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依頼人

「どうも」

「どうも。何かご依頼かな?」

「はい! ちょっとお願いしたいことがあるんです」

「元気だね、君」

「元気だけが取り柄って良く言われます」


 ドアを開けると、そこには少女が立っていた。帽子を深く被り、マスクで顔を隠している。一見すると年齢はおろか、性別も判別し難い。それでも何とか少女と判断したのは、体型に幼さがあったことと、ユニセックスながらも服装に若々しさがあったからだ。何よりも、声と話し方が女の子のそれだ。女の子じゃないと思う方が無理がある。


「とりあえず雨も降っているし、まずは中へ」

「はい!」


 雨の中、立ち話もなんだ。俺は少女を中へ促した。

 少女は軽く会釈をした後、俺の後をとてとてとついて来るように事務所へ入った。


「はーっ、これが探偵事務所なんですね!」

 少女は中へ入るなり、開口一番そう述べた。

「事務所は初めて? 何にもないでしょ?」

「まぁ、掛けて」


 俺は、少しでも緊張をほぐそうと語りかけ、少女を向かいのソファに座らせた。少女は促されるまま座り、キョロキョロと周りを伺う。どうやらこういう場所に関心があるようだ。


 事務所は客商売の場だ。


  同業者の中には、ファミレスや業務用車の中で話す者もいる。

 うちの業界は、仕事柄「荒っぽい人」とも関わることもある。そして、場合によってはアポ無しだ。むしろ、その方が多い。

 そういう訳で、なるべく仕事場に厄介ごとを持ち込ませないようにするため、ファミレスなど、外で依頼人と向き合うものも多い。

  しかし、俺は事務所で言葉を交わすスタイルを貫いている。

  ここからは持論になるが、俺はファミレスなんぞで話を聞こうとするやつは、二流だと思っている。誰が聞いているか分からないし、防犯や周りのことを考えると、とてもじゃないが安心できないからだ。

  だから俺は、特別なことがない限りは、自分の仕事場で話を聞くことにしている。

  まずはそれからだと思っている。

  そのための流儀ではないが、仕事場であり依頼人とのコミュニケーションの場でもある事務所は、華美にしていない。最低限のものを最小で置いている。これは自分のためでもあるし、何より依頼人のためでもある。突発的な「トラブル」は少なくするのが基本だ。側から見ると、ややもすると質素で単調に見えるだろう。人によっては、あまり印象がよくないかもしれない。それを払拭するにも、まずは依頼人と話すことが重要になってくる。まぁ、今回のお客さんにはあまり関係なさそうではあるが。


「初めまして。俺はここで探偵をやらせてもらっている天澄奏多(あますみかなた)だ。まずは、名前を聞かせてもらってもいいかな?」


 俺は少女の真向かいに座り、優しく語りかけた。

 少女は俺の言葉を待っていたかのように、深々と被っていた帽子に手を掛け、横に置いた。帽子でよく分からなかったが、とってみるとやや癖のあるショートボブの、可愛らしい髪型だ。亜麻色の髪が、特に目を引いた。まん丸の瞳と合わさって、とても可愛らしく見える。そんな可愛らしい髪型の少女は、髪をやや掻き上げるようにして、マスクも外した。マスクをとった少女は、中学生から高校生ぐらいに見えた。客観的に見れば、可愛い部類の顔だ。クラスでもモテる方だろう。俺がそんなことを考えていると、少女は微笑みながら口を開いた。


音越遥(おとごえはるか)です。宜しくお願いします!」

「ん、こちらこそ。宜しくお願いします……って、あ!」


 彼女の名前を聞いたところで、思わず叫んでしまった。

 彼女の顔にどこか見覚えがあると思っていたが、名前を聞いて確信した。


「気付いちゃいました?」

「もしかして、『あの』音越さん?」

「はい」

「あー、やっぱりそうなんだ」


 俺は、期待と不安が混ざった、なんとも言えない声を出した。音越の顔を見ながら頭を掻いていると、彼女は悪戯っぽくにこりと笑った。


「みんな、私の名前を聞くと、だいたいそんな感じになるんだよね」


 やや地を出しながら、けたけた笑いながら少女は言った。


「いや、ならない方がおかしいって!」

「ですよね。では、改めまして音越遥です。宜しくお願いします」

「こちらこそ宜しく。しかし、何だって巷を賑わす音越さんが」

「へへっ、そんな私でもお願いしたいことってあるんですよ」


音越は今を時めく有名人だ。確かに見てくれや声は、同年代と比べても平均より上だ。

むしろ、上から数えた方が早いかもしれない。

ただし、彼女は、外見で有名になったのではない。

外見で有名になったのでなければ、知識が凄い、芸術的センスがあるとかの、所謂内面的才能で有名になったのかというと、それもある意味的を外している。

では、外見でも内面でもないとなると、彼女の性格的なものかという話になろう。

例えば、休みの日に誰かを助けたとか、そういうことだ。

だが、これも正解ではない。正しく言うと、満点ではないと言った方がよいのかもしれない。

結論から言うと、「人を助けた」という部分に関しては、満点といえよう。この、「人を助けた」という部分にこそ、彼女の本当の姿が見える。


 音越はぽつりと呟くように言った。先ほどまでの元気一片な感じではなく、何やら複雑な事情のありそうな声だ。それを聞いて、気づくと俺は、知らず知らずのうちに自分の喉元を撫でていた。今にして思えば、今回の依頼が只ならぬものだということを、直感的に感じたのかも知れないが、残念ながらこの時の俺は、そこまで気が回らなかった。


 俺はふぅと一息つき、そばに置いていたクリップボードに面談シートを挟み、音越の真向かいのソファに座った。


「それで、今日はどんな依頼を?」


 シートに本日の日付と音越の名前を書きながら、彼女に尋ねた。

 しかし、彼女は先ほどまでの元気はどこに言ったのかというぐらい無反応だった。俯いたまま、口をぎゅっと閉じ、何も答えない。答えないというより、こちらが質問していることに答えづらい、そんな感じである。テレビや雑誌で見る、凛々しく明るく、焦りを感じさせない彼女からは全く想像できない姿である。


「もしもし、音越さん?」


 彼女が心配だという気持ちもあったので、俺は気遣うように身を乗り出して、彼女にもう一度尋ねた。彼女も流石に悪いと思ったのかハッとした表情をし、静かに口を開いた。


「あ、あのっ!」

「ん?」

「一緒に探して欲しい人がいるんです」


 人探し。彼女から発せられたその言葉に、俺は少しばかり安心した。探偵をやっていれば人探しを依頼されることもある。むしろ世間一般では、探偵と聞いてよく思い浮かべる仕事だ。相手が相手だ、難しい案件ならどうしようかと思ったが、人を探す大変さはあるけれども、よく扱う仕事だったことに安心させられた。


「人? それは家族や友人ってことかな?」


 俺はシートの依頼内容に「人探し」と記し、下の詳細欄に目をやりながら、彼女に続けて尋ねた。この手の依頼は、だいたいが家族や友人だ。簡単なもんだ。


「いえ」


 が、返ってきたのは意外な答えだった。家族でも友人でもない。そうなると恩師やそういった類の人なのだろうか。俺が首をかしげると、続けて音越は口を開いた。


「単刀直入に言います。天澄さんは『山茶花狂四郎(さざんかきょうしろう)』って知ってますか?」


 俺はその名前を聞いた瞬間、それまで流暢に滑らせていたペンを止めた。いや、止めてしまった。止めざるを得なかった。依頼人が音越だと分かった時と同じくらい、むしろそれ以上の衝撃が、身体中を電流となって駆け抜けた。


「山茶花って、あの?」


 俺は確認するように尋ねた。


「ご存知でしたか!」

「まぁ、人並みにはね」

「あの人も有名ですからね、探偵さんが想像している人で間違いないです」


 音越の確信に満ちた瞳の色とその言葉を聞いて、俺は力が抜けた。


「探偵さんに、山茶花を殺した人間を探して欲しいんです」

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