プロローグ
雨は嫌いだ。
何時かのことを思い出す。何時かというのが何時のことか、それは然程重要なことじゃあない。
大方、雨の日というものは、嫌なこと、不幸なことが起こるものだ。起こらずとも、関わることが多くなる。見る機会が増えるとでもいうのだろうか。得てして、嫌なことと関わる機会が増えるのだ。雨の日が嫌いなのは、ここから来ているのかもしれない。
客商売をしている目線で見ると、雨の日は人の入りがどうしても少なくなる。荒天時に客の入りが増えるところもあるが、それはごく少数。大体は少なくなる。難儀な商売をやっているうちでも、それは同じだ。
では、人の入りが少なくなる理由に目を向けてみるとどうだろう。雨が降っていると、外に出たくなくなるものだ。歩きだと傘がいるし、自転車で通う距離なら、レインコートがいる。傘やレインコートを出してまで行くような用事ならいざ知らず、晴天の日で問題ないなら、わざわざ出ないだろう。自家用車を持っている人でも、同じことが言える。俺は運転できないが、雨天時の運転とやらは、予想以上に気を使うようだ。
つまり、「行かないといけない理由」がないと、人ってもんは雨の日にわざわざ外に出ない。そして、逆を言えば、雨の日に外に出る人は、仕事に行くためや子供を迎えに行くためとか、そういう義務的なものを差し引くと、どうしても行かないといけない、そんな腹に何かを抱えている確率が高くなる。わざわざ雨の中をやって来るわけだから、相応の理由があるというわけだ。
今日は雨。窓の外では、大粒の雨が街を濡らし、雨音が社会を包み込む。どんよりとした雲と空気は、互いの視界を悪くする。それに呼応するかのように、涙で心を濡らしたり、満たされない人、心に霞みがかった人がうちのドアを叩きに来る。「ドンドン」と。
ドンドン!
「おっ!」
ほら、そんなことを考えていると、早速お客さんが来た。昔、誰かに雨の似合う職場だと言われたこともあるが、いい迷惑だ。こんな日だ、何か思いつめている可能性が高い。仕事の性質上、そういうお客さんしか来ないが、こういう日は特にだ。灰色の雲のように重く、刺すように降る雨の如く鋭く、冷えた気温のように冷たい「理由」を持ったお客さんが来るのだ。
だが、そんなことを思っている場合ではない。ドアの向こうには、助けを求める人間がいるかもしれないのだ。早く、ドアを開けないと。
さて、今日のお客さんは、どんな「理由」を抱えているのだろう。
もりやす たかと申します。ご意見ご感想どしどしお待ちしております。よろしくお願いします。