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第五百二十一話 落ちろ 落ちろ 奈落に落ちろ


 廃病院を舞台に突如として始まったホラゲ実況。

 モニターを通して流れる映像はゲーム画面を再現しており、イベントが起こるたびに視点が切り替わる。


「ここを通るの?」


 蜘蛛の巣だらけの廊下を不安そうに歩くアリシアさんを横からのアングルで。


「うぅ、何でこんな所に鍵が」


 病室にあったメモに従い、手袋を使ってトイレのタンクから鍵を回収。

 悪臭に顔をしかめる彼女を鏡越しに。


「びっくりした。ネズミかぁ」


 飛び出してきた小さな影に驚き、尻餅をついたタイミングをパンチラしないギリギリの方向から。


「いやーん!誰か取ってー!」


 服に留まった大きな蛾を必死で払おうとする彼女にズームアップ。

 ブラウスを叩いた拍子に揺れる胸、涙目で助けを求める少女を様々な角度から映し出す。


 エロイベントの時にだけ画面の解像度が上がるのはお約束である。


「様々な障害を乗り越えて進むアリシア選手。院長室でようやくマスターキーを手に入れました」


 クモの巣やネズミはともかく、不自然に配置された鍵の数々はどう考えてもマジシャン側の仕込みだ。


 ヨハンさんがゲーマーという可能性も捨て切れないが、エンタメ系に偏り過ぎている。

 盗賊のグルダさんと組んでいるのだから、危険なトラップで相手を追い詰める方が手っ取り早いだろうに。


「オラァ!!」


 とか思ってたら本人が直接乗り込んできた。

 重厚な扉を蹴破り、毒ナイフで武装したグルダさんを懐中電灯の光が照らし出す。


「いつまで遊んでんだ!とっとと来やがれ!」


 足止め役を頼まれたのに相手はイベントの消化で現れず、とうとう我慢の限界に達した模様。


「かよわい女の子に対してその言い方はどうかと思うけど」


「うるせえ!罠の部屋は避けるくせに無駄にウロチョロしやがって」


 どうやらちゃんと侵入者用のトラップは用意されていたようだ。

 近くに潜んで様子をうかがっていたが空振りに終わり、実力行使に出たというわけか。


「なぜアリシア選手が危険を回避できたのか?それは彼女が持っているライトに秘密があります!」


 院長室で対峙する二人をバックに毎度恒例の商品説明が始まった。


 お助けアイテム『クライシス・ライト』は、照らした場所に危険があるかを振動で伝える。

 洞窟探検や山菜採り、地雷撤去の現場でも活躍する万能ライト。


 レディースサイズや子供用など、用途で使い分けできると奥様に大好評だそうだ。


「待てない男はモテないわよ。まあ、そっちから来てくれたなら都合がいいか」


 そう言ってアリシアさんが懐中電灯のスイッチを押すと、彼を照らすライトが赤色に変化する。

 異変に気付いたグルダさんはナイフを構えたまま困惑の声を上げた。


「な、んだこりゃ!?」


 前に進もうと力を込めるがびくともしない。小悪魔スマイルを向ける彼女の代わりに解説が入る。


「クライシス・ライトには暴漢対策機能も搭載されています。これで夜道も安心ですね」


「誰が暴漢だコラァ!!」


 刃物を持って婦女子に襲いかかる姿は暴漢以外の何者でもないと思うのだが。


 赤い光を当てたまま懐中電灯を机に置き、背中に装着した杖を引き抜くアリシアさん。

 杖を振ると枯れ木を伝って伸びたツルがガラス窓を突き破り、暴漢もとい盗賊の体に巻き付いた。


「殺して復活されるのも面倒だし、ここでお留守番してもらおうかな」


 魔法で拘束しつつ距離を取るのも忘れない。

 手厚いサポートと彼女の用心深さが見事に噛み合い、敵の先鋒を的確に追い詰めている。


 全身を覆われてはたまらないと、グルダさんは唯一動く口で部屋の外に呼びかけた。


「出てこいお前ら!」


 単独行動に見せかけておきながら彼もまた伏兵を忍ばせていたのだ。

 開け放たれた扉の前に影が差したかと思うと、患者服を着た人々が一気になだれ込む。


「うわ」


 アリシアさんがドン引きしたのは数の多さにではない。患者達のおぞましい姿に客席から悲鳴が上がった。


「ゾンビです!ゾンビの集団が現れました!」


 溶けた表皮と虚ろな形相、ぎこちない動きが恐怖と生理的嫌悪感を抱かせる。


 集団がライトを遮った事でグルダさんは体の自由を取り戻し、ナイフでツルを切り脱出。

 生ける屍にも暴漢判定は有効らしく一部は動きを止めたが、横を抜けた者達が次々と押し寄せる。


 冷静にツルで縛り上げるも、パワー系の個体が緑の包囲網を突破し彼女に襲いかかった。


「アリシア選手にゾンビの魔の手が迫ります!このまま18禁な展開が繰り広げられてしまうのでしょうか!?」


「巫女が肉片になる状況は遠慮したいものですな」


 そりゃゾンビ相手じゃエロイベントよりグロ映像の方が優先されるでしょうよ。


 グルダさんも毒ナイフを手に奇襲を行うべくゾンビ集団に紛れ込む。

 バッドエンド不可避な絶体絶命のシチュエーションの中、両者の間で白い煙が弾けた。



「いくら熱烈なファンとはいえ、お触りはマナー違反デスよ」



 魔女っ子巫女のピンチに颯爽と登場したのは、マネージャー兼ボディーガードの奇術師。

 白いマジシャンはパートナーをお姫様抱っこで救い出すと音もなく着地した。


「遅かったじゃない」


 可愛らしくむくれるアリシアさんに感情の読めない猫目が向けられる。


「お待たせしてスミマセン。一通り調査も済みまシタし先に進みましょう」


 そう言って指を鳴らし、サッカク・マジシャンは彼女を抱えたまま床をすり抜けた。


「なっ!?」


「えっ!?」


 まさかの移動方法に驚愕したのはグルダさんだけではない。

 壁抜けならぬ床抜けを強制体験させられたアリシアさんも、目を見開いて固まっている。


 目まぐるしく変わる土とコンクリートを背景に、マジシャンが平然と言い放つ。


「離れないデ下さいね。スタックしますカラ」



 ホラーアクションにデバッグモードを持ち込む輩は出禁にするべきでは?



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