゃんは数年前の犯罪を最後に、悪いことはしてないよ。街の片隅でひっそりと暮らしていたんだ」

「まぁ、ちょっと昔、マスコミを騒がせたって感じだよな。犯行回数は多すぎるけど、内容はそれほどでもない。回数のせいか名前はよく見るって感じだね。確かに、最近はめっきり報道で見なくなった過去の人だな」


 自分の意見を語りながら、彼女から、山茶花の近況や人物像を探った。

 確かに山茶花は、過去の人と言っていいかもしれない。昔の方が有名だった。「超能力者」というものが徐々に認知され、増加の一途を辿っていた頃、それと比例するように、自らの能力を犯罪や欲のために使うものが増えてきた。いわゆる「新犯罪時代」の到来だ。

そんな「新犯罪時代」黎明期に彗星のごとく現れたのが彼だ。彼は混迷を極める超能力犯罪者の中にあって、独特の美学と、彼の定める仁義というか、一定のモラルを守りながら力を行使し、社会にその姿を現した。

彼はその力を、社会的弱者のために使った。その運動の行き着く先として、権力者や社会とぶつかることになるのは避けられないことだったが、彼は躊躇も恐れも見せず、対峙し、争い、いくつかの場面で勝利した。もちろん、法や社会を犯したわけなので、世間一般で言うところの犯罪者として位置づけられたが、その義賊的な活動とカリスマ性に憧れを覚えるものも多く、一躍、超能力犯罪者の中で最も崇められる人間の一人となった。

ある時、彼は言った。


『犯罪を犯しても、守らなきゃならんものがある』

『確かに俺たちは犯罪者だ。だがな、それを忘れちゃ獣と同じなんだよ、俺らはさ』


 ある日、山茶花は、倫理を踏みにじり無法を働く超能力者集団の前に現れ、それを切り伏せた。そして、その場にいた多くの警察関係者や犯罪者、そして市民を前にそう語った。彼の特異なパーソナリティと、煌々と輝くアイデンティティーは、その場にいた人々の心を打った。カメラや紙媒体、ネットを通じ、それは瞬く間に世界中へ配信され、今を生きる者の指標となった。曰く『倫理を守れ。獣になるな』の精神は、良くも悪くも今に受け継がれている。勿論、倫理を破り、凄惨な犯罪に手を染める者もいるが、山茶花の声があって以降は驚くほど激減した。山茶花とはそういう人物なのだ。


「じゃあ、話もなんだし、一度爺ちゃんの家に行ってみる? 中には入れなくても、外観とかは確認できるし」

「そうだな……つっ!」

「!」


 俺と音越はほぼ同じタイミングで目を合わせた。そして、席を立とうとした身体をゆっくりとソファに戻した。


「探偵さんも気づいた?」

「あぁ、外に誰かいるな。複数……かな?」

「すごいね、何で分かるの?」

「ありがとう、昔とった杵柄ってやつかな」


 それを聞いて、音越が何か聞きたそうにこちらを見る。まぁ、分からなくもない。だが、この非常時だ。俺は答えずに押し黙る。


「んー、動いてるね。どうやらドアの向こうに集まっているのかな。他にも集まってきているって感じかな、探偵さん」


 沈黙に耐えかねて、音越が切り出した。気配を巧妙に隠しているが、確かにドアの向こうにいる。人の気配がある。


「そうだな。さて、どうする?」

「うーん、私狙いだと探偵さんに申し訳ないけど、外のがどっち狙いかも分からないしね。もしかしたら探偵さんかもよ」

「もしかしたらってことは、ほぼ音越さん狙いって考えればいいのか? 何か当てでも?」

「来る途中、ずっと私を尾行してた」


 声を潜めながら音越は答えた。それを聞いて、俺は頭を掻いた。探偵事務所は厄介ごとしか持ち込まれないが、こうなるなら、せめて最初に言ってほしかった。「尾行されてますけど、依頼してもいいですか」とか。


「何だって、いつから?」

「爺ちゃんのことを警察に話してからかな」


 それを聞きながら、俺は考え込む。


「じゃあ、警察関係者の可能性もあるわけか」

「それはないと思う。電話する前から微かに感じていたから」


 だが、音越はそれを否定した。その反応を見て、俺はすぐに理解した。


「つまり、山茶花の関係者の可能性が高いと。犯人の顔でも見たのかもしれないな」

「そうなるね」

「よし! ちょっと話を聞いてみる必要があるね。ちなみに、あのドアって高い?」


 ドアを指差す音越。ある程度予想できるが、嫌な予感がする。


「そんなに高くはないと思うけど」

「良かった!」


 ガシャアアアアアアアアアアン!


 そう言うと、音越は右手をドアに向けた。次の瞬間、ドアが大きな音を立てて、外に向かって吹き飛んでいった。まるで、目に見えない大きな力でドアが引き剥がされたようだ。特異どころでない超常怪奇な出来事が目の前で起こったわけだが、不思議と俺は落ち着いていた。俺は、この光景を何度かテレビで見たことがあるからだ。


「やっぱり目の前で見ると圧巻だな。音越さんのサイコキネシス」


 音越と言えばサイコキネシス、そのぐらい外せない要素とも言える。音越を有名人たらしめている、いわばアンタッチャブルな存在として認知されている理由とも言えるだろう。それを間近で見られたのだ。気持ちが高ぶってもしょうがない。だが、音越を見てみると、こちらとは反対に、どこか表情が暗い。


「逃げられた!」

「顔は見えたか?」

「いえ、向こうもこっちの動きに気づいていたっぽいね」

「ん、そうか」

「ん? どうしたの」

「しかし……」

「しかし?」

「まさか、ドアがあんなになるなんてな」


 隣のビル壁に突き刺さったドアを見て、半ば諦めるように俺は言った。

玄関から流れる風が少し気持ちよく、そして、冷たく感じた。

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