第二百九十一話 ウサギ三兄弟
『き、聞いてないよぉーん!!』
あの特殊な壁はマジシャンの能力そのものだったらしい。
だからマジシャンは行く先々に現れ、壁を作って待ち受けていたのだ。
彼らがどこを目指すかある程度は予想出来るが、どの道を通るかまでは分からない。
何せこの塔は複雑に入り組んだ盗賊団の要塞。
いちいち全ての場所を塞いでいては、無駄な力を使うばかり。
タロー達の動向をうかがいながら、壁を設置する場所を決めていたのだろう。
(来い)
グルダの判断は早かった。
戸惑う彼らに一言告げると、そのまま最初に行くはずだった細い通路に向かう。
(また新しい罠じゃないんすか)
(んなもん後で考えりゃいい)
(さんせーい!)
同じ場所を進むのは面倒だとサトリも張り切ってグルダを追い掛ける。
(おい待てって!)
タローの制止も聞かず、小柄な彼女は軽々と細い通路を駆けていった。
グルダは大量の武器を身に着けながらも、器用に体を曲げて進んでゆく。
体の幅も身長もグルダより高いタローには、二人をすぐに追う事が出来ない。
下手に急いで進むと通路に挟まる恐れがある。
(すまん、先行っててくれ)
(分かった)
言われてサユキがグルダ達を追い、当然のようにキュロも続く。
残されたタローは通路を見つめ、ぽつりと一言。
(これ途中で飯食ったら出れなくなるんじゃね?)
ふざけた事を考えてないで、早く先に進めとタローに念を送る。
またいつ邪魔が入るか分からないというのに。
(よし!)
私の願いが通じたのか、タローは気合を入れて狭い通路へ体を捻じ込んだ。
(ぐおおぉ)
ギチギチと詰まりそうになりながら進むタロー。
この様子では通路を抜けるのに結構時間が掛かりそうだ。
『は、早くしないと上ってきちゃうよぉーん!』
グルダが選んだ通路だ。きっと最短距離でここまでやってくる。
クランビットは慌てて部屋の隅へ行き、板張りの床に向けて指を振った。
すると分厚い鉄板が現れ、取っ手のある部分をすっぽりと覆い隠す。
同じように窓と入口の扉にも分厚い金属の板が設置された。
『これでひとまず大丈夫なはず』
この部屋へ通じる全ての場所を塞いだのだろう。
ハンカチで汗を拭ったタキシードのウサギは、呼吸を整え丸い物体へと向かう。
焦った様子を部下に悟られては困るのか。
『おっと、その前に念には念を入れて』
もう一度クランビットが指を振ると、部屋の空気が不自然に動いた。
マジシャンが最初に連絡を寄越した時と同じ、姿を隠し外部との接触を遮断する魔法。
それが部屋全体にかけられたのだと分かった。
つまり悪魔も私達と同じ空間に入った事を意味する。
これはチャンスだ。
今ならウサギ悪魔に触れたり、武器での攻撃が可能となる。
『コホン。では気を取り直して連絡を』
どうにかして連絡の妨害を出来ないかと考えていると、ガツンと鈍い音がした。
ビクリと耳を震わせてクランビットが振り向く。
音の発生源は部屋の隅にある床。先程悪魔が魔法で鉄板を被せた部分だ。
(クソ悪魔が、入口を塞ぎやがったな)
水盤を見れば、今まさにロープを登って鉄板を叩くグルダの姿があった。
いくら何でも早過ぎではないか。
そう思って水面を観察してみると、彼が手にしたロープがやたらと長い事に気付く。
どうやら一階部分とこの部屋が縦穴で繋がっているようだ。
直通の場所があったのにも驚きだが、この短時間で登り切ったグルダにも感心する。
あんなに無駄な武器を抱えて、よくこれだけの高さを登れたものだ。
「クリノ」
見入っている場合ではない。
「種の袋を渡して」
「いいけど、どうするの?」
クリノが荷物に持ち込んだ大量の草や花の種。
あまりに多くて荷物に入らなかった分は、小分けにして持ち歩いている。
袋の一つを受け取って探ると、丁度いい大きさの物を見つけた。
『うん、ボクだけど頼みたい事が』
「ふっ!」
ゴツゴツとした丸い種を、息を止めて思い切り投げつけた。
ガン!
その殻の固さから岩クルミと呼ばれる木の実。
私は小さな頃から石を飛ばして狩りを行っている。
魔法の力が尽きてしまった時でも、拾った石で代用出来るよう訓練していた。
帰り道で魔物に出会ってしまった時、魔法無しでも戦えるように。
『あるから戻ってくれないかなって、言おうと思ってたんだけど』
残念ながら、クランビットの連絡を止める事は出来なかった。
「何なりとお申し付けを」
奴の前には部下が出したガラスの壁があり、弾かれたクルミが床に転がった。
「り、リコ」
怯えるクリノの右隣には二匹目のウサギが、私の左側には三匹目のウサギがいる。
悪魔達は杖を向けて私達を挟むように立っていた。
「巫女の始末でしたら喜んでお引き受けします」
「どちらから消しましょう」
ウサギ悪魔達の目は本気だ。
クランビットに命じられれば、何のためらいも無く私達を始末するだろう。
命令されなくとも殺す気は満々のようだが。
『彼女達はお客様だよ。そんな乱暴はしないと約束したからね』
即座に呼び出しに応えた部下達を、クランビットは余裕の態度でたしなめた。
『悪魔が嘘をつくなんてとんでもない』
砂漠の悪魔に言われたウサギ悪魔達は、杖を収めて一礼する。
「もちろん存じております」
「全てクランビット様の仰せのままに」
忠実に従う三匹は間違い無く優秀な部下だ。
少ない言葉で主の意図を理解し、口答えもしない。
おまけに魔法で隔離された私達の存在をハッキリと認識している。
『それじゃあキミ達には招待客の相手をお願いしようかな』




