第三十一話 ボーイミーツソード
「ねータローちゃん。あれ見て」
それまで静かにしていたさっピーの声に、ヤな予感をさせつつ振り向いた。
また妙な物を見つけてトラブルを起こすんじゃあるまいな。
リコちゃんに忠告されたばかりだってのに。
「!?」
サトリンジャーが指す方を見た俺は我が目を疑った。
宝箱だ。
金縁の赤い箱が部屋の脇に放置されている。
「何が入ってるのかなー」
「さ、さあ。何だろな」
いかん、思わず手を伸ばしてしまいそうだった。
海賊船にありそうな宝箱なんて反則だ。男心くすぐりまくりじゃねーか。
巫女ちんが無言でこちらを睨んでいる。
「こんな見え見えの罠に誰が引っ掛かるってんだよ。なあ沙雪」
「そうだね。タローさんが勝手な行動を取るはずないよ」
ありがとうイケメン。でもちょっと無条件の信頼が怖いぞ。
「お宝って感じだったよねー。タローちゃんがやってるゲームみたい」
「そうだなー、お前ん家ゲーム禁止だもんな」
相槌を打ちながら俺は夢が詰まったトレジャーボックスから目を逸らした。
純粋な少年心を弄ぶとはなんと卑劣なトラップだ。
「あ、あれ知ってるー」
「今度は何だよ」
パイレーツな宝箱に耐えた俺はもう惑わされない。どんなお宝だろうとな。
「どうせ大したもんじゃ」
ないだろうと言いかけた俺は圧倒された。
「なっ!?」
通り道の真ん中にある豪華な台座に置かれ、いや刺さっていた。
伝説っぽい剣が!
金の柄には緑色の大きな宝石があり、透き通った刃がライトに反射する。
「あれって勇者の剣でしょ」
「あ、うん。そーだろーなぁ」
何でこんなのが室内にあるんだよ。抜いてくれって言ってるようなもんじゃねーか。
「触らないでよ」
振り向いた巫女たんの目が一層厳しさを増しているのは気のせいじゃない。
「まさかー。そんなコトスルハズナイジャナイカ」
ちょっと動揺してカタコトになってしまった。
普通に驚くだろこれ。こんなのあったら誰だって引っ掛かる。罠があると知っていても。
恐ろしい部屋だ。早く通り抜けないと俺の自制心がもたない。
「ほらさとり、そんなの構ってないで先を急ぐぞ」
よし、俺は踏み止まったぞ巫女さん。
この程度で俺の勇者としての尊厳が脅かされるものか。
爺さんを救出してダンジョンを攻略した先に栄光のファンタジーライフが待っているんだ。
「タローちゃん、あっちにもいっぱいあるよ」
「おい、先を急ぐって言っただろ」
全く次から次へと困った奴だ。いい加減にしないとリコちゃんに置いてかれるぞ。
ミニちんが見ている方向にはさっきと同じように台座と剣が並んでいた。
それもたくさんの種類が。
さすがに伝説ソードも量産されるとありがたみが薄れてくる。
「いちいち反応してないで行くぞ」
「えー、もっとタローちゃんとお話したいのに」
ダンジョンの危険ゾーンでする事かよ。何考えてんだ。
「帰ってからにしろよ。ホレ」
あんまりチョロチョロさせるわけにもいかんので、仕方なく左手を差し出した。
途端に目を輝かせるロリ学生。
「へへー」
不測の事態への要員を捕まえておくのは本末転倒な気もするが、まあ何とかなるだろ。
コイツを放置しておく方が危険だ。
ご機嫌ツインテの手を引きながら俺は周りの様子を探る。
飾られた豪勢な武器の数々が暗闇の中で輝きを放っている。
どれもゴテゴテした宝石や金でギンギラギン。さりげなさの欠片も無い。
「ロマンが分かってねぇな」
あんまり露骨だとかえって安っぽく見えるってもんだ。ただの金目の物に男心は惹かれない。
ちょっとは欲しいけどな。
装飾品と化した武器達や台座の脇に散らばる財宝を横目に進むと、前方に光が見えてきた。
「おっ、出口が見えてきたぞ」
「なーんだ。楽勝だったじゃん」
亡霊にも襲われず無事にお宝地帯を突破出来た。
それで気が緩んだんだろう。ふと視界を掠めた物に俺は何の警戒心も抱かず目を向けた。
「!!」
KA・TA・NAだ。
きらびやかな財宝の中で異質な存在感を放っていたのは、紛れも無い日本刀。
あの独特の形状は日本男子なら誰もが憧れ、手に入れるのを夢見たもの。
日本人だけじゃない。侍や忍者を知る世界中のボーイ達が求めずにはいられない。
「タローちゃん?」
ほ、欲しい。無茶苦茶欲しい。
しかしここで手を出してしまったら敵の思う壺。アーンド巫女ちゃんに怒られる。
でもあれだけお宝っぽくないぞ。床に放置されてるって感じだし。罠じゃない、のか?
いやいや!お宝ゾーンにある以上罠に決まってる。騙されるな俺!
「何してるの?」
だがお宝にしちゃ全然豪華じゃない。もしかして罠とかじゃなくて誰かの私物かも。
そうだよ。侍とか召喚されてても全然おかしくないじゃん。
きっとダンジョンで無念の死を遂げたお侍さんが遺した遺品なんだ。
「ってそれじゃ亡霊入りじゃんよ!」
虚空にツッコミを入れた俺に皆の視線が集まる。
「どうしたの!」
急に大声を出したんでリコちゃんが驚いて振り向いた。
「あ、いや何でもない。ちょっと亡霊へのツッコミ練習を」
「ツッコミって、スモーの技か何か?」
「そうそう!」
「程々にしてよ。もう出口なんだから」
うまい具合に勘違いしてくれて助かった。
巫女さんをとりあえずごまかせた俺はホッと息を吐き、少し冷静になる。
あれが罠じゃなかったとしても、今持ち帰るのは無理だな。バレたら怖いし。
いつかまた来た時にあの刀を手に入れてやろう。
そう結論付けて俺は前を向いた。
「タローちゃん、これ欲しいの?」
ところが俺の目の前には刀を手にしたさとりと、背後に佇む骸骨が映っていた。




