第五百二十四話 飛び出していく銀河の彼方
「一体誰がこの結末を予想できたのか。第十一試合の恐怖の連続に会場は震え上がりました」
マジシャン主導による廃病院を舞台とした魔女っ子ホラー実況。
観客の一部はアリシアさんと同様に、筋肉インパクトの興奮から冷めやらぬ様子だった。
「まさかクリノ選手が被験者達を吸収し、ゾンビクイーンに生まれ変わるとは」
「薬品の組み合わせが偶然にも最強の敵を作り出してしまう。皮肉にも程がありますな」
男に見とれて降参するシーンなんて流したらファン以外からも大ブーイングが飛んでくる。
視聴率と課金勢を守るため、突拍子もない展開で試合のフィナーレを補完していた。
いつも通りキャスト・特殊効果・セットに至るまで全てがサッカク・マジシャンの担当である。
「広がり続けるウイルスから逃れるには、試合場の外へ脱出するしか方法はなかったようです」
感染を避けつつゾンビクイーンと死闘を繰り広げるも、マップ端に追い詰められたアリシアさんが降伏。
ワクチンを持っていたヨハンさんがクリノちゃんを元に戻したというシナリオだ。
「さすがにサッカク・マジシャンでも目に見えない物には対処できませんからね」
「ダークヒーローも万能ではないという事ですか。肝に銘じておきましょう」
いやいやいや!あの人音響攻撃も効かない上に壁抜け能力持ちやんけ。
しかもあそこにいたのが本体じゃないってんだから、どうとでもなったはずだ。
何しろ試合後、参加者席に残ってた一ツ和さんが普通に出てったもんな。
「あのまま姉ちゃん人質にしとけば勝てたのに、もったいなーい」
別れの挨拶と共に渡された「バリカタグミ極ライチ味」を頬張りながら、退場を惜しむ者がここに一人。
お前はおやつをくれる相手が欲しいだけだろ。
「兄様の体を見世物にするなんて、次に会ったらとっちめてやる」
一方リコちゃんは姉の安否よりも敬愛するお兄様の扱いにご立腹の模様。
着替え中のタイミングで呼ばれたらしいが、元々頭数に入れていたのだというから驚きだ。
ルールに抵触しないよう使い魔扱いにするという念の入れよう。
これ悪用したらいくらでも戦力増やせるじゃねーか。VIP以外には許されない仕様かもしれんけど。
「おいおい、そのうちお前も呼ばれちまうぞ」
「テメエも立場は同じだろうが」
試合を見ていたトムさんとクルーの一人が軽口を叩き合っている。
相手は確か、ウォンジィと呼ばれていた男だ。キャプテンに対して随分と馴れ馴れしいな。
「そんな事より次は私達です。無駄話をする暇があるなら当然準備はできていますね」
ラキさんの言葉に男達の何人かはブーツを履き直したり、文句を言いつつタバコを消していた。
不良と引率の先生かな?
「あんまり無理はしない方がいいっすよ。何しろ相手が相手なんすから」
「ご心配なく。私は戦闘には参加せず安全圏から援護をするだけなので」
きっぱり宣言した彼女はそれに、と続ける。
「サムライと戦ったあなた方に言われても説得力はありませんが」
「あー、そっすね」
正論を食らって苦笑いする俺にリコちゃんのジト目が突き刺さる。
小さな巫女様はため息をつくと、呆れ顔のままゆるふわ姉さんに視線を移した。
「何を言っても無駄よ。どうせ一人で全部決めてやりたいようにやるんでしょ」
「ですので口出しは無用です」
有無を言わせず己の意志を貫く彼女を見ていると、ゼナさんの妹なんだと改めて納得した。
頑固な点はリコちゃんに通じる部分があり血縁の強さを感じさせる。
似たもの姉妹にほのぼのしていると、解説の声によって会話は打ち切られた。
「そろそろ恐怖体験の余韻も冷めた頃でしょう。次のプログラムを開始します」
一番の恐怖はやらせと改変が横行する番組そのものだが、もちろん口に出したりはしない。
「まずは一般席よりパイレーツ・オブ・アドベンチャー、ラキチーム!」
屈強な男達に囲まれた桃色の髪の彼女は、おとぎ話に登場する囚われの姫君のようだった。
魔物の力を身にまとうキャプテンと並べばまさに美女と野獣。
しかし最も注意しなくてはいけないのは、ラキさんが使う一撃必殺の眠りの魔法だ。
海賊達の攻撃に紛れ、音もなく放たれた魔法は瞬く間に意識を刈り取る。
「参戦するのはラキ・トム・ホセ・ブライアン・ウォンジィ選手です」
可憐な見た目に騙されてはいけない。彼女は海賊チーム及び冒険者ギルドの影の支配者なのだから。
「そしてVIP席より唯我独尊に突き進む女王としもべ達、キャラメリダチーム!」
相変わらず戦いよりも舞踏会が似合いそうな衣装が目を引くが、京三郎の姿は確認できなかった。
本来彼が出場するはずの枠をイケメンが埋めてしまったのだろう。
「引き続きキャラメリダ・ノエミ・ケヴィン・ベン・コオリ選手が登場。見逃せない一戦です」
氷の美少年が画面に映り、静かだった会場に黄色い声援が飛び交った。
「もはや確認するまでもありませんが、人気投票の結果を見てみましょう」
イケメン効果により円グラフは当然女王様チームの圧勝。
華麗なビジュアルにバトルでの活躍も加わり、前回よりもグラフの比率を大きく傾けている。
マップ選びに名乗りを上げたのは、女王様のアシストを務めたケヴィン少年だ。
「さて、どうなりますかな」
「キャラメリダチームにとっては初のマップ選択とも言えますね」
前の試合じゃトンデモ預言者のせいで潰されてたもんな。
不思議現象でバトルフィールドを作り続けていたシステムだが、やけに時間がかかっている。
風景を何度もこね回し、収縮を繰り返すと今までと違い黒い靄が広がっていった。
周囲が暗くなり空と試合場の境目が曖昧になったところで、中心に光が生まれた。
「ふえ〜」
眼前に広がる壮大な光景に、俺とさとりは揃って大口を開けていた。
「第十二試合の舞台は人類と銀河を繋ぐ科学の集大成、宇宙ステーションです!」




