第二百四十一話 やっと訪れた かけがえないHarem
「ハッ!」
金髪の女性は一本に結った髪を揺らし、掛け声と共に屋根から飛び降りた。
膝と片手を地面につき、もう片方の手足をピンと伸ばして着地。
あの体勢で膝を傷めないのだろうか。
「タローちゃん!あれテレビで見た事あるよ」
「お前、一時間以上の映画を観賞出来るようになったのか」
「三点着地だね」
どうやらタロー達はこの着地体勢についての知識があるらしい。
彼女は自信に満ちた表情で顔を上げると、その体勢から一気に氷漬けの男の元へ移動した。
側にいたグルダを突き飛ばして。
「げっ!?」
物凄い速さの体当たりを食らったグルダは、勢いよく馬屋に突っ込んだ。
「グルダさーん!」
バキバキと木の板を割って吹き飛んだ彼を慌ててクリノが追う。
突然建物の上から現れた謎の女性に私は困惑していた。
一体彼女は何者なのか。そして妙な格好にはどんな意味があるのか。
どう反応していいか分からずにいると、動けない店主の男はハッとした様子で彼女を見る。
「まさかてめえ、世界中を飛び回ってるっていう例の勇者か?」
「イエス!スーパーヒーローのリリィよ」
男の質問にリリィと名乗った彼女は胸を張って答えた。
「勇者ですって?」
言われて彼女の手元を見れば、確かに指輪があった。
真っ赤な宝石の金の指輪は間違いなく勇者の証だ。
となると一瞬のうちに移動したのも魔法によるもの。
相手が勇者だと知った人さらいの男は、とりあえず解体を免れた事にホッと息を吐く。
グルダを突き飛ばして止めに入ったのだから、危害を加えられる心配はない。
彼女が正しき心を持つ勇者なら、このまま兵士に引き渡されるだけで済む。
「今助けるわ」
しかしその場にいた全員の予想を裏切り、彼女の口からはとんでもない台詞が飛び出した。
「へっ?」
金髪の女性、リリィが指をパチンと鳴らすと男を捕らえていた氷が粉々に砕けた。
自由を取り戻した男に彼女は親指を立ててウィンクする。
「ここは私に任せて早く逃げなさい」
男はポカンとしていたが、状況を飲み込むとニヤリと笑みを浮かべた。
「助かったぜ!勇者のネーちゃん」
そう言って男は脱兎の如く逃げ出した。
「あっ!ちょっと何すんの」
すかさずサトリが人さらいを追い掛けようとすると、当然のようにリリィが立ちはだかる。
彼女の瞳に浮かぶのは燃え上がる強い意志。それは弱者を守ろうとする勇者の心そのものだった。
だから助けを求める男の声を聞き、救出するためにこの場に現れた。
要するに彼女は私達が悪者だと勘違いしているのだ。
「邪魔っ!」
「おい待てさとり!」
行く手を塞がれたサトリは、タローの言葉を聞かず彼女へ向けて雷を放った。
髪飾りを鳴らして撃ち出された閃光が、夕闇に沈んだ砂漠の町に響き渡る。
ズガーン!
遅れてやってきた音と振動が、落雷の凄まじい速さを物語っている。
相当の手練れでなければ避けるどころか反応するのさえ難しい。
天候に左右される雷の魔法とは違い、サトリの能力は場所を問わずに使える。
まともに食らって立てる人間はそうそういないだろう。
「ワオ!サンダーガール」
「えっ!?」
驚きの声を上げるサトリの視線の先には、全く無傷の金髪勇者の姿があった。
ヒラヒラと揺れるマントにも焦げ跡一つついていない。
攻撃されておきながら嬉しそうな顔で迫るリリィに、さすがの彼女も戸惑い気味だ。
「そのリング、サンダーガールも勇者なのね」
「だったら何なのさ」
「勇者は正義のヒーロー!バッドガールはゴハットよ」
リリィの妙な言い回しはあのニンジャを模した襲撃者を彷彿とさせた。
特に変なポーズを取る所などは本当によく似ている。
ひょっとして襲撃者や巫女殺しと関わりがあるのだろうか。
敵か味方か分からない謎の勇者リリィに、私はいつでも杖を振れるよう身構えた。
「こいつらがあたし達を誘拐しようとしたの!あんたのせいで一人逃げちゃったじゃん」
「What’s?」
サトリの指摘にリリィは目を白黒させる。
「だーかーらー!あいつが悪人だって言ってんの」
苛立った彼女の言葉に、マントの勇者は両手を頬に当てて驚きの叫びを上げた。
「オーマイガーッ!!」
彼女の誤解を解き、人さらい達を兵士に引き渡す頃にはすっかり日が暮れていた。
スーパーヒーローと名乗ったリリィは、この砂漠の国で召喚された勇者らしい。
世界中を飛び回って助けを求める人のために働いているのだとか。
「ソーリー。てっきり悪者だと思ってたわ」
「俺らもすぐに兵士に伝えなかったってのもあるんで、リリィさんだけが悪いワケじゃないっすよ」
落ち込んだ様子のリリィをタローが慰めている。
解体されそうだった男を見捨てようとした時とはえらい違いだ。
彼が鼻を伸ばして歩く様子を、サトリがムッとした顔で睨んでいる。
「あたしは悪くないもんね」
「そうだね」
こちらではサユキがサトリを宥めていた。
背後にはキュロが従者のようにピタリと張り付き、彼に同調して頷く。
「しかし泊めていただけるのですから、よかったではありませんか」
「グルダさんも来ればよかったのにな」
私達はリリィの厚意で宿を提供してもらえる事になった。
彼女が言うにはワビ・サビの精神だとか。
とにかく馬車が壊れた今、野宿をしなくていいというのはありがたい。
宿泊を頑なに拒んだグルダは馬屋で一晩過ごすそうだ。
「着いたわ!ここよ」
彼女に案内されたのは王宮の中にある建物の一角。
門をくぐった居住区の庭には、豪華な衣装を着た美しい女性達が歩いていた。
「ハーレムへようこそ!」




