第四百二話 ポカポカ★ナイトフィーバー
異世界から元の世界に帰ったと思ったら、いつの間にか年上の彼女がいた。
俺は夢を見ているのか?それともタチの悪い冗談か何かか?
さとりのドアホが、俺の心を再び打ち砕こうとしてるんじゃあるまいな。
しかしあの邪悪の化身に頼まれたとしても、イケメンさんが女装なんてするはずはない。
これだけは百パーセント断言出来る。
となると、幻覚を見せられているという可能性もありえる。
実は俺はまだリーンバイトにいて、周りの景色が元の世界に見えているだけなのかもしれん。
だとしたら目の前のお姉さんはコオリか?
「どうしたの?そんなに驚いちゃって」
いやイケメンちゃう!!
うちのイケメンはこんな風にくっつかねーし!OPPAI腕に押し付けてきたりしない!!
この柔らかな感触は間違いなく現実だ!現実であってくれ!!
「あの、彼氏って俺の事っすか?」
俺は動揺を悟られないよう平静を装いつつ、お姉さんに聞いてみた。
他人の空似か、あるいは物凄い近眼という罠かもしれん。
後で痴漢呼ばわりされないためにも、極力こちらからは触れないように細心の注意を払う。
こんな吹雪じゃ目撃者なんていやしないんだ。自分の身は自分で守らなあかん。
質問した俺の顔を見たお姉さんは、一瞬キョトンとした後小さく噴き出した。
「ちょっと!笑わせないでよ」
ツボに入ったのか、お姉さんは腹を抱えて笑い続けている。
大人の女性が無邪気に笑う姿に、思わずときめいて見入ってしまう。
決して屈んだ拍子に谷間が見えたとかそういう類の理由ではない。
少なくともCかD。Bって事はないな。
「あんたが土下座して頼んだんじゃない。デートしてほしいって」
「HAHAHA、ソウダッタッスネー」
セクシーお姉さんが話したショッキングな内容に、俺は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
俺、マジでそんな情けない方法で告白したのか?いや俺じゃないけど。
せめてもうちょいマシなアプローチはなかったのかよ。
ドラマチックな出会いじゃなくていいから、男らしさをアピールするとか色々あるだろ。
一通り笑い終えたお姉さんは、涙を拭うと自然に腕を絡めてきた。
「ほら、馬鹿な事言ってないで早く行こう?待ってたんだから」
やっぱコオリと同じで少しひんやりしてんな。体は柔らかくて温かそうに見えるが。
って違うわ!
この人も雪女じゃないかって言いたいんだ俺は。ホラ、吹雪止めてたし。
つーかこれが幻覚だったら俺、すげえ間抜けな格好してんじゃないか。
誰か見てんならそろそろ止めてくれよ!氷漬けでもビリビリでもいいから!
じゃなきゃもう現実だって確定すっからな!
あ、爆発はアフロになりそうなんでやめて下さいお願いします。
「行くってどこ行くんすか?」
お姉さんは神社とは別の方向を目指して歩き出した。
初詣に行くんなら、さっきの神社ぐらいしか無いはずなんだが。
この冬場のクソ田舎で、他にデート出来そうな場所なんてあったか?全然思いつかん。
「ホテルに決まってるじゃない」
せめてバイクか車でもあれば。
そんな風に考えていた俺は、お姉さんの言葉に足を止めた。
「どうかした?」
不思議そうに見上げてくるお姉さんの顔は、やはりどこかイケメンとよく似た雰囲気を放っていた。
そうじゃない。
この美しいお姉さんの口から、いかがわしい単語が出なかったか?
「タロー、温泉好きだったでしょ」
「ああ!寒いっすもんね!」
何だ、日帰り入浴って事か。心臓飛び出るかと思ったぜ。
俺の事温めてくれるとか言ってたもんな。さすが大人の女性。
キャンプに誘っといて遭難ごっこに巻き込む馬鹿りんちょとは違うぜ。
何が山小屋で温め合おうだ。お前と抱き合うぐらいなら小屋燃やして暖取った方がマシだっつーの!
やっぱ付き合うならクソガキより、エスコートしてくれるお姉さんだよな。
「じゃあ入ろっか」
手を引かれて徒歩十分。俺とお姉さんは目的地へと辿り着いた。
うん、確かにでかでかと温泉の文字がある。
カラオケもあるみたいだし、こりゃ若い男女のデートにはもってこいだ。
綺麗なお姉さんはクルッと振り返って悪戯っぽく笑った。
「前から行ってみたいって言ってたでしょ。ほら、ぼーっとしてないで行こう」
体を密着させ、俺の手を取り入口へと誘導するお姉さん。
慣れた足取りでコテージの一つに近付くと、センサーに反応してライトがついた。
そして流れる機械音声アナウンス。
ラ●ホじゃねーか!!
初デートでラブ●って、色々すっ飛ばし過ぎだろ!?
嬉しいけどいいのか!?ありがたくお誘いに乗らせていただいちまうぞ!?
美人のお姉さんの誘惑を断るなんて失礼だもんな!!
「チェックインしとくね」
「あっ」
お姉さんがオシャレな財布を出したところで俺は我に返った。
いかん!こういうのは男が払うもんだ。
お姉さんの厚意に甘えた上に金まで払わせるなんて、情けないにも程がある。
自動精算機に近付いた俺は、ふとある物に目が留まった。
「サーセン!!財布忘れてきましたあぁ!!」
俺は反射的に土下座っていた。地面が凍ってようが関係無い。
「ホント申し訳ないんすけど!今日のデートは中止という事で」
「そんなの私が払うから気にしなくていいのに」
「男のプライドがあるっす!今回だけはマジでスンマセン!!」
俺は見てしまった。
お姉さんが財布から出した、雪だるまマークのクレジットカードを。
チラリと見えたカードにはSAYUKIの刻印が入っていた。
このお姉さんは行方不明になったはずの、コオリの母親だったのだ。




