第二百五十一話 どこから見てもガールじゃない
「マジでこんなガキが存在すんのかよ」
キュロは未だに信じられない様子でシャシンを眺めていた。
クリノに至っては、そんな彼女の言葉など全く届いていない。
幼い子供と笑顔の相乗効果にすっかり魅了されている。
彼の小さい頃の姿がシャシン通りなら、出会う者全てを虜にしていただろう。
どうしてこんな愛らしい子供を捨てたのか、母親の気持ちは理解出来ない。
不特定多数の相手と関係を持っている時点で、共感など出来るはずもないけれど。
「うん?」
スマホのシャシンに見入っていたキュロが、何かに気付いて声を上げた。
「このシャシン、隣に他の奴も描かれてねえか」
彼女に言われてシャシンをよく観察すると、サユキが誰かと手を繋いでいる様子がうかがえる。
笑顔に視線が奪われてしまっていたため、指摘されるまで全く気付かなかった。
「これはねー、こうすんの」
サトリがスマホに触れると、描かれていた彼の姿がスッと小さくなった。
どうやらルーペのようにシャシンの一部を拡大していたらしい。
シャシンの全体図が明らかになり、雪山を背景に二人が並んでいるのが分かった。
サユキの隣に立って手を繋いでいるのは、仏頂面で横を向いている黒髪の少年。
髪はボサボサで、服の所々が痛んで破けている。
特に目立っていたのが鋭く野性的な眼光で、輝く笑顔の彼とは正反対。
随分と乱暴そうな雰囲気を放っていた。
「誰だ?この汚いガキは」
「タローさまはもっと年上ですよね」
シャシンの少年はサユキよりも少し背が高く、けれどもあまり歳が離れているようには感じない。
歳の差はせいぜい一つか二つに思われる。
「まさか」
私は一つの予想に思い当たり、スマホを持つ彼女に視線を向けた。
先程の話から考えれば、サユキと遊べるのはごく限られた人物だけ。
しかも描かれている場所は雪女の山だと話していた。
少年の服はみすぼらしく擦り切れているが、元々は上質な素材を使っているようだ。
「ピンポーン。あ・た・し」
彼の親友を名乗る乱暴な少女が、私達の前でイタズラっぽく笑った。
「へっ?」
「ウソだろおい!どう見てもゴミ溜めに住むようなガキじゃねえか」
今の姿とは似ても似つかないシャシンの彼女に、二人が信じられないと驚いている。
幼いサトリの格好はとても裕福な家の子供とは思えない。
キュロの言う通り、帰る家の無い孤児と表現した方がしっくりくる。
シャシンの荒んだ表情から、明るく元気な彼女の姿を誰が想像出来るだろう。
「この時は今よりちょびーっと荒れてたからね」
現在のサトリでも相当手が付けられないというのに、更に上回っていたというのか。
他人の家に火を放つ悪魔の化身のような子供だ。
きっと他にも数々の事件を起こし、そのたびに親や祖父が権力でもみ消していたに違いない。
「でもタローちゃんっていう運命の人に出会ってから、愛に目覚めたんだよ」
まるで生まれ変わったと言わんばかりだが、目覚めてこの状態なら無意味な気がする。
せめてもう少し常識があったり謙虚であれば、愛の力を実感出来たかもしれないが。
「コオリさまと出会った後、どうしたんですか?」
「とりあえずチクられないように脅した」
「どこのゴロツキだ」
犯行を目撃された彼女は、放火した事を誰かに話したら許さないと幼いサユキに凄んだ。
ところが彼はキョトンとして首を傾げた。
逆に誰に言えばいいのかと質問が返ってきたという。
確かに雪女は全員凍り付いているので話せる相手がいない。
山への立ち入りも禁止されているため、ここへやって来る者も自分だけだ。
雪女や雪ん子は暑さに弱く、寒い季節でなければ山を下りられないと彼女は知っていた。
「バレなきゃ平気だもんね」
悪事が漏れる心配がないと知ったサトリは、ひとまず落ち着きを取り戻す。
そしてここで何をしているのか、どうして一人なのかを尋ねた。
だが彼は雪女達の事はおろか、自分の名や親も知らなかった。
気付いた時には周りは凍っていて、他には誰もいなかったそうだ。
「後から聞いたんだけどコオリのお母さん、すっごい●●●で●●●●だったんだって」
サトリの口から聞き慣れない単語が飛び出す。
「マジかよ」
彼女の言葉にキュロは呆れながらも、どこか納得したような表情を浮かべていた。
「一日で何百人も相手にしたって噂だよ」
「そんな親ならガキを捨てても不思議じゃねえな」
二人の会話に既視感を覚える。
これは恐らく、いや間違いなくいかがわしい話をしている。
タローから聞いた、サユキの母親が町中の男と関係を持ったという事件。
話の流れからその事を言っているのだとすぐに分かった。
「あの、●●●って」
「それからどうしたの?」
クリノがまた馬鹿な質問をする前に話題を逸らす。
前回はたまたま襲撃があったので話が中断されたが、また都合よく邪魔が入るとは思えない。
ここで下手に質問をすれば、また卑猥な話が始まり本題から逸れてしまう。
つまらない話で無駄に時間を消費して朝を迎えるなんてまっぴらだ。
「明日も遊びに行くからって言って帰った」
「ええっ!?」
彼女の言葉に今まで一番大きな声を響かせ驚くクリノ。
慌てて私とキュロで口を塞ぎ、周囲の様子に耳を澄ませる。
バリケードを作った扉から物音は聞こえず、誰かが近付く気配もない。
ホッと息を吐いた所でクリノが非難するようにサトリを見た。
「小さな子供を山に置いて帰っちゃったんですか?」
「だって連れてったらあたしが雪女の山に行ったってバレちゃうじゃん」
それにしても薄情な気もするが、ヨーカイにはヨーカイのやり方があるのだろう。




