第五百三話 怪しいよとても
女王とイケメン王子の合体技がただの一蹴りで撃退されてしまった。
ノリノリで実況していたオッサン二人も、想定外の事態に閉口する有様だ。
予言を使ったのかと思いきや、ちびっこセンサーは首を横に振っている。
「お見事!いつの間にそのような技を習得したでござんすか?」
エンダさんが知らないとなると、あらかじめ靴に仕掛けがあったわけではなさそうだ。
最初からこんな蹴りが使えるなら隕石も氷の壁も自ら壊していそうなもの。
「感心してねぇで動け」
「はっ!そうでござんした」
予言者に促され、風来の巫女が居合いの構えを取る。
「奥義、カンケツ閃!」
蒸気が上がる刃から生じた斬撃が、再構築された氷の壁を瞬時に溶かした。
隕石と狙撃をかいくぐり女王様に肉薄するチャンスは今しかない。
すかさず二撃目が放たれた瞬間、エンジン音と共に猛スピードのバイクが滑り込んできた。
「ノエミ選手です!エンダ選手の渾身の一撃に車体を捻じ込み相殺したー!」
「力技にも程があるニャ!」
待て待て!木剣バフありの障壁を破った技を止めるとかどこの神器だよ!?
破壊光線に隕石斬り、予言者キックとバトルのインフレが止まらない。
「もう少し優雅に来れませんの?」
颯爽と駆け付けたノエミさんを女王様が素っ気なく迎える。
ヘルメットを脱いだ彼女は慣れているのか、不満顔をしつつも文句は言わない。
女王様にリコちゃんみを感じてしまうのは俺だけかな。
「敵から目を離してお喋りか。舐めやがって」
右手にナイフ、左手に軟体生物を掴んだ夜衣が一歩踏み出した。
未だ戦意の衰えない男の姿を女王様があざ笑う。
「これは勝者の余裕ですわ。そろそろ命乞いの作法を一から学ぶべきではなくて?」
「奴に呼びかけろ。まとめて片付ける」
煽りを無視して仕掛けようとする予言者だったが、巫女からの反応がない。
警戒しながら視線を動かした先には、ウサギ布団で簀巻きになったエンダさんの姿があった。
「オンセンパワァが切れたでござんす」
敵前で躊躇なく暖を取る豪胆ぶりにはもはや畏敬の念すら感じる。
巫女の怠惰に見切りをつけ、後方のパトロンに合図するため夜衣は腕を高く上げた。
ところがいくら待っても何も起こらない。
渋々振り返った彼の目が完全に凍り付いた江戸城と、足場の一歩手前で固まる仲間の姿を捉えた。
「安心して下さい。死んでませんよ」
輝くイケメンスマイルはモニター越しでも破壊力抜群だ。
前線の二人より閃光を飛ばすパトロンの方が圧倒的に危険度が高い。
舌打ちした夜衣がパトロンに向けてナイフを飛ばすも、氷の破壊には至らず表面を削るのみ。
「無駄ですわ。お前達の種は割れていますのよ」
女王様の言葉を受け、ノエミさんがバイクのライトを客席へと向けた。
花火が止み、静かになった会場で一階部分が浮かび上がる。
「照らされているのは立ち見席ですね。拡大してみましょう」
光の中心へ近付いたカメラに映る二つの人影。片方はつい先程目にしたばかりの銀髪少女だ。
「エピリタ選手です!手元にナイフが見えますが一体何をしているのか!?」
「ニャンと!?一般人に刃物を向けてるニャ!」
魔法のゴーグルを装着した彼女の手には、メカ忍者を刺した黒曜石のナイフがあった。
このタイミングで出てくる相手が居合わせただけの無関係な人間とは思えない。
脅されている人物はロゼッタさんと同じようにフードを被り、顔を隠していた。
「あいつがどうかしたのか」
人質に対し、あくまで知らない奴だと予言者は主張する。
フードの隙間から確認できる口元と金髪、背格好から相手も少女である可能性が高い。
「ネズミのようにコソコソ隠れて干渉するとは、そんなにあたくしが恐ろしいのかしら」
金の杖の合図でナイフを突きつけられ、フード少女が両手を上げた。
左右の手からハラリと落ちる花と一枚の札。
花の用途は分からんが、状況がチームの手助けをしていた事実を物語っている。
「あれが俺の物だって確証はあるのか?使ったら奴らに感知されるはずだろ」
確かに予言の使用が確認されれば運営側が黙ってはいない。
だがさっきの蹴りの威力は明らかに不自然だった。
何かしらの手段を用いてシステムを欺き、自分達が有利になるよう画策したのだろう。
「咎めてはいませんわ。薄汚れたネズミの策を見抜けぬ方が愚かというもの」
見下した笑みを浮かべながらバイクの後ろに女王様が飛び乗った。
「当然見つかった以上は利用される事も理解していますわね」
要するにエンダさんの奥義を止めたのは、予言者の仕組んだ策を横取りした結果だと。
同じ力を使うなら人間の蹴りよりバイクのパワーが上回る。
かといって観客席へ攻撃しようのものなら、制裁タイムが発動しかねない。
「くっ、このままでは敗北してしまうでござんす」
ロゼッタさんが一向に復帰しないのも、ひょっとして相手チームの妨害なのでは。
それはそうとして、シリアス顔のエンダさんも未だ布団に包まったまま。
睨み合う両者に焦りを募らせていたウサギ悪魔がたまらず声を上げた。
『エンダちゃぁーん!笠の裏側を見てぇーっ!!』
悪魔の声は布団のウサギ模様を通して彼女に届いている。どないなっとるねん。
「笠?」
言われてエンダさんが三度笠を脱ぐと、編み込みの隙間に紙が挟まっているのが見えた。
取り出し広げてみれば何やら文面が書かれた札があるではないか。
彼女が札を手にした途端、悪魔は急に落ち着き払い背筋を伸ばして微笑んだ。
『もう大丈夫。それを使えば無条件でエンダちゃんの勝ちになりますよ』
ウサギ野郎のトンデモ発言で、会場中が驚きに包まれたのは言うまでもない。




